わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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被身子の職場体験 Ⅳ

 

 

 

 

 

 

 

 

 保須市は、ヒーロー殺しが出現する可能性が高い。何故ならステインと言うヴィランは、これまで出現した七ヶ所全てで必ず四人以上のヒーローに危害を加えている。そして保須では、まだインゲニウムしか被害に遭っていないのだ。

 つまり、あと三回は最低でも誰かが危害を加えられる。そんな場所に癒々が職場体験で滞在するので公安は頭が痛い。その上、昨日は突発的な体調不良で倒れてしまった。だから公安は、病院に駆け付けたイレイザー・ヘッドに市内のパトロールを頼んだ。それはステインによる被害を抑止する為でもあるが、何より癒々の警護の為だ。

 

 そんなこんなでイレイザーは雄英には帰ることが出来ず、保須でヒーロー活動をすることになってしまった。

 

 既に保須市内は、ステインの出現によって多くのヒーローがいつも以上に犯罪が起こることを警戒している。今更ヒーローが一人増えたところで、大した変化は無いだろう。

 とは言え、公安直々の依頼だ。何より保須には、癒々だけではなく飯田も居る。生徒がステインと遭遇してしまう可能性は、ゼロとは言い切れない。であれば、依頼を断る理由は何も無い。

 

 イレイザーが公安から頼まれた巡回範囲は、主に保須総合病院の周辺だ。人気の無い路地裏は多くもないが、少なくもない。見るべき箇所はそれなりにある。他所のヒーローと巡回範囲が多少被ってしまうところもあるが、それは問題にはならない。それよりも、彼の頭を痛くするものがひとつある。

 

「……むぅーー……」

 

 それは、現在イレイザーの元で職場体験中の渡我被身子である。雄英近隣とは違った場所・違ったシチュエーションでのパトロールだからこそ、彼は彼女を連れ出した。なのにこの問題児と来たら、これっぽっちもやる気を出さない。今日の被身子は職場体験なんて気分では無くて、癒々の側に居たかったのだ。こんな調子じゃ課題である原点なんて見付からないだろう。見付けることが出来なければ雄英から除籍されてしまうというのに、不貞腐れてるから真剣にならないとは、随分と呑気なものである。

 保須総合病院。その周辺にある一軒家ばかりの住宅街をイレイザーと共に歩く被身子は、あまり機嫌がよろしくない。今日は半ば無理矢理な形で職場体験に引っ張り出されてしまったのだ。今頃は病院で精密検査を受けているであろう癒々が心配だし、眠気もある。昨晩の被身子は、ずっと椅子に座って壁に寄り掛かりながら寝ていたのだ。そのせいで昨日使った体力が回復しきっていない。体の節々が少し痛いのは、無理な姿勢で眠ったせいだ。

 そして何よりも、癒々と離れ離れであることが堪らなく不愉快なのだ。お陰で昨日以上に機嫌が悪い。

 そんな生徒を連れてパトロールをしなければならないのだから、イレイザーは頭が痛い。この集中力が皆無で、やる気なんて微塵も出さない問題児をどうコントロールするべきか彼は悩む。

 

「いつまでそんな調子で居るつもりだ。いい加減、やる気を出せ」

「イレイザーは癒々ちゃんが心配じゃないんですか? 自分の生徒なのに」

「心配はしている。だが仕事中だ。私情でパフォーマンスを落とすのは合理的じゃない」

 

 心配をしていないわけじゃない。イレイザーだって、担任として癒々の身は案じている。ただ、心配事があるから仕事に手が付かないなんてことは無い。まして心配を理由に、不真面目に仕事をするわけには行かないのだ。

 

「私は癒々ちゃんを放っておく方が合理的じゃないです。だから病院に戻って良いですか? 公安に頼まれたってことは、きっとこのパトロールは癒々ちゃんの為ですよね?」

「……そうだ。それが分かってるなら真面目にやれ」

 

 公安が癒々を守りたがっていることを、被身子は知っている。今回のパトロールが公安からの依頼だと聞いた時点で、それは癒々の為だと察していた。

 だから納得出来ないのだ。癒々を守りたいなら、わざわざイレイザーをパトロールに出す理由が分からない。彼に外を見回って貰うのではなくて、彼に直接警護して貰った方が絶対に安全だと思ってしまう。それに、そうして貰った方が癒々の側に居られるのだから、被身子にとっても得なのだ。

 

「だったら癒々ちゃんの側に居た方が良いじゃないですか。何でまたパトロールなんか……」

「要人警護の仕事があったとして、ヒーローが資格未取得者の未成年を連れていくと思うか? そんなヒーローに警護を依頼したいと思うか?」

「……、思いません」

「そう言うことだ。万が一病院で何かあれば、直ぐ俺に連絡が来る手筈になってる」

「……むー……。癒々ちゃん……」

 

 被身子がどれだけ駄々を捏ねたとしても、職場体験中は癒々と一緒に居ることは出来ないだろう。これについては早急に諦めた方が良いのかもしれないが、彼女はどうしても諦めきれない。いつまでもこんな調子を見せ付けるなら、そのうちヒーロー科の生徒達に恋愛禁止が言い渡されてもおかしくはないだろう。

 わがまましか言わない被身子を引き連れながら、イレイザーは周囲に目を配る。彼は病院を出た時から、辺りを常に気にしている。何もいつ出てくるか分からないヒーロー殺しを警戒し過ぎているわけじゃない。どの道が何処に繋がっていてるか、それを確認して記憶しているのだ。いざと言う時、道が分からなくて現場に辿り着くのが遅れたなんて無様な真似をしない為に。

 

 ヒーロー足る者、何かあれば直ぐにでも事件・事故現場に駆け付けなければならない。被身子もイレイザーのように、道を覚えておいた方が良いだろう。癒々と離れ離れになっている事を不満に思っている場合じゃない。

 

「病院まで最短の道程は覚えておけ。無意味に歩くな」

「言われなくても、ちゃんと覚えてますよぉ」

「……はあ……」

 

 職場体験中の被身子は、普段の優等生ぶりが何なのかと思いたくなる程に好き勝手している。これは担任に対して、もう良い子を演じる必要が無いと判断したからだ。イレイザーには癒々の血を吸っていることを把握されている上に、問題児だと思われている。だったらもう、作り笑いを浮かべて擬態する理由なんてどこにも無いのだ。

 

 お陰で、イレイザーは被身子に振り回されっぱなしだ。頭痛は増す一方で、悩みの種は無くなりそうにない。

 

「ここから病院まで最短で戻る道は?」

「ええっと……さっきの十字路を右に曲がって、直ぐ見える分かれ道を右。狭い路地裏を抜けて大通りにぶつかったら、歩道橋を渡ります。そしたら到着なのです」

「……正解だ。ちゃんと覚えておけよ」

 

 ここですっとんきょうな答えでも言ってくれれば、説教を交えて教育することが出来ただろう。しかし残念ながら、被身子はしっかり道順を覚えていた。それも来た道をただ言っているのではなく、通ってない道もルートに組み込んでいたのだから文句の付けようが無い。被身子は被身子で、不純な動機で道を記憶していたのだ。一秒でも早く癒々の側に戻りたいが為に、周囲に目を配っていた。この行動力を少しでも職場体験に向けてくれれば、イレイザーの頭は痛くならずに済んだだろう。

 

 この後。被身子はイレイザーとひたすら歩き回った。定期的に文句を言ったり溜め息を吐いていたが、結局は最後までパトロールに従事したのである。

 

 

 午後になると、被身子は病院でイレイザーの授業を受けていた。わざわざスタッフルームを借りて行われたこの指導教育の内容は、要人護衛についてだ。何せ彼は、公安から癒々の警護を依頼されている。

 今自分が請け負ってる仕事すらも教材にしてしまおうと言うのだから、イレイザーは教育熱心である。席に着いているのがやる気皆無の被身子でなければ、もっと教え甲斐があったのかもしれないが。

 溜め息を吐きつつ、今日も苦労に振り回されるA組担任は、紙コップに注がれたコーヒーを飲みながらも、教育を進めていく。背後にはどこからか借りて来たホワイトボードまである。青いペンで書かれているのは、主に要人警護をする際の注意事項についてだ。

 この教育は二時間かけて行われ、被身子は要人護衛が何かをみっちりと教え込まれてしまった。途中までやる気は皆無だったが「七躬治を守りたいならちゃんと覚えとけ」と言われると、いきなりやる気を出した。

 

 その後、頭が疲れた被身子を待っていたのは少しばかりの休憩時間と、病院全体の巡回だった。これも外でのパトロールと同じように、どこをどう動いたら安全に外へと出られるか記憶しておく羽目になった。万が一でも癒々に何かあった時、或いは病院利用者を避難誘導をする時の為に、ヒーローは避難経路を知っておかなければならない。避難方法のパターンが幾つも有るものだから、また頭が疲れてしまった。

 被身子個人としては癒々を直接守る方法が知りたいのだが、そちらについては実力が伴わねばどうしようもない。今の彼女では、癒々と対等に渡り合うことも出来ない。癒々を守りたいなら、癒々と同じかそれ以上に強くならなければならないのだ。しかしそれは、一朝一夕で得られるようなものではない。どう足掻こうが、無理なのだ。

 尚、同じ病院内に居るのに癒々と会えなかったことで被身子はまたも機嫌を悪くした。病院の中を余すところ無く探し回りたい衝動に駆られたが、イレイザーが目を光らせている以上は好き勝手に行動出来ない。不満ばかりが募って、とうとう彼の言葉に「癒々ちゃん……」としか答えなくなってしまった程だ。依存心が大き過ぎて、もはや制御が出来ていない。この依存度合いは早急に何とかしなければならないとイレイザーは思ったが、これまた簡単に解決出来ることでも無かったりする。

 

 渡我被身子は、どうしても血に憧れる。血を求めてしまう。彼女が抱く癒々への執着を変えるには、彼女の興味が他者の血へと移るのを待つしかない。だがそんな事態が起きた場合、被身子は除籍だ。そう伝えてある。生徒一人を犠牲に問題児一人をどうにかするなど、教師として失格と彼は自らを責める。取り敢えず他の生徒が被身子の執着心で被害を被ることは無いけれど、その為に癒々一人を犠牲にするのは違う。

 

 けれども、良い解決策が思い浮かばないのも事実だ。被身子の執着心をどうにかするには、彼女の根底にあるものを変えるしかない。だが人の根底にあるものを変えるのは、他者ではなく当人でなければならないだろう。無理に矯正を試みた場合、余計に悪化する可能性があるからだ。

 だからこそ。彼女にこそ原点を見つけて欲しいとイレイザーは思う。血への憧れと同じぐらい大切な原点を見付けられれば、きっと渡我被身子は変われる筈だと。そう信じている。今は、信じるしかない。

 

 夜になって、イレイザーは被身子を病院の外を連れ出した。今朝行ったパトロールのおさらいも兼ねているが、昼間と夜の違いを説明する為でもある。被身子はまたも不満を全開にして猛反発したが、結局は力ずくで言うことを聞かせられてしまった。捕縛布を首に巻き付けられてしまったら流石にどうしようもない。

 相澤消太は、自分の指導の至らなさに頭を抱えつつ今度カウンセリングについて深く調べておこうと密かに決意した。その時。

 

 遠く離れた病院から、壮大な異音が鳴り響いた。

 

 イレイザーも被身子も、何事かと振り返る。辛うじて見える病院の屋上に、得体の知れない化け物が姿を表したのだ。つい数秒前までは何の問題も無かったと言うのに、この異常は発生した。同時に、イレイザーの耳にある小型無線に通信が入った。

 

『イレイザー! 屋上にナロクが現れた! 今、たまたま居合わせたリペアクティが時間を稼いでる!!』

 

 その声が聞こえた瞬間、彼は電柱に捕縛布を巻き付けて跳んだ。ここから病院まで、どう急いでも数分は掛かる。数分もあれば、どれだけの被害が出るか分からない。何より、生徒とヴィランが接触している。これは急がざるを得ない。

 

「トガ! 俺は先に戻る! 追い付いてこい!!」

「っ、はい!」

 

 先に跳んだイレイザーの姿を見て、被身子は直ぐ来た道を引き返す。病院までの最短の道程は頭の中に叩き込んである。地面を走っていったとしても、十分も掛からないだろう。

 

 だからこそ、彼女は焦る。十分もあれば、癒々の身に何が起こるか分からない。最悪、殺されてしまうかもしれない。その不安が、緊張が、被身子の胸を強く締め付ける。何より、思い出してしまう光景がある。

 あの日あの時、離れていく自分の前でヴィランによって吹き飛ばされた癒々の姿を。血を吐き、死にかけていた彼女の姿を。どうしても、思い出してしまう。

 

「っ、癒々ちゃん……! 癒々ちゃん!! 」

 

 恐怖で顔色を変えながらも、それでも被身子は走り続ける。途中、僅かでも病院の道程をショートカットする為に住宅の庭を突っ切った。高い塀は無理矢理飛び越えて、低い柵を踏み台に跳んで。彼女なりに最短の道程を突き進んでいく。それでも尚、先に進んでいくイレイザーに追い付けない事に苛立ちと無力さを感じながら。

 

 普通に走って十分かかる距離を、被身子は七分で進んで見せた。途中にあった歩道橋を渡らず、車道を突っ切ったりもした。下手をすれば車に轢かれていたかもしれないのに、彼女は一歩も迷わず躊躇わずに車道を突っ切ることを選択したのだ。思い切りが良い。ただそのせいでどれだけ周囲に迷惑がかかるか、彼女は考えていないようだが。

 クラクションの音もブレーキの音も、被身子には聞こえなかった。彼女の意識が向くのは、病院だ。癒々が居る、保須総合病院だ。

 

 到着した被身子の目に映るのは、続々と病院から待避している病院利用者達。看護師も居る、医者も居る。リカバリーガールだって目に付いた。だがイレイザーの姿も、何より一番心配な癒々が居ない。どこにも居ない。酷く嫌な予感が、胸を貫いた。

 

「癒々ちゃん!!」

 

 青ざめた被身子は人の波を掻き分け、真っ直ぐ病院の出入り口へと向かっていく。

 

「待ったトガ! 行っちゃ駄目だ!! 」

 

 途中、聞き覚えのある声がした。が、その言葉は被身子には届かない。今の彼女には誰の言葉も聞こえない。何故なら、見てしまったからだ。暗くなった病院のエントランスに、ボロボロの癒々が立っている姿を。体中が血や埃で汚れてしまっている、恋人の姿を。

 その事実に心を打ちのめされながら、それでも一切の迷い無く被身子は癒々に抱き付いた。

 

「癒々ちゃん!!」

「んぎゅっ」

 

 ボロボロの癒々を押し倒して、被身子は消えぬ恐怖と、今になってようやく得れた安堵で涙を流す。癒々は怪我をしていない。だがコスチュームの損傷度合いが激しい。余程の事が有ったのだと、嫌でも分かってしまう。平然としているように見えるが、体には相当の負担が掛かっている筈だ。

 もう被身子は、大活性のリスクを知っている。知っているから、心配が尽きない。恐怖が消えない。もう離れたくない。どこにも行って欲しくない。

 

 なのに。癒々はこの期に及んでまだ動こうとする。危険に首を突っ込もうとしている。危ない真似をしようとしている。その上「被身子が無事で良かった」などと、安心したように言うのだ。自分の身の安全など、これっぽっちも勘定に入っていない。

 

「駄目っ! 行っちゃ駄目っ! 癒々ちゃんはもう、動いちゃ駄目です!」

 

 何がなんでも、これ以上癒々を動かしてなるものか。彼女がどんなに嫌がろうと、被身子は知ったことじゃない。到底容認出来ない。嫌われたって構わない。

 癒々を無事に居させる為だったら、癒々が怪我をしなくて済むのなら。

 

 それこそ被身子は、何だってするのだから(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 





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