わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
何故、癒々が停学処分を下されてしまったのか。被身子はその理由を、真っ先に聞こうと思った。明らからに何かを隠しているオールマイトの真横を通り抜け、勢い良く病室に入る。煮え切らない大人に苛立ちが募って、つい扉を乱暴に開け閉めしてしまった。が、そんな事は気にならない。気にする余裕も無い。
何せ。不安で仕方ないのだ。ただでさえ、愛しい恋人が四日も検査入院しなければならない。可愛い彼女の肉体に傷一つ残っていない事は、誰の目から見ても明らかにも関わらず、だ。
だから。被身子はひとつだけ、思い浮かべてしまった事がある。彼女が考え得る限り、それは最悪の事態だ。もしそれが事実だとするなら、とても平静では居られない。今直ぐ事実を問い質して、安心したい。そう思っているからこそ、不安に駆られた被身子は真っ先に癒々が横たわるベッドに向かう。
「……癒々ちゃん」
「……」
呼び掛けても、返事はなかった。いつもなら直ぐにでも、何かしらの反応を示してくれる癒々が、今は掛け布団の中に籠って微動だにしない。オールマイトが言うように眠ってしまったのかと一瞬思ったが、直ぐに癒々が起きている事に気付く。耳を澄ましても、寝息が聞こえて来なかったからだ。
ベッドまでの僅かな距離を直ぐに潰した被身子は、少し乱雑に掛け布団を捲り上げる。それから、二人で使うには狭いベッドの上へと上がる。いつもより縮こまっている癒々の真後ろに寝転んで、それからぴったりとくっ付いた。左腕を恋人の胸に回して、少し力強く抱き寄せる。……すると、癒々の左手が被身子の左手を弱々しく掴んだ。
「……起きてます、よね……?」
「……」
返事は、無い。何も話したくないと言わんばかりに、癒々は固く口を閉ざしている。直ぐ真後ろに居る被身子を、まるで構おうとしていない。いつものように話す余裕が、今の彼女には無いのだ。
何せ、癒々は停学処分を言い渡された。それどころか、オールマイトにハッキリと申告されてしまった。もう個性を使うなと、もう何もしないでくれと。
彼女にとって。七躬治癒々にとって、OFAの役に立つ事は最優先事項だ。その先に待っているのが明確な破滅だったとしても、それだけが何もかもを失った彼女にとって……唯一残っていたもの。なのに、オールマイトに否定されてしまった。明確に拒絶されてしまった。現OFA継承者は、緑谷出久だ。オールマイトの言う事なんていつも通り「どーでも良い」の一言で済ませる事は出来なくもない。……ただ。
ただ。オールマイトに明確な拒絶を示された以上、緑谷出久に拒絶されるのも時間の問題だ。きっとオールマイトは、直ぐにでも愛弟子に癒々の状態を伝えるだろう。そうなってしまったら、緑谷だって彼と同じ事を言う筈だ。
それが、癒々にとっては不愉快極まりない。
同時に、恐れている。このままでは、OFAの役に立たてなくなると。役に立つ前に、心臓が保たなくなってしまうのではないか? と。
「……癒々ちゃん」
もう一度、被身子は癒々を呼ぶ。けれど、返事は無い。癒々は、静かに瞼を閉じた。被身子の匂いと気配と温もりを感じながら、浅く呼吸を繰り返す。
「……停学になったって、聞きました。どうして……?」
「……」
「……っ、癒々ちゃん……!」
「……」
「ねぇ、癒々ちゃん……っ!」
答えない。何も答えようとしない。被身子からの問い掛けを無視し続けて、黙り込んでしまっている。だからと言って、このまま被身子が引き下がる理由も無い。癒々の事は、何でも知りたい。何より、可愛い恋人がひたすら自分を無視している。何も答えてくれないことも、無視されることも、被身子には我慢ならない。
大きな不安に、少しの苛立ちが混ざり合う。元々自制心の類いは大して持ち合わせて居ない被身子だが、今は特に自制出来そうにない。
だから。
「癒々ちゃんっ!」
強引に、力任せに。無視を決め込んでいる恋人を振り向かせる。静かに過ごせと言われているのにも関わらず、大きな声を張り上げてしまった。
あまりにも無視されるものだから、強引にでも振り向かせたかった。返事をして貰おうと思った。不安や苛立ちをぶつけようと、怒った顔をして。けれど次の瞬間、癒々と顔を合わせたその時。被身子はもう、それどころじゃなくなってしまった。
「少し、放っておいて」
たった一言。ようやく聞けた声が、酷く冷たい。いつもの無表情が、いつもより冷めている。その時、被身子の胸を占めたのは拒絶されたと言う実感。
「……え……」
「……ごめん。今は、独りが良い」
傷付いた表情の恋人を押し退ける形で、癒々は横たえていた体を起こす。そして、止める暇も与えずにベッドから立ち上がった。被身子が再び何かを言おうとする前に、癒々は病室から出て行ってしまった。
「……っ、ま……って。待って、癒々ちゃん!!」
被身子は慌てて追い掛けたが、病室を出ても癒々の姿は見当たらなかった。
■
雨が降っていた。耳を澄ませなくとも、雨粒が地面に当たっては跳ね返っているのが分かる程の。分厚い雨雲に覆われた夜空は、星も月も見えやしない。
癒々は、独りで病院を抜け出した。その途中で夜間勤務の看護師に声を掛けられたが、無視して外へ向かった。出入り口付近に近付くと、慌てて追い掛けて来た大独活に肩を掴まれたが、それは容易く振り払った。その後、彼女は病院の外に出るなり個性を使って跳んだ。患者衣姿のまま、雨に打たれることも構わず、病院から大きく距離を離す。人並み外れた跳躍を続け、ある程度病院から離れたところで、一度足を止めた。何処かの路地裏に辿り着いた癒々は、胸を掴んで直ぐ側の壁に体を預けた。
俯いて、瞼を閉じて、力無く座り込む。浅い水溜りの上にぺたんと座って、前屈みになってしまった。
「役に、立たなきゃ……。出久の……ワン・フォー・オールの……役に……」
まるで自らに言い聞かせるように、癒々は呟く。まだ個性を使っても、体に異変は無い。心臓が悲鳴を上げるようなこともなければ、不調を感じることもない。今はまだ、大丈夫。日常生活も、ヒーロー活動だって出来る。けれどいずれは、その両方が難しくなる。その日へのカウントダウンが、もう始まってしまっている。
いずれこうなる事は、癒々自身分かっていたところだろう。彼女の個性については、彼女自身が一番よく知っているのだから。だけど、まさかこんなにも早くタイムリミットが近付いているとは思っていなかった。それ故に、どうしても焦りが募る。もしかしたら、OFAの役に立つ前に心臓が駄目になってしまうのではないかと。
「……隠、さなきゃ。被身子、には……」
心臓が悪くなっていること。いずれ日常生活も、ヒーロー活動も出来なくなってしまうこと。個性が、使えなくなること。その全てを、癒々は被身子に伝えないと決めた。決めてしまった。周りが如何に猛反対しようとも、それでも癒々は伝えないと決めたのだ。ならば癒々は、絶対に真実を伝えないだろう。被身子にだけは、何が何でも隠し通してしまうのだろう。
この真実を被身子が知ってしまった時、被身子がどんな顔をするのか分かっているから。もう被身子に、泣いて欲しくないから。被身子には、笑って居て欲しいから。
だから、言わない。言えない。最後の最後で、愛しい人を泣かせることになると分かっていても。
深く、長く。癒々は雨に打たれたまま、深呼吸を繰り返す。まだ体は動かせる筈なのに、酷く体を重く感じる。特に、背中が重い。立ち上がることすら、遥かに遠く思えてしまう程に。
『……どうするの?』
ふと。癒々にしか聴こえない声がした。その声に、癒々は覚えが有った。知っている。USJでナロクを殺そうとしたその時、ナロクに殺されそうになったその時、運ばれた病院で目覚めるその直前で、何度も聞いた……あの声が。
『どうするつもり?』
「……」
『これから、どうしたいの?』
これからどうするのか。どうするつもりなのか。どうしたいのか。誰かが癒々に問い掛ける。だがその答えは、とっくに決まっている。
例え、誰が自分を止めようとも。最後に被身子が泣くことになろうとも。癒々はもう、これからどうすべきかを定めているのだから。
「……ワン・フォー・オールの役に立つ……。この心臓が、止まるより早く」
『分かってるなら、良い。ちゃんと、使い切って』
「……分かっ、てる……」
誰に言われるまでもなく、分かっている。それでも言葉に詰まりそうになったのは、どうしようもなく胸が痛んでしまうから。OFAの役に立てないかもしれないと思ったら、出久にまで拒絶されると思ったら。そして、被身子が泣いてしまうと思ってしまったら……。
まだ大丈夫な筈の心臓が、酷く締め付けられる。息が出来なくなりそうな程に、苦しくなってしまって。
頬を伝っているのが雨なのか、それとも涙なのか。視界が滲んだのが雨のせいなのか、涙のせいなのか。それも分からぬまま、癒々は額を地面にぶつける。重ねた両手で、強く胸を握り締めて。
……それは、まるで。まだいつも通りに動いている心臓を、自ら止めようとしているかのようで。
何かに、赦しを請うかのようにも見えた。
明けましておめでとうございます。昨年はお世話になりました、今年もよろしくお願いします。
というわけで久々の更新です。個人的にはお気に入り回です。実は結構メンタルガタガタになってる癒々です、カァイイね(愉悦)
相変わらずの不定期更新ですが、のんびりお待ち頂けたら幸いです。