わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
被身子の職場体験 Ⅰ
被身子の職場体験が始まった。コスチュームに着替えた彼女は、まずイレイザー・ヘッドと共に駅へと出向きこれから職場体験先へと向かうクラスメート達を見送り、それから担任でもある彼に連れられて雄英に戻る。一週間もある職場体験で何をやらされ、学ばされるか分からない。ヒーローになる意欲の無い被身子からすれば、退屈な日々を送ることになるだろう。何より、職場体験中は大好きな恋人と別行動を取らなければいけない。それが何よりも不満だ。
昨晩は寂しくならないようにたっぷりと愛し合ったのに、一時間程度カァイイ彼女と距離が離れただけで、もう寂しくなってしまっている。癒々の匂いや温もりが恋しくて堪らない。どこかでイレイザーの目を盗み、保健室に駆け込んでしまおうと画策するぐらいには。
もっとも、被身子の面倒を自ら請け負った彼は職場体験すらサボろうとする生徒の内心などお見通しなのだけれど。
雄英に戻ったイレイザーは、まず生徒指導室に被身子を連れ込んだ。そして、不満を隠そうとしない彼女に椅子に座るように促す。
「さて。渡我、職場体験を始める前に幾つか質問しておきたいことがある」
「……何ですか?」
「時間を無駄にするのは勿体無い。単刀直入に聞く。
お前、七躬治の血を吸っているな?」
生徒の対面の席に腰掛けつつ、彼は早速本題のひとつに切り込んだ。まさかそんな事を聞かれると思っていなかった被身子は、チウチウしていることが教師にバレていたことに驚き、それからイレイザーの意図が何であるかを考える。
担任の顔を凝視することで、少しでも彼が腹の内で何を考えているのか探る。わざわざこんな話を聞いてきたのだ。答えようによっては、除籍だって有り得るだろう。イレイザーが厳しい先生であることは知っている。
「……それは」
どうするべきかと、被身子は思考を巡らせる。何か上手い言い訳でも思い浮かべば、この場を乗り切ることが出来るだろう。癒々の血を吸っていることは、隠しておきたい。この事実を暴露してしまえば、ヒーロー科に居られなくなる予感があるからだ。
別に、除籍されること自体は構わない。バレてしまったのなら、自分を隠してまでヒーロー科に居たいとは思えない。ただ、癒々のお願いを無下にするような真似はしたくない。自ら雄英に行くと言ったのだ。その為にしたくもない勉強をして、この学校に入学したのだ。今更になって恋人を裏切るような真似は、絶対に出来ない。
「隠そうとするな。
「……」
「もう一度聞くぞ。渡我、七躬治の血を吸っているな?」
どう答えるべきか悩んでいる時点で、答えを言ってしまっているようなものだ。口を閉じてしまった被身子を見て、イレイザーは確信を得る。だがそれでも、敢えてもう一度同じ質問を繰り返した。本人の口から、ハッキリと確認する為だ。
「……、……はい。いけませんか?」
「咎めないと言っただろ。お前が居るのはヒーロー科だ。個性を使うために血が必要なら、そのくらい容認する」
「……」
「何だ?」
「……いえ。どうせ怒られるか、気味悪がられるものだと思ってました」
これまでの人生の中で、被身子は自分の個性について人に話そうものなら、気味悪く思われることが殆どだった。小学生に入った頃、変身するのに血を摂取しなければならないと説明したら、同級生からは怖いだの気持ち悪いだの言われてきた。それ以降は変身の条件に関して自分から話したいとは思わなかったし、そもそも自分の個性はなるべく伏せるようにして来たのだ。
だからイレイザーがすんなりと事実を受け入れてくれたことに、被身子は驚くしかなかった。が、直ぐに表情を取り繕う。ここで気を許すわけにはいかない。受け入れられたと思ってはならない。彼は被身子が、変身の為に癒々から血を貰っているのだと思っている。趣味嗜好の為にチウチウしているとは思ってもいない。
真実を知ったら、この先生も自分を気味悪く思うだろう。それな分かっているから、大人は信用したくない。どうしても信用出来ない。被身子は心の壁を分厚くして、警戒心を露にする。これ以上、踏み込まれたくないのだ。
「お前の持つ個性が、そういう個性ってだけだ。そこを気味悪がるような真似はしないよ」
「……相澤先生、ひょっとしてロリコンですか?」
いつでも気怠げな表情をしている担任に優しい言葉を掛けて貰った被身子ではあるが、彼からの好意をすんなりと受け止められる彼女ではなかった。別に不快だったと言うわけじゃない。この教師は人として一癖も二癖もあるとは思うが、教師としては真っ当だとも思っている。
だからこそ。警戒を緩めたくないと思ってしまう。真っ当な人間であればあるほど、自分を分かってはくれないと思ってしまうからだ。
どうせ癒々以外は分かってくれないのだから、期待するだけ無駄。被身子は本気でそう考え、他者が心に踏み込んでくることを拒絶する。その結果友達が出来なかろうと、クラスメートが自分の事に悩み続けようが知ったことじゃない。
「何故そうなる?」
「いえ、私を口説こうとしてるのかと。でも私、癒々ちゃん以外に興味ないのです。だからお断りです」
「……お前を気に掛けてるのは事実だ。それなりに問題児だからな」
「別に問題行動はしてないですけど。爆豪くんよりは態度良くしてるのです」
何故か勝手に生徒からフラれてしまったイレイザーは、溜め息を吐く。呆れた顔になった彼は頭を掻いて、被身子を真っ直ぐ見詰めた。
「質問はまだある。渡我、お前は何で大人しくしている?」
「……どういう意味ですか?」
「お前が過去にした事について雄英は把握している。過去の行動から察するに、お前はどうしても血が欲しい筈だ。人を傷付けたい衝動がある筈だ。
なのに、雄英でそんな素振りは見せてない。これはどういう事だ?」
「……」
それは、被身子にとって不愉快な質問でしかなかった。ここに来て教員から、大人からされたい質問ではない。
何故血が欲しいのに誰も傷付けないのか。答えは決まっている。癒々が思う存分チウチウさせてくれるからだ。被身子の欲求を、被身子が満足するまで受け止めてくれるからだ。毎日毎日、求めれば差し出してくれるからだ。しかしこの事実を素直に話した時、大人がどんな反応を見せるのか容易に想像出来てしまう。
だから被身子は黙った。この話題についてこれ以上触れるなと、目の前の担任を睨み付けることで語る。どうしても、不貞腐れた態度になってしまう。
「……それも、七躬治か?」
「……」
「そうか。その件については、今度七躬治も交えて、詳しく話して貰う。ただ、ひとつ答えてくれ。
今のお前は、誰かを傷付けたりしたいと思うか?」
「……思いません」
「なら良い。お前が七躬治と
また、被身子は驚くことになった。この担任は、相澤消太と言う大人は、被身子の過去について知っておきながら深く踏み込もうとはしなかった。今の彼の言葉は良く言えば放任であり、悪く言えば放置だ。
被身子の過去を知っているのなら、そこから彼女がどういう人間かも知っている筈だ。なのに深く干渉はしないと言い切って見せた。恐らくは被身子と癒々が人目の付かないところでどのような事をしているのか察した上で、好きにしろと彼は言っている。
「……そんな風に言われるとは、思ってませんでした……」
「こんな指導は、教師としちゃ失格だ。だが担任の俺が信じてやらないで、誰が
「別に、誰に信じられなくても良いのです。癒々ちゃんだけが分かってくれれば、私はそれだけで……」
結局のところ、彼女の持つ性質は人に理解されることが無い。担任は信じようとしてくれているが、その言葉を素直に受け取ることは出来ない。彼が何を言おうが、どうしても警戒してしまうからだ。
そもそも被身子は、自分の事を誰に分かって貰えなくても良いと思っている。信じられなくたって構わない。分かってくれるのは、信じてくれるのは、癒々だけで良い。いつだって自分を受け止めてくれる恋人さえ居てくれれば、それだけで良いと思っている。
「言っておくが、お前の性質は誰にも理解されない。七躬治が特別なだけだ。俺だって分からん。
……その上でひとつ言うぞ」
「何ですか?」
「七躬治以外のクラスメートに危害を加えたら、俺は然るべき処置を取る。除籍するってことだ。ちゃんと覚えておけ」
「……はい。分かりました」
彼女はひとつ、釘を刺されてしまった。担任の言うことは当たり前の事であり、そこに反論するつもりはない。気を付ける必要も無いが、被身子は一応今言われた事を胸に留めておく。
「それともうひとつ聞くことがある」
「……まだあるんですか?」
もういい加減、担任と話すのが面倒になってきたのだろう。更なる質問が飛んできそうな現実に、被身子は思いっきり溜め息を吐いてしまう。そんな生徒を見て、イレイザーは眉をひそめた。が、ここで態度について言及しても仕方がないと思ったのだろう。目の前の問題をちょっと睨みながら、彼はまた質問をする。
「渡我、お前は原点を持っているか?」
「……原点、ですか?」
「そう、原点。オリジンってやつだな。ヒーローを目指す者なら誰で持ってるし、持ってなければならないものだ」
「……」
「……ひとつ課題をやる。渡我、この職場体験中に自分の原点を見付けろ。
それが出来なければ除籍だ」
「……」
「返事は?」
「……はい。分かり……ました」
ヒーローになるつもりのない被身子からすれば、原点など見付けようがないだろう。彼女は担任から出された課題に、納得が出来ない。だが、この課題をこなさなければならないのも事実だ。そうしなければ、本当に除籍されてしまうのだろう。こればっかりは、癒々と一緒に居る為に回避しなければならない。例え面倒でも、気が進まなくても、やるしかないのだ。
「良し。それと、これについて七躬治には相談するな。自分の力で見付けて見せろ。相談した場合も、除籍とする」
最後にひとつ条件を付け足して、イレイザーは席を立つ。
「さて。これから職場体験を始める。まずはパトロールをしながら、お前にヒーローが何であるかを教えてやる。付いてこい」
こうして、被身子の職場体験は本格的に始まった。彼女は早速、原点探しと言う大きな課題を背負うことになってしまった。
■
イレイザーに連れられるまま、被身子は雄英の外に出た。その際、不満全開な生徒の足取りが非常に重かったことを早速叱責した。真面目にやれと怒られてしまったバカップルの片割れは、本当に渋々ながら無理矢理気分を変えた。ヒーローになる為の勉強などこれっぽっちもしたくないけれど、真面目にしなければその先に待っているのは除籍なのだ。
そんな訳で現在、被身子はイレイザーと共に雄英近隣にある住宅街をパトロール中だ。
平日の朝と言うこともあり、外を出歩いている人はあまり居ない。それでもパトロールをする以上は、周囲に目を配らせなければならないのである。
「トガ。パトロールの行う理由は?」
「……犯罪の抑止、ですか?」
「そうだな。他には?」
「さぁ? 思い付かないのです」
パトロールを行う理由が何であるか。なんて被身子には分からない。犯罪の抑止の為としか思えず、他の理由は特に思い浮かばないのが現状だ。授業自体は真面目に受けているけれども、だからと言っていつでも学んだ知識を頭から引き出せるわけじゃない。何より中間テストでは、基本の五科目はともかくとしてヒーロー情報学やヒーロー基礎学の点数があまり良くなかった。
癒々が山を張ってくれなければ、もっと酷い点数を取って赤点になっていたかもしれない。ヒーロー科に居ながら、ヒーロー科目の点数が悪いなんて話は笑い話にもならない。これについては改善した方が良いだろう。とは言え、気が向かないのも事実なのだが。
「ヴィラン蔓延る昨今、オールマイトのお陰で犯罪件数は低い。彼が雄英に勤めているから、この辺は余計にな。
……とは言え、いつどこでヴィランが暴れ出すか分からない。だからヒーローは自分の管轄に目を光らせる必要がある」
「つまり、犯罪の抑止ってことですよね」
「同時に、善良な市民に安心感を与える為だ。ヒーローが巡回している街と、していない街。どっちが暮らしやすいと思う?」
「……まぁ、 パトロールしている方です」
「そうだ。そして地域と密着する為でもある。プロヒーローってのは、人々の支持の上で成り立ってる仕事だ」
「……うーん。何だかどーでも良いのです」
「おい」
折角イレイザーがパトロールについて説いてくれていると言うのに、被身子は大した興味を抱かない。授業を受けている時よりも遥かに態度が悪い。話を聞いては居るものの、集中力が皆無だ。今からこんな調子で過ごしていたら、原点を見付けるどころではない。除籍になりたくないのなら、ここは真面目に話を聞いておくべきだろう。
「だってイレイザー、ご近所付き合いとか出来るんですか? 絶対無理ですよね?」
「何様だお前は」
「原点迷子のトガです」
「……まぁ、ちゃんと見付けようとしてるなら良い。ただ話は真面目に聞け」
「ううん……。癒々ちゃんが居ないと良い子にする気が起きないのです。そうだ、癒々ちゃんもパトロールに連れていくってのはどうです? なんならリカバリーガールも一緒に」
「……お前な……」
パトロールの最中だと言うのに、被身子は自由奔放な言動でイレイザーを振り回す。突拍子もない事を口走ったり、わがままを言ったり。既に癒々不足になっているせいか、大人しくしているつもりが全く無い。これは恐らく、癒々からの悪い影響だと現在進行形で振り回されている哀れな担任教師は考える。普段の被身子の授業態度を思い返せば、そうとしか思えない。
これから一週間、常にこんな調子かも知れない被身子の面倒を彼は見なければならないのだろう。イレイザーひとりでは手に余るかもしれない。
「早く癒々ちゃんに会いたいのです……。何で職場体験なんか……」
膨れ続ける不満を抑え込もうとせず、被身子は本心からこの場に居ることを嫌がる。今度はブツブツと文句を言い始めた問題児を前に、イレイザーは溜め息を吐くしかない。職場体験はあと六日もある。その間、果たして彼は何度頭痛に悩まされることになるのやら。
「もう戻って良いですか? パトロールの意味無いですよね?」
「……お前、ほんといい加減にしとけよ」
「……」
髪の毛を逆立てた担任を前に、取り敢えず被身子は黙ることにしたようだ。
お、お久しぶりです。色々と忙しくお待たせして申し訳ないです。
職場体験体験、トガちゃん視点編が始まります。一方その頃編とも言います。そして次回更新は未定です。ワンチャン年内と考えてますが、来年かもしれませんね……。