わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
「……ぇ……?」
人は信じられぬものを見た時、実に様々な反応をする。
ある者は、怒り狂い暴れ出すだろう。
ある者は、涙を流し崩れ落ちるだろう。
ある者は、我が目を疑い動けなくなるだろう。
ある者は、取り乱しもせず受け入れるだろう。
そして、芦戸は。芦戸三奈は。
「……っっ!!?」
息を呑み、慌てて姿を隠した。
会場中を探し回っても見付けられなかった被身子をやっと見付けられたと思ったら、その彼女自身が愛してやまない恋人の首筋に、血が出るほど強く強く噛み付いている。そして溢れ出る血を、嬉しそうに吸っている。これだけでも何かの冗談かと思いたいのに、噛み付かれている張本人が何も言わずに被身子を受け入れているのだ。その上、芦戸に冷たい目を向け「あっち行って」とでも言いたげに手を振った。少しだけ熱っぽい吐息を漏らしながら、血を啜る恋人を優しく撫でながら。
目の前で何が起きていたのか、芦戸は全く理解出来ない。だが同時に気付いてしまったことがある。既に雄英生徒達の間で蔓延している「1年A組の同性カップルはチウチウするほど進んでいる」なんて下世話な噂の、チウチウが何であるのかを。誰もがキスだと思っているチウチウが、本当は血を吸うことだったのだと。真実を知った彼女自身、実際に目にするまでキスのことだと思っていた。でも現実はそうじゃない。そうじゃなかった。
そして噂の真実を知ると同時に、一つの可能性を思い浮かべてしまう。それは、被身子が『変身』するために必要なものは本当は何なのかと言うこと。ある時、葉隠から聞いたことがある。変身の条件はキスすることだと。被身子本人もそのように周りに説明していた。癒々だって「条件はちうちうすること」なんて言っていたそうだ。
でももし、変身の本当の条件はキスではなくて血を吸うことだったら?
その場合、二人は何の為に注目を浴びてしまうような嘘を吐いたのか?
それが、今まさにしている吸血行為を隠すためのものだったとしたら?
だとしたら、真実を知ってしまった芦戸はどうすれば良いのか。これからどんな顔をして、被身子や癒々と接すれば良いのか。
……何も、何も分からない。
「もう。少しって言ったのに」
「ご、ごめんなさいです……。その、……我慢したくなくて……。怒って、ます……?」
「怒ってない。満足した?」
「今は、……はい。満足」
「ん。じゃあ行こ」
通路の角に隠れている芦戸に向かって、足音が向かってくる。徐々に近付いてくる気配を感じながら、それでも彼女は動けない。どうしたら良いのか、全然分からない。偶然を装って二人の前に姿を見せるべきか、それとも何も見なかったことにしてこの場から立ち去るべきか。或いは、被身子と癒々に今さっきしていた行為は何だったのかと、問い質すべきか。
どれを選ぶにしても、迷っている時間は無い。直ぐに決めて、動くべきだ。
芦戸は深呼吸を繰り返し、意を決して足を動かそうとする。が、その時には被身子と癒々は突き当たりにぶつかり、右へと曲がった。ちょうど芦戸に背を向ける形で、通用路を進んでいく。しっかりと手を繋いで、仲良くお喋りをしながら遠ざかっていく。
「……、っ……」
芦戸は声をかけようと口を開こうとして、実際開いた。でも、喉の奥から声が出てこない。聞きたいことがあるのに、どうしてか喋ることが出来ない。遠くなっていく二人の姿を黙って見ていることしか、出来ない。と、その時。癒々が肩越しに後ろを見た。冷たくなった黄金色の瞳が、動けないままの芦戸を真っ直ぐ見ている。そしてまた、真っ直ぐ立てた人差し指を唇に当てた。
「癒々ちゃん?」
「何でもない。行こ」
結局、芦戸は動くことも喋ることも出来なかった。受け止めきれない現実を前にして、癒々の凍った瞳を見てしまって。
もしかすると、芦戸が被身子と話す機会は永遠に与えられないのかもしれない。いつでも被身子の側に居る癒々が、芦戸三奈という存在を腹の底から嫌っているのだから。
■
「緑谷くん、場外。……轟くん! 三回戦進出!!」
ミッドナイト主審のジャッジが下される。結局捨て身になろうとも、出久は轟に勝つことが出来なかった。無茶に無茶を重ね続けた結果、今ステージ端で倒れている彼は手足がグチャグチャだ。それでもまだ意識は辛うじてあるようで、痛みと悔しさで呻いている。
そんな出久に、観客席からステージまで降りて来た癒々が近付く。彼の手足の有り様を見ると、彼女はまず折れた左足を真っ直ぐに伸ばした。その際、激痛を感じた出久は一際大きな呻き声を上げた。
「ゆ、癒々ちゃんっ。下手に動かさない方が……!」
「被身子は黙って。出久、足と腕は今すぐ治す。指の方は砕けた骨を取り除かないと後で支障が出る筈だから、リカバリーガールに診て貰うまで我慢して」
「ぎっ、ぐぅうっ、あ゛ぁあ゛っ!?」
「被身子、出久の口塞いで。舌を噛んだら面倒」
「でも、……っ、……はいっ! 緑谷くん、ちょっと我慢してっ」
「んぐっ!? ぐっ、ぅうううっっ!!?」
見る方が痛くなるような、そんなとんでもない荒療治が癒々の手によって開始された。彼女はまず出久の足を真っ直ぐ伸ばし、それから個性を使って治癒を始める。骨折と内出血で変形変色した足が、徐々に元の形と色を取り戻していく。程なくして、癒々は出久の足から手を離す。その頃には、彼の左足は骨折していたことが嘘のように全快していた。
ただ、傷を癒す代償は凄まじい痛みだ。骨折した部分を力業で綺麗に整形し、それから大活性によって骨を結合する。結果として怪我そのものは綺麗さっぱり治るけれども、治療過程が最悪だ。荒療治にも程がある。だから出久は事が済むまで悲鳴を上げるしかないのだが、癒々の指示通り被身子が口をがっちり塞いでいるので、くぐもった呻き声しか上げられない。これは痛みのあまり彼が舌を噛み切らないようにする為の配慮だ。配慮になっているのか怪しいところではあるが。
……ともかく。出久の足と腕は綺麗さっぱり治された。残る大きな怪我は、度重なる100%スマッシュによりぶっ壊れ続けた指のみ。これについては砕けた骨を取り除いてから出ないと後で支障が出るとのことで、癒々は手を付けようとしない。その辺りの知識や判断については、一応それ相応のものを持っているらしい。
「……あんた、治療するならもっと丁寧にやりんさい。今やったのは治療じゃなくて拷問だよ、まったく……!」
思いっきり眉間に皺を寄せたリカバリーガールが、今になってステージ端にやって来た。彼女の背後には、担架を持ったハンソーロボが二台並んでいる。どうやら癒々がどのような治療を施すのか、見守っていたらしい。リカバリーガールがここに辿り着いた時点で声をかけていれば、と言うか癒々よりも早くステージに到着していれば、出久は拷問紛いの荒療治をされずに済んだだろう。
「後は任せる。残りはあなたの方が適任」
「……補佐に付きんさい。一度自分が診た患者を途中で放り出すなんて真似はしなさんな。最後まで面倒を見るんだよ、良いね?」
「……分かった。それで? どこで手術するの?」
「えっ。……先生、緑谷くん……手術するんですか?」
「するよ。ちょうど良いさね、その子にあんたから説明してやんな。症状は分かってるんだろう?」
出久の指がどれだけ酷い状態なのか、それを癒々は把握している。だからこそ後はリカバリーガールに任せようとしていた。なので癒々としてはもう治療行為はここで終わりの筈だったのだが、話はそうすんなりとは行かない。手術の補佐、つまり助手として付くように言われてしまった。この言葉に逆らう理由は、実は無い。OFAの役に立てるのだ。頷く理由が有る上に、断る理由も無い。
癒々は今一度出久の指を眺め、それから立ち上がり被身子に向かって一息に話し始めた。
「まず、両手共に基節骨、中節骨、末節骨がそれぞれ粉砕骨折してる。ついでに靭帯や血管の断裂、それに伴う内出血に外出血。骨片が治癒の邪魔にならないよう切開して、それから摘出。縫合……は、いらないからそのまま治癒する」
「……えっと、……つまり?」
取り敢えず癒々の言葉に耳を傾けた被身子だが、基節骨の辺りからもう話に付いてこれていない。なのに一息にまとめて話されてしまったから、完全に首を傾げてしまっている。正直今の被身子は、癒々が何か小難しい事を早口で言っている、としか思っていないだろう。残念ながら、癒々の説明では被身子は一度で全てを理解することが出来なかったようだ。だから頭の上に沢山のクエスチョンマークを浮かべてしまっている。
「指がボロボロで治そうにも砕けた骨が邪魔になるから、それを取り出してから治す」
「あ、なるほど……」
「最初から噛み砕いて説明してやりんさい。自分が分かってる事が他人も分かってる事と思いなさんな」
「……?」
リカバリーガールの言葉に、癒々は首を傾げる。どうやら彼女は、自分が分かってる事は他人も分かってる事だと思っているらしい。言葉足らずなのはその為だ。これについても直した方が良いだろう。もっとも癒々自身が、周囲からの理解を得たいと思っているかは怪しいところだけれど。
「……ついて来んさい。これから手術さね」
ともかく。これから出久は手術を受けることになる。執刀医はリカバリーガール、助手は癒々だ。被身子は二人に付いて行きたいけれども、付いて行ったところで何が出来る訳じゃない。むしろ手術の邪魔になってしまう。でもやっぱり癒々とは片時も離れたくないので、彼女は恋人の手を握って付いて行こうとする。が、リカバリーガールに杖を突き付けられて足を止めた。
「手術の邪魔だよ。あんたは待ってな」
「……でも、先生。私、癒々ちゃんから」
「なら、医務室前で待ってなさい。あんたに出来ることはもう何も無いさね」
「……はい。分かり、ました……」
癒々の手を離したくない。離したくないのだけれど、怒られてしまっては離さざるを得ない。出久の手術が終わるまで、残念ながら二人は離れ離れだ。決して長い時間では無いだろうし、会おうと思えば直ぐにでも会える距離にお互いは居る。それは分かっているけれど、どうしても不満が募ってしまう。相手が誰であれ、どんな事情が有るにしても、癒々との時間が邪魔されることは被身子にとって面白いことじゃない。
すっかり拗ねてしまった被身子は、先を歩くリカバリーガールと癒々の後ろを付いて行く。そんな彼女の直ぐ隣には担架の上に乗せられ、ハンソーロボによって医務室まで運ばれていく出久が居る。彼はまだ意識を失ってはいないようで、ごめんなさいごめんなさいと誰かに向けて呟いている。
「……緑谷くんは、頑張ったのです。謝ることなんてない、と思いますよ?」
「……っっ……」
「怪我、治して貰いましょう。これからリカバリーガールが手術して、癒々ちゃんも側に居ます。きっと直ぐ治るから、大丈夫」
「……っ、ごめん……っ、渡我さん……っ」
「まったくです。お陰で癒々ちゃんとの時間が減っちゃいます。後で、責任取ってください」
励ましているのか、
でも、ここ最近は出久に対して悪い印象は抱いていない。今回の大怪我だって、言ってしまえば仕方ない。正々堂々と全力で戦った上での怪我だ。そのせいで癒々との時間が減ってしまうことは仕方ないなんて言葉で済ませたくはないが、今はそうせざるを得ない。出久に向かって特大の嫉妬をぶつけるのは、彼の怪我が治ってからだと今の被身子は何とか自制する。
「さ、あんたはここまでだよ。そこで待ってなさい」
「……はい」
そうこうしている内に、医務室まで辿り着いてしまった。ここから先は、被身子は立ち入れない。癒々もリカバリーガールもロボに運ばれる出久も中に入ってしまい、扉が閉ざされる。クラスメートの心配よりも、癒々と離れる不満の方が大きい彼女は扉に寄りかかり、少しでも恋人の気配を感じたくて目蓋を閉じた。すると、中での会話が少しだけ耳に届く。主に手術に関する話をしていたり、何か道具を並べるような音も聞こえる。誰かが慌てた様子で通用路を駆ける音も聞こえて来て、そこで被身子は目を開いた。
「あっ、渡我さん! デクくん大丈夫なの!?」
「被身子ちゃん、緑谷ちゃんどうなったのかしら? あれ、癒々ちゃんは?」
「渡我くん! 緑谷くんは!?」
「渡我〜〜っ、あいつヤバかったよな? あんな指バッキバキにして……っ!」
捨て身で戦い続けた出久が心配になったクラスメート達が、四人も医務室にやって来た。麗日も蛙吹も飯田も峰田も、今は出久の事が心配で堪らないらしい。みんな慌てていて、平静には程遠い。いざという時も冷静な蛙吹すら、少し青ざめているぐらいだ。
そんな彼等を見て、被身子はゆっくりと事実を伝えていく。
「緑谷くん、これから手術です。砕けた指の骨を摘出するとかで」
「しゅ、手術!? 大丈夫なの!!?」
「大丈夫……だと思います。癒々ちゃんが付いてますし」
「え? 七躬治が手術すんの……? それヤバいんじゃ……?」
峰田が大いに青ざめた。無理もない。何かと問題児な癒々が出久の手術をするなんて聞いたら、被身子を除いたA組の誰もが戦慄して当然。どうにも癒々はクラスメートからの信頼が薄い。当たり前と言えば当たり前なのだが、こうも信用されていないところを見ると被身子は何とも言えない気分になってしまう。
「癒々ちゃんの個性は傷を治せるんです。死んでなければ大抵は治せるみたいで」
「そ、そうか。それならば安心だな。リカバリーガールも付いていることだし。いや待て、まさかとは思うが執刀医は七躬治くんが?」
「いえ、リカバリーガールが。癒々ちゃんは手術の補佐なのです」
「それなら安心だな!」
飯田がブンブンと腕を振った。彼の眼差しは医務室の扉に向けられている。今手術中であろう出久にエールでも送っているつもりなのだろうか。
「うるさいよあんた達! 心配するのは良いが、静かになさい!」
医務室からリカバリーガールの怒号が飛んで来た。彼女はこれから出久の手術を始めるのだ。扉越しとは言え、集中の妨げになるものは排除しておきたい。
看護教諭にすっかり怒られてしまった四人は、それぞれが慌てて口を両手で塞ぐ。出久の事は大いに心配だ。だから無事に手術が済んで欲しくて、各々が今自分に出来ることをやる。黙っていることしか出来ないのが、歯痒いだろう。飯田や麗日なんかは、代われるものなら代わってあげたいと思っているのかもしれない。
「……っと、失礼」
医務室の中から、長身の骸骨男が出てきた。体が細すぎて、身に纏うスーツのサイズがあまりに大きく見える。いや、実際に衣服のサイズが大き過ぎて体の細さが異常に際立っている。
「……あー、君達。緑谷小……くんは、これから手術だ。心配なのは分かるけど、邪魔しちゃいけないからここから立ち去りなさい。そうした方が彼の為だ」
「えっと……、はじめまして?」
「……はじめまして。ほら、行った行った」
この場に居る誰もが、目の前の骸骨男がオールマイトであるとは思っていないようだ。大方、リカバリーガールの関係者か何かだと思っているのだろう。そんな彼に追い払われる形で、四人は渋々とではあるが医務室の前を後にする。心配は絶えないが、ここに居ても何かやれる訳じゃない。ただ、被身子は動かない。彼女の意識は医務室の中に向いている。
「君は、ここで待ってるかい?」
「……はい。そうします」
「本当に、七躬治……さんが大好きなんだね。でもそれは少し抑えた方が良いんじゃないか?」
「誰とも知らない人に言われたくないです。あなた、誰ですか?」
「七躬治さんの関係者」
「公安ですか?」
じろり、と被身子は目の前の骸骨男を睨む。誰とも分からない人間に、癒々との関係をとやかく言われたくない。それはただただ不快なだけだ。まして目の前の男が公安に属している者だとするなら、尚更言うことを聞きたくない。
「……いや、公安じゃない。でも彼女とは、ちょっと関係があってね」
「……」
「怪しい者じゃないよ。って言っても、この姿じゃ怪しいか……」
怪しいか怪しくないかで言えば、今の彼は酷く怪しい。正体不明な上に、痩せ細った体は不気味でしかない。だが何かしら癒々と関係が有るのは事実なのだと被身子は思う。彼女が想像出来る癒々の関係者なんて、そう多くない。骸骨男は自らを公安ではないと言っているけれど、大人の男性で癒々と関わりがある者なんて公安か雄英教師ぐらいしか思い浮かばない。
だから、つい警戒してしまう。牙を剥きそうになってしまう。
「私は、癒々ちゃんが大好きです。この気持ちを抑えるなんて無理です。だからそれ、余計なお世話なのです」
「……このままだと辛くなるよ。君達は」
「なりません。何があっても、私は癒々ちゃんと一緒で……仮に辛いことがあっても一緒に乗り越えるのです。そうしたい。ううん、そうします」
「まぁ、そこまで言うなら多分大丈夫だ。渡我少女、七躬治少女から目を離さないように。彼女は……危うい部分があるから」
「分かってます。だから、離れないんです」
癒々に危うい部分があるなんてことは、被身子はとっくに知っている。これまでもこれからも、彼女とずっと一緒に居るのが彼女なのだ。大好きな恋人が自らの命を軽んじていることなんて、もう分かってる。分かってるから、絶対に手離さない。手離したくない。
誰に何を言われようと、どんな事が起ころうとも。
「癒々ちゃんのことは、私が守ります。もう絶対に、怪我なんかさせません」
癒々バリアが展開中です。芦戸ちゃん頑張れ。はーほんまこいつさあ……。癒々お前、ちょっと自重しない? してよ! しないんだよなぁ。いっつも勝手に動くから。
ちなみに前回と今回、癒々が芦戸ちゃんにやった「しーっ」は「皆には内緒だよ」ではなくて「喋ったら分かってんだろうな?」です。癒々チェックに弾かれた者はこんな扱いをされます。ひえっ。
まだまだ雄英体育祭編が続いている現実に、私は震えています。とは言えあと三話ぐらいかなーと思ってます。もう書くことが殆どないので。本筋二話、オマケが一話の予定です。多分今度こそ本当に。
渡我ちゃんが癒々にお仕置きエッチされる話書きてぇな……(ボソッ)
まぁそんな余裕は無いんですけど。ちくしょう。
癒々の職場体験先
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エンデヴァー(癒々ガチ切れ)
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リカバリーガール(癒々の情報開示)