わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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それぞれの苦悩

 

 

 

 

 職場体験が始まるまで、二週間ある。だからその二週間の内に、芦戸三奈は何とかしておきたい事がひとつある。それは、体育祭の最中からずっと続いている悩み事だ。

 彼女は、渡我被身子と仲良くなりたい。友達になりたい。だけど、どうしたら良いのか分からなくて、動きようが無い。未だ被身子が人殺しだなんて信じたくないし、信じられない。でも、嘘を吐かれているわけじゃない。被身子が人殺しであることは、確かな事実なのだ。

 芦戸の知らないところで、A組の皆が知らないところで、確かに被身子は人を殺している。だから友達にはなれない、友達なんか要らないと彼女は言っていた。

 

 その言葉を鵜呑みにして、被身子に関わらないで居られたらどれだけ楽だったろうか。別にクラスメートだからと言って、誰とでも仲良くする必要は無い。友達は選んだって良い。

 でも、ここで自分が逃げてしまったらもう誰も……七躬治癒々以外、渡我被身子を分からないままになってしまう気がする。あの二人自体が、誰とも関わらずに生きてしまう気がするのだ。それは、余りにも寂しいことだと芦戸は思う。

 

「……はぁ……」

 

 授業中にも関わらず、芦戸は溜め息ばかりだ。先生の言葉も、授業内容も頭に全く入ってこない。このままじゃ良くないなと思いつつも、目の前の問題に答えを出すことも、無視することも出来ない。無理矢理考えないようにしても、気が付けば授業中にも関わらず遠い席に居る被身子を見詰めてしまうし、そしたらそしたらで彼女の言葉をどうしても思い出してしまう。

 

(どうすれば良いのかな……。こんな事、誰にも話せないし……)

 

 思考の渦から、抜け出せない。お陰で何も手に付かない。体育祭後の休日は、うだうだと悩んでいる内に終わってしまった。せめて誰かに相談することが出来れば、少しは悩まずに済むだろう。だが被身子が隠していることを、誰かに話すような真似は絶対に出来ない。仮に話したとしても、信じては貰えない。

 

 悩み過ぎて、考え過ぎて、胸が苦しい。頭がぐるぐるして気持ち悪い。

 

(ねえ渡我……。何で? 何で人を殺したの? どうして我慢出来なかったの? 何で雄英に入ったの? 七躬治は、どうして渡我を受け入れられたの……?

 分かんない。何も分かんない……っ!)

 

 もう本当に、授業どころじゃない。顔をしかめた芦戸は机に突っ伏して、目蓋を閉じる。教壇に立つ相澤先生がジロリと芦戸を睨んだが、直ぐに眉間から力を抜いた。今の芦戸を見た彼は、何か面倒な事があったなと密かに察する。が、今直ぐに何かをしてあげるつもりは無いようだ。

 生徒の問題は、生徒自身が解決しなければ意味が無い。頼ってくるようなら、勿論担任として手助けぐらいはする。問題を起こすようなら、面倒この上無いが指導する。だが生徒が一人で悩んでいるところに、わざわざ首を突っ込むような真似はしない。近過ぎない位置で、遠過ぎない位置で、相澤は自分が受け持った生徒達を見守り続ける。

 

「……今日の授業はここまでとする。集中してない奴が居るからな。七躬治、ちょっと来い。以上」

 

 まだ授業時間が三十分以上は余っているにも関わらず、相澤先生は教材を片手に教室を出て行ってしまった。しかも癒々を呼び出している。今回の授業はヒーロー基礎学の座学で、大事な授業だ。それをあの相澤先生が中断する程、癒々は何かをやらかしたのだとA組の面々は勝手に思う。

 が、被身子だけは首を傾げた。今日の癒々はまだ何もしていない。授業自体には参加しているし、寝ても居なかった。それはわざわざ後ろを振り向かずとも、寝息が聞こえて来なかったから分かっている。なのに、相澤が授業を中断してまで癒々を呼び出したのだ。つまり、納得が行かないのである。

 そして癒々は、相澤からの呼び出しに素直に応じた。欠伸をしながら、教室を出て行く。その際名残惜しそうに被身子の後ろ姿を見ていたが、わざわざ匂いを嗅ぎには行かなかった。

 彼女は廊下に出て、先を歩く担任の後ろを距離を保ったまま付いて行く。別に警戒してるわけでも、これからお説教されるかもしれないと考えて足取りが重くなっているわけでも無い。ただ普通に歩いているだけだ。

 歩くこと、数分足らず。相澤は階段を前に足を止めて、振り返った。その場で少し待つと、問題児が追い付いた。

 

「お前のせいで授業が中断になったとクラスメートが思うのは、悪いと思ってる」

「別に。どう思われても、どうでも良い。

 ……それで?」

「幾つか確認しておきたい事がある。渡我の事だ」

「被身子が何?」

 

 階段の踊り場にて。腕を組み壁に寄り掛かった相澤の前で、癒々は首を傾げた。彼が授業を中断した理由は、目の前の問題児が何かしたからではない。まだ今日は何もしていない。なのに授業を放り出したのは、別の理由があってのことだ。

 

「……今朝、大独活さんが来てな。渡我がお前の血を吸っている件について相談してきた。今更確認するまでも無いと思っているが、事実か?」

「……」

「渡我の個性の都合上、お前の血を摂取していることについて雄英(こっち)は把握している。それを俺達が咎めるつもりはない。個性を使う上で、必要なことだ」

「それで?」

「お前は学年全体で見ても最も問題児だが、渡我もそれなりの問題児ってことだ。彼女の事情についても雄英は把握している。

 ……七躬治。お前、どうやって渡我の衝動を抑え込んでる? 何故渡我は大人しくしている?」

 

 渡我被身子について、雄英はとっくの昔に調べ上げている。その上で、彼女を生徒として迎え入れている。だからこそ、懸念事項が有るのは事実だ。

 被身子は、血を求めずには要られない。その為だったら猟奇的な行いをすることだって、十分に有り得る。過去に同級生を切り付けて血を啜り、警察から逃げ出した。数ヵ月も行方不明になっていた。そんな彼女が、今ではちゃんと学校に来て、誰に危害を加えること無く真面目に学業に取り組んでいる。体育祭だって、それなりのところまで勝ち残っていた。特別秀でている訳ではないが、劣っている訳でもない。時折授業をサボろうとするが、それは遊びたい盛りの高校生の小さな過ち程度でしかない。

 

 ハッキリ言って、事情を知る教師から見た今の渡我被身子は不気味なのだ。

 何故、普通にしていられるのか。堪え難い筈の衝動を、どうして抑え込んでいられるのか。

 

 それを、最も近しい癒々に聞くことで知ろうとしている。だが、それは間違いと言えるだろう。何故なら。

 

「……それを話したとして、あなたは理解出来るの? どうせ理解出来ないくせに、聞こうとしないで」

「何?」

「誰も理解出来ない事を、話すつもりは無い。わたしはもう、被身子を誰かに理解して欲しいと思わない。

 わたしだけが、分かってれば良い」

 

 今の癒々が、被身子について話す理由がどこにも無いからだ。もう彼女は、誰も被身子を理解出来ないのだと決め付けてしまっている。

 だから、担任ですら冷たく睨み上げる。これ以上この件について話すつもりは無いと、失望と諦念の色が混ざった黄金色の瞳が語っている。

 

 ……そんな癒々を見た相澤は、生徒の前でしゃがみ込む。態度が豹変した生徒を静かに見上げ、そしてゆっくりと口を開いた。

 

「それでも、話してみろ。お前一人で抱え込もうとするな」

「……」

「七躬治。お前も渡我も、俺の生徒だ。一度受け持った以上、最後まで俺が見る」

「……」

「話してみろ。理解出来ないなんて言葉は、先生が生徒に向かって言ったりしないよ。そうやって一人で塞ぎ込む前に、まずは周りに居る皆を頼れ」

 

 どれだけ問題児だったとしても、今自分が受け持っている生徒が何か重い物を抱え込んでしまっている。その状況を放り出すような真似を、彼はしない。癒々が常日頃から何かをしでかして、その度に頭痛の種が増えても、まだ除籍にはしない。彼女の背景に有るものを人伝ではあるが聞いているし、だから他の生徒と比べて常識が欠如してしまっていることも知っている。

 甘やかすつもりは毛頭無いが、かと言って見放すつもりも無い。

 何故なら、相澤は知っているのだ。目の前の問題児が記憶喪失であり、かなり特殊な立場に身を置いていることを。右も左も忘れてしまった子供なのに、その将来が公安に縛り付けられていることを。

 だからこそ、時間をかけて教えてあげなくちゃいけない事が山程あると言うことも。

 

 ちゃんと先生として、何より大人として分かっている。だから何か問題を起こせば叱り付けるし、苦しんでいるのなら声をかける。それは、彼なりの優しさだ。

 

「話したくない。誰も信じられない」

「……そうか。これだけは答えてくれ。渡我は大事か? 大切か?」

「……ん。大事だし、大切」

「分かった。悪かったよ、話したくないことを話させようとして」

 

 そう言って相澤は立ち上がり、そして癒々の頭に手を置いた。

 

「俺がちゃんと見ておく。重たいもんに押し潰されそうになったら、その時は言いに来い」

 

 この時。担任からの気遣いを受けた癒々は、彼から気まずそうに目を逸らす。そして。

 

「……、どうでも……良い……」

 

 お礼を言うことも出来ず、いつもの決まり文句を口にした。そんな生徒を見て、相澤は眉間に皺を寄せながら、どうしたものかと溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 昼休み。芦戸は食欲が湧かなかった。被身子や癒々の事を考え過ぎて、昼食を摂るどころじゃない。でも、午後の授業を考えると少しでも何かを口にしておいた方が良い。それに、自分の様子が今朝からずっとおかしいと心配して詰め寄って来た友人達を無下にすることは出来なかった。

 なので現在、芦戸は被身子と癒々を除いたA組女子達と、広々とした中庭のベンチに腰掛け、顔を向かい合わせながら昼食を摂っている。流石に全員ベンチに座ることは出来ないので、八百万が作ったレジャーシートに半数が座っているのだが。

 

「さぁさぁ、話しちゃいなよ芦戸ちゃん!」

「そうそう。ぶち撒けた方が楽なことだってあるよ」

「あまりお一人で抱え込まないでください。私達は全力でお力になりますわ」

「多分渡我さんと七躬治さんのこと、だよね?」

「お茶子ちゃん、ザックリ行くのね」

「えっ、あっ、いや……そうなんじゃないかなって……」

 

 この場に居る女子の誰もが、自分の事を心配してくれている。それ自体はとても嬉しい事なのだけれど、皆からの好意に甘えてしまって良いのか芦戸はつい考えてしまう。ここで皆に相談に乗って貰うと言うことは、即ち被身子の秘密を暴露することに他ならない。幾ら何でもそんな真似は出来ないし、そんな真似をしたら皆が同じ悩みを抱えるだけだ。きっと誰もが、被身子を理解出来なくて頭を抱えてしまうだろう。そう思ったら、今抱えている悩み事を口にすることは、とても出来ない。

 

「あー、分かった! もしかして芦戸ちゃん、渡我ちゃんに恋しちゃったんでしょ!」

 

 口を閉じたまま喋れないでいる芦戸に向かって、直ぐ隣でパンを頬張っていた葉隠がすっとんきょうな事を言い出し始めた。何でそんな発想に至ってしまったのか理解が追い付かないところではあるが、何故か妙に自信満々な物言いである。

 ただ、葉隠がそうなるのも、多少仕方ないところが有るのは事実だ。今日の芦戸は、チラチラと被身子を見ては溜め息を吐き、話し掛けようとしてやっぱり話し掛けないなんて事を何度かしていた。体育祭の時、被身子に向かって何か思っている素振りも見せていた。女子会の時だって、被身子に何かを話したそうにしていたのだ。

 葉隠からすれば、芦戸が被身子に対して恋をしているように見えなくもない。

 

「えっ、そうなん? フクザツだぁ……」

「芦戸が渡我に? ぁーそれ……勝ち目無くない? だって渡我、七躬治にベタ惚れじゃん」

「いやでも耳郎ちゃん! そこは猛烈アタックしかけたらもしかするかもよ!? ね、芦戸ちゃん!」

「えっ、いやっ、別に渡我に恋してるとかそんなんじゃ……っ!」

「またまた〜〜。隠さなくて良いよ! 正直になっちゃいなよ〜〜。初恋の人、渡我ちゃんなんでしょ〜〜??」

 

 完全に誤解されてしまっている。その挙げ句、軌道修正が難しい程の勢いで話が勝手に進んでいる。初恋の人が被身子だと葉隠には思われてしまっているし、何か耳郎は勝手に納得しているし、八百万は口元に手を当ててちょっと驚いた表情を浮かべている。麗日も葉隠の発言を話を真に受けているようだ。

 

「ち、違うって! ほんとに違う! 渡我に恋なんてしてないからっ! アタシそういうのほんと分からないからっ! したこともないし!」

 

 両手も首もブンブンと振りながら芦戸は必死になって否定するけれども、残念ながらその必死さが余計に葉隠や耳郎を煽ってしまう。詳しい事情を知らぬ者からしたら、今の芦戸は被身子に恋をしていると言ってしまっているようなものなのである。

 なので、葉隠の邪推も耳郎の便乗も八百万や麗日の誤解を助長させてしまう。何故かすっかり恋ばなムードになってしまっているのは、気のせいではない。

 

「じゃあさ、渡我をどう思ってんの?」

「どうって……、その……仲良くなりたいけど……。言っとくけど恋はしてないからね!? そういう意味じゃないからっ!」

「もう既に渡我さんと芦戸さんは仲良しだとは思いますけれど……。違いますの?」

「ん、んん……。ちょっと複雑になっちゃって……」

「恋しちゃったから?」

「だーかーらーっ!」

 

 どうにも話が間違った方向に行きがちだ。これでは悩みを聞いて貰うどころではない。かと言って、本当のことは何一つ話すことが出来ないので芦戸は歯痒そうにしている。

 

「三奈ちゃんは、どうしたいのかしら?」

 

 歯痒そうにしている芦戸に、蛙吹が問い掛ける。周囲に流されることなく、しっかりと芦戸の悩みを聞こうとしてくれている。だからようやく、芦戸はちゃんと自分が何に悩んでいるのかを口にすることが出来そうだ。

 

「……渡我と仲良くなりたいよ。友達になりたい。でもその、アタシ全然渡我の事……分かんなくて。ついでに七躬治の事も分かんなくなっちゃって……」

「友達だからって、全部を分かろうとしなくて良いのよ?」

「それはそうかも知んないけど……。でも、友達なら分かってあげたいじゃん。渡我のこと、ほっとけないよ……」

 

 被身子が何を思って友達にはなれない。なんて口にしたのか、もう芦戸は知っている。芦戸だけが知っている。

 このままだと被身子は、皆とは仲良くしても友達にはならない。作り笑いだけを浮かべて、癒々以外には本当の笑顔を見せないままで居てしまう。詳しい事情を知らないクラスメート達は、そんな被身子をそのまま受け入れてしまうだろう。

 芦戸は、それが堪え難い。被身子と癒々がふたりぼっちになってしまうことが。被身子が皆の前では本心から笑わないまま、この先を過ごすことも。

 

 なのに。どうしようもなくて。被身子を分かってあげることが、出来なくて。だから塞ぎ込んでしまう。心配してくれている友達の前ですら、黙り込んでしまう。

 

「……何で芦戸がそんなに渡我のこと悩んでるのか、ウチには分からないけどさ。でも分からなきゃ友達じゃない、なんてことは無くない?

 ぶっちゃけウチ、七躬治の事全然分からないし」

 

 黙ってしまった芦戸を前に、耳郎がぶっちゃけた。とんだ物言いではあるけれど、これに関しては癒々が悪い部分が大きいだろう。

 そもそも、癒々の事をちゃんと分かっている者がA組にはどれだけ居るのだろうか。自由奔放過ぎるが故に謹慎になったり、しょっちゅう反省文を書かされているA組一番の問題児が癒々なのだ。そんな彼女を理解出来ているクラスメートは、一人しか居ないと言っても良い。

 

「でもさ、七躬治は友達だと思ってるよ。もちろん渡我のことも。向こうがどう思ってるかは知らないけど。

 だから芦戸もさ、分かんないなら分かんないで良いと思う。分かってあげることも大事だとは思うけど、それを向こうが望んでなかったら失礼だと思うし」

「……でも。知っちゃったんだよ……アタシ……聞いちゃったんだ……」

「何を?」

「……渡我が……、っ……渡我、が……。ごめんっ、言えないっ」

「ちょっ、芦戸!」

 

 口を塞ぎ、膝上に乗せた弁当箱が地面にひっくり返る事も厭わず芦戸は駆け出した。このまま皆と一緒に居たら、被身子の秘密を話してしまいそうで。

 そうしたら、本当に被身子とは友達になれないような気がして。

 

 今はただ、泣かないように走ることしか出来ない。

 

 職場体験まで、あと二週間。それまでの授業も、中間テストも、芦戸は悩み事に振り回され、何一つ集中することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 








悪い女だぜ渡我被身子……!って感じです。

取り敢えず女子一同が芦戸ちゃんの悩みに渡我癒々が関わっている事を知ったので、芦戸ちゃん曇らせは晴れに向かってる筈です。多分恐らくきっと。

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