わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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路地裏の戦い・決着

 

 

 

 

 宙に跳んだステインが、出久に打ち落とされた。左腕でのスマッシュは偶然にも的確に頬を殴り抜くことが出来た。

 殴られる直前、ヒーロー殺しは出久の行動に反応出来なかった。ナロクに蹴り跳ばされ瀕死となっていた彼が動くとは思っていなかったし、何より一度相手取った時と比べて動きが遥かに速かった。パワーもスピードも十分あると思っていた子供が、更なるパワーとスピードで殴りかかってくるとは思わなかったのだ。

 

(っ、やば……っ! これ、着地……っっ)

 

 この土壇場で、出久は出力調整を間違えてしまった。彼が引き出したのは決して17%ではなくて、それを大きく上回る25%だったのだ。お陰で、足も腕も新たな痛みが加わって動かせない。ただ手足が痛むだけなら最悪体から着地してしまえば良いのだが、今の出久は肋骨が折れている。その状態で四肢が使えない。なのに体は空中にあって、落下している。

 つまり。ステインを倒したのは良いものの、人知れず大ピンチなのである。

 

「えーっ? テイテイそこで負けるの?? 仕方ないなぁ……。わたしが、救けてあげる!」

 

 壁にしがみ付いたままのナロクが、力任せに壁を蹴ってステインへと突撃する。高速で跳んだ彼女は、気を失い落下している彼を空中で抱き留め、ついでに出久にも手を伸ばした。路地裏で繰り広げられていた戦いを、途中からずっと上から眺めていたヴィラン少女は知っている。たった今、出久の手足が使い物にならなくなったことを。

 だから、ついでに出久の体も出来る限り優しく掴んだ。それでも速度が速度だ。掴まれた側からすれば、急に猛スピードの何かに体を引っ掛けられたようにしか感じないだろう。その際の衝撃で、既にボロボロになっていた出久は気絶してしまった。

 

「とっ、とと……っ! 危ない危ない……!」

 

 人ふたりを抱えてナロクは着地したが、その際少しバランスを崩す。が、それでも彼女は何とかステインも出久も落とさずに済ませた。その後で、出来る限り優しく出久の体を地面に降ろす。その光景を見た轟は体の左側に炎を起こし、飯田は動こうにも動けずに居た。レシプロバーストの時間切れだ。足のエンジンがエンストを起こしている。彼はしばらくは動けない。だがそれ以上に、腹の怪我が問題だ。無理矢理立ち上がり、蹴りを二発も放った代償は大きい。彼は今、立っているのがやっとで指ひとつ動かせない。一歩でも動こうものなら、出血と激痛で気絶してしまうだろう。

 だから、今動けるのは轟だけだ。目の前のヴィランが、炎を苦手としていることは知っている。その弱点を突いて、どうにか出久を奪還したい。だがステインと戦った後で、未だ万全のままで居るナロクと戦うのは無謀と言える。この少女の実力は、七躬治癒々よりずっと上なのだ。

 

「さーて、どうするの? このままわたしと戦うつもりなら、手加減はしないよ? ナナサの友達だから殺しはしないけど……死ぬ程痛い目には遭わせちゃうよ??」

「緑谷を離せ!」

 

 どうにかステインを倒すことが出来たのに、状況が良くならない。むしろ悪くなったと言っても良い。ナロクが本気で暴れてしまえば、飯田も轟もなす術は無いだろう。彼女がどの程度の力を持っているのか、二人は一度目撃している。オールマイトと見間違いそうになる程のパワーを、ナロクは確かに持っているのだ。

 

「んー、離しても良いけどねぇ。あ、そうだ! ちょっとお話しようよ! ナナサが学校でどうしてるか聞きたいな!

 あの子ちゃんと授業受けてるの? ご飯は食べてる? 夜は寝れてるの? 朝は起きれる? ナナサって一人じゃなーんにも出来ないから、周りに迷惑かけてないと良いんだけど。お姉ちゃんとしてはそこが心配だなぁ。

 あとヒミコ! ヒミコの事も教えて! ナナサと結婚するんだよね!? 結婚式とかするのかな!? 行きたいなぁ! お姉ちゃんとして出席しなきゃ!!」

 

 明るい笑顔を振り撒きながら、黒い少女は一方的に口を開く。そのとき聞きたい事を纏めて口から出して、その最中に思い浮かんだ事も続けて喋る。結果、一度でも話し始めたら彼女の舌は止まることを知らない。べらべらべらべらと、ただひたすらにお喋りを続けていく。

 その姿が、轟には奇妙なものにしか見えない。イカれているようにも見える。とは言え、喋ることだけに集中してくれることはありがたい。

 ナロクを前にした彼は、これからどうやって出久を奪い返すか考える。

 

 が、それはナロクの前では悪手だ。

 

「ねえ、無視しないでくれる? この子殺しちゃっても良いんだよ? ナナサの友達だけど、この子は殺した方が良い気がするの。て言うか絶対そう。だって多分、この子だもんねぇ。あの時ナナサが必死になって守ろうとしたんだもん。ってことはこの子の筈なんだよね。うん、やっぱり殺そっかな」

「っ」

「殺されたくないなら質問に答えて? お喋りしよ? ナナサは学校で上手くやれてるの? ヒミコってどんな子?」

「……っ、それは……」

 

 気絶した出久は、ヴィランの手の中にある。下手に刺激すれば本当に殺されてしまうだろう。だからと言って、冷ややかに笑い始めたナロクの質問に答えることも躊躇われる。何を考え、何をやらかすか分からない敵連合に、クラスメートの情報を渡すような真似はしたくない。だが、そうしなければ出久の命が無い。

 

 情報か、命か。どちらかを切り捨てる判断など、まだ子供である彼には出来そうにない。

 

「……。……七躬治なら、よく授業中に寝てる。先生に怒られてばっかだな」

 

 しばし考え込んだ後で、轟はナロクの質問に答え始めた。

 今は、こうするしかないのだ。出久の命が危うい。だから彼を殺されないようにする為に、轟は知られても支障が出ない程度の事実を選んで話す。もっとも彼自身、七躬治癒々の事はよく分からない。話せる範囲は、あくまで自分が関わった範囲だけだ。

 轟の言葉を聞いたナロクは目を丸くして、それから肩を落としながら深い溜め息を吐いた。自分の妹が、てんで駄目な学生生活を送っていると知ってしまったからだ。とは言え、予想していた事でもある。やっぱりナナサは駄目だなぁ、なんて呟きながらも嬉しそうに微笑んでいるのはどういう腹積もりなのだろうか。

 

「それで、ヒミコは? あの子ナナサと同居してるよね? あんな子が雄英居る理由もよく分からないけど、ヒーロー科に居るってことはヒーロー目指してるんだよね? ねえ、何であんな子が学校なんて行ってるの?」

「渡我の事は、よく知らねえ。七躬治の面倒を任されてるってことぐらいだ」

 

 轟は、渡我被身子と言う存在を実はよく知らない。彼女はクラスに溶け込んでいるとは思う。女子とは仲良くしているし、男子とも会話をしないわけじゃない。七躬治癒々が大好きで、結構な頻度で二人だけの世界に入ってしまうこともある。授業はちゃんと受けているし、体育祭ではそこそこの活躍もしていた。同じヒーローの卵であることは疑いようもない。ただ、渡我被身子が我を出すのは七躬治癒々に関わることがあった時だけだ。それ以外では、基本的には周囲に同調して愛想笑いを浮かべるばかり。

 だから、七躬治癒々以外の何が好きかとかどんなヒーローを目指しているのかとか、そう言ったことは一切分からない。

 

「は? クラスメートでしょ? 友達なんでしょ? 知らないなんてこと無いと思うけど??」

「クラスメートだからって、何でも知ってるわけじゃないだろ」

「じゃあ、あの子がナナサの血を吸ってるのは誰も知らないんだ。ふーん? 上手く隠してるんだね。あんなにナナサの血の匂いがするくせに」

「……は?」

 

 ナロクの口から飛び出した言葉に、轟は目を丸くするしかなかった。彼女はヴィランだ。人殺しの悪党の発言を真に受ける必要はどこにも無い。だが、今のナロクが嘘を吐いているようにも見えないのも事実だ。何かの勘違いとか、ただの戯れ言だと彼は思いたい。そもそも、信じたくない。渡我被身子は、何だかんだで真面目な生徒だ。そんな彼女が、あんなにも愛でている恋人の血を吸っているなんて、どうしても思えない。

 

「知らないなら教えてあげるけど、ヒミコは間違いなくナナサの血を吸ってるよ? そんな子が雄英に居るなんて、おかしな話だと思わない??

 まぁ信じなくても良いけど、ヒミコには気を許さない方が良いよ。今はナナサに夢中みたいだけど、その内ナナサの血だけじゃ満足出来なくなっちゃうかもよ? そうなった時、次は誰が犠牲になるのかな??」

「……」

「……さーてと。お喋りも出来たし、わたしは帰ろっかな。これ以上テイテイをこのままにしとくのは良くないし!」

 

 もうお喋りに満足したのか、それとも言葉通りにステインを放っておくつもりが無いのか。どちらにしても、ナロクはこの路地裏から立ち去ろうとしている。自分より大きな体を持つヒーロー殺しの体を抱き抱えて、膝を曲げる。

 

「あ、そーそー。この子はここに寝かせとくから、早くナナサに治して貰った方が良いよ? 手足はボロボロだし、あと肋骨もボロボロだから。まぁテイテイも顔の骨ボロボロだけどね。じゃ、またお喋りしようね!」

 

 轟の視界から、ナロクとステインの姿が消えた。小さな少女とヒーロー殺しの姿の代わりに残ったのは、砕けた地面と大きな音のみ。

 

「っ、くそ……!」

 

 ひとまず。ヴィランと言う危機は去った。結果だけ見るなら、飯田達の勝利だ。しかしヒーロー殺しも黒い少女も取り逃してしまっている。完全勝利とは言い難い。どんなに甘く見ても、辛勝が関の山だ。

 そして、どうしても気になる一言をナロクは残していった。誰の命も犠牲にならない結果だと言うのに、轟は気持ちが晴れない。とは言え、今は立ち去ったヴィランの言葉を考えている場合ではない。未だ気絶したままの出久や、とうとう倒れ込んでしまった飯田をどうにかしなければならないのだ。

 

 

 

 

 ナロクは、ステインを担いで跳んでいた。彼女の素の膂力は、人の域を越えている。癒々の推測が正しいのなら、個性無しでOFA50%相当の膂力だ。自分よりずっと大きい大人を担いで跳ぼうが、速度も高さも大きく落ちたりはしない。とは言え、流石に一人で跳んでいる時と比べたら少しばかり移動速度が落ちる。それでも彼女は建物の屋根を踏み台に、保須の夜空を駆けていく。

 ほの暗い白髪を靡かせながら跳び続ける姿は、残念ながら目立つものだ。だから直ぐにヒーローの目について、地上ではナロクを追い掛けようと動く者が複数も居る。その内の一人は、フレイムヒーロー『エンデヴァー』だ。彼は街を破壊しようと暴れ回る脳無を仕留め、息子に言われた番地へと急いでいたのだ。しかしその途中で、ステインを担ぎ跳ぶナロクを見てしまった。

 

 ナロクは、ヒーローの間でとっくに有名だ。突如として現れた子供が、ヒーローを素手で惨殺した。既に六人ものプロヒーローが惨たらしく殺害されている。それだけならまだしも、敵連合の一員であることも判明しているのだからヒーローから注目されてしまうのも無理は無い。

 だから、エンデヴァーはとてもナロクを見逃すことは出来ない。息子の安否は気になるところだが、それ以上にナロクを自由にさせておくことに強い危機感を覚える。

 

「待て! 小娘!」

 

 炎を纏う筋骨隆々の大男が、空を跳ねる少女を追跡する。個性により噴出する赤い焔を推進力として、エンデヴァーは跳躍の度に加速していくのだ。そんな彼に追われていると気付いたナロクは、特に反応を示すこと無く速度も高度も上げる。

 ヒーローがヴィランを知っているように、ヴィランだってヒーローを知っている。だからナロクは、自分を追い掛けている者がNo.2ヒーローであることに即座に気付いたが、だからと言って何かをするわけじゃない。ヒーローに対し強い殺意を抱いている彼女だけれど、少なくとも今夜は殺人を起こすつもりは無いようだ。

 

(うーん、面倒くさいなぁ。このまま跳び続けてれば撒けるけど、テイテイの体が持たないよね。頬骨砕けてるし。だからってテイテイ担いだままあんなのと戦うのは大変だし……。

 ……あ、そうだ。皆を呼べば良いじゃん。何人無事かは知らないし、アレ相手じゃ瞬殺されるだろうけど、時間稼ぎぐらいはしてくれるよね)

 

 追い掛けてくるヒーローをどう撒くか。それを少し考え込んだナロクは、右手の親指と中指で輪を作り唇に当てる。そして軽く息を吹く。すると、甲高い音が保須の空に鳴り響いた。

 彼女がやったことは、ただの指笛だ。だがヒーローに追われている状況で、意味の無い行為をするヴィランはそう居ない。居たとしてもそれは、直ぐに捕まってしまうような知恵も力も無い小悪党ぐらいのものである。

 

 ナロクは、敵連合の一員である。今も続けている指笛は、ちゃんと意味がある行為だ。エンデヴァーは警戒心を強めるが、先を進むナロクから目を離さない。だから彼は気付くのが一瞬だけ遅れてしまった。右斜め後ろから猛然と近付く、翼を持つ白い脳無の存在に。

 

「っっ! あの指笛か! 小賢しいっ!!」

 

 接触まであと一秒足らず。そのタイミングで脳無の接近に気付いたエンデヴァーは後ろを振り向き、同時に身に纏う炎を大きく噴出する。その後、猛る豪炎を右手に集中させて今もなお迫ってくる化け物に向けて解き放った。

 

 

「イグナイテッドアロー!!」

 

 

 炎の矢、或いは槍が暗い夜を照らしながら脳無へと突き進む。エンデヴァーが放った攻撃は脳無の翼に直撃し、焦げた風穴を作って見せた。

 翼を穿たれてしまった脳無は飛行能力を失い、地面に向かって墜落していく。それを確認した後でNo.2ヒーローは再び体の向きを変えて視線をナロクに向けるが、その頃にはナロクの姿は遥か遠くに位置していた。

 

「……ちっ。逃したか。次はこうは行かんぞ、敵連合」

 

 結局、エンデヴァーはナロクを取り逃がしてしまった。が、収穫はあった。あの黒い少女は、指笛を吹くことで脳無を呼んだ。そこから彼女自身が脳無を従える何かしらの手段を持っていることが推察出来る。そう言う個性なのかもしれないし、何か別の手段なのかもしれない。どちらにしても、この情報はナロクを捕まえようと動いた時に役に立つ。

 見事にエンデヴァーを撒いて見せたナロクは、何処かへと消え去った。恐らくは、敵連合の拠点に戻ったのだろう。

 

 今回の騒動で、ヒーロー側は決して小さくない被害を受けた。脳無に何人かが殺害されてしまったし、保須市内の建物は幾つも幾つも壊されてしまった。

 そしてヴィラン側は、脳無を四体失ってしまった。挙げ句ステインは、大怪我を負ってしまい回復まで長い時間が必要だろう。今回は、辛うじて痛み分けで済んだのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

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