わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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被身子の職場体験 Ⅱ

 

 

 

 

 

 職場体験、二日目。

 

 被身子の機嫌の悪さは最高潮だ。何せ癒々が居ない。可愛い彼女が保須へと旅立ってしまい、昼休みに会うことも出来ない。昨晩はたっぷり愛し合ったけれども、もう既に寂しさを感じてしまっている。その上、大して興味も無いヒーロー活動を夕方まで行わなければならない。今日の彼女は集中力などまるで皆無であり、イレイザーの話なんてこれっぽっちも聞くつもりがない。昨日の方がまだマシな態度だった。

 そんな問題児を前にしたイレイザーは、とても頭が痛い。問答無用で除籍してしまいたい気分にすらなっている。だがそれでも職場体験を中断せず、ちゃんと被身子の面倒を見ているのは、彼が教師としてヒーローとしてまともだからに他ならない。

 ここで被身子を突き放してしまうのは簡単だ。そうした方が絶対に楽だ。けれどもその行為は、この問題児を世に放出すると言うことでもある。

 流石に癒々が居る以上、被身子はヴィランになどならないだろう。ただ、彼女はいずれ他人に危害を加えてしまうとイレイザーは警戒している。ならば、どうするのか。

 

 ……今は、黙って見守っているしかない。原点さえ見付けられれば、彼女はきっとヒーローに興味を持つようになると、希望的な観測をしているからだ。

 

「トガ。まずはこれを飲め」

「……どういうつもりですか?」

 

 現在、二人は保健室に居る。今朝のパトロールを始める前に、イレイザーはどうしても被身子にやらせたい事があるのだ。今日から当面の間、リカバリーガールが不在の為に保健室は利用出来ない。鍵も掛けられている。開けることが出来るのは、職員室まで鍵を取りに行った生徒か教員のみ。つまり今の保健室は、秘密の話をするにはもってこいの場所なのだ。

 他に誰も居ない保健室に生徒を連れ込んだ彼が差し出したのは、血液パックだ。中には200mLの血液が入っている。そんな代物を担任がわざわざ差し出してきたのだから、被身子は顔をしかめた。どうにもイレイザーの意図が理解出来ない。急に血液を差し出されても、素直には喜べない。

 

「お前の個性について詳しく知っておきたい。具体的には変身時間だ。これを飲んで、今日は可能な限り変身してろ」

「……飲むんですか? 今ここで?」

「そうだ。飲め。見られたくないなら俺は退室するが?」

「……そうしてください」

「そうか。飲んだら出てこい」

 

 血を飲む姿を、被身子は誰かに見られたいとは思わない。正確には、血を飲むことで浮かべてしまう喜びの笑顔を人に見せたくないのだ。おぞましいとまで言われた笑顔を見せるのは、癒々だけで良い。彼女だけに見て欲しい。

 だから、被身子はイレイザーに出て行って貰った。そして手元にある血液を、どう飲むか考える。

 厳重に血液パックに封入された誰かの血。これが誰の血なのかは、彼女は飲まずとも分かる。これは癒々の血液だ。昨日献血したと本人が言っていたのだから、間違いは無いだろう。

 少し考え込んだ被身子はナイフを取り出して、血液パックの角に切れ込みを入れる。それから躊躇いなく、中身を吸っていく。ストローがあれば良かったのです、なんて考えながらなるべく静かに冷たい血を喉の奥へと流し込む。

 

「ん……っ、んく……。……、ふぅ……。

……んふふ」

 

 慣れ親しんだ血の味を感じて、被身子はつい笑ってしまう。いつもは温かい血が冷たいことに少し不満を感じるが、それでもこの血液は癒々のものだ。大好きで大切な恋人の血だ。それを取り込めたことが嬉しくて、表情を抑えきれない。

 

 

「あ、は……」

 

 

 恍惚とした笑みを浮かべながら、目蓋を閉じる。つい喉を指でなぞり、胸の上を滑らせ、最後に腹を撫でる。冷たい癒々の血が体の中に収まっていく感覚すらも幸せで、幸せ過ぎて、熱っぽい吐息を吐いてしまう。

 

 このまま余韻に浸っていたい被身子だが、のんびりしている訳にも行かない。イレイザーが廊下で待っているのだ。あんまり時間をかけていると、怒られるかもしれない。

 だから。被身子はどうにかこうにか笑顔を消す。唇を指で拭うと、指先に血が付いた。これを舌で舐め取りながら、彼女はゆっくりと保健室から廊下へと出た。

 

「飲みました、けど……」

「そうか。空の血液パックは?」

「ここです」

「寄越せ。処分しておく」

「……はい」

 

 空になった血液パックをイレイザーに手渡すと、彼はそれを躊躇いもなくポケットに突っ込んだ。ここは廊下だ。空になった血液パックを、人に見られるわけにはいかない。

 

「変身してみろ。服装が指定出来るなら、コスチューム姿でだ」

「……はい。……んっ」

 

 促されるがままに、被身子は変身していく。同時にコスチュームの機能が動き出し、身に纏う衣が被身子と共に姿形を変えていく。その様子をイレイザーは黙って見詰めている。

 数秒とかからず、被身子の姿は癒々のものへと変わった。コスチューム姿の癒々だ。つまり、巫女装束である。

 

「これで良いですか?」

「ああ。それともうひとつ。今日は一日、七躬治を演じろ」

「えっ」

「出来ないか?」

「出来ますけど……。何でですか?」

 

 癒々を演じる。それが出来るか出来ないかで言えば、被身子は出来る。何なら完璧に、誰よりも癒々になりきれるだろう。癒々の仕草も、喋り方も、歩き方さえもしっかりと記憶している。

 被身子は、癒々になりたいから癒々の血を吸うのだ。大好きな恋人と同質の存在になることこそが、彼女の幸せなのだ。であれば、日頃から癒々を観察しているのは当たり前。癒々の事は、誰よりも知っている自信がある。こればっかりは、絶対に譲れない。譲りたくない。

 

 だから。正直一日癒々を演じろなんて言われたら被身子は大いに喜んでしまう。でもその気持ちは、決して表には出さない。絶対に表情には浮かべない。それは、癒々がいつだって無表情だからだ。

 

「お前の個性は潜入向けだ。将来、犯罪組織摘発の為に警察や公安から仕事を依頼される。その時の為に、今の内から人を真似る経験を積んでおけ」

「相澤。わたしの個性は潜入向けじゃない」

「……パトロールに行くぞ。ちゃんと付いてこい。勝手にどこかに行くなよ」

「んー……。面倒……」

 

 パトロールに気乗りしないのは、被身子も癒々も同じだ。とは言え、今の被身子は癒々を演じている。なら今の気分だって、しっかりと演じて見せているのだろう。

 教え子の演技に、イレイザーは奇妙な感覚を覚えた。直ぐ側に居るのは癒々に変身した被身子だと頭では分かっている。なのに体が、直ぐ後ろを付いてくる少女は癒々なのだと告げるのだ。どうやら被身子の演技は、度を越えた完璧なものらしい。

 正直、被身子がここまで癒々を演じて見せるなんて彼は思っていなかった。けれども簡単に褒めるわけにはいかない。同居している相手の真似ることは、そう難しいことじゃないと思っているからだ。

 

リペアクティ(・・・・・・)。ヒーローがパトロールをする理由は?」

「犯罪の抑止」

「他には? 昨日話しただろ?」

「……地域との密着に、安心感を与えつつ支持を得るため」

 

 昨日はあんな調子な被身子だったが、取り敢えずイレイザーに教えられた事はちゃんと記憶しているらしい。やる気が有るのか無いのか、どうにもハッキリしない生徒である。だから彼女を指導している彼は、どうしても頭が痛くなってしまう。癒々だけでも手に余るのに、そのうえ被身子の面倒までしっかり見ないといけないのは、本当に大変だろう。

 

「そうだな。元来、ヒーローってのは奉仕活動だ。街によってはパトロールやヴィラン退治だけではなく、何でも屋のように働くことになる。そういう意味でも、一芸だけじゃヒーローは勤まらん」

「……それで? ふわぁ……」

 

 パトロールに向かう為に廊下を歩きながら、被身子は思いっきり欠伸をした。イレイザーの話が退屈なものだから、つい眠気に襲われてしまう。昨晩は夜遅くまで起きていたこともあって、寝不足なのだ。

 

「様々な事が出来るようになれ。俺やお前のような個性は、様々なケースを一人で処理出来なければ死ぬだけだからな」

「命なんて、どうでも良い」

「お前を死なす為にヒーローにするんじゃない。その考えは改めろ」

 

 癒々らしい返答をしたら短いお説教が飛んで来てしまった。イレイザーの今の言葉が自分へ向けられたものなのか、それとも癒々に向けられたものなのか。被身子は判別が付かない。が、彼の言葉の矛先などどうでも良かった。

 

 恋人に変身し、恋人を演じる。その幸せと確かな眠気で、心が満たされている。なので、人の話を真面目に聞く余裕が無い。

 目尻に浮かんだ涙を指先で拭いつつ、被身子はイレイザーの後を付いて行く。パトロールは、これから始まるのだ。

 

 

 雄英近隣のパトロールは、やはりどうしても退屈なものだ。それでも歩き続けているから眠気は無くなって来た被身子だが、代わりに大きく膨らむのは「早く今日の労働が終わって欲しい」と文句を垂れる、怠惰な心だ。

 今日も職場体験は朝からスタートした。終わるのは十七時頃であり、休憩時間を含めたらまだ七時間近くも拘束されなければならない。早く癒々に会いたい被身子からしたら、堪ったものじゃない。今直ぐにでも新幹線に駆け込んで、保須に向かってしまいたい。

 今朝も雄英近隣の住宅街は、平和な静けさに包まれている。下手に街中で悪さをしようとすると、オールマイトの目に留まってしまう可能性がある。そうでなくとも、ここ最近は雄英に勤めるヒーローが交代制で見回りを行っているのだ。お陰で何かしようものなら、直ぐにプロヒーローが駆け付けてくる。運が悪ければ平和の象徴が文字通り空を飛んで来る。そんな街で犯罪を起こそうなんて画策するヴィランは、ほぼ居ない筈だ。

 

 だから街は危険な騒々しさとは無縁であり、平和に静かなのである。

 

「んー……?」

 

 ただ、今日は昨日と比べて少し様子が違うと被身子は思う。彼女は黙ってイレイザーの後ろを歩いているだけなのに、たまにすれ違う通行人から視線が集まるのだ。

 歩きながら、何となく周囲を見渡しながら、被身子は自分に視線が集まってくる理由を考える。まず昨日と違うのは、癒々に変身していることだ。だから人目を引いている。……という線が、真っ先に思い浮かんだ。

 癒々は、黙ってさえいれば美少女に分類される。つまり視線が集まる理由は、癒々の可愛さが原因だと被身子は深く考えずに断定。そして機嫌が少しだけ良くなっていく。どうせならカァイイ恋人の姿を、この際見せ付けてしまおうなんて考え始めている。

 

 尚。人目が集まる本当の理由は、癒々の婚約宣誓が後日ニュースで取り上げられていたからである。

 

「さて、リペアクティ。これ持ってそこの公園に入れ」

「何で?」

 

 パトロールを始めてしばらく経つと、狭い公園の前で立ち止まったイレイザーがポケットからごみ袋とビニール手袋を取り出した。その際、ガサガサと大きな音が鳴る。そんな担任の姿を見てしまった被身子は、癒々のように首を傾げた。

 

「ヒーローとは奉仕活動をするものだと説明しただろ。これはその一環。この公園はゴミがよく落ちてるからな。綺麗にしておけ」

「……」

「返事は?」

「んー」

 

 突然ゴミ拾いをしろと言われても、乗り気になる理由が被身子には無い。しかし何を言ったところで、どうせゴミ拾いをすることになる。事件も無い街中をパトロールきて回るよりはマシと思うことにした彼女は、イレイザーが差し出してきた掃除用具を手に公園に入った。

 空き缶にペットボトル、煙草の吸い殻やお菓子の袋なんかがあちこちに散らばっている。特にベンチの上や砂場の有り様が酷い。

 

(やっぱりヒーローって、変人なんですかね……)

 

 ヴィランを退治したり災害救助をしたり。そんな華やかな活躍ばかりが目につくヒーロー活動だが、いつでもどこでもヴィランが犯罪を起こしたり、ポンポンと災害が起きたりする訳じゃない。

 ヒーロー飽和社会とまで言われている現代で、目立つ活躍をするヒーローはそう多くない。むしろ大半のヒーローが、こうした地道な奉仕活動をしていると言っても良い。平和の象徴が健在である以上、暇をしている者も多いのだ。

 後ろでイレイザーが目を光らせているのでゴミ拾いをサボるわけにもいかず、被身子はそこら中に散らばっているゴミを適当に拾い始める。

 

(コスチューム着て街を見回って、ゴミ拾いしたりご近所付き合いしたり。ヴィランと戦ったり人命救助したり、それでお給料は歩合制。

 ヒーローはそこら中に居るから、仕事は奪い合い。うーん、何が楽しくてヒーローやってるんでしょうか……?)

 

 被身子にとって、やはりヒーローとは理解出来ない存在だ。そんなヒーローになる為に原点を探せなどと言われても、ピンと来ない。そもそもヒーローになりたいとは思っていないのだ。原点を探しているのだって、単に除籍を免れる為でしかない。こんな調子が続くなら、あと五日の中で原点を見付けるなんて不可能だろう。いっそ癒々を説得して、一緒に雄英を辞めてしまう方がまだ簡単な気さえしてくる。被身子が本気でお願いすれば、きっと癒々は断らない筈だ。

 しかし、それはそれで良い気はしない。癒々は雄英に入りたくて入ったのだ。ならそこには、ちゃんと理由が有る筈。なら、自由奔放な彼女とて原点ぐらいは持っているのかもしれない。ヒーロー免許が取れれば後はどーでも良いと言っていたのも事実ではあるのだが。

 

(ちょっと見付けられそうにないのです。でも除籍は……ううん……)

 

 ゴミをポイポイと袋の中に投げ入れながら、被身子はぐるぐると悩み続ける。答えはまだまだ出そうにない。

 

 そんな迷える問題児を、イレイザーは黙って見詰めていた。

 

 

 

 

 

 





お久しぶりです。明けましておめでとうございます。三人称のリハビリをしつつ、ストック放出していこうかなって思います。次回投稿は……リハビリが進んだらですかね……。
癒々の理解を深め直さなきゃ……。なんなんだこいつ、分からん分からねば!!

更新速度は物凄く遅いと思われますので、のんびりお待ち頂けたら幸いです。でも年内にもう一回ぐらいは更新したいと思ってます。

読み返してて気付きましたが、まだ癒々に爆弾残っててドン引きました。うっそだろおい………。
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