わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
深夜一時。真っ暗で静かな病院に、被身子と癒々は公安に護送されることでやって来た。が、既に二人はげんなりしてしまっている。車はともかく、初めて乗るヘリコプターがそんなに楽しいものじゃなかったからだ。高速で回転するローターの音があまりに喧しくて、空の旅はただただ苦痛なものだった。
そんな苦難を乗り越えた癒々は、これから誰とも知らぬヒーローの怪我を治す。被身子はその付き添い。そして大独活は、二人の護送と『大活性』の計測の為にここに居る。
静かで人気の無い、ちょっと不気味な廊下を既に話が通してある看護師や医者と共に歩くこと数分。癒々達は夜中であるにも関わらずちょっと慌ただしいICUに足を踏み入れた。ここでは重症患者である
デコピンをされた飯田兄は、ピクリともしない。起きる気配が全く無い。
「……あの、大独活さん。本当にこの子が天晴を治すと……?」
控え目に口を開いたのは、今回天晴を治療するにあたって立ち会うことになっている飯田母だ。昨日、正確には一昨日の昼間に実の息子が死にかけたのだ。表情には憔悴と疑念が浮かんでいる。
「……飯田さん。こちらの書類にサインを。この治療行為とそれに関する一切を口外しないと誓約するための、同意書です」
「……はあ。あの、サインはしますが……そこの子は……?」
「ああ見えて公安の所属です。決して悪いようにはしません。まぁ今のデコピンについては、すみません。私にも意図は計りかねます」
「大独活。もう始める」
「待った癒々ちゃん。こちらの準備がまだだ。計測機器が用意出来るまで、待って欲しい」
移動で疲れている癒々としては、さっさと事を済ませてしまいたい。だが今回の治療には、公安による大活性の計測も同時に行われる。その為の準備はまだ出来ていないようで、さっきから医者でも看護師でもないスーツ姿の大人が慌ただしく病室の中を動き回っている。急な準備に追われて、どうしても忙しくなってしまうのだ。
そんな公安達を見て、癒々は溜め息を吐いた。そして目についた椅子に腰掛け、足を伸ばす。被身子は癒々の後ろに立ち、恋人を軽く抱き締めた。
「……雄英の子、ですよね? 確か選手宣誓の時の……」
「ええ。彼女は非常に強力な治癒の個性を持っています。にわかには信じ難いかもしれませんが、死亡していなければどんな傷でも治せます」
「……そう、ですか。どうか息子を、お願いします……」
「必ず治します。……ああうん、準備出来たみたいだね。癒々ちゃん、始めて」
大独活と飯田母が話している間に、今回の治療及び個性計測の準備は整ったらしい。病室なのに治療とは何ら関係の無い器具があちらこちらにところ狭しと並んでいる光景は、何とも言えぬ変なものだ。そんな中で癒々は立ち上がり、未だ眠っている患者の前に立つ。左手を腹部にかざして、そこで彼女は動きを止めた。首だけを動かし、黄金色の瞳を飯田母に向ける。
そんな癒々の体に、公安の面々は変な形をした器具を勝手にあれこれと装着していく。それが何であるのか被身子は分からないけれど、恋人の体が大人達に好き勝手触られているところを見るのは気分が良いものではない。瞳に不満を宿しながら、それでも文句を言わないのは癒々の邪魔をしたくないからだ。邪魔にならないなら、とっくに誰彼構わず文句を言っていたことだろう。
「ひとつ聞くけど、あなたはこの人をどう思ってる?」
「……、大事な息子です。お願いします。どうか、救けてください」
「弟の事は?」
「……天哉だって、大事な息子です。真面目で、真っ直ぐで。……あの、それが何か?」
少し唐突な癒々からの質問に、飯田母は困惑した。この話は治療とは一切関係が無い。治療を始めようとしている今、わざわざ聞くようなことでもない。
「質問は受け付けない。この人が、弟をどう思ってるか知ってる?」
「……天晴も、天哉の事を大切に想っています。真面目で真っ直ぐな弟に相応しい兄になると、日々努力して……。でもまさか、こんなことになるなんて……っ」
「……ん。羨ましい……」
その一言を会話の最後とし、癒々は個性を扱うことに集中する。飯田兄がどのような怪我をしているかは、既にカルテを見せて貰ったことで全て把握している。腹部の深い切創も、内臓の損傷も、脊髄の状態も、何もかも。
癒々の左手が、淡く白い光に包まれる。それは彼女の手から放出されているもので、言ってしまえば癒々の生命力そのものだ。それがゆっくりと、患者の全身を包んでいく。被身子が大活性による治療を見るのは、初めてじゃない。でも過去の治療の中で、こんな光を放っているところは見たことが無い。
「……ん、良し。終わり」
時間にして、僅か数秒。治療開始から十秒もしない内に、癒々は左手を引っ込め、それから腕や足に付けられた計測器具を勝手に外していく。大怪我を負った患者の治療だと言うのに、彼女は実にあっさりと事を終わらせて見せた。始まったと思ったら終わっていた、なんて事態を目の前に癒々以外の誰もが目を丸くしている。特に、医者と看護師はとても驚いているようだ。
「直に目が覚める。そしたら運動機能のチェックと、精密検査。調べられることは全部調べて。異常が無いなら退院でもさせたら良い。リハビリは……まぁ本人が望むなら。
目覚めた時に激しい痛みを訴える可能性があるから、その場合は適当に鎮痛剤の投与。興奮してるようなら鎮静剤。今付けてる点滴は全て外して良い。以上」
さらっと医者や看護師に対して指示を出し、癒々は病室を出ようと歩き始める。もう彼女の興味はここには無い。用事が済んだのだから、さっさと家に帰りたいのだろう。そんな彼女の後ろを、被身子は慌てて付いて行く。大独活は他の公安職員に指示を出すことに忙しいので、まだ動かない。
大活性は重症の患者を実に呆気なく、そしてあっさりと治してしまった。治ったと言われてもにわかには信じ難い。しかし実際、飯田兄の血色は良くなり今は穏やかに眠っているように見える。まるで怪我など最初から無かったかのような回復ぶりだ。
「……っ、待って!」
「……何?」
「息子を、ありがとうございました」
目の前で起こった事をまだ呑み込めては居ないけれど、それでも飯田母にとって癒々は息子を治してくれた恩人だ。感謝を伝えずには居られない。そんなひとりの母親を見た癒々は目を細めて、ゆっくりと口を開いた。
「どうでも良い」
いつもの決まり文句を淡々と口にして、彼女は被身子と共に病室を出る。家族に愛される飯田の事を、少し羨ましく思いながら。
■
飯田天晴に治療を施した後。公安の後片付けが終わるまで広々とした暗い廊下のベンチに座って休んでいた被身子と癒々は、一仕事終えた大独活に連れられて保須市にあるビジネスホテルにやって来ていた。もう今晩はかなり遅い時間になってしまったので、明日の昼頃まで一休みしてから帰路に着くことになったのだ。なので今、彼女達はホテルの一室に居る。
直ぐ隣の部屋に公安が居るのが大分気に入らない被身子だけれど、ようやく癒々と二人きりになれたので今は気分が良い。二つあるベッドの内の片方にブレザーを脱ぎ捨てた彼女は、部屋に入るなり直ぐ制服を脱いでブラウス一枚姿になった恋人に抱き付いた。そしてそのまま、もうひとつのベッドに勢い良く押し倒す。ビジネスホテルとは言え、寝具の質は良い様で彼女達の体は少し跳ね返された。が、特に気にすること無く被身子は癒々の体の柔らかさであったり匂いなんかを堪能する。癒々もまた、被身子の匂いが嗅げてご満悦のようだ。
「……体、大丈夫ですか?」
「ん。平気」
「良かった。でもあんまり、誰彼構わず治しちゃ駄目なのです。これからは、気を付けてくれなきゃヤです」
もう被身子は、癒々の個性のリスクについて知っている。昨日までは特に気にしていなかったけれど、知ってしまった以上は気にしない訳には行かない。出来ることならなるべく個性を使わないで欲しいところだが、雄英に居る以上はそうも行かない。せめて倒れたりしない程度には留めて欲しいが、癒々はどうにも自分の命を軽く見ている節があるのでそれも難しいだろう。
でもだからって、胸の内にある心配を伝えないなんてことは出来ない。癒々のことが本当に大好きだから、大切にしたい。何より、ちゃんと心配していることを伝えないと彼女は分かってくれないのだ。
「今日はそういう気分だっただけ。誰でも治すわけじゃない」
恋人からの心配をひとまずは受け取った癒々は、被身子の背中を軽く叩きながらそんなことを口走る。今自分を抱き締めている恋人がどんな気持ちで居るのか分かっているのだろうか。
本当に、癒々は自由奔放だ。今回の治療の一件をただの気まぐれで決めた。飯田の事を心配しての動いたわけじゃなさそうだ。とは言え、飯田がその気にさせたのは事実だろう。彼の必死な願いは、結局は癒々の心に届いていた。彼女を気まぐれに動かす程度には、届いていたのだ。
「起きたらデートしましょう。折角だから、渋谷でも行きませんか?」
ちょっと突拍子も無いことを、癒々を抱き締めたままの被身子が口走った。我ながら良い提案をしたとでも思っているのか、楽しそうに微笑んでいる。
保須市は東京にある。つまり、渋谷までそんなに遠くは無い。家までの帰り道に、ついでに寄っていくことぐらいは出来る。大独活は良い顔をしないとは思うが、もう保須での用事は済んだのだ。ここ最近は学校と自宅の行き来ばかりで、被身子も癒々も外出らしい外出は全く出来ていない。たまには少しぐらい遊びに出たって、誰も怒りはしないだろう。
体育祭も終わったことだし、学校なんて考えなくて良い休日なのだ。若者らしく恋人とデートに行きたい気持ちが湧いて来るのも仕方がない。大独活が良い顔をしないのは分かっているけれど、被身子からすれば公安の都合など配慮するようなものじゃない。
「しぶや? 何それ」
「若者が楽しむ街です。ショッピングとか、観光とか……一緒に行こ?」
「んー……興味無い」
「むーっ、良いじゃないですか! デートしたいですっ、デート!」
今夜の被身子は、結構子供っぽいわがままを言う。夜中にも関わらず大きな声を上げて、乗り気じゃない恋人に拗ねた表情を見せる。そんなわがままな彼女を見た癒々は目蓋を閉じ、より強く被身子の体に抱き付いた。
「良いけど。わたしも買いたい物あるし」
「ほんとっ!?」
「ほんと」
「んふふっ。やったあっ!」
何だかんだでデートのお許しが出て、被身子は大喜びだ。変にテンションが上がってしまって、彼女は癒々を抱き締めたままベッドの上を右へ左へ転がり始める。恋人の事を抱き枕か何かと勘違いしてしまっているかのような動きだ。まぁ実際、毎晩癒々を抱き枕にして寝ているのだからあながち間違いでも無いのだけれど。
明日はデートが出来ると分かって、遊び盛りの女子高生は心が跳ね回る。ただ、ひとつだけ気になることもある。
「癒々ちゃん何買うんですか? 物を欲しがるなんて珍しい……」
食事に睡眠、そして被身子ぐらいしか欲しがらない癒々が、自分から買い物をしたいなんて言うのは本当に珍しい。だからつい、被身子は気になってしまった。特に物欲が無い恋人が、何を欲しがっているのかを。
「婚約指輪」
「えっ」
「婚約指輪」
デートを提案よりも、更に突拍子も無いことを癒々が言い出し始めた。どうにも彼女は被身子と結婚することばかり考えていて、それを譲ろうとはしない。ついこの間卒業するまで我慢して欲しいと被身子に言われたばかりだと言うのに、今度は婚約指輪が欲しいなどと口走っている。
「被身子が欲しい」
「私は、もうとっくに癒々ちゃんのものなのです。それでも、満足出来ない……?」
「もっと欲しい」
「……そんなに欲しがられると、困っちゃいます」
「むぅ。こんなに欲しいのに」
ちょっと拗ねた声色で、癒々は被身子に覆い被さる。四つん這いになった彼女は、温かく柔らかな手で被身子の首筋を撫でる。それがくすぐったくて、彼女は少し
好きな人に強く求められるのは、恋する乙女的にはそんなに悪いものじゃない。むしろ嬉しくて、ついつい微笑んでしまうぐらいだ。
こんな時でも無表情な癒々を見詰め返しながら、被身子は癒々の首に腕を回す。それから嬉しそうに微笑んで、ゆっくりと目蓋を閉じた。待つこと数秒、待ち望んだ熱と柔らかさが唇に触れた。
「ん……」
「んっ」
二人の影がひとつに重なる。唇と唇が軽く触れ合うと、それが合図になった。
組敷かれたままの被身子は癒々が着ているブラウスのボタンを、上からひとつひとつ手探りで外していく。覆い被さったままの癒々は被身子の上唇に吸い付いたり、下唇を啄む。少し大きなリップ音が部屋に響くことも厭わず、何度も何度も好きなようにキスを続ける。やがてどちらも熱っぽい吐息になって、重なり合う心が解け合って、どんどん気持ちが昂っていく。
求められることが、どうしようもなく嬉しい。相手を滅茶苦茶にするのも大好きだけれど、相手から滅茶苦茶にされるのも悦ばしい。
明日の事を考えると、熱い一夜を過ごすのはあまり良くない。だけど恋人からのキスを拒みたくはないし、何ならもっともっとして欲しい。今夜も歯止めが利かなくなるのだと思いながらも、それでも良いかと被身子は思う。
「んっ、ちゅ……っ、ん……、んんっ」
「ん、は……っ、んんん……」
湧き上がる情欲に背中を押されて、彼女達はお互いを求め合っていく。もう我慢なんて微塵も出来ない。一秒だって出来やしない。我慢するぐらいなら、もっともっと互いの存在を感じたいのだ。
だから、被身子も癒々も全く同じようなタイミングで口を少し開いて、静かに舌を伸ばす。そしたら直ぐに彼女達の舌先は触れ合って、その感触で心も体も震えてしまう。一方が舌を伸ばせば、相手に舌を絡め取られる。もう一方が応えるように舌を絡めると、相手は呼吸を荒くする。
音が立つことも気にせず、むしろより大きな音が立つことを望みながら、他の一切を思考から排除して……彼女達はひとつに溶け合っていく。
結局。盛り上がった被身子と癒々は思う存分お互いを求め合い、朝日が昇るまで眠ることはなかった。
ま た イ チ ャ イ チ ャ し て る 。
いやこれには訳があって……(逸らし目)
ほんと、海より深い訳がですね……(遠い目)
ほら、舌を絡ませ合うようなエッチなキス書いたこと無かったなって……。あれ? 書いたっけ……? まぁいいか!
さらっとインゲニウム救済です。良かったね飯田くん。
I・エキスポ
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