わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
「―――緑谷。こういうのはもっと詳しく書くべきだ。遅くなっちまっただろ」
赤く輝く目映い炎が、暗い路地裏を一瞬だが明るく照らした。その炎は明らかにステインを狙ったものであり、故に彼は殺す手を止めて回避行動を取らなければならない。だが、出久から受けた一撃が尾を引いていて、どうにも足に力が入らない。まだダメージが抜けきっていないのだ。
それでも、ステインはその場から転がることで走る炎を避けて見せた。その目に映るのは、新たな
「次から次へと……ハァ……」
刀を支えに、彼は立ち上がる。今すぐにでもネイティブと飯田の二人を殺しておきたいところだが、そうするには今の状況では手間がかかる。だが、このまま退くと言う選択肢はまだ無いだろう。
今、この場で動ける者は三人。一人はステイン、一人はナロク、そしてもう一人はたった今応援に駆け付けた轟焦凍だ。
もう一度、暗い路地裏が明るく照らされる。轟が再び炎を放とうとしているのだ。これには出久も驚いたが、声を出すことは出来ない。ナロクに与えられたダメージが大きすぎて、意識を保つことがやっとだからだ。それに、目の前にはナロクが居る。恐ろしい程の力を持った、
この路地裏でさっきまで何があったのか。それを直ぐに把握した轟は、躊躇わずに炎を使う。次に狙いを定めたのはステインではなく、まだ出久の髪を引っ掴んでいるナロクだ。
「わーーっ!? あつ、あついっ!!」
凄まじい勢いで飛んでくる炎を、何を考えたのかナロクは右手を前に突き出すことで防いだ。お陰で掌が大火傷を負ってしまい、人体が焼ける妙な臭いを広げてしまう。短時間の火炎放射とは言え、人間の肉体は短時間でも炎に触れれば大変な事になる。
とは言え。ナロクの持つ個性は『大活性』に似ている。それは彼女と戦った癒々自身が言っていた事だ。
癒々の言葉が正しいのであれば、掌が大火傷を負ったとしても何の問題も無い。現に、焼けて爛れた皮膚が凄まじい速度で治っていく。
「ちょっとちょっと! この子に当たったらどうするの!? わたしが防がなかったら大変だったよ!?」
ナロクを追い払う為に炎を放った轟だが、別に出久の事を考えていないわけじゃない。出久を巻き込まぬよう炎が噴出する向きを大雑把ではあるが調整していた。けれども想定外だったのは、ヴィランが腕を犠牲に炎を防いだことだ。そして今は、何故か出久を庇うように抱き抱えている。
「……お前、やっぱり七躬治じゃないな。USJの時のヴィランか。緑谷を離せ」
「うん、わたしナロク! ってそうじゃないよね!? ねえ、あなたもナナサの友達!? わたしによく似た子!」
「……ナナサが誰かは知らねえが、七躬治なら友達だ。それがどうした」
「ちょーーっ!? ちょっ、ちょっ! だから火は駄目だって!? わたしもナナサも火傷は治すの面倒なんだよ!? その辺分かってる!?」
「そうか、良いこと聞いた。弱点教えてくれてありがとな」
「あーー! もうっ!! 何なのこの子!!?」
次々と放たれる炎を、ナロクは出久を抱き抱えたまま避けて見せる。伏せたり跳んだり、時に壁を蹴ったり掴んだりして縦横無尽に動き続ける。やがて彼女は轟の背後に回り込み、彼に向かって出久をぶん投げた。
「ほら! 離した!! だから炎出すの止めない!? 止めようよ!! 火傷って痛いんだよ!? 知らない!!?」
「知ってる。痛えよな」
「知ってるなら止めようよぉ!!?」
投げられた出久を受け止めながら、今度は炎ではなく地面から氷の塊を出現させる。
どっちにしろ、氷による攻撃もちょっと涙目になっているナロクは跳躍することで避けて見せる。余程炎が嫌だったのだろう。彼女はもう火に焼かれなくても済むように、高い位置で壁に指をめり込ませ、それを支えに壁にしがみ付いた。貼り付いたとも言える。
「緑谷、大丈夫……じゃなさそうだな。まだ動けるなら飯田を頼む。俺が時間を稼ぐ」
「っ、ぐ……っ。ぅう゛っ……!」
高い位置に逃げたナロクからひとまず目を離し、轟は再びステインに向かって炎を放つ。が、一度目よりも機敏な動きで避けられた。ナロクに向かって攻撃している内に、ヒーロー殺しは元の動きを取り戻しつつある。出久に与えられたダメージが回復してきたのだ。
「こいつらは殺させねえぞ、ヒーロー殺し。敵連合」
「……良い友人を持ったじゃないか。インゲニウムの弟」
状況は、依然として良くない。今この場でヴィラン相手に動けるのは、轟のみ。プロヒーローが駆け付けるまで、まだ時間がかかるだろう。その間たった一人で、ステインもナロクも彼は相手にしなければならない。
それでも。彼は出久がそうしたように逃げ出そうとはしない。人を……友達を救ける為にヴィランに立ち塞がる。ヒーローを目指す一人のヒヨッ子として、この場は絶対に見逃せない。
「ぐ……おいお前! そいつに血を見せるな! 多分経口摂取で自由を奪う! 俺もその白アーマーも、それでやられた……!」
「……なるほどな。だから二人は立ち上がれねえのか。けど俺なら距離を取ったま、っ!?」
ナイフが、飛来した。喋り出したネイティブに轟の意識が一瞬向いた隙に、ステインが投擲したものだ。それを轟はギリギリのところで避ける。が、鋭い刃が頬を掠めた。結果、頬から血が流れ出る。
ステインは、真っ直ぐ轟の元へと走る。狙うのは血液。まだ少しダメージが残っているが故に、手段は選んでいられない。何より轟が駆け付けたことで、これ以上この場に時間をかけていられなくなってしまったのだ。うかうかしていると、更に応援の数が増えて粛清どころではなくなってしまう。余計な小細工を考える余裕も無い。
投げられたナイフを寸前のところで避けた轟は、直ぐ意識をステインに向ける。ヴィランはただ真っ直ぐ向かってくるだけだ。ならば対処は容易い。少なくとも彼はこの時、そう思った。が、その考えは直ぐに覆されることになる。
振りかざされた大きなナイフを、氷の壁を作ることで轟は防ぐ。その瞬間、大きな風切り音が聞こえた。低い姿勢のステインが、逆手で刀を振りかぶったのだ。それは、ただ突進から斬撃を繰り出そうとする単調な攻撃。だが動きは早い。
が、これについても問題は無い。氷のように防ぐことは叶わないにしろ、轟は避けることが出来るだろう。だから彼の意識は、自分に向かって振られる刃にだけ集中する。
しかし。
それは、フェイントだった。轟が刃を避けようと思ったその瞬間、ステインは真上に向かって刀を放り投げる。結果、轟の意識は一瞬硬直した。何故ヒーロー殺しが自ら刀を手放したのか。その訳を一瞬だけ考えてしまう。
そしてその一瞬でステインは轟の肩を掴み、彼の頬にある血液を舐め取ろうと舌を伸ばす。
「っっ!!」
血を舐め取られる寸前、轟は左側に炎を纏う。同時にステインがその場から跳び退いた。だけではない。離れ際に小さなナイフを投擲することで、轟の左腕に傷を負わせてみせたのだ。
「くそ……!」
ステインの行動一つ一つが、確実に自分へと迫ってくる。何かひとつでも対応を間違えれば、轟とて負けてしまうだろう。
状況は最悪だ。出久も飯田も、血反吐を吐いて死にかけている。唯一のプロヒーローは動けない。轟ひとりで、どこまで三人を守れるのか分からない。下手をすれば、轟だって殺されてしまうかもしれない。
「止め、ろ……っ。止め、てくれ……っ。僕は……っ」
地に倒れたままの飯田が、情けなくも呻いた。ついさっき、目の前で出久がナロクに吹き飛ばされた。今近くに倒れている彼は、深い傷を負って立ち上がれない。遅れてやって来た轟も、ステインと相対したことで傷を負った。
自分の愚かな行動が原因で、友が傷付く。その現実が痛みとなり、重圧となり、飯田の心を深く深く傷付けていく。もう、自分のせいで誰かが傷付くところは見たくなかった。だから逃げるように、懇願するように、彼は情けなく呻いてしまう。
それを聞いた轟は歯を食い縛り、そして叫んだ。
「止めて欲しけりゃ、立て!!」
ステインから目を離さず、かつ頭上で壁に貼り付いて居るナロクからも意識を離さず、倒れた者達にこれ以上の危害を及ばぬよう気を遣う。三つの事をこなしながら、戦うのは決して簡単じゃない。轟とて、まだヒーローの卵。プロじゃないのだ。それでもこの場はどうしても譲れない。ここで自分が倒れれば、待っているのは全滅だからだ。
だから必死で、ステインと戦う。ヒーロー殺しと戦いながら、叫ぶ。今自分に出来ることを、最大限やろうとする為に。
「なりてえもん、ちゃんと見ろ!!!」
そんな轟を見たナロクは、実に楽しそうに笑った。
■
(なんで避けられるんだよ、これがっ)
氷を出し、炎を出す。先に放った氷結で行動範囲を狭め、かつ避けた方向に炎を放つ。だがそのどちらも、ステインは避けて見せる。地面から生え立つ氷は壁に向かって跳ぶことで避け、続く炎は壁を蹴ることで避ける。
そして轟との距離を楽に潰したヒーロー殺しは、彼に向けて刀を振り下ろす。もうステインに、轟を殺すつもりはない。殺すつもりはないが、粛清を遂行する為には轟が邪魔だ。それ故にまずは轟の血を舐め取り、動きを止める必要がある。
さっきから轟に向かって仕掛けるのは、そう言う理由だ。
(……チッ。そろそろだな……)
ステインは、焦っていた。彼の持つ個性は、いつまでも効力を持つものじゃない。このまま轟の相手をしていれば、自由を奪った二人がいずれ動き出してしまう。粛清しようとする度に、何度も何度も横槍が入る。ナロクの登場も含め、四度も邪魔されてしまっているのだ。
インゲニウムの弟が姿を現してから、既に五分以上が経過している。これ以上時間をかけるのは得策ではない。
焦りが、ステインの視野を狭める。行動を単調なものにしてしまう。だが、問題は無かった。彼の振るった刃が、今まさに轟を斬り裂こうとしている。地に伏した三人は、誰も動くことが出来ない。この一撃が通ってしまえば、轟の自由を奪うことが出来る。そうしたら後はやるべき事をやるだけだ。
この時。飯田は悔やんでいた。涙を流して、己の無力さを呪っていた。
―――それでも。彼は動かぬ手足に力を込める。血を吐き散らそうと、関係無い。痛む体を、意思の力だけで無理矢理立ち上がらせていく。
(お前の言う通りだ、ヒーロー殺し……っ。僕は彼らとは違う。未熟者だ!)
そして、飯田は立ち上がる。ステインの個性は、もう解けていた。
(今ここで立たなきゃ、二度と……! もう二度と彼らに……兄さんに、追い付けなくなってしまう!)
再び、彼は動く。歯を食い縛り、個性を使い、友を傷付けようとするヒーロー殺しに、もう一度立ち向かって見せる。
今度は復讐者ではなく、ヒーローとしてでもなく、ただ自分を救けようとしてくれた友に並び立つ為に。
「レ、シプロ……、バースト!!」
轟に迫る刃を、全速力を以て蹴り抜く。その一撃は強く、重く、ステインの刀をへし折った。更に一撃だけでは留まらず、もう一度蹴りを繰り出す。それはガードされてしまったが、ヒーロー殺しの体を後退させるには十分なものだった。
「げほっ、がはっ! ぐっ、ぅう……っっ!!」
復讐に駆られ、愚かな真似をした。馬鹿な事をしたと後悔もしている。だけどそれ以上に、これ以上自分のせいで誰かが傷付くことに堪えられない。ならば飯田は、例え自分が死にかけていたとしても立ち上がる。これ以上誰も傷付かないで良いように。これ以上友を傷付けない為に。
崩れた体勢を立て直しながら、ステインは飯田を睨む。この期に及んで動いて来た子供に驚嘆したが、だからと言って飯田を見逃す理由は無い。
「折、れる……っ、わけには……、いかない……っっ。俺が、折れれば、インゲニウムは……死ん、でしまう……っっ」
また暴れ出そうとする復讐心を、ぐらついたままの理性で強く抑え込む。抗いたくない感情を頭で抑え込んで、強く強く拳を握る。もう、友に背けない。もう、憧れから目を逸らすことも出来ない。
だけど現実は非情なもので、どんなに強く願おうと起きてしまった事は覆らない。自分がしでかした愚行も、ヴィランに兄が負けてしまったことも。だからこそ。
もう一度。ここから、もう一度。飯田天哉はヒーローを目指す。なりたい自分に、なる為に。
インゲニウムに、なる為に。
インゲニウムを、終わらせない為に。
ただ、飯田の体はもう限界だった。立っていることがやっとで、もう手足を動かすことも出来ないだろう。
「論外」
一人の少年の決意を、ヒーロー殺しは認めない。認められない。如何なる理由があれど、飯田天哉がやった事はヒーローが行うべき事ではない。既に道を踏み外した者が何を言おうが、何をしようがステインが許すことはない。
刀は折られてしまったが、まだ武器はある。今から轟を止め、飯田とネイティブを殺すことは不可能じゃない。時間はかかってしまうし、プロヒーローの応援が到着するまでそう時間は無いだろう。だからステインは、躍起になって粛清を果たそうとする。
「っそ、動くなっ!」
再び駆け始めたヴィランに、轟は目映い炎を放つ。が、それは壁を使った跳躍で避けられた。ステインは避けると同時に、小振りのナイフを轟に向かって投げ付ける。殺すつもりはない。ただ、動きは止めておきたい。
炎と氷、二種の力を操る轟は近接必須のステインに取って厄介でしかないからだ。
(……一回。ここから17%で一回跳ぶ。この体で、行けるか……っ? いや……今、は……!)
飯田と轟。二人の後ろで、ボロボロになった出久が痛みを堪えながら立ち上がる。蹴りひとつで折られた右腕は使い物にならない。息をするだけでも脇腹から激痛が走るが、歯を食い縛って体を起こす。
口から血を溢れさせながら、出久は跳ぶ。未だ宙に居るステインを倒す為に。だから脇腹の激痛も、右腕の激痛も無視する。後で大変な思いをすることになるかもしれないが、今はそんな事を考えて尻込みしている場合じゃない
(腕が……!)
怪我など関係ない。後で体がどうなろうと、知ったことじゃない。今はただ、目の前のヴィランを倒せればそれで良い。
(あれば良い!!)
出久の拳が、ステインを打ち抜いた。
死に体の二人が
死にかけの飯田くんに立てと言う轟くんは中々鬼畜ですね。ただこの発破は大事なので……。大事なので……。