わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
それでも渋々ながらも許可を出したのは、癒々が「買いたいものがある」と口にしたからに他ならない。勿論、公安として考えれば急な買い物なんてNGだ。ただ大独活個人としては、仕事よりも興味が勝った。癒々に物欲が無いことは、この一年と少しで把握している。年頃の女の子らしい趣味なんて、まるで持ち合わせていないことを知っている。そんな彼女が、どうしても買いたい物があると言った。それが何であるかは知らないけれど、直接わがままを言ってくれるだけ普段の癒々より扱い易い。何より、下手にデートさせないでおくと何をしでかすか分からないので、仕方なく今回のわがままに頷く大独活である。
しかし彼は、わがままを聞き入れる代わりに今回のデートにふたつの条件を付けた。
ひとつは、大独活の同行を許可すること。
これには被身子が猛反対したが、警護の都合上どうしても別行動は出来ない旨と、店の中までは同行しないことを聞いて、非常に不服そうではあるが了承せざるを得なかった。唇を尖らせながらぶつぶつと文句を言っていたので、納得は到底していないようだが。
もうひとつは、デートは目的地に着いてから一時間だけで済ませること。
昨晩はヘリコプターでの移動だったが、帰りは新幹線に乗ることになっている。チケットは既に公安が用意しているので、乗車する時間は決まっているのだ。乗車駅までの移動時間なんかを考えると、渋谷に滞在出来る時間は一時間が限度。大独活にこの条件を伝えられた被身子は、ひとつめの条件を提示された時よりも激しく猛反対した。
折角のデートなのに、時間はたったの一時間。それも公安というお邪魔虫までひっ付いてくる。これではとてもデートとは言えない。ただのちょっとしたお出掛けだ。それが不満で不満で仕方がなくて、恋人との楽しみを取り上げられてしまった被身子は盛大に機嫌を悪くしていく。公安なんか馬に蹴飛ばされてしまえば良い、なんて悪態を吐くぐらいだ。そんな恋人の姿を見た癒々は特に何も言わないし、何もしない。荒ぶる被身子を見てもかぁいいとしか思っていないのだろう。
そんなこんなで。保須駅から電車に乗り込んだ被身子と癒々は渋谷駅東口にある八階建てのデパートにやって来た。今日は天気が悪く、朝なのに薄暗い。本当は渋谷を自由に歩き回りたかったのだが、そんな時間も自由も公安が与えてくれなかった。
いつまでも大独活に文句を言っていたい被身子だけれど、人の出入りでごった返すデパートを前にした時に無理矢理気持ちを切り替えることにした。不自由とは言え、短い時間とは言え、折角癒々と一緒に出掛けているのだ。楽しまなければ損である。何より、可愛い彼女に退屈な思いはさせたくない。このまま自分が拗ね続けていたら、癒々に対して失礼だと思い直したようだ。
「癒々ちゃん、まずはどこに行きます?」
無理矢理にでも気持ちを切り替えた被身子は、人混みの中を歩きながら癒々にこれから何処に向かうか質問した。もっとも彼女の目的は知っている。わざわざ聞く必要なんて本当は無いのだけれど、そんな意味の無い会話だって彼女にとっては必要なものだ。恋人との時間は、何をしていたって楽しい。嫌な事があったとしても、癒々と触れ合ったり会話を重ねれば、直ぐに忘れることが出来る。と言うか今は忘れたい。直ぐ後ろから感じる視線は、邪魔でしかないのだ。
「指輪」
「……はい。じゃあ……何処にお店があるか探すのです」
背の低い彼女の手をしっかり握って、被身子は人が多いエントランスを歩いていく。人を避けながら真っ直ぐ向かうのは、広々とした空間の中で人影に埋もれてしまっている案内板だ。指輪が売っているような店が広いデパートの何処にあるのか、把握しておきたい。迷子になるような時間は無いのだ。折角のショッピングなのに時間に追われなきゃ行けないのは非常に不愉快だけれど、今は少しでも時間が惜しい。
公安への文句を後で大独活に全部ぶち撒けることを胸の中で決めながら、まだちょっと不満が抜けきらない被身子は案内板に目を通す。金色の瞳が探すのは、アクセサリーショップだ。癒々がどんな指輪を欲しがるのかは分からないけれど、値段について被身子も癒々も気にすることはない。どうせ公安の財布からお金が出るのだ。大独活は良い顔をしないだろうけど、そんな事は二人にとってどーでも良い事でしかないのである。
「んー……? ……あっ、ここです。三階の、一番右奥」
「ん。じゃあ行こ」
「癒々ちゃん、どんな指輪を買うのです?」
「……どんなのが良い?」
黄金色の瞳が、上目遣いになって間近で被身子の顔を見詰めている。細くて柔らかな指が、彼女のブレザーの袖を掴んで離さない。相変わらずの無表情なのに、何でか今の癒々はいつもよりずっと可愛らしく見える。急にしおらしくなった恋人を見て、被身子はついつい頬を緩めた。
「もちろん、カァイイのを選んでください。私の事を考えながら選んでくれたら、嬉しいなぁ」
「……ん。分かった」
癒々がどんな指輪を贈ってくれるのか、何だかんだで今から楽しみになっている被身子である。こんなにも早く婚約指輪を 贈られるとはちっとも思っていなかったし、やっぱり結婚にはまだ早いと少しは思っているけれど、恋人からの贈り物は素直に嬉しい。
どちらからと言うわけでもなく二人は手を繋ぎ直して、また歩き始めた。目的地が何処にあるかはもう分かっているのだ。迷う可能性なんてものは、もう無い。大の大人に警護されつつも、彼女達は直ぐ側にあるエスカレーターに並んで乗り込む。そして何となく、お互いの瞳を見詰め合う。
無機質に輝く黄金色の瞳は、今日も綺麗だなと被身子は思う。色んな感情が直ぐに浮かぶ金色の瞳を、やっぱり大好きだなと癒々は思う。
もうお互い、とっくに自分を恋人に捧げている。なのにもっともっとと欲しくなる。場所が場所だから流石にキスは出来ないけれど、その代わりに少しでも距離を近付けたい。指を絡ませ合いながら、被身子は少し前屈みになる。癒々はスッと背伸びをした。二人の距離は縮まって、なのにどちらも止まろうとしない。直ぐ側に大独活が居ることなど忘れ、世界に二人だけしか居ないような気分になって、ゆっくりと唇を……。
……重ね合わせようとした瞬間。癒々が被身子の首に手を回し、強く自分の肩に引き寄せた。
「わぷっ!?」
急に頭を肩に抱き寄せられ、しかもガッチリ固定されてしまった被身子が変な声を出す。癒々は背伸びを止め、周囲をキョロキョロと見回し始めた。すんすんと匂いも嗅ぎ始めたけれど、嗅いでいる匂いは被身子のものじゃない。今の癒々は、何かを探ろうとしている。そして。
「誰?」
唸るように、低い声を上げる。黄金色の瞳は四方八方を睨み付けるが、視界に映るのはショッピングを楽しむ大勢の人達だけだ。今の癒々は、明らかに何かを警戒している。
「んぐ……っ。ゆ、癒々ちゃん。急に何して……っ」
「……何でもない。ごめん」
「別に、良いですけど……。その、離して……?」
「むぅ。キスしたかったのに」
非常に不服そうな声を出しながら、癒々は抱き寄せた被身子をゆっくりと離す。もう何かを探ることは諦めたらしい。彼女がいったい何を気にしてたのかは分からないが、急に周囲を警戒したのは事実だ。その動きを、直ぐ後ろに居る大独活は確かに目撃している。彼は耳に指を当てて、小声で何かを話し始める。その声はデパートの中の喧騒に掻き消され、何を喋っているかまでは分からない。
「行こ」
被身子の手を引っ張りながら、癒々はエスカレーターの上で歩き出す。何はどうあれ、のんびりしている時間はそんなに無い。デートの時間は、あと五十分ぐらいしか残っていないのだ。
■
婚約指輪を買う為の店なんて、そう数があるわけじゃない。様々な店が入っている大きなデパートでも、ちゃんとした指輪を買おうと思ったら行き先はどうしても限られてしまう。そんな訳で被身子と癒々がやって来たのは、お高い値札の商品しか置かれていないジュエリーショップだ。雄英の制服を着た女子高生二人がやって来たものだから、店員は少し目を丸くしている。が、婚約指輪を買いに来たことを癒々が告げると何故か即座に納得して接客を始めてくれた。どうやらこの店員、雄英体育祭を観ていたらしい。
ちなみに大独活は店の前で待機しているのだが、癒々が何を欲しがっているのかを知った時は真顔になっていた。まさか公安のお金で婚約指輪を買おうとしているなんて、毛ほども思っていなかったらしい。
ショーケースに陳列された指輪を、癒々はひとつひとつ眺めていく。珍しく真剣になっているようだ。大好きな恋人がどの指輪にするか悩んでいる姿を見た被身子は、とても嬉しそうにしている。今の癒々をもっと間近で見ていたい彼女だけれど、別の店員に連れられてリングサイズを測ることになってしまった。なので今は、店内の隅にあるカウンターで指の太さを測られながら遠巻きに悩める癒々を眺めている。
「んー……?」
意気揚々と指輪を買いに来たのは良いものの、いまいちピンと来ない癒々である。陳列された指輪から被身子の要望通りの物を探しているのだが、癒々のお眼鏡にかなうものはまだ見当たらない。そもそも、カァイイ婚約指輪を探すこと自体が間違っているような気がしないでもないが。
「もしよろしければ、オーダーメイドと言う方法もありますよ」
「んー。……じゃあ、それで」
「畏まりました。ではカタログやサンプルを持ってきますので、そちらでお待ち下さい」
あれこれと指輪を見て回った癒々だけれど、やはり気になるデザインの物はひとつも無かったらしい。なので、彼女はあっさりオーダーメイドと言う選択肢を選んだ。カァイイ指輪が無いなら作ってしまえば良いとでも思っているのだろうか。そんな恋人を見て、呆れるよりも先に嬉しくなってしまった被身子は、指を測られながらも微笑んでしまう。
「お二人は、本当にご結婚なされるのですね」
「……はい。まぁ、ゆくゆくは……ですけど」
「ご結婚おめでとうございます」
「それは……言われるにはまだ早いのです」
「では、ご婚約おめでとうございます」
「……はい。ありがとうございます」
妙に生暖かい視線を向けられるのは良い気分とは言えないけれど、不思議と悪い気分にはならない。被身子は癒々となら、結婚したって良いと思っている。年齢の都合上今すぐ結婚することが出来ないから、癒々が十八歳になるのを待っているだけだ。勿論、恋人としての時間もしっかり楽しみたい。今すぐ結婚したいと思っている恋人を待たせるのはちょっと歯痒いけれど、こればっかりはどうしようもないのだ。癒々に我慢して貰うしかない。
離れたところで店員と、ああじゃないこうじゃないと話している癒々を愛おしく思いながら、被身子は目を細める。デートの残り時間の殆どは指輪選びに費やされてしまうだろうけど、恋人があんまりにも真剣なのだ。だから、ここでデートが終わってしまっても良い気分になってしまっている。
「はい、測り終わりましたよ。彼女さんのところ、行ってあげてくださいね」
「……はい。そうします」
リングサイズは測り終わってしまったので、自由になった被身子は未だ店員にあれこれと相談している癒々の元へと向かう。
「どんな指輪にするか、決まりました?」
まだまだお悩み中の癒々に後ろから抱き付いて、ちょっと意地悪な声で囁く。すると彼女は、後ろから回された被身子の腕をぎゅっと抱き締めて首を横に振った。
「全然。どの石が良い?」
「……指輪の宝石、ですか?」
「ん」
「じゃあ、私が好きそうなのにして? 癒々ちゃんがいっぱい悩んで、選んでくれたのが嬉しいのです」
「ならトパーズにする」
ここに来て、まさかの即決だった。さっきまで何に悩んでいたのかと聞きたくなるぐらい、直ぐに決めてしまった。どうせなら癒々にいっぱい悩んで欲しかった被身子なのだが、残念ながらお悩みタイムはもう終わりらしい。それがちょっと気に食わなかったのか、彼女は抱き締める腕の力を強くする。
「どうして、そう思うの?」
「わたしの目と同じ色だから」
「……」
ぐぅの音も出ない答えを出されてしまって、もう黙ることしか出来ない被身子である。指輪に合わせる宝石は沢山あるが、その中でも彼女の目を引くのはトパーズだ。理由はたった今、癒々が語った通り。まるで癒々の瞳のようだから、トパーズが気になってしまう。好きと言っても良い。
「それとも、嫌い?」
「むー……。大好き」
「じゃあトパーズ」
「……もーちょっと悩んで欲しかったのです……」
何だか負けたような気がしてしまって、被身子はちょっと解せない気分になっている。同時に、自分の事をちゃんと見てくれていると分かって嬉しくもなる。だから癒々をもっと強く抱き締めて、彼女の髪に顔を埋めた。
そんな被身子を見た店員は苦笑いを浮かべているが、被身子も癒々もただ触れ合う分には人目を気にする方じゃない。むしろ人前でイチャイチャするぐらいが、彼女達にとってはちょうど良い。誰が誰の物であるのかを、しっかりと周囲に周知することが出来る。A組一番のバカップルは、校舎の中でなくてもバカップルなのだ。
「では、ひとまずこちらのご要望でサンプルを作らさせていただきます。それでお気に召したようでしたら、本格的に作らせて頂きますので」
「ん。よろしく」
店に入ってから、まだそんなに時間は経っていない。最初はあれこれと悩んでいた癒々だけれど、オーダーメイドにすると決めてからは話が早かった。リングの形状も宝石の種類も裏に彫る刻印の文体も、直ぐに決めてしまった。さっきまでの悩みっぷりは、本当に何だったのかと思える程だ。
何はともあれ、癒々の買い物は一段落付いた。婚約指輪の注文は済んだので、もう彼女の買い物は終わりのようだ。デートの残り時間は、三十五分程は残っている。
「時間余ったけど、被身子は?」
「……えっと。……じゃあ、ブラブラしましょう」
「何も買わないの?」
「ほんとは癒々ちゃんのお洋服が買いたいですけど、時間無いから……」
「それは、また今度」
「はい、また今度。約束です」
本当は癒々に着せる服を買い漁りたい被身子だけれども、今日はもう時間が無い。癒々は半分以上の時間を残してくれたが、それでも三十分と少しで服を買うのは難しい。沢山選びたいし、沢山試着して欲しいし、沢山買い込みたい。でも次のデートの約束が出来たので、今回は諦めることにしたようだ。
この後、二人は特に行く当てもなくデパートの中をブラブラと歩く。ちなみに、婚約指輪の代金は二つで七十三万と少し。癒々は当然、公安の財布からお金を出した。
癒々「支払いよろしく」
大独活「 」
公安「大独活くん、この請求書なに? 指輪? なんで?」
大独活「 」
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