わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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癒々の職場体験 Ⅱ

 

 

 

 

 

 職場体験、二日目。

 昨晩は被身子とたっぷり愛し合った癒々は『リペアクティ』としてコスチュームを身に纏い、リカバリーガールと共に保須総合病院にやって来ていた。向こう数日は、学校外でのヒーロー活動を経験していくことになる。……のだが、病院に入るなりさっそく問題が起きた。

 

「お姉ちゃんって、もしかしてぎせいの子なの!?」

「……? 違う」

「この絵本から飛び出してきたんだよね!?」

「だから、違う」

 

 広々とした待合室に居た小さな女の子が、癒々の姿を見掛けるなり目を輝かせながら話しかけて来たのだ。両腕にはしっかりと絵本が抱き締められていて、腕の隙間から見えるタイトルは『ぎせいの子』だ。昨日リカバリーガールが言っていた絵本なのだが、癒々は大して興味を示さない。記憶喪失とは言え、十五歳の高校生。絵本に興味を持つような年齢でもない。

 そんな事よりも、今は被身子が側に居ない事の方が気になってしまう癒々である。昨晩これでもかと愛し合って、寝不足になりながら家を出たのに、もう寂しさを感じてしまっているのだ。それ故にちょっと不機嫌で、子供相手だろうと態度を変えることはない。もっとも、不機嫌じゃなかったとしても塩対応なのは変わらないだろうが。

 

「わたしはぎせいの子じゃない」

「違うもん! お姉ちゃんは絶対にぎせいの子だもん! これ読んでみれば分かるよ、ほら!! 一緒に読も!」

「ちょうど良いさね。リペアクティ、その子の面倒を見ておやり」

「何で?」

 

 リカバリーガールからの指示を受けて、癒々は首を傾げた。この病院には、見知らぬ子供と絵本を読む為に来たわけじゃない。渋々でも嫌々でも、職場体験の為に来たのだ。

 だから、子守りをするつもりなんて癒々には毛頭無い。

 

「ここでもあんたにやれる事は無いよ。緊急時以外は待機さね。だから子供と触れ合って、人とコミュニケーションが取れるようにおなり」

「……分かった。手が足りなかったら呼んで」

「一緒に読んでくれるの!?」

「ん。それ貸して」

 

 納得はしていないが、指示は指示だ。渋々ではあるがリカバリーガールの言葉を聞き入れた癒々は、待合室に置かれた一人用のソファに腰掛ける。と同時に、絵本を持った子供が癒々の膝上に跳び乗った。

 

「持っててあげる! ほら、読んで読んで!」

「……」

「声に出してよーっ!」

「……。……むかしむかし」

 

 一度は絵本を黙読しようとした癒々だが、子供にねだられて仕方なく音読することに。

 

 むかしむかし、あるところに。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 むかしむかし、あるところに。

 

 まるでゆきのようにしろいかみと、ほうせきのようなきいろいめをした、ちいさなしょうじょがいました。

 

 そのこはよくたべて、よくねむって、よくわらうげんきなこどもで、ふしぎなちからをもっていたのです。

 

 しょうじょは、ひとのけがをなおすことができました。どんなけがでも、しょうじょがてをかざせばすぐになおってしまうのです。

 

 しょうじょのおかあさんは、このちからをひとのためにつかいなさいといいました。

 しょうじょのおとうさんは、このちからをじぶんのためにつかいなさいといいました。

 

 しょうじょは、このちからをひとのために、そしてじぶんのためにつかうことにしました。

 

 あるひしょうじょは、たびにでます。ひとりぼっちであるきつづけて、すぐにまいごになってしまいました。

 

 でも、しょうじょはさみしくなんかありません。かなしくなんかありません。しょうじょは、いつでもげんきいっぱいだからです。

 

 しょうじょはひとりで、いろんなところにいきました。

 ねむっているくに。せんそうをしているくに。わるいひとばかりのくに。

 

 でもしょうじょがてをかざせば、ねむっているくにはおきました。

 せんそうをしているくには、せんそうをやめました。

 わるいひとばかりのくには、わるいひとがいなくなりました。

 

 おとなたちは、しょうじょにたくさんおれいをいいました。でもしょうじょは、なにもいいません。

 

 おとなたちは、しょうじょをいじめました。でもしょうじょは、なにもいいません。

 

 おとなたちは、しょうじょがいるからいけないといいました。でもしょうじょは、なにもいいません。

 

 おとなたちは、しょうじょをころそうとしました。でもしょうじょは、なにもいいません。

 

 おとなたちは、しょうじょをころしてしまいました。でもしょうじょは、なにもいいません。

 

 

 しょうじょのからだは、ふしぎでした。ふしぎでふしぎなものでした。

 

 しょうじょはしんでしまったのに、ねむっているのです。なにをしてもおきません。いつまでもいつまでも、なんねんたってもおきません。

 

 だからおとなたちは、しょうじょのからだをばらばらにしました。いつまでもねているしょうじょが、こわかったのです。

 

 しょうじょは、いまもどこかでねむっています。しあわせなゆめをみながら、いつかおきれるひをひとりぼっちでまっているのでした。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ね!? だからお姉ちゃんはぎせいの子だよね!?」

「……だから、違う」

 

 ぎせいの子。その物語は決して面白いものではない。絵本ではあるが、子供の教育にはならなさそうな内容だ。なのに癒々の膝上に居る小さな子供は、絵本を読んで貰って楽しそうにしている。それは彼女が本当に、癒々のことをぎせいの子だと思い込んでいるからだろう。

 少女の言う通り、ぎせいの子と癒々には無視出来ない共通点が有る。髪や瞳、よく食べることやよく眠ることが確かに一致する。そしてぎせいの子が持つ力と、癒々が持つ『大活性』も似ていると言って良い。だが絵本の中の登場人物と、七躬治癒々が同一人物だなんて事は無いだろう。そんな事はまず有り得ない。

 ただ癒々自身、少女の言葉は否定はしているが『ぎせいの子』の何かが胸の内で引っ掛かる。そしてこの絵本を読んだ直後から、癒々は頭痛を堪えるかのように片手で顔を覆っている。

 

「大丈夫? お姉ちゃん、顔色悪いよ?」

「……平気。この絵本、続きは?」

「無いよ? これでおしまい!」

「……そんな筈、無い。この辺りに、何か書いてあった筈」

「だから、無いよ? 何言ってるのお姉ちゃん」

「……? 何って、だって……ここに……っ」

 

 絵本の最後のページ。その隅を癒々は指差し、あまりの頭痛に顔をしかめた。普段無表情である彼女が、表情を変える程に痛がっている。それは明らかな異変だった。

 

『約束だからね、ナナサ! わたし達は――――』

「ぁ、……ぐっ……!」

『……大丈夫。大丈夫っ。だから、何があっても……忘れないでね。わたし達を……』

「ぅ、……ぅう……っ」

 

 声が聞こえる。今この場で、癒々だけに聞こえる誰かの声が。

 

『きっと、幸せになれるよ。ううん。幸せになろうよ。例えわたし達が――――――』

 

 頭痛が増していく。誰かの声が、ずっと頭の中で聞こえている。それは聞き覚えがある声だ。死にかける直前にも聞いた、あの黒い少女の……。

 

「お、お姉ちゃん大丈夫!? お姉ちゃん!?」

 

 膝上の子供の悲鳴を聞きながら、癒々は意識を手離した。真っ暗になっていく視界の中で、彼女は誰かの泣き声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 ふとした拍子に、人は何かを思い出してしまう。すっかり忘れてしまった大事な事を、後の祭りになってから思い出すことがある。

 七躬治癒々が喪ったものは、二度と元には戻らないだろうと言われていた。周りの大人はそれを哀れんだけれども、本人は何とも思っていなかった。彼女にとって、過去など執着に値するものじゃないからだ。

 それに、消えてしまった過去よりも、大切なものがある。その為だったら死んでも構わない。否、その為に死ぬ。そうする為に自分は生き残ったのだと、彼女自身が思い込んでいる。

 

 だから、ヒーロー免許が必要だった。個性を外で、自由に行使する為に。

 だから、雄英高校に入った。緑谷出久が、次の継承者に選ばれていたから。

 

 でも、生きる理由は欲しかった。自分が生きてて良いと思いたかった。そして、幸運にも生きる理由を得ることが出来た。

 

「……ぅ……」

 

 病室のベッドの上で、癒々は目覚める。絵本を読んだ直後に彼女は意識を失って、その後は八時間以上も起きなかった。職場体験二日目は、気絶してるだけで終わってしまったのだ。

 全身に酷い気怠さを感じながら、癒々はゆっくりと体を起こす。頭が割れそうな頭痛は、もう無い。だけど思考に靄がかかっていて、今は何も考えることが出来ない。

 腹と背中がくっ付きそうな程の空腹を感じながら、目覚めたばかりの彼女はベッドから抜け出した。もう外はすっかり暗くなっているようで、病院の中は静かなものだ。人が出歩いている様子はまったく無い。静かな廊下をふらふらと歩き出して、その途中で膝から崩れ落ちる。

 長い時間気絶していたのだ。起きたからと言って、体調が万全とは言い難い。

 

「ちょっ、七躬治さん!? 出歩いちゃ駄目ですよっ!!」

 

 たまたま近くを通りかかった看護師が、廊下でうずくまる癒々に慌てて駆け寄った。

 

「うる……さい……」

 

 だが癒々は、腕を掴もうとする看護師の手を振り払う。そして壁に体を預けゆっくりと立ち上がり、そのまま重たい足を引きずりながら歩き始めた。黄金色の瞳が、前を見ているようで見ていない。ここには無い何かを探しているかのようだ。

 目覚めてからの癒々は、明らかに様子がおかしい。ずっと歯を食い縛って、俯いている。

 

『ナナサ』

「うるさ……い……」

『ナナサ』

「うるさ、い……」

『ナナサ』

「うるさい……っ」

 

 誰かの声が、ずっと聞こえている。一人のものじゃない。もっと沢山の誰かの声が、目覚めてからずっと聞こえている。それは今の癒々にとっては堪らなく不愉快なものであり、決して聞きたく無いもの。

 なのに、この声は消えてなくならない。むしろ目覚めてから数を増して、途切れること無く同じ言葉を繰り返し続けている。

 

『ナナサ』

「……っ、うるさい……っ!」

『ナナサ』

「うる、さい……、うるさいっ、うるさいっ! わたしは、思い出したく……、ないっ!! 要らないの! 過去なんか、わたしは……っ、わたしは……っっ」

 

 些細な切っ掛けが、記憶を取り戻すこともある。二度と戻らないと言われていた癒々の過去が、ひとつの切っ掛けによって甦り始めている。だがそれを、彼女自身は快く思っていない。むしろ、自分から拒絶している。本来あるべきものを頑なに拒み、振り払おうとしている。もうこれ以上思い出さなくて良いように。これ以上、過去を知らないで居られるように。

 

「要らない、要らない……っ。わたしは、ナナサじゃないっっ!!」

 

 だから、癒々は叫ぶ。ずっと聞こえている誰かの声を掻き消したくて。ずっと聞こえている誰かの声に、呑み込まれてしまわないように。

 

「……癒々、ちゃん……?」

「ぁ……」

 

 過去を振り払おうと嘆く癒々に、驚いた様子で声をかける人影がひとつ。その声が聞こえると同時に、癒々はまた床に崩れ落ちた。黄金色の瞳は、数メートル先に立つ彼女の姿を視界に収めるなり涙を浮かべる。

 癒々の大好きな匂いが、彼女の鼻を擽る。消毒液の臭いだけが目立つ廊下の中で、心から安心出来る匂いを癒々は感じた。その瞬間、頭の中で聞こえ続けていた誰かの声は消えてなくなった。

 

「ひみ、こ……」

 

 涙で滲んだ視界の中に、大好きな被身子が居る。どうして彼女がここに居るのか、今の癒々には分からない。分からないけれど、確かに被身子が目の前に居る。だったら、些細な事なんてどうでも良い。ついさっきまで聞こえていた沢山の声も、絵本を読んだ後に聞こえた誰かの声も、どうだって良い。

 今はただ、大好きな彼女の事だけを感じていたい。それ以外の全ては、何も気にならない。だから癒々は、被身子に向かって両手を伸ばす。今すぐ彼女を抱き締めたくて。今すぐ彼女に抱き締めて欲しくて。

 

 今はただ、生きる理由だけを感じていたくて。

 

「癒々ちゃんっ」

 

 ぐちゃぐちゃになった視界の中で、被身子が駆け寄る姿が見える。その直ぐ後ろに見覚えがある大人が三人も居るけれど、今の癒々は他の誰かを気にすることが出来ない。

 駆け寄った被身子が目の前でしゃがみ込むと同時に、癒々は彼女に抱き付いた。勢い余って押し倒してしまったけれど、相手を気遣う余裕なんてものは少しも無い。

 

「ひみ、こ……。ひみこ、ひみこ……っ」

 

 何度も何度も被身子を呼びながら、癒々は涙を流す。もう声は聞こえない。今感じるのは、大好きな恋人の温もりだけだ。

 

「癒々ちゃん……どうしたの?」

「ひみこ……っ、ひみ……こ……っ」

「……大丈夫。大丈夫だから。私はここに居ます。だから、落ち着いて……」

 

 被身子は泣きじゃくる癒々を優しく抱き締めて、優しい言葉をかけていく。どうしてか弱り弱った恋人をそのままにしておくなんて出来なくて、どうにか落ち着かせてあげようと震えた背中を優しく撫でていく。

 

「……嫌、だ……。思い出したく、ない……っ。要らない、要らない……っ」

「……なら、思い出さなくて良いのです。そんなに辛いなら……忘れたままで良いから。

 大丈夫。大丈夫だから……」

「っっ、ぅう、うううっ」

 

 泣いている。被身子の胸に顔を埋めたまま、被身子の体に抱き付いたまま、癒々は涙を流し続ける。

 

「ゆっくり、息をして。落ち着くまで、側に居ますから。ね?」

 

 どうしてこんなにも癒々が泣いているのか、その理由は分からない。それでも彼女の言葉から、被身子は何となく理由を察している。

 きっと癒々は、記憶が戻ったのだと。或いは記憶が戻りかけていると。被身子はそう思って、だからこそ思い出さなくて良いと口にした。

 

 いつもいつも無表情で、でも本当はきっと誰より感情が大きくて。自由奔放で、何を考えているのか分からない。そんな恋人が今、自分の過去に苦しんでいる。だったら、思い出して欲しくなんかない。過去なんて、忘れたままで良い。忘れていて欲しい。

 被身子は癒々に、苦しんで欲しくないのだ。怪我だってして欲しくない。誰かに傷付けられたくない。癒々を傷付けるのは自分だけで良い。

 だから癒々を傷付けると言うのなら、癒々の過去だって被身子にとっては……。

 

「思い出さなくて良いのです。苦しい過去なんて……忘れたままで良いの。私だけ見てて。私だけ、憶えてて。そしたら……きっと苦しくなんてならないから」

 

 泣き続ける癒々を強く強く抱き締めて、過去なんて要らないのだと被身子は囁く。その言葉を聞いて安心し始めたのか、泣いてばかりの癒々は少しずつ落ち着いていく。まだ涙は流れているし、嗚咽だって漏れているけれど、被身子を抱き締める腕の力がちょっとずつ弱まっている。

 被身子の言葉を受け止めながら、癒々は静かに目蓋を閉じた。過去なんて要らないと強く思いながら。被身子の事だけを憶えていれば良いと、何度も何度も心の中で繰り返しながら。

 

 やがて癒々は泣き疲れて、そのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

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