わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
富士中事件から、二ヶ月半が経過した。人の噂は七十五日とはよく言ったもので、大抵の人はもう富士中事件について語らない。ニュース番組やSNSでも、あの痛ましい事件が語られることは無くなってきた。それはヴィラン犯罪が毎日どこかしらで起きていることや、その中にはそこそこ大きな事件が発生していたこと、何よりヒーロー公安委員会がメディア操作を行ったことが大きい。
もう暫くすれば、富士中事件と言う通称すら忘れ去られてしまうだろう。癒々の存在を世間に隠しておきたい公安からすれば、忘れて貰わった方が都合が良い。
二ヶ月半前。研究施設から救出された七躬治癒々は暫くの入院生活を余儀なくされていた。衰弱した身体の回復が医者から見て非常に遅い上に、なんなら再び体が弱り始めたのである。流石にこれは手に負えないと言うことで、静岡県の総合病院から、同じく静岡県にあるセントラル病院・第三支部に転院させられた。それから長時間による精密検査により、体力が一向に回復しないのは彼女が持つ個性が原因であることが判明。
この事実を、癒々は検査をされる前から知っていた。彼女は記憶喪失だが、自分の個性についてはハッキリと憶えている。そして困ったことに、特定の人物以外とは殆ど会話しない。公安から個性については伏せるよう指示されたこともあって、今回は悪い方向に話が噛み合ってしまったのだ。
そんなこんなで、癒々がセントラル病院に転院してからの数日は公安も医者もドタバタ騒ぎだった。
衰弱の原因が判明してからは、話が早かった。癒々に足りないのは十分な休息とリラックス。そして何より食事だった。
彼女は個性の影響により、基礎代謝が凄まじく高い。だいたい成人男性の三倍。つまり、なにもしていなくとも日に6000キロカロリー前後も消費しているのだ。そんな状態で普通の食事をしていたら体重は落ちていく一方だし、いずれは栄養失調、そして飢餓に陥る。なので、癒々には病院食ではなく普通の食事がかなり多く与えられるようになった。
しっかりと食事を取るようになると癒々の身体はみるみる内に回復していき、セントラルに転院してから十日程で完全に健康を取り戻したのである。その後は一ヶ月程リハビリテーションで運動機能を取り戻す毎日を送り、癒々は退院の許可が降りた。
「これ嫌。可愛くないです」
「でも、外したり壊したら怒られるよ?」
「そんなこと聞いてないです。可愛くないって話です」
「……んー、そうだねぇ……」
元気になったから退院と言うことになる訳だが、その際被身子が思いっきり機嫌を損ねる事態が発生した。
退院祝いと称して
これは、癒々の警護の為であり被身子を監視する為だ。
セントラル病院に来てからも二人は病室で同棲していた。その間も当然警護と監視が続いていたが、癒々も被身子もお互いにべったりくっ付いて離れようとしなかったし、表向き被身子が無害を装っていたことで監視の目は緩かった。実際は、毎晩痕跡を残すことなくチウチウしていたのだが。
しかしこれからは、常に二人の側に人員を置いて警護をするわけにはいかない。七躬治癒々に下手に注目を集めてしまうことを避けておきたいからだ。
「どうせならもっとデザインに配慮して欲しいです。それに……癒々ちゃんは、監視されて嫌じゃないの?」
「被身子と一緒なら、あとはどうでも良い。ほら、行こ」
すっかり拗ねている被身子の手を取って、癒々は今までお世話になっていた病室を出る。彼女はすっかり健康になった。喋ることすらままならない程に衰弱していたことが嘘のよう。ただ、相変わらず他者には無関心だ。それは自分の身の回りで起きた事についても同様である。
七躬治癒々は、オールマイトと被身子以外の事にはあまり興味を示さない。大抵の事はどうでも良いで済ませてしまう。こんな彼女に教育を施そうとしている公安は、さぞや苦労することになるだろう。
荷物を持った二人は消毒液の匂いが充満した清潔で広い廊下を歩き、外来患者で賑わっている受け付け前を通り過ぎて、外へ出る。
折角の退院日なのに、天気は雨模様。梅雨の季節がやって来たようで、ここ数日はジメジメとした日ばかりが続いている。空調が整えられた快適な室内と違い、外は過ごしにくい。アスファルトは水浸しだし、跳ねる雨粒は靴を濡らす。髪が長過ぎる癒々には、高過ぎる湿気は天敵なのだろう。現に膝下まで伸びている白髪を少し気にしている。そんな彼女を見て被身子は立ち止まり、少し古びたリュックサックから黒いヘアゴムと柘榴のように赤いシュシュを取り出した。
「髪結ぶね。汚れちゃう」
「んー」
病院の出入り口ではあるのだが、まだ屋根がある内に被身子は癒々の後ろ髪を慣れた手付きでひとつに纏めていく。入院中、癒々の髪を散々弄っていたのが彼女だ。人の髪を結ぶのはもうお手の物。時間をかけることなく、被身子は慣れた手付きであっという間にポニーテールを作り上げる。
今日の癒々は、一回りもサイズが大きいパーカーにミニスカートを合わせた格好をしている。彼女は緩く着れて直ぐに脱げる服を好む。機能性とかデザイン性は特に気にしていない。カァイイが好きな被身子からすると今の癒々のファッションは、不満でしかない。今度一緒に洋服を買いに行こうと真っ先に提案してしまう程度には、不評だった。
被身子は被身子で卒業した中学校の制服を着ている。本人曰く制服はカァイイから着ていたいらしい。髪はたった今、ポニーテールに変えた。癒々とお揃いにしていたいようだ。
お揃いの髪型になった二人は再び自然と手を繋ぐ。用意された新居に行く為に歩き始めると、耳障りな音が彼女達の耳に入った。思わず何かと音がした方向に目を向けると、角張ったスポーツカーが近付いてくるのが見えた。エルクレスと言う車種だ。運転席には、画風の違う大男が乗っている。そう、オールマイトである。
「私が、車で迎えに来た!」
わざわざ平和の象徴が車で迎えに来るなんて、何と畏れ多いことか。彼のファンだったら喜びの歓声を上げて卒倒しそうなぐらいのシチュエーションだ。もっとも、癒々の反応は薄いし被身子はちょっと嫌そうな顔になっている。
「どうしてここに?」
「ちょっと七躬治少女に用があったから、公安の方に送迎を代わって貰ってね。さ、私のファンが駆け付ける前に乗って乗って」
「そ。じゃあよろしく」
「シートベルトはしっかり付けような少女達!」
素っ気ない態度を見せながら、癒々は勝手にドアを開いて助手席に座る。繋いでいた手を離された被身子は嫌そうな顔をそのままに、後部座席に乗り込んだ。雨の中を歩かずに新居に行けるのはありがたい話のだが、それはそれとして雨の中を好きな人と歩きたいなんて乙女心があったのも事実。繋いでいた手を癒々の方から離されたこともちょっと気に食わない。
車が静かに発進すると、癒々は体を捻って後部座席に目を向ける。すると、不満そうに唇を尖らせた被身子と目が合った。
「ごめん。ちょっと、オールマイトと話すね?」
と言いながら、癒々は右手をシート越しに伸ばした。被身子は差し伸べられた手を握って、窓の外に目を向けた。
「ちょっとだけですよ」
「ん……。ありがと」
「あとで……させてくれたら、許します」
「うん。好きなだけして」
(……あれ、もしかしてお邪魔虫だったかな?)
「……それで、わたしに用って?」
「ああ。これを渡そうと思ってね。退院祝い」
運転をしながら、オールマイトは癒々にスマートフォンを差し出した。白色で、形がゴツい。何せ防水・対衝撃仕様。しかも背面にはオールマイトのプロマイドが貼り付けてある。どう考えても十四歳の少女が使うには似合わない代物だ。
しかし、わざわざそんな物を持ってきたと言うことは何か意図がある筈だ。そうでないなら郵送で済ませられることで、わざわざオールマイト本人が手渡しに来る理由が無い。
「……貰うね。用はそれだけ?」
「ああ、今はそれだけ。ところで七躬治少女。学校生活に興味は?」
「どーでも良い」
有る訳が無かった。何なら当然の返答である。
「身体の調子、どう?」
「見ての通り元気さ。心配される必要なんて無いぐらいに」
「……嘘は良くない。そんなに弱ってて、どこが元気なの?」
癒々は今、個性を使っている。活性化した視覚と聴力、それから嗅覚を併せてオールマイトの体調を勝手に診ている。
彼女の目は、どんな小さな仕草も見逃さない。
彼女の耳は、僅かな声の変化を聞き逃さない。
彼女の鼻は、的確に匂いを捉えて間違えない。
運転しているNo.1ヒーローの一挙一動をつぶさに観察し、何もかもを見通している。
だから、嘘は通じない。彼女の五感を欺くことは簡単にやれることじゃない。
「もうその怪我をわたしの個性で治すことは出来ないけど、これ以上悪化しないようには出来る。……そうする?」
「……気持ちだけ受け取っておくよ。君の個性は、私に使わなくて良い」
「……役に立ちたいのに……」
「……君の個性は、なるべく使うべきじゃない。命を使うんだろう?」
個性『大活性』は、一度使えば癒々の生命力を消費する。いわゆる『活力』と言うものを使う個性は幾つもあるが、大抵は体力切れと共に個性が扱えなくなる。だが彼女の個性の場合、使用に限界が無いことが研究資料に書かれていた。本人が使う意思を変えない限り『大活性』は永遠に生命力を消費していく。嘘であって欲しい情報だが、残念ながらセントラル病院で行われた個性の精密検査でも同じ結論が出されている。
命を使い、命を助ける個性。ただその力は、半歩の過ちで癒々を殺してしまう危うい力でもあるのだ。
「命なんて、どうでも良い」
「駄目だ。命は大事にしなきゃいけない。七躬治少女を犠牲に、健康になりたいなんて誰も思わない。そんな事を言ってると、渡我少女が悲しむぞ」
「……嫌い。オールマイトなんて」
「嫌われても良いさ。とにかく、その個性は私に使わないでくれよ」
OFAの役に立つことは、まだ許されない。これから先、オールマイトが癒々の提案に頷くことは決して無いだろう。それでも、まだ彼女の心は変わらない。
気が付けば、新居が見えていた。
■
セントラル病院から車で十分足らず。徒歩にして二十数分程度。そこに、最近建築された真新しいタワーマンションがある。オートロック完備でセキュリティレベルも高く、部屋は3LDKでお家賃はそれはもうとんでもなく高い。そんなマンションの三階角部屋が、癒々と被身子に宛がわれた住まいなのである。
病院に近い住まいを用意されたのは、癒々に何かしらの危害が加わった場合を公安が想定してのことだ。もっとも、多少の傷ならば彼女は自分の個性で治せてしまう。個性の使用は許可されていないが、緊急時となれば話は別だ。
ブレスレットと一緒に渡された鍵を使い、癒々と被身子は新居に足を踏み入れる。オールマイトはもう居ない。二人を送り届けるなり、直ぐに帰ってしまった。
入院していた頃と違い、人による監視の目はもう無い。建物付近や、何なら隣の部屋で待機している者が居ないとは言い切れないが、とにかく直ぐ近くに人は居ない。つまり、もう我慢する必要なんてどこにも無いのである。
「……癒々ちゃん。もう良い……よね?」
「ん。良いよ」
玄関の扉を閉じるなり、被身子は癒々の小さな両肩に手を置く。そして、靴を脱ぐこともせず癒々の体を扉に押し付けた。彼女の両足の間に膝を差し込んで、少し屈む。そうすると、直ぐ目の前に細い首筋が見える。
数秒だけ目を合わせた後に、被身子は癒々の首筋に噛み付いた。いつもより乱雑に、いつもより力強く。もう人目を盗む必要はない。ベッドや服を汚すことを気にして、控え目にする必要だってない。これから思う存分チウチウ出来るのだ。我ながら節操が無いと頭の片隅で思いながら、それでも被身子は自分を止められない。
「……っ」
今日はいつもより、傷が深い。痛みが重い。遠慮も加減も無くなった吸血行為は、同意の上であっても暴力と言えるだろう。それでも、癒々は個性を使って被身子の好きなようにさせる。両腕を彼女の背中に回して、少し熱っぽい吐息を吐き出しながら。
チウチウされることは、癒々にとって被身子との繋がりを再確認する行為と言っても良い。こうやって求められることが、実は喜ばしい。彼女がこんな様子だから、被身子は余計に調子付いてしまうのだ。
溢れ出た血が肌を伝い、赤い筋となって落ちていく。
被身子は不満だ。どうせなら、雨の中を二人で歩いてここに来たかった。二人きりの時間を過ごしていたかった。そうして、流れのままにチウチウしたかった。なのに、そうはならなかった。ヒーローも警察も、いつも彼女の邪魔をする。血への強い憧れを抱えてしまった少女にとって、この世界は生きにくい。
パーカーに血がどんどん滲んでいく。いつもよりずっと出血が激しい上に、被身子の口からも血が溢れ落ちていく。
「んっ、……もっと……」
まだ足りない。もっと欲しい。このままお腹いっぱいになるまで血を飲みたい。そんな気持ちばかりが膨れ上がって、どうしようもない。
完全に暴走してしまっている。その原因は、癒々の血と被身子の個性に有る。
個性因子を持つ人間は、個性に合わせて肉体が変質していく。
例えば、火を吹く個性を持っている者は喉や口が熱に強くなり、火を吹いても火傷をしなくなる。
例えば、氷を生み出す個性を持っている者は寒さや冷たさに強くなる。多少の冷気なら平然としていられる程に。
それらは、自らの個性で自らが傷付かないよう身体が変化していくから起こること。進化してると言っても良い。ならば、血をエネルギーとして『変身』する被身子は血を吸えば吸う程に血への渇望が増していくのだろう。個性は身体機能。身体を維持するために必要なのは栄養。吸血を続けていたら、血を吸うことと食事が同義になっていてもおかしくはない。
何より、癒々の血を毎日吸っていることがマズい。
被身子のチウチウの為に、癒々は身体を活性化させる。事の最中に失血死しないために、事が済んでも問題無いように、内臓の働きを強め血液を増産させるのだ。その為に必要なのは、体内も含めて全身を活性化させること。だから、血液すら活性化している。それが、良くなかった。
活性化した癒々の血を摂取すると、摂取した者の個性因子が活性化してしまう。結果、通常とは異なった速度と条件で個性が成長していく。一度きりの活性化ならば大した問題にはならないだろう。だけど被身子の場合、毎日必ず癒々の血を飲んでいる。
知らず知らずの内に、被身子の個性は伸び始めている。この調子で血液を摂取し続けていたら、彼女の個性がどのような変化が訪れるのか分からない。
「……んっ。ふは……。ぁむ……っ」
血の臭いと味。我慢せずチウチウ出来る幸福で被身子はどんどん陶酔していく。頬を赤らめ息を熱くしながら、溢れ出る血に何度も何度も吸い付き続ける。
そんな被身子に、癒々は力強く抱き縋る。陶酔しているのは彼女も一緒だ。こうしていると心が満たされる。寂しさも不安もない。気持ちがふわふわして、何と例えたら良いのか分からない心地良さに拐われてしまう。
もっと味わっていたいような、味わっていたくないような。幸福感と背徳感が混ざり合ったぐちゃぐちゃの感情に支配されながら、癒々は静かに目蓋を閉じ身体の力を抜いていく。やがて彼女は、被身子を抱き締めたまま、ずるずると床に腰を降ろして目を閉じる。
どんどんどんどんお互いの息が荒くなって、お互いの熱が高まっていく。自制は出来ない。するつもりも無い。こうなってしまった以上、もう二人は行くところまで行ってしまうだろう。
「……っ、被身子……被身……こ……っ」
癒々はチウチウされながら、まだ被身子を煽るような真似をする。背中に回した指を立て、でも決して爪は立てないように気を付けながら、甘えた声を喉の奥から絞り出す。
行為が、激しさを増していく。流れ出る血の量は増え続けて、とうとう玄関を汚し始めた。だけど今の二人は、そんな事はまるで気にならない。気にすることが出来ない。お互いに、余裕が無い。
相手を喰らうような行為と、相手に喰らわれるような行為。そのどちらもが、お互いの心を満たし切るまで続く。
……十数分後。理性を取り戻した二人を待っていたのは、血に染まった玄関を綺麗さっぱり掃除することだった。
ダイナミックでアグレッシブなトガの予定でしたがセンシティブトガになってしまった不思議。プロット殺したんで仕方ないですね。あるぇ???
あと二話投稿したらストックが切れるので一旦間が開きます。