わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
職場体験までの二週間は、被身子にとっても癒々にとっても基本的には平和な毎日だった。朝起きたら一緒に学校へ向かい、夕方まで授業を受けて、帰宅する。夜が更け込めばお互いを求め合って、満足するまで体を重ねる。寝不足な日は、しょっちゅうあった。それでも中間テストは二人とも問題なく挑んだし、被身子はクラスで七番目と良い結果を残した。人前でも人前じゃなくてもイチャイチャしまくってる割りに良い点数を出せたのは、テスト前日に癒々が山を張って、それが驚く程に的中したからでもある。本人曰く、ただの勘とのこと。
尚、癒々は二十二位だった。答案用紙に名前を書かずに提出したものだから、全科目満点を叩き出していたのに0点扱いになってしまった。追試ではちゃんと名前を書いたので、再追試なんて事にはならなかったのだが。
そして、無視出来ない事もあった。
それは、芦戸の事だ。被身子の秘密を知ってしまった彼女は、何日経とうと授業に支障が出る程に悩んでいた。何をするにしても集中することが出来なくて、実技訓練なんかでは小さなミスも大きなミスも連発してしまい、相澤に叱られてしまっていたぐらいだ。
これについて被身子は少しだけ申し訳なく思ったけれども、だからと言って自分から動くことは無かった。芦戸の様子がおかしいとA組の誰もが気付いては居るが、残念ながら誰もどうする事も出来ない。誰一人として、詳しい事情を知らないからだ。
もうしばらく、芦戸は被身子について一人で悩み続けるのだろう。ちなみに、癒々は芦戸と一切会話せずに居る。朝の挨拶すらしようとしないぐらいだ。それ程までに、今の癒々は芦戸を嫌っている。
そんな静かで、けれども少し不穏な日々を過ごすこと二週間。職場体験が始まった。
今日から一週間、ヒーロー科の生徒達はプロヒーロー達による指導の元で実際の現場にて経験を積んでいく。どのヒーローの元へ学びに行くのかは本当に人それぞれで、何を学びたいかもそれぞれ違う。だからA組の面々は各々が確かな目的を持って、職場体験に臨むのだ。
ただ、被身子と癒々の二人だけは話が違う。問題児でしかない癒々は、公安の方針もあってリカバリーガールの元へ。実は隠れた問題児である被身子は、何とイレイザー・ヘッドの元で職場体験をすることになった。
そんなこんなで制服姿の癒々は現在、雄英高校保健室に居る。リカバリーガールの職場は基本的には雄英だ。定期的に各地の病院へと赴き保健室を空ける時があるが、それでも大体は保健室で看護教諭として働いている。なので外に出てパトロールをしたり、ヴィラン退治に身を投じたりすることは全く無い。やるべき事は学校の保健室に常駐し、怪我や体調不良を訴える生徒達にある程度の治療を施すことのみ。
つまり、大抵の事はリカバリーガール一人で事足りる。彼女では手の施しようが無い場合や、雄英の医療設備ではどうしようもない場合は病院へと搬送するしかなく、その場合に置いても癒々にやれることは全く無い。
とは言え。折角の職場体験を無意味に過ごさせる理由は雄英にも公安にも、そしてリカバリーガールにも無い。だから、ひとまず山程の資料を一字一句覚えさせることにした。
リカバリーガール監修の、応急手当マニュアル。全三冊。これを一週間で全て記憶することが、癒々に与えられた課題である。
「あんたに与える仕事はまだ無いさね。これ全部覚えときな」
と、分厚いマニュアルを渡されたうつ伏せな癒々は今、勝手にベッドに寝転んで退屈そうにペラペラとページを捲っている。スカートが捲れることも構わず、伸ばした足をぱたぱたと動かしながら。
ヒーロー科の一年生は職場体験で不在とは言え、二年生や三年生はしっかり校舎で学業に勤しんでいる。いつ体調不良や怪我なんかでリカバリーガールを頼りに来るか分からない。なので勝手にベッドに寝転んで良い訳では無いのだけれど、ひとまずリカバリーガールは何も言わない。
「ふあ……っ」
「こらこら。寝るんじゃないよ問題児」
「んー……」
職場体験中にも関わらず、好き勝手ぐうたらしてる問題児が欠伸をかいて目に涙を浮かべたところで、デスクに居る看護教諭は鋭い一声を飛ばす。が、それだけで癒々の眠気が無くなるのなら雄英教師は誰も苦労していない。ただの注意程度では、間違いなく彼女は寝る。まぁ結局教師が何を言ったところで、
「前々から思ってたけどねぇ。まるで『ぎせいの子』のようさね、あんたは」
「……? 別に犠牲になんてなってないけど。なるつもりも無い」
「そういう絵本があるんだよ。図書室にまだあるかも知れないから、今度読んどきんさい」
「んー……。どーでも良い……」
リカバリーガールの話にまるで興味を示さずに、癒々はマニュアルを読むことだけに集中する。しつこく湧いて出る眠気を振り払うことは出来ないようで、たまにページを捲る手が止まったり、うつらうつらと船を漕いでいる。この様子じゃ、ろくにマニュアルの内容を覚えないで寝落ちしてしまうだろう。その気になれば教科書の内容をあっという間に暗記出来るのに今はそうしていない辺り、個性を使って勉強を捗らせる気はこれっぽっちも無いようだ。
「それ、明日までに覚えときなさい。明日は保須に出向するさね。何日かは向こうに滞在するから、準備しておくこと」
「何で?」
マニュアルを読む手を止めて、癒々は再び首を傾げた。直ぐに「はい」と返事が出来ないのは、理解よりも先に不満を感じたからだ。
今回の職場体験、癒々はそんなに乗り気じゃ無かった。理由はこの上なく単純で、単に被身子と離れるのが嫌だからである。だが自分の職場体験先がリカバリーガールであったことや、被身子の面倒を見るのがイレイザー・ヘッドだったから特に文句を言わないで居た。
……が、保須に出向するとなると話が変わってくる。まして何日も滞在するとなると、被身子から何日も離れると言うことになってしまう。そんな事態に直ぐ頷ける程、癒々は素直じゃない。
「保須総合病院から要請が来てるからだよ。外傷患者を治癒して回るから、忙しくなるよ」
「行かない」
「駄々を捏ねても無駄だよ。諦めんさい」
「……むぅ」
どれだけ癒々が保須に行きたくないと思ったところで、この決定事項は覆らない。リカバリーガールが行くと言ったなら、黙って付いて行くしかないのだ。
癒々の職場体験は、残念ながら明日から忙しくなるだろう。のんびりベッドに寝転んで勉強して居られるのは、今日だけなのである。
「保須に行くなら、今からわたしの血で血液パックを作りたい。200mLを十二単位」
「……献血にしちゃ多過ぎだよ。あんた、何を考えてるんだい?」
200mLの血液パックが十二単位。それを今から用意するということは、2.4Lもの血を抜くということだ。癒々の体重は現在40kgであり、約1.5Lも血液が抜ければ死んでしまう。なのに2.4Lも血を抜くと言っている。彼女の個性を考えれば問題は無いのだけれど、リカバリーガールはそれが分かっていても首を縦に振ることは出来ない。
「そんなの決まってる。全部、被身子にあげるの」
理由なんて、ひとつしかない。彼女と被身子以外の誰もが理解出来ない、たったひとつの理由だ。
それを聞いた時、リカバリーガールは溜め息を吐きながら席を立つ。納得はこれっぽっちもしていないようだが、それでも彼女は献血の準備を始めていく。
「まぁ良いさね。どの道イレイザーに頼まれてたんだ。ただし、六単位までだよ」
■
「え……っ。癒々ちゃん……居なくなっちゃうんですか……?」
「……ん。明日から保須」
「えぇ……。ヤです。絶対、嫌」
「わたしも絶対ヤだ」
お昼の食堂にて。癒々はコスチューム姿の被身子と一緒に、仲良く並んで昼食を食べている。彼女もお昼時と言うことで、昼休みの真っ最中だ。しかし今、明日の予定を癒々から聞いたことで不機嫌になってしまった。唇を尖らせて、とてつもなく不満そうにしている。
ただでさえ職場体験のせいで午前も午後も恋人とは別行動だと言うのに、明日からは夜まで別々に過ごす羽目になってしまったのだ。当然、納得は出来ない。こればっかりは仕方ないと理屈の上では分かっていても、被身子はどうしても癒々と離れたくない。
「癒々ちゃんが居ないと、私きっと眠れないです。絶対寝れない」
「わたしだって被身子が居ないと落ち着かない」
「むーーっ。何とかなりませんか? 例えば私が夜に新幹線で向かって、朝に新幹線で帰るとか!」
「そうする?」
「そうします!!」
とんでもない事を話し合っているバカップルである。お互いが側に居ないと落ち着いて眠れない彼女達は、快眠の為に無茶な真似をしようとしている。それは可能か不可能かで言えば、一応は可能である。ただ、時間的猶予があまりにも無さすぎる。夜の移動はともかくとして、朝の移動が問題だ。
今回の職場体験、始業は朝の八時か昼の十一時。終業は夕方の五時か夜の七時と定められている。終業後なら時間はそんなに気にしなくても良いけれど、始業前となるとそうは行かない。昼の十一時に始業ならともかく、朝の八時に始業される場合は本当に時間的猶予が無いのである。
それでも被身子は、癒々と夜を過ごす為だったらどんな無茶苦茶な真似でもやるのだろう。
「今日の夜は、たぁくさん癒々ちゃんを感じたいのです。じゃないと、明日から寂しくて死んじゃいます」
「じゃあ、夜はいっぱいしよ」
「んふふっ。大好き!」
「むぐっ」
癒々はまだ食事中なのだけれど、それでも被身子は癒々に思いっきり抱き付いた。午後も夕方までは離れ離れなこともあって、甘えられる内に甘えておきたいのだ。
恋人の柔らかさを、熱を、息を、匂いを。言葉も視線も何もかもを、被身子は今の内に沢山感じておきたい。でなければ、午後の業務なんて放り投げてしまう。ヒーロー活動なんて、心底どうでも良いのだ。癒々の存在を感じること。それが被身子の中で、全てに勝ることなのだから。
「午前中は、どうでした?」
「献血してた。被身子は?」
「雄英近隣をパトロールしてました。特に何もなくて、やる意味が分からなかったです。あと色々イレイザーに聞かれて……不愉快でした」
どうやら被身子は、午前中をイレイザーと共にパトロールをして過ごしていたらしい。しかしこのヒーロー飽和社会において、朝から堂々と犯罪に勤しむようなヴィランはそう多くない。まして雄英にはオールマイトが居るのだ。雄英の近くで何かをしでかせば、下手すると
つまり、雄英近辺で犯罪を行う輩はそんなに居ないのである。パトロール中に何も無かったのも仕方がない。ただ、飽くまでそんなに居ないだけだ。後先考えずに事を起こしてしまうヴィランだって中には居るだろう。そういう場合を想定してのパトロールでもあるのだが、被身子はいまいち理解していない。
「この辺はオールマイトが居るから平和らしいですよ? ヒーローって退屈しないんですかねぇ……」
「退屈してるヒーローはとっくに廃業してる。給料は歩合制だし」
「それもそうですね。ヒーローやってる人は、やっぱり変人です」
随分と酷い言い草だ。被身子はヒーローに興味が無い。ヒーローになる勉強をせざるを得ない彼女だが、どうしてもヒーローを理解することが出来ない。雄英に居るのは、それを癒々が望んだからに過ぎないのだ。
だから、どんなに乗り気じゃなくても授業を受けている。知りたくもない知識を、どうにかこうにか頭に詰め込むようにしている。
「……それで、献血って?」
被身子の目付きが鋭くなった。眉間に皺が寄って、表情が険しくなっている。献血と言う行為自体は悪いことじゃない。現代に置いても医療機関は血液を必要としているのだから、癒々がしたことは何も悪いことではない。だがそれが、被身子の逆鱗に触れた。
「何で、献血、したん、ですか……?」
すっかり平静を失ってしまっている。癒々が献血したということは、癒々の血が抜かれたということ。それは被身子にとって、喜ばしい事ではない。
癒々の全ては自分のもの。髪の毛一本から血の一滴に至るまで、何もかもが自分のものなのだと被身子は思っている。そして、癒々自身もそのつもりだ。なのに、どこの誰とも知らない誰かの為に自ら血を分けた。
これには、とても黙って居られない被身子である。場合によっては、これから保健室に突撃して癒々の血が入った血液パックを強奪するだろう。強盗かもしれない。何せ今の被身子はコスチューム姿。ナイフを隠し持っている。思いきりの良い彼女が、強奪や強盗に踏み切る可能性は非常に高い。
ちょっとどころか、かなり危なっかしい雰囲気を醸し出した被身子に、癒々はそっと囁いた。
「明日からわたしは居ないんだから、必要だと思って」
「……」
「要らない?」
「癒々ちゃん大好き!」
凄まじい手のひら返しが炸裂した。献血が自分の為だと分かった瞬間、被身子は満面の笑みを浮かべる。そして癒々に抱き付き直して、恋人の首筋に顔を擦り付ける。さっきまでの不機嫌は何だったのかと聞きたくなるぐらい、今の被身子は上機嫌だ。
「……はぁ。離れたくないです……」
癒々に抱き付いたままの被身子は、その姿勢のままで食堂の壁に掛けられている時計をちらりと見て、また機嫌を悪くする。もうそろそろ、イレイザー・ヘッドから与えられた休憩時間が終わってしまう。大好きな恋人と離れなければならない時が、やって来てしまう。それが何より不愉快で、被身子はより力強く癒々を抱き締める。
「わたしも」
「……でも、そろそろ行かないとイレイザーに怒られちゃう……」
「むぅ……。じゃあ……あとで」
離れることに不満を感じているのは、被身子だけじゃない。癒々だって離れたくない。でもそうしないと、イレイザーからどんなお説教が飛んでくるかも分からない。反省文程度で済むのなら休憩時間を守る必要が無いのだが、流石に職場体験をサボったら反省文じゃ済まされないだろう。最悪謹慎、もっと下手すれば除籍だ。それだけは、どんなに不満だったとしてもお互いに回避しなければならない。
「癒々ちゃん、キスして?」
「ん」
周囲に人が居ることも気にせずに、彼女達は触れるだけのキスをする。癒々の方からそっと唇を重ねて、それから名残惜しそうに距離を取った。胸の中の寂しさは紛れるどころか、膨らむばかりだ。
「被身子も」
「うん」
今度は癒々がキスをねだって、被身子にキスをして貰う。それから見詰め合うこと数秒。どうしても物足りない欲しがりな彼女達は、お互いの背中に腕を回した。一時の別れが目前まで迫っているのに、どちらも自分から離れようとしない。
「時間、平気?」
「平気じゃないのです。もう行かないと……」
もうそろそろ、休憩時間が終わるのだろう。本当に嫌々、そして渋々と被身子は腕の力を緩める。そして離れ際、癒々の匂いを一度嗅ぎ、もう一度だけ唇を重ねた。
「……じゃあ、行ってきます。帰ったら、沢山甘やかしてください」
「ん。いってらっしゃい」
すっかりショボくれてしまった被身子が、重たい動きで席を立つ。何度も何度も後ろを振り返りながら遠ざかっていく彼女が見えなくなるまで、癒々は被身子の姿を見詰め続けるのであった。
名古屋〜東京を毎日往復なんて無茶苦茶だし無理でしかないのですが、
いやほんと……それは無茶だって……っ!
アンケートありがとうございました。I・エキスポ編書きます。それはそれとして書かない場合の代替案あったのでそちらはいずれ書くかなって感じです。何かって言うと渡我癒々婚前旅行です。これはこれでいつか書きます。