わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
職場体験三日目。PM6:00。つまり日が沈みきりそうな夕方。
コスチュームに身を包んだ癒々は今現在、病院の屋上にて保須の街並みを眺めている。今日の職場体験はもう終わっている。だから今日一日の体験を
インゲニウムと話をした後の癒々はリカバリーガールと共に外傷を負った患者を診て回り、必要とあれば彼女の仕事を癒々は手伝った。癒々自身が個性を使うことは許可されなかったけれど、現代の医療体制やそのルールなんかを説明されながら過ごす時間は少なくとも退屈ではなかった。
それにリカバリーガールがどの程度の怪我に対して、どの程度個性を使うのか。それを間近で見れたことは大きい。同じ人の体を癒す個性を持っている癒々にとって、リカバリーガールとは大先輩と言って良い。
今日の職場体験の中で癒々がもっとも興味を示したのは、重機に挟まれて右腕がぐちゃぐちゃになってしまった負傷者が緊急搬送されてきた時だ。骨も筋肉も血管も神経も原型を留めていない程の大怪我だったのだが、これの手術をモニター越しにでも見れたことが彼女の中では一番有意義だった。何故ならこの大怪我は、いずれ出久が負ってもおかしくない怪我だったからだ。OFAの扱いを間違えた彼が、似たような大怪我をする可能性は決して低くない。
だから。いざその時が来てもより効率的に動けるよう、手術の様子もリカバリーガールが個性をかけた瞬間も、全てしっかりと記憶した。ついでに医学的な質問にあれこれ答えて貰ったのも大きい。近い内に、医学書……特に外傷について纏められた物を丸暗記しようと癒々は密かに考えた。自分の個性を医療目的で使うために、人体についてしっかり把握した方が良いだろうと思ったからである。
この職場体験は、公安の想定よりも癒々の為になっている。他者に興味を持たない彼女が、他者の為に医学について強い興味を示したからだ。
「……むぅ。あんまりしない……」
病院の屋上にある貯水タンク。その上に立った癒々は、お目当ての匂いがあまり漂っていないことに不満を溢した。今日は朝に被身子と別れて以降、ずっと離れ離れのままだ。被身子が癒々中毒になっているとの同じように、癒々だって被身子中毒なのである。だからいい加減、被身子の存在を間近に感じたい。今日の職場体験は終わったのだから、明日の朝までは思う存分被身子に甘えたいのだ。
でも残念ながら、まだ被身子に会うことは出来ない。大好きな彼女はイレイザーと保須市のパトロールに出ていて、もうしばらくは帰って来ないだろう。寂しさに不満を抱いた甘えたがりの寂しがり屋は溜め息を吐いてその場で膝を曲げる。貯水タンクの上から屋上に向かって飛び降りようとした、その時。
「……っっ!?」
嗅ぎ覚えのある匂いが鼻腔を擽り、癒々は思わず真正面に目をやった。そして個性を使い、鼻も目も強く活性化させる。
目を凝らし、匂いを嗅いで、彼女は暗くなっている空に見覚えのある姿を見た。同時に、病院から遠い位置にある高いビルが爆発。黒い煙がごうごうと立ち上がっていく。
今この瞬間、保須市内で何かが起こっている。事故か、或いはヴィランが何か大それた事をしでかしたか。どちらにせよ、癒々には関係無い。今の彼女はそれどころじゃないのだ。何故なら彼女の瞳に映ったものは、得体の知れない化物の背に乗った自分と全く同じ姿をした少女だったのだから。
「……
疑問を口にしながら、癒々は懐からスマホを取り出した。画面も見ずに操作をして、電話を掛ける。コール音が六度した後、電話が繋がった。
その間、空飛ぶ化け物は猛烈な勢いで癒々に向かって突進して来ている。
『癒々ちゃん、勝手に居なくなるなって言ってるでしょうが。今どこに……』
「大独活。今すぐ病院に居る人達を退避させて」
『なんだって? いきなり何を……待った、さっきの爆発音の事か?』
「そっちじゃない。ナロクがこっちに来てる。真っ直ぐ飛んで来てるから、直ぐに接触すると思う」
『っっ、直ぐ逃げろ! ナロクとの接触は避け』
「無理。もう目の前」
翼を広げ、空を飛ぶ得体の知れない化物。それは脳無と呼ばれる存在で、USJ襲撃事件の際に癒々はその姿形だけは目撃している。もっとも、その後直ぐにナロクが突撃してきたせいで相対することは無かったのだが。
その脳無と、その背に乗ったナロクが、もう直ぐそこまでやって来ている。黒いセーラーワンピの彼女は、とても嬉しそうに両手を大きく振っている姿はとてもヴィランには見えない。まるで誰かと待ち合わせをしていた子供のようだ。そんな彼女を見ている癒々はスマホを通話状態のまま懐にしまい直し、左足の爪先で足元を二度叩く。そして直ぐ、その場から飛び降りた。と、同時。高速で飛来した脳無が貯水タンクに顔面から突っ込んだ。
轟音と水飛沫が上がる中、癒々は翼の生えた化物とその背に居るヴィランから目を離さない。足元をろくに確認しないまま着地した彼女は、静かに息を吸い込みながら身構える。
「えぇーっ!? 何で避けたの!? そこは前みたいに再会のハグしてよ!!」
貯水タンクに頭から突っ込んだ脳無の背中の上で、ナロクは大きく不満の声を上げた。どうやら彼女としては、癒々に抱き締めて貰いたかったらしい。言っていることが無茶苦茶だ。高速で飛来している脳無ごと受け止めるなんて芸当は、流石に癒々では出来ない。それが出来るとするなら、オールマイトぐらいのものだ。
仮にナロク単体が突撃してきたとしても癒々は避けただろう。前回彼女と接触した時、肋骨を折られた上に内臓を潰されたのだから。
「……何が目的?」
「何がって……そんなのひとつしか無いよ? ここにナナサが居たから、来ちゃった!」
癒々からの問い掛けに答えつつ、ナロクは脳無の背から飛び降りて屋上の上に着地した。余程機嫌が良いのだろう。足元に広がる水をちゃぷちゃぷと蹴飛ばしながら、満面の笑みを浮かべて楽しそうにしている。
「そうじゃない。敵連合は何の目的で、保須を襲撃したの?」
「えー? そんなつまんない事聞くの? 何だっけ……そう、テイテイに便乗して敵連合を有名にしよー! ……的な?」
「テイテイ?」
「テイテイはテイテイだよ。えーっと……す、すて……ステイ? テイン? なんだっけ……?」
「ステイン?」
「そうそれ! ステイン!」
今回の敵連合の目的は、どうやらステインを利用した形での売名行為らしい。その為に街を襲撃し、こうして病院にまで飛んで来たのだとしたらイカれているとしか言い様が無い。正直ナロクの言っていることがどこまで正しいものかは分かったものじゃないけれど、それでもひとつだけ確かな事がある。
今のナロクは、癒々に聞かれた事は包み隠さず話そうとしているということ。癒々自身にナロクと会話するつもりは無くとも、取り敢えず話し掛ければ答えが返ってくるようだ。であれば、癒々のやる事は決まっている。
「……他にもその化物は居るの?」
少しでも、僅かでも情報をナロクから引き出す。戦闘はどの道避けられないのだろうけど、こうして話している分にはナロクは大人しい。戦闘になってしまう前に、癒々は出来る限り時間を稼いでおきたい。そうしないと、今病院に居る者が巻き込まれて犠牲者が出てしまうだろう。
目の前のヴィランが本気で暴れたら、辺り一帯は瓦礫の山になってもおかしくはないのだ。それ程までに、ナロクというヴィランの力は凄まじく危険なのだから。
「あと三体居るよ? 翼が生えたのがもう一体と、そうじゃないのが二体! て言うかナナサ、化物呼びは酷くない? こんな姿になっちゃってるけど、この子はナナイだよ? あぁ、忘れてるんだっけ。本当に記憶無い感じなんだ……?
じゃあ、紹介するね! この子はNo.71のナナイ! 思い出した!?」
未だ貯水タンクに体が突き刺さり、ジタバタともがいている脳無をナロクは両手で指差した。どうやら翼が生えた化物には、ナナイと言う名前があるらしい。どうやらこの化物と、癒々は何かしらの関係が有るようだ。
「何も」
「えー……。思い出すと思ったんだけどなぁ……。まぁ良いや、後でゆっくり思い出してくれれば。最悪わたしがぜーんぶ話せば良いし!」
「過去なんて要らない。わたしは、知りたくない」
どんなにナロクが望んでいたとしても、癒々が過去を思い出そうとすることは無い。過去を要らないと切り捨て、USJの時と同じようにたったふたつだけあれば良いと今も考える。そもそも、彼女は思い出したくないのだ。喪ってしまった記憶を、取り戻したくない。
だからナロクの言葉を聞き流し、ゆっくりと拳を握る。いつ戦闘が始まっても良いように、いつナロクや脳無が飛び掛かってきても対応出来るように、心も体も構えていく。緩く開いた右手を前に、体を半身に。だけど視線は、目の前のヴィラン達から一切離さないように。
「……またそんな酷いこと言う。もー……、記憶が無いからってそれは無いでしょー? そんなこと言われたらわたしもナナイも悲しくなっちゃう!」
「……うるさい。過去なんか、わたしは要らない」
「仕方ないなぁ。じゃあ、話を変えるね。
ねえナナサ、ヒミコと結婚するって本当?」
「それはあなたに関係無い」
目の前のヴィランを警戒している癒々とは違い、明るい笑みを絶やさないナロクはこの場面には似つかわしくない事を喋り始める。まるで世間話でもしに来たかのような気楽さだ。自分が何をしているのか、これから何をしようとしているのか理解しているようにはとても思えない。
「あるの! わたしはナナサのお姉ちゃんだよ? 新しい妹が出来るなら、知っておかなきゃ駄目じゃん。
て言うかわたしの許可は? お義姉さん妹さんをわたしにくださいって挨拶は? そしたらお前みたいな奴に妹はやらん! って答えてみたいんだけど! あっ、最後は許してあげるけどね!? ナナサが本当にヒミコと結婚するつもりなら、お姉ちゃんは大賛成だからね!?」
怒ったり、慌てたり、笑ったり。一度喋り出したナロクは言葉が多い上に、表情をコロコロと変える。両手をブンブンと振るう体の動きも相まって、まるで落ち着きが無い。癒々とは違って実に感情豊かだ。ヴィランでさえなければ、きっと彼女は周囲に居る人々を明るく照らすような人間だったのだろう。
だけど。今のナロクはヴィランだ。人々を脅かし、傷付けるような存在なのだ。であれば、癒々が見逃す理由はない。ナロクは間違いなくOFAの敵となる。その確信があるからこそ、一度殺されかけていたとしても戦わない理由が無いのだ。
だから警戒を解かない。だから敵と見なす。
「あなたの許可なんか要らない。わたしは被身子と結婚する。文句あるの?」
「無いっ! でも結婚式には呼んでね!! お姉ちゃんとして参加するから!!」
「呼ばない。……そもそもお姉ちゃんはわたしの方でしょ。背もわたしの方が高いし」
「はぁああああっっ!?」
癒々の一言で、ナロクは一瞬で顔を赤くした。そして大きく片足を振り上げて、思いっきり地面を踏みつける。瞬間、彼女の足元は大きな音ともにひび割れて、病院そのものが大きく揺れた。
どうやらナロクの前で、彼女の身長について触れてはならないらしい。
「わ た し が お姉ちゃんだけど!? 先に産まれたからNo.69なんだよ!? ナナサは一番最後に産まれてきたんだから、一番末っ子なの!!」
「うるさい。あなた、何しにここに来たの?」
「何ってヒミコを探しにだけど!? その途中でナナサを見付けたからちょっとお話しようかなって思っただけだけど!!?」
「……は?」
今、ナロクは癒々の神経を逆撫でした。目の前のヴィランが、被身子を探していると確かに口走った。それを聞いてしまった癒々が、黙っていられる道理は無い。彼女にとって、被身子は生きる理由だ。大切で大好きな恋人だ。掛け替えの無い人だ。その被身子を探していると、目の前のヴィランが言ったのだ。
お互いの逆鱗に触れ合った彼女達は、鉄が捻切れる不快な音の中で目の前の相手を静かに睨み付ける。
「……被身子に、何をするつもり?」
「教えない。じゃあねナナサ。わたしを追いたいなら、ナナイを倒してから来てね。じゃあナナイ! ちょっとナナサ止めといて!」
貯水タンクに突き刺さった脳無が、とうとう動き始めた。鉄が捻切れるような不快音が響き続けて、酷い耳障りになっている。そんな中でナロクはもう一度足を振り上げ、再び足元を踏み砕く。と、同時に彼女の姿は癒々の視界から消えて無くなった。そして癒々は、屋上からひとつ下の階へと落下せざるを得なかった。
「っ、逃がさない……っ!」
ナロクの姿は一度視界から外れてしまったが、瓦礫と共に床へ着地した癒々は跳躍しようと足に力を込めた。が、跳ぶことは出来なかった。翼を広げた脳無が、奇声とも言える雄叫びを上げながら真っ直ぐ癒々へと突進したからである。
「邪魔!!」
瓦礫が飛散した病院の中で、癒々は脳無と向き合わざるを得なかった。
■
脳無。それは人の形からは大きくかけ離れた化け物。しかしてその実態は、改造人間だ。DNAの混成に、薬物の投与。その結果として複数の個性を持ち合わせるが、その負荷に耐えられず物言わぬ人形のようなものとなってしまう。思考を持ち合わせず、単純な命令しか聞けない。だがその戦力は、USJ襲撃事件の際オールマイトを活動限界まで追い詰めた程だ。その戦闘力の高さから決して侮ることは出来ない。複数のヒーローで対処に当たるべきヴィランだ。
そんな化け物を相手に、癒々は独りで戦っている。と言うより独りで戦わざるを得ない。保須総合病院の屋上は崩れ、癒々も脳無もひとつ下の階に落下せざるを得なかった。周囲は瓦礫が散らばり、粉塵も舞っている。
癒々にとって幸運だったのは、周りに逃げ遅れた者が居なかったこと。ならば彼女は、他の誰を気にすること無く戦える。心配事はひとつだけあるが、今は気にしている場合じゃない。そんな余裕は無いのだと、目の前の化物に実感させられてしまっているからだ。
「っ、この……!」
翼を持つ脳無。真っ白で大きな肉体を持つこのヴィランは、全身から空気を噴出する。更には大きな翼を振るうことで突風を巻き起こす。これら二つだけでも厄介だ。癒々は大活性により身体能力を強化することで近接主体の戦い方をする。
だから、今の癒々にやれることはひとつ。巻き起こされる粉塵に身を隠し、脳無の懐に跳び込み、手足を叩き付けることのみ。だが……。
「ァアアアアッッ!!」
「っ!」
効いていない。と言うより、体から絶えず噴出される空気で拳の軌道が少なからず逸らされる。その結果、当てることが出来ても十分に力が伝わらない。空気の壁と呼べる物が、癒々の攻撃を邪魔するのだ。それに、例え力が十分に伝わった攻撃が出来たとしても脳無はろくにダメージを受けない。怯むこともなければ、痛みでよろけることもない。だから殴られた瞬間、即座に空気を噴き出して癒々の体を吹き飛ばそうとする。
これを避ける、或いは影響の無い場所へ退避するために癒々は大きく跳び退くしかない。
もう何度も近付いては離れ、離れては近付く動きを繰り返している。時に右へ左へ跳躍し、時に足元に滑り込み、時に頭上を取る。そうして敵の反撃を避けながら、隙を見つけては何度も何度も拳を当てているが、やはり有効なダメージは与えられていない。
その上、今の癒々はひとつ大きな問題に悩まされている。
「っ、ぐ……っ!」
この脳無と対峙してから、頭痛がしている。その痛みは戦いの中で脳無に触れる度、脳無の雄叫びを聞く度に、頭痛が強まっていく。まるで、体が戦うことを拒否しているかのように。
そういう毒でも撒かれていると言われた方が、まだ癒々は納得出来る。しかし実際に毒が撒かれているようには見えない。この頭痛は、彼女の体の内から来ているものに他ならない。
そう。さっきからずっと、癒々の体は目の前の化け物と戦う事を拒否している。
「っっ、ぁ゛っ」
それでも。止まらない頭痛の中でも、彼女は戦う事を止めない。この脳無の狙いは、癒々自身だ。逃げたところで追い掛けられるだろうし、そもそも空を飛べる個性相手に逃げ切ることは難しい。例え逃げ切れたとしても、その場合この化け物は周囲を見境無く襲うだろう。
だから。ここで倒すしかない。しかし有効打を放つことは出来ず、体の不調は酷くなっていくばかり。今すぐ被身子を探しに動きたいのに、この脳無に邪魔されてこの場を離れることが出来ない。
「ァアアアアッッ!!」
「っっ!」
また、脳無が叫び声を上げる。同時に頭痛が増す。酷くなりすぎた頭痛は、とうとう癒々の体から平衡感覚を奪い、体をよろけさせる。そのタイミングで、突風を巻き起こす翼が動いた。
天井の無い屋内で、暴風が巻き起こる。癒々はどうにか踏ん張ろうとするが、体重が軽い体では大きく抗うことは出来ない。だから彼女の体は、硬い壁に叩き付けられてしまった。
「ぐっっ!!」
暴風は一瞬。けれども癒々の体を吹き飛ばすには十分。体が壁に激突してしまった彼女は、数瞬動きが止まる。最悪なことに、脳無はその瞬間を見逃さなかった。
白く人の数倍はありそうな手が、癒々の右腕を掴む。そして彼女の体を、力任せに壁や床に叩き付ける。
「がっ、ぁっ!?」
一度、二度、三度、四度。一度腕を振り回す度に力と勢いは増して行き、固く作られた床や壁を砕いていく。たった四度の力任せな振り回しは、あっという間に癒々の体をボロボロにしてしまう。
全身に走る痛みに呻きながら、それでも掴まれた少女は個性を使う。ダメージは即座に回復することが出来る。骨が折れようが内臓が潰れようが、心臓さえ無事ならば大きな問題にはならない。とは言え、痛みはあるのだ。その上、脳を揺らす程の衝撃を無かったことには出来ないのだ。三半規管は揺らされ、痛みと疲労で息が乱れる。
「げほっ、ごほ……っ、かは……っ!」
咳き込み、口から血を吐きながら、それでも癒々は脳無を睨み付ける。掴まれた腕は治しても治しても握り潰され、指先ひとつ動かせやしない。だけどまだ、彼女の目から光は無くならない。こんな程度じゃ、まだまだ心は折れない。
そんな癒々を前にした脳無は、一度動きを止めた。吊り上げた彼女を顔の前まで近付けて、品定めでもするかのように
「ァ、アアア、アッ」
「……っ……?」
「ァア、ア」
何かを喋ろうと、口を開く。それは癒々の耳には不格好な雄叫びにしか聞こえない。
「アァ、アッ」
「っっ!!」
脳無が喉から音を立てる度に、頭痛が増す。目の前にある、脳みそのようなものが剥き出しになった顔がおぞましい。この脳無と言う存在が、癒々にとって不快でしかない。
「こ、の……っ!」
右腕を掴まれたまま、癒々は直ぐ目の前の化け物に向かって拳を振るう。が、やはり空気に阻まれてどうしても軌道が逸れてしまう。蹴飛ばそうと足を動かしても、宙吊りになった体では満足に力を込められない。それでも、何度も何度も攻撃を加える。このまま黙って掴まれているつもりは、彼女には無い。一刻も早くこの化け物を退けて、被身子を探しに行かなきゃならない。
なのに。どうしようもない。脳無の手から逃れることが出来ない。
「アァッ、アッ」
「っあ゛っ!?」
また右腕が握り潰された。再び癒々の体は壁や床に何度も叩き付けられて、その衝撃で意識が飛びそうになる。視界が赤く歪んだのは、額から流れた血が目に入ったからだ。病院中が、人が叩き付けられる音で揺れる。今振り回されているのが彼女でなかったら、とっくに死んでいただろう。
癒々だって、いつまで生きていられるか分からない。いずれ必ず限界が来る。このまま誰も彼女を救けに来なければ、間違いなく死んでしまう。
「レシプロ……」
痛め付けられ、ボロボロとなった癒々は聞き覚えがある声を聞いた。同時に血が流れる程強く唇を噛み締め、少し薄れ始めていた意識をハッキリとさせる。そして、次の瞬間には来るであろう衝撃に備えた。
「ターボ!!!」
癒々の視界に飛び込んだもの。それは、患者衣姿で疾走し脳無を蹴り上げたインゲニウムだった。
脳無に台詞があるのはアニメで吠えてるところを見たからです。思ったよりめっちゃ吠えててビビったのと、あとエンデヴァーが青い炎出してるの見て……おまこれ……ってなりましたね。
今回は相手が脳無なのと、癒々自身の突発的不調、