わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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八木俊典と七躬治癒々 Ⅰ

 

 

 

 

 

 

 イレイザー・ヘッド(相澤消太)は、もはや頭を抱えるしかなかった。

 

 事は単純。公安から、新たな依頼が舞い込んだ。それは今自分が請け負っている問題児、渡我被身子の護衛だった。彼女が(ヴィラン)連合のナロクに狙われていると、癒々から情報が入った。何かの冗談であって欲しかったが、通話中のスマホを通じて大独活の耳にもナロクの言葉が届いてしまっていたのだ。

 つまり癒々の言っていることは本当であり、公安からの依頼も決して夢などでは無く現実だ。

 生徒ひとりを護衛することになるとは思わなかったが、ナロクと言うヴィランは決して軽視出来ない。何せイレイザーの個性が効かない。と言うより、大して意味がない。USJ事件の際、真っ先にヴィランの前に飛び出したイレイザーはナロクも視界に入れていた。であれば抹消の対象になっていた筈なのだが、黒い少女はすれ違うように跳んだのだ。オールマイトを思わせるかのような速度で。

 つまり。ナロクは抹消が効かないか、個性が無くともオールマイトのように戦うことが出来る。そんな相手に、イレイザーひとりで被身子を守るのは正直荷が重い。だから彼は、No.1ヒーローに頭を下げた。彼の体の事を考えると、とても気は進まなかった。それでも頼ったのは、被身子の護衛に最低でも平和の象徴の力が要ると考えたからだ。

 

「渡我少女の護衛? 良いよ。ついさっき、七躬治少女にも頼まれたところだからね」

 

 職員室にて。頭を下げて頼み事をする相澤を見て、萎んだ姿のオールマイトはさらっと話を聞き入れた。

 

「……」

「なんだい? 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をして」

「いえ。七躬治が今回の件で人を頼るとは思わなかったので」

「……ああ、そうだね。私も驚いたよ」

 

 イレイザーもオールマイトも、今回の癒々の行動には驚かされていた。何かと教師を振り回す問題児が、今回初めて自分から大人を頼ったからだ。それも相手が誰であれ彼女が決して触れられたくない、渡我被身子の安全の為に。

 これは、変化と見て良いだろう。ひとりで戦おうとする彼女が、人を頼る。良い変化であると思いたい。ならば大人である彼等がすることは決まっている。今の七躬治癒々を信じ、力を貸すことだけだ。

 こうして、オールマイトが被身子の護衛に強力してくれることになった。これで癒々は、少しは安心出来るだろう。

 

「じゃあ、今日から早速護衛に付くよ。そうと決まれば役割分担を決めようか。君とバディを組むなんて思わなかったよ」

「それなんですがオールマイトさん。ひとつ……問題がありまして」

「問題? 何かな?」

「今日から毎日、職場体験が終わるまで渡我は保須と雄英を往復します。理由は、七躬治に会う為です……」

「……、なんて?」

 

 これには平和の象徴も目を丸くするしかなかった。保須は東京の西側にある。そして雄英は、愛知の片隅だ。その距離を職場体験期間中は毎日毎日往復すると言うのだ。恋人に会う為に、通学の為に。サラリーマンもビックリのハードスケジュールである。無茶しかない。でも被身子はやると断言している。そこまでして癒々に会いたがるのだから、被身子の持つ執着心は末恐ろしい。

 イレイザー・ヘッド。そしてオールマイトは、今日から名古屋〜東京間を反復横跳びするかのような生活を強いられることになる。幾ら公安からの依頼、そして生徒の安全の為とは言えこれは想定外である。真後ろから背中にナイフを突き立てられたと錯覚する程だ。

 

「……あー、相澤くん。もうさ、七躬治少女を君のところで預かったら?」

 

 苦笑いを浮かべながら、オールマイトはひとつの提案をする。生徒の為なら移動など苦では無いが、だからと言って被身子のやりたいようにさせると護衛に支障が出てしまう。だから、解決策が用意出来るのなら是非ともそうしたい。

 取り敢えず彼は、いっそリカバリーガールから癒々を引き受ける事を提案した。イレイザーの負担は増えてしまうだろうが、毎日長距離移動をするよりは大変ではないだろうと思ったからだ。

 だが、事はそう上手く行かないようだ。オールマイトの提案を聞いた相澤が、酷く顔をしかめたからだ。彼がしかめっ面になることは少なくないが、今回のは特別大きなしかめっ面である。

 

「いえ。七躬治は当面セントラルに入院することになりました。なので渡我は、セントラルに寝泊まりするそうです」

「だから、なんて? と言うか待った、ひょっとして七躬治少女……」

「ええ。心臓に異常が」

 

 相澤の言葉に、オールマイトも顔をしかめた。雄英教師は、癒々の個性のリスクを知っている。いずれこうなる事は分かっていた。分かってはいたのだが、こうなるのが早過ぎる。

 公安の見立てでは、癒々の心臓が悪くなるのはまだまだ遠い未来の話だった。雄英としてもこの可能性を考えて居なかったわけじゃない。ある程度は想定していた。

 だが、やはり早過ぎる。まだ雄英に入って二ヶ月程。彼女が授業で個性を使った回数や時間はそう多くない。雄英としては、まだ様子見の段階だった。少なくとも半年は様子を見て、その後で癒々をヒーロー科に在籍させるか普通科に編入させるか決める予定だったのだ。

 なのにもう、心臓が限界に近付いている。こうなってしまったら、もう黙ってはいられない。

 

「今後悪化するようなら、除籍します。今は様子見として、休学させようかと」

「……残念だよ。普段の態度はともかく、彼女はきっと多くを救けられるヒーローになれた」

「そうですね。ですがもう、我々大人が止めるしかありません」

 

 心臓に異常が出てしまった以上、それがどんなに軽いものだったとしても見逃すわけには行かない。教師としては、癒々にヒーローの道を諦めて貰うしかないのだ。

 

「この事、渡我少女は?」

「それが……。七躬治が伝えないでくれと言っているようで」

「彼女にこそ、伝えるべきだと思うが」

「……渡我には俺が伝えます。勿論、七躬治の説得も」

「いや、説得も報告も私がする。これは……強く止めなかった私の責任だ」

 

 もう、癒々に個性を使わせるわけには行かない。彼女の命を、これ以上消費させるわけには行かない。

 説得は、簡単には行かないだろう。それでも、今回ばかりは譲歩するわけには行かない。これ以上取り返しが付かなくなる前に、何としても癒々を止めなければならないのだ。

 

 

 

 

「癒々ちゃんっ」

「ひみ、んぐむぅ……」

 

 東京。セントラル病院の、個室病棟の一室にて。今日の職場体験を終わらせた被身子はオールマイトとイレイザーを護衛として引き連れ、電車や新幹線を乗り継いで癒々の元に戻ってきた。帰って来たと言っても良い。今朝はイレイザーに捕縛布を巻かれて強引に連れ出されたので、別れ際にイチャイチャすることも出来なかった。物理的に大きく距離が離れていたこともあって、実に十時間以上も癒々の顔を見ることが出来なかったのである。

 だから、もう被身子は我慢なんてしたくない。一秒だって我慢は無理だ。今はとにかく癒々を抱き締めて、キスをして、チウチウして。二人きりの時間を過ごしたい。なのに、ひとつだけ大きな不満がある。それと同じぐらいの心配もある。

 

「体、大丈夫ですか? 何でまた、入院なんて……」

 

 ベッドの上の恋人に思いっきり抱き付いた被身子は、今にも泣き出しそうな顔になっている。癒々の体は、もう大丈夫な筈だ。傷ひとつ無い。なのに、四日も入院すると言うのだ。これには心配せずに居られない。彼女の身に何かあったらと思うと、震える程怖くなってしまう。

 そんな被身子の背中に手を回した癒々は、大好きな匂いを堪能しながらゆっくりと口を開いた。

 

「平気。検査に時間がかかるだけ」

「本当に、大丈夫ですよね……?」

「ん。大丈夫」

「……良かったぁ……」

 

 癒々の言葉を素直に信じて、被身子は安堵する。恋人を抱き締めたまま微笑んで、恋人の肩に顔を埋めて。心の底から好いている相手を疑うなんて真似はしない。だから気付かない。だから気付けない。

 

 今の癒々の言葉が、真っ赤な嘘であることを。

 

 もう、癒々の体は大丈夫とは言えない。見掛けは健康だったとしても、内側は微かに、けれども確かに弱っているのだ。心臓に異常が見受けられた。世界最先端の医療を受けれるセントラル病院がそう診断したのだから、何かの間違いだなんて事は無い。

 だからこの事実は、ちゃんと被身子に話すべきだ。心臓に問題が有ったと伝えて、しっかり二人で未来を決めていくべきなのだ。

 なのに、癒々はそうしない。彼女は話さない。自分の体に、何が起こっているのかを。

 

「被身子は心配性」

「心配になるに決まってるじゃないですか。癒々ちゃん、無茶ばっかりするから」

「……してないと思う」

「しーてーまーすーっ」

 

 無茶をしているか、していないか。どちらかで言えば癒々は無茶をしている。一人でヴィランに立ち向かってしまう。結果、いつもいつもボロボロになってしまっている。

 無茶なんてして欲しくないのに。怪我なんてして欲しくないのに。被身子がどれだけ心配していようとも、怖がっていようとも、危険に身を投じてしまうのだ。

 それは、癒々自身が自らの命を軽視している証拠だろう。

 

 胸の内から不満が消えない被身子は、まだ肩を震わせて怖がっている。明るく振る舞っているけれど、本心は恐怖に染まっている。だから。

 

「本当に……無茶しないで。癒々ちゃんに何かあったら、私……私……っ」

「……大丈夫。大丈夫だから……」

「……っ、馬鹿。馬鹿っ、馬鹿……ぁ!」

「心配かけて、ごめん」

 

 だから。どうしても涙が流れてしまう。幾ら強がろうとしても、最後は泣き喚いてしまう。そんな被身子の背を優しく擦りながら、癒々は目蓋を閉じる。

 そうしないと、自分も泣き出してしまいそうだったから。

 

「……」

 

 お互いに抱き合って、身を寄せ合って言葉を交わす。そんな被身子と癒々を、少し開いた扉の向こうでオールマイトは見守っていた。話し掛けるタイミングを見計らっているようにも見えるし、見失ってしまったようにも見える。

 彼は癒々に、話さなければならない事がある。伝えなきゃいけない事がある。でもそれを、被身子の前にするのはどうしても(はばか)られる。

 目を伏せたNo.1ヒーローは、なるべく静かに扉を閉じた。また話すタイミングがあるだろうと思いながら、なるべく気配を気取られないように癒々の居る病室から離れていく。

 

「……俺が話します」

 

 病室に踏み入る事が出来なかったオールマイトを見ていたイレイザーが、壁に寄り掛かった姿勢のままで口を開いた。

 

「いや、私からちゃんと話すよ。ただ今は……少しだけそっとしてあげないか?」

「明日、渡我を連れ出します。その時にちゃんと話してください」

「ああ、分かってる。分かってるよ……」

 

 どうしても彼等には、教師として大人として癒々に伝えなければならないことがある。だけどそれは、彼女から数ある選択肢の内のひとつを奪い去ることになってしまう。

 ヒーローの道を諦めさせると言うことは、癒々の目的を消すこと。どうあってもOFAの役に立とうとする彼女からその目的を奪うことが果たして正しいことなのか、オールマイトはどうしても考えてしまう。

 

 正しいか正しくないかなんて関係無い。命を費やさせるわけには行かない。それは分かっている。

 だけどそうした時、七躬治癒々はどうなってしまうのか。仮に彼女に目的を諦めさせることが出来たとして、その後は? 彼女をヒーローにしようとしていた公安はどうするのか?

 一度湧き始めた疑問は時間が経つに連れ、数を増していく。

 

 教師として、どこまで言うべきか。どこまでやらせるべきか。その線引きが難しい。

 

「教師と言うのは、大変だね……」

「……はい。俺達は間違えることが出来ない。俺達が間違えれば、生徒達の安全に関わります。今回の場合は、特に」

「君なら、どう説得する?」

「……子供とは言えヒーローの卵。甘やかすつもりはありません。ストレートに伝えますよ」

 

 オールマイトとて、雄英では新米教師。生徒を教え導くと言う点では、まだまだ不慣れ。これについてはイレイザーの方が、ずっとずっと知識も経験も有る。

 別に、教師としてどうするのが正解かを教えて欲しいわけじゃないだろう。これはきっと、心を固める時間を無意味に稼ぎたいだけと言って良い。

 

「それが生徒の人生を変えることになったとしても?」

「生徒の人生を変えてしまうからこそ、言葉を濁すわけには行きません。例えそれで恨まれようとも」

「……そう、か。ありがとう相澤くん。少しだけ、渡我少女を頼めるかな?」

「分かりました」

 

 オールマイトはひとつ深呼吸を挟む。これから癒々と話す為に。一人の少女の人生を、教師として変えていく為に。

 どうせ、一筋縄では行かないだろう。問題児でしかない癒々が素直に頷いてくれるとは、とても思えない。それでも、言うしかない。伝えるしかない。

 

「渡我、少し席を外してくれるか?」

「嫌です。もう今日は癒々ちゃんから離れないのです」

「そう言うな。七躬治にだけ伝える要件がある」

「なら、私も聞きます」

「プライバシーを守れ。来い」

「嫌です」

 

 これからオールマイトが癒々と二人で話す為に、イレイザーは被身子を連れ出そうと声をかけた。が、彼女自身にその気はまるで無い。癒々に話があると言うなら、それは自分も聞いておきたいと思ったからだ。

 何としても被身子を連れ出したいイレイザーと、絶対に癒々の側から離れたくない被身子が無駄に火花を散らし始める。そんな二人を眺めた癒々は、被身子の肩越しにオールマイトと目を合わせた。そして、小さな溜め息を吐く。

 

「……被身子。ちょっとだけ出てて」

「嫌です。聞きません。絶対ヤっ」

「オールマイトと少し話がある。お願い」

「むーーっ。どうしてもって言うなら……良いですけどぉ……」

「どうしても」

「……後で、何話したか教えてくださいね」

「ん……。そうする」

「……はぁ。ほんとヒーローは、空気が読めないのです」

 

 嫌で嫌で仕方ない被身子は駄々を捏ねたが、癒々に説得されて渋々とベッドから降りる。その後何度もチラチラと癒々を見ながら歩き、最後にオールマイトを思いっきり睨んで病室を出た。イレイザーはそんな被身子に呆れつつ、オールマイトにひとつ目配せをしてから病室を出て行く。

 扉が閉まる音が聞こえると同時に、No.1ヒーローが口を開いた。

 

「済まない。二人の時間を邪魔したこと……まずは謝るよ」

「それで?」

「……七躬治少女。もう君に個性を使わせるわけには行かない。

 だから、ヒーロー科を辞めて貰いたい」

 

 真っ直ぐ、はっきりと。

 毅然とした態度を見せながら、オールマイトは教師として伝えなければならない事を。

 

 今、確かに口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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