わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
※時系列は癒々の職場体験Ⅱの直ぐ後。後半は癒々の職場体験Ⅲの前半後。
癒々が泣き疲れて眠った後。彼女を病室まで運んで貰った被身子は、イレイザーにそろそろ帰るぞと言われても頷かなかった。頷ける筈が無い。大切な恋人が、あんなにも取り乱して泣き喚いたのだ。今は少しだって離れたくない。彼女が目覚めた時、少しでも安心させられるよう起きるのを待っていたいからだ。
だから、眠っている癒々の隣で椅子に座り、彼女の左手をしっかりと握って離さない。職場体験や長距離移動で疲れが滲んだ顔をそのままに、ただジッと癒々の寝顔を見詰めている。泣き喚いていた居た時と比べると、今は穏やかな寝顔をしている。でもいつ目が覚めて、また泣いてしまうか分からない。その時、直ぐにでも安心させてあげたい。
何よりも癒々が大好きだから。誰よりも癒々を愛しているから。彼女の涙を拭ってあげられるのは、自分だけだと思っているから。だから被身子は絶対に、癒々から離れない。
そんな生徒に、担任教師は顔をしかめるしか無かった。被身子の気持ちは分かるけれど、だからってそれを許可するわけにはいかない。このまま病室に居座ったって、彼女にやれる事は何もない。後はお医者さんや看護師に任せるのが合理的だ。
「渡我。気持ちは分かるが、お前にやれる事は……」
「嫌です。ここに居ます。癒々ちゃんを独りになんてさせたくない」
もうこうなったら、被身子はテコを使っても癒々の側から離れないだろう。冷静とはとても言えない。相澤はわがままを言う生徒を無理矢理にでも連れ帰る事を検討し、捕縛布に手を掛ける。これ以上言うことを聞かないのであれば、強行手段を取らざるを得ない。
被身子が癒々に対し執着心を抱いていることを、相澤は知っている。A組のバカップルとして校舎の中で有名になってしまってることも、知っている。別に校則で恋愛を禁止している訳じゃないし、学生の青春を邪魔する理由は無い。ただ、度を越えてしまっているのなら話は別だ。学業に支障が出る程恋愛にうつつを抜かすつもりなら、それは指導するしかないのである。
「そうやって七躬治に何かある度に、動けなくなるつもりか?」
「心配することの何が悪いんですか」
「心配するなとは言わん。だが、程々にしておけ」
相澤とて、癒々を心配していないわけじゃない。自由奔放な彼女に振り回されて頭が痛くなることは多いけれど、だからって嫌ったりはしていない。倒れてしまったのなら、ちゃんと担任として様子は気になる。だが大人として、ここで被身子を甘やかすつもりは微塵も無い。この職場体験中に原点を見付けなければならない彼女に、時間を無駄にする余裕なんて無いのだから。
「うるさいです。私は、癒々ちゃんが起きるまでここに居ます。帰るなら一人で帰ってください」
「おい。いい加減に」
「まぁまぁ。イレイザー・ヘッド、好きにさせてやりましょう」
思いっきり反抗しようとしている被身子を病室から連れ出そうとしたその時、大独活が割って入って来た。多少疲れた顔をしている彼は癒々と被身子を一瞥した後、イレイザーに目配せをした。
「渡我さん。病院側に許可は貰ったし、このまま泊まって良い。大人しくしてなさい。騒ぐようなら追い出して貰うからね」
「……はい」
「これ以上病院に迷惑かけるなよ。七躬治は任せる」
「はい。静かにしてるのです」
大人達二人は、揃って病室から出て行った。未だ癒々の手を握りっぱなしの被身子は、まだ眠ったままの恋人の顔を静かに見詰め続ける。
どうして癒々が倒れたのか。何であんなにも泣き喚いたのか。彼女の記憶が本当に戻り始めているのか。
……気になることは、沢山ある。癒々が起きたら、色々と聞かなければならないだろう。彼女は大事な事を何一つ話そうとしない。一人で抱え込んで、潰れそうになってしまう。被身子はそれが分かっているから、とても放っておけない。
「……話して欲しいのです。色々、全部……。一人で抱え込んじゃ、嫌……」
まだ起きる気配の無い癒々に、被身子は静かに語り掛ける。胸の内の募る不満を少しずつ吐き出しながら、彼女は癒々の左手を強く強く握り直す。
「癒々ちゃんの為なら、私……何でもします。どんな事だって、してあげます。だから、だから……。
……ひとりで、泣かないで」
唇を噛んで、被身子は俯く。彼女はもう、癒々の泣き顔なんて見たくない。傷付いて欲しくない。だけど、いつかまた癒々は傷付くことになるのだろう。体や心がボロボロになってしまう時が、再び来てしまうかもしれない。
そんな事は二度と起きて欲しくない。
なのに、何をどうしたら癒々が傷付かないで居られるのか、分からない。大切に思っているのに。大好きだと思っているのに。彼女は、大事なことを包み隠してしまうから。
「癒々ちゃんの馬鹿……。全部くれるって、言ったのに……」
癒々の左腕を抱き寄せて、被身子は肩を震わせる。早く目覚めて欲しいと思いながら。もう泣かないで欲しいと、願いながら。
■
翌朝。癒々の手を握ったまま寝落ちしてしまった被身子が目を覚ますと、癒々がベッドの上で呑気に朝食を食べていた。起きてくれたことや、いつものように振る舞う彼女を見て、被身子は少し心が落ち着いた。昨日あった事を引き摺っているようにも見えないし、ひとまずは大丈夫そうだ。
いつも通りに振る舞う癒々を見ていると、沈んでいた心が浮き上がってくる。昨日の事は気になるけれど、当人がいつも通りにしているから取り敢えず被身子は何も言わないでおいた。本当は根掘り葉掘り聞き出したい気持ちがあったのだけれど、そうする事でまた泣き出すんじゃないかと思ったらとても話を聞けそうにない。
だから、せめていつも通りにすることで癒々を安心させようと思った。いつものようにイチャイチャして、チウチウして。
途中でお預けされそうになったり、イレイザーに邪魔されたのは大変不満だったけれども、結局は思う存分チウチウすることが出来た。被身子が求めれば、癒々は拒まないのである。
「じゃあ、行ってきます……」
「ん。行ってらっしゃい」
これから被身子は、イレイザーと共に保須市内をパトロールしなければならない。癒々はこれから精密検査を受けることになっている。正直な話、被身子はそれが心配で堪らない。出来ることなら職場体験なんてサボって、今日は癒々と一緒に過ごしたい。
まだ離れたくなくて。もっと一緒に居たくて。だから被身子は思いっきり癒々を抱き締める。小さな恋人の温もりや匂いを堪能して、この後少しでも寂しくならないように癒々成分を充填しておく。そうすると心が満たされていくのだけれど、今度は離れることが不満になってしまう。
「むー……。離れたくないのです……」
「わたしも。でも、行かないと相澤に怒られる」
「職場体験、早く終わって欲しいです」
早く行かないとイレイザーに怒られてしまうのは分かっている。言い付けられた時間まで、もう五分も無い。さっさと動かなければ職場体験に遅刻してしまう。でもやっぱり癒々から離れたくない被身子は、より強く恋人を抱き締める。今はこうしていたい。後で怒られてしまっても良いから、癒々と離れ離れになりたくない。
「被身子。時間」
「……ヤです。もうちょっと」
「でも」
「嫌ったら嫌です。やっぱりこのまま、癒々ちゃんと居ますっ」
「んぎゅっ」
我慢など微塵もしたくない被身子は、癒々をベッドに押し倒した。そのまま覆い被さって、癒々の首筋に顔を埋める。それから再び匂いを堪能しながら、絶対に離れないと言わんばかりに強く強く癒々を抱き締め続ける。
すっかりわがままモードになってしまった被身子を前に、癒々は目蓋を閉じた。そして彼女の背中に腕を回して、大好きな恋人の匂いを嗅いでいく。今朝の被身子の事を、実は大変好ましく思っていたりする癒々である。
何故なら、今朝の被身子は匂いが強い。これは昨晩、彼女が入浴し損ねていることが原因だ。つまり、匂いフェチである癒々からすれば、より強い被身子の匂いが嗅げるということ。それが嬉しくない筈が無い。癒々は、被身子の匂いが大好きなのだ。
「あ、あんまり嗅がないで欲しいのです……。昨日……その、お風呂……」
「大丈夫。良い匂いだから」
「何が大丈夫なんですかぁ……。もう。癒々ちゃんの匂いフェチ」
「被身子だって、最近はそうでしょ」
「……そうですけどぉ……」
最近。被身子だって癒々の匂いを嗅ぐことが好きだったりする。恋人の匂いを感じると、心が安らいで満たされる。今朝の癒々は食べ物の匂いだったり、患者衣の匂いが殆どだ。少し消毒液の匂いも混じっているような気がする。けれど彼女の首筋に鼻を当てて、静かにたっぷり息を吸い込むと確かに癒々の匂いが嗅ぎ分けられる。
何より。こうして匂いを嗅いでいると、まるで癒々と同じになったかのような気分になる。大好きな恋人と同じになることは、被身子にとって掛け替えの無い幸せだ。だから、もっともっと癒々と同じになりたい。もっともっと、癒々に近付きたい。癒々になってしまいたい。そう思った時、被身子は無意識の内に変身していた。
「んふふ。なんだか……癒々ちゃんと一緒になった気分です」
「嬉しい?」
「とっても。昨日は夜まで癒々ちゃんに変身してて……癒々ちゃんの真似をして……嬉しかったぁ」
癒々の姿で、癒々の声で、被身子は癒々に変身することが幸せなのだと笑いながら口にする。そんな彼女を見た癒々本人は、別に何を言うこともない。嫌がる素振りも見せないまま、自分と同じ姿形になっている恋人を抱き締め続ける。
「わたしに変身するのも、嬉しい?」
「嬉しい」
「ん。でも、わたしの個性は使わないで」
「でも」
「駄目。それで被身子が死んだら、わたしは生きれない」
「ん。分かった」
とうとう被身子は、癒々の口調まで真似し始めた。姿形では満足出来ないから、癒々のように淡々と話して、無表情を保ち続ける。出来れば個性だって使わせて欲しいけれど、大活性という個性は今の被身子の体で扱うには負担が大き過ぎる。扱おうにも、扱いきれない。使えば数秒で動けなくなってしまうのだ。
だから、こればっかりは仕方ないと被身子は我慢する。癒々と同じにはなりたいけれど、別に死にたいわけじゃない。ちゃんと言い付け通り、三年間は体力作りをしていくつもりだ。癒々の許可が出るその時までは、癒々の個性は使わない。少なくとも今は、そう思っている。
「大好き」
「わたしも」
「キスしたい」
「ん」
上に居る癒々・・が、少し体を起こして目蓋を閉じた。下に居る癒々は、ねだられるままにキスをした。自分と同じ顔にキスをするのは何とも奇妙な感じがするけれど、自分に変身していようが被身子は被身子だ。大好きな恋人であることには変わり無い。
だから、癒々は優しく唇を重ね合わせる。すると。
「……はあ……っ」
キスして貰った
そして、ふと思う。癒々の笑顔が見てみたいと。いつもは無表情ばかりで、お人形のような彼女が笑ったらきっと可愛い筈だと。付き合ってからも、付き合う前からも、癒々の笑顔だけは見たことがない。だからつい、悪戯心が芽生えてしまった。
唇を重ね合わせている最中に、
「……何?」
「むぅ……」
残念ながら、癒々は笑わない。顔をくしゃくしゃにして、声を上げて笑っている姿を見てみたいと思ったのだけれど、擽りではまったく効果が無いようだ。けれどもまだ、
「何?」
これも駄目だった。どうやら擽り程度では癒々は笑わないらしい。チウチウしたり体を重ね合わせた時はとても敏感な反応を見せるくせに、擽りには一切反応しない。ますます納得が行かない被身子は、唇を尖らせて癒々を睨んだ。
「癒々ちゃんが笑ってるところが見たいのです……。笑ったら、絶対カァイイのにっ」
恋人の笑顔が見たい。そんな当たり前のわがままを口にした被身子を見て、癒々は体を起こす。そして少し考え込んだ後に、いつもの仏頂面のまま首を傾げた。
「……こう?」
「……」
癒々としては、笑ってるつもりだったのだろう。だけど現実はまるで笑えていない。やっぱりいつもの無表情のままである。
「むー……癒々ちゃん、表情筋が固いのです。もっと柔らかくしてっ」
「んむぐっ」
カァイイ彼女の笑顔が見たい。その一心で、被身子は癒々の顔を両手で掴んだ。そして指に力を込めて何とかして表情筋を揉み解そうと試みる。ぐにぐにと好き勝手に頬や唇を触って見ると、とても柔らかい。触り心地がとても良い。こんなに柔らかいのに、何で笑顔にはならないのだろうか。とても 納得が行かない被身子である。
「おいトガ。何をしてるんだお前は」
癒々を笑わせようと被身子が躍起になっていると、イレイザーが病室に入って来た。時間になっても来ない彼女を迎えに来たようだ。眉間に皺を寄せているのは怒っているからだろう。
そんな彼は、病室に入るなり少し目を丸くした。ベッドの上に、癒々が二人も居るのだ。一瞬混乱してしまった彼だが、直ぐにどちらかが被身子であると思い直す。担任の姿を見た被身子は、また悪戯を思い浮かべる。そして直ぐに実行した。
「……相澤。どっちが被身子だと思う?」
「お前等な……」
「当てれたら連れてっても良い」
「ったく。いい加減にしとけよ」
「あっ」
イレイザーの目が赤く光った。同時に変身が解けて、被身子は元の姿に戻ってしまった。
「ちょっ、イレイザーっ! 抹消はズルいで、んぐっ!?」
「パトロールに行くぞ。そもそも外で個性を使うな」
捕縛布を被身子の首や口に巻き付けて、イレイザーは生徒を引き摺りながら踵を返す。結局被身子は、拉致されるような形でパトロールに行くことになってしまった。職場体験をサボるなんて真似は、一度たりとも出来なさそうだ。
バカップルVSイレイザー。今回はイレイザーの勝ち。