わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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国立雄英高等学校・ヒーロー科

 

 

 

 

 

 七躬治癒々が公安の特別教育プログラムを受けるようになって、ざっと七ヶ月程が経過した。癒々が送る毎日は、自由な時間があまり多くない。

 まず、朝起きたら公安が保有する施設に寝ぼけ眼のまま赴き、くたくたになって夜遅くに帰宅。日付が変わる前に同居人である渡我被身子と共にベッドイン。その日何があったかとか、どうやって過ごしたかを寝転がりながらお互いに語り尽くし、その後被身子に平均一時間は好きなようにチウチウさせて、抱き合うようにして就寝。短い時で五時間、長い時で八時間の睡眠を取り、翌朝起床。そしてまた、公安での訓練を受ける。帰宅する。雑談する。チウチウされる。寝る。

 癒々の毎日はそうやって繰り返され、月日は凄まじい速度でどんどん流れていく。しかし忙しい毎日が一ヶ月も繰り返された頃に、ちょっとした問題が起きた。あまり構って貰えない被身子が拗ね始めたのである。仕方が無い事とは頭で分かって居ても、被身子はつい文句を口にしてしまった。一人で誰も居ない家で留守番する毎日に、嫌気が差してしまったのだろう。

 その時以来、癒々は週に一度か二度は訓練をサボり、被身子と街に出て、一日中遊び回るようになった。急にサボるものだから公安は良い顔をしなかったが、息抜きは大事だろうという事で渋々と黙認。ただ、二人が出掛ける時は遠巻きに監視を付けていた。

 訓練したり、遊びに出掛けたり、チウチウされたり。そんな忙しくも充実した毎日を、癒々は過ごす。そうこうしている内に夏は過ぎ、秋も過ぎ、冬がやって来て年を越した。今は一月。癒々がオールマイトに助けられてから、もう十ヶ月が過ぎていた。

 

「この間、高等学校に通えって言われた」

「え?」

「学校、一緒に行く?」

 

 リビングに置いた炬燵で蜜柑を食べつつ温まっていた赤い丹前姿の被身子が、同じく赤い丹前姿の癒々の言葉で目を丸くした。まさに寝耳に水。虚を衝かれる。もしくは青天の霹靂。あまりに話が唐突すぎたので、被身子は癒々が何を口走ったか理解出来ない。

 渡我被身子は現在十六歳。昨年の夏にひとつ年を重ねた。年齢的には高等学校に通っている年頃だが、彼女は学校には通っていない。中学を卒業して以来、一日も学校という場所には行っていない。行くつもりも、無かった。

 被身子にとって学校とは窮屈な場所でしかなく、出来ることなら二度と行きたくない場所でもある。自分とは違う価値観を持った同い年と生活を共にするなど、今の彼女にはもう出来ない。

 それに、学校なんて行かなくても自分を受け止めてくれる人がこの家に居る。炬燵の向こう側に座って両手で湯呑みを包んでいる少女が、被身子の普通(・・)を優しく抱き締めてくれる。

 だから正直言って、今更学校に行くのはただただ面倒なだけである。

 

「癒々ちゃん。それは……、どういうこと……?」

「コミュニケーション能力向上の為に同年代の子供達と勉強しろって、大独活(おおうど)が言ってた。望むなら被身子も一緒にどう? って」

 

 公安の教育プログラムを受けている癒々は、この七ヶ月で随分と個性や身体を鍛えた。戦闘訓練もやっている。勉強だって一通りは教え込まれており、たまに行われる座学テストの成績は良い。ただどうしても、公安では改善しない点がひとつだけある。それは、コミュニケーション能力だ。

 癒々は興味がある人間とは積極的に関わるし、お喋りだってちゃんとする。ただ、興味が無い人間にはとことん興味を持たない。会話も最低限しかしないし、酷ければ無視をする。口癖とも言える「どうでも良い」や「どーでも良い」で会話をぶった切ることも少なくない。そんな彼女を公安の人材として使えば、人間関係のトラブルは確実に起こる。しかし幾ら矯正しようとしても、徒労に終わってしまう。あの手この手を試してみたのだがどうにも効果が薄い。

 つまり、公安は癒々のコミュニケーション能力については殆ど匙を投げている。だからこその、高等学校への入学だ。幸いにも癒々はそれなりの学力を持っており、偏差値で言うなら大抵の学校には通える。そもそも記憶喪失の少女を好き勝手に育てようとしたことが間違いだったのでは無いだろうか。

 

「癒々ちゃんは行きたいって思う?」

「どーでも良い」

「だよねえ。今更学校なんて、私もどーでも良いです」

「被身子は、行かない?」

「行きたくない。今更勉強したくないし、今は癒々ちゃんが居ればそれで良いし。……でも、癒々ちゃんの制服姿はちょっと見たい……」

 

 今更学校に通うつもりは微塵も無い被身子だが、それはそれとして気になることはある。彼女はカァイイものが大好きで、その中には女子の学生服が含まれる。ブレザーでもセーラーでも、制服はカァイイと思っているのだ。実際、被身子の私服には学校に通ってるわけでもないのに、幾つか学生服があったりする。

 そして、癒々のこともカァイイと思っている。ここ数ヵ月は長い白髪を自分で切るようになり、毎朝ザックリと散髪している。片目は前髪で隠していないと落ち着かないようで、黄色いヘアピンや赤いヘアピンを使って前髪を留めていることが多い。それに少しだけ、背が伸びた。137cmだった身長は、今は140cmに成長した。37㎏だった体重も、今は40㎏となっている。が、年齢の割りに肉体が成長していないのも事実。個性の影響で癒々の身体は成長が遅れている。もう十五歳になったというのに、彼女の身体は未だ小学生四年生、もしくは五年生相当だ。

 

 そんな癒々の制服姿を見てみたいと被身子は言う。ハッキリ言って、癒々に学生服は似合わないだろう。

 

「じゃあ、行く?」

「んー……やっぱり気乗りはしないです。それに癒々ちゃんの制服姿を見るだけなら、私が学校に行く必要は無いよねえ……」

 

 二人は学校という場所に、いまいち魅力を感じられない。どちらも現状、学生になるつもりはこれっぽっちもない。ただ、本人に行くつもりが無かろうと公安は既に動いている。癒々が高校に通うことは決定事項であり、この決定が覆されることは無い。

 

「どこの高校に行くの?」

「行くなら雄英高等学校、ヒーロー科。もしくは士傑高等学校、ヒーロー科」

「それって公安は癒々ちゃんをヒーローにするってこと?」

「そうみたい。わたしはヒーロー免許が取れるなら、後はどうでも良いけど」

「……」

 

 癒々の言葉を聞いて、被身子は眉をひそめた。

 超常社会となった世の中で、免許無しに個性を扱うことは原則禁止されている。自己防衛の個性行使すら罪に問われるような世の中だ。なので、公安は癒々にヒーロー免許、或いはそれに準ずる形の個性免許を持たせておきたい。同時にコミュニケーション能力も獲得して欲しいところなので、彼女を学校に行かせるのは合理的な判断だ。癒々としても、オールマイトの役に立ちたいならヒーロー免許を持っておかないと何かと都合が悪い。

 ヒーローになることは彼女の目的では無いけれど、彼女の目的を果たそうとするならヒーローになるのが手っ取り早いのだ。それを公安に利用されることになったとしても、だ。

 

 ……だから、被身子の心は少し曇る。自分を受け入れてくれた人が、公安という組織に縛られながら生きていることが正直不愉快だ。どうしてこの世界はこんなにも生きにくいのかと、怒りたくなってしまう。不満をぶつけたくなる。だけどそうしてしまったら、公安での癒々の立場が悪くなってしまうことも理解している。

 

 やるせない気持ちを誤魔化すかのように、被身子は左腕のブレスレットを指先で叩いた。

 自分が癒々に対して、何が出来るのか分からない。何をしてあげたら良いのかも、分からない。甘えたがりな彼女を黙って抱き留めるぐらいのことしか、今は出来ない。

 

 歯痒さと苛立ち。不満や怒り。負の感情が、被身子の心の奥底で確かに蓄積されていた。

 

「被身子は、学校行くの嫌?」

「……嫌。行きたくない」

「分かった。そう伝えとく」

「……うん……」

 

 学校に行く気は、どうしても起きない。癒々は当人の意思に関係無く学校に行かされてしまうようだが、どうでも良いと言い切った。公安が自分をどう扱おうとしているかなんて、彼女の中ではどうでも良いことなのだ。

 

 

 国立雄英高等学校。関東にある高校で、オールマイトやエンデヴァーを筆頭に多数のプロヒーローを世に送り出した名門中の名門。ヒーローになりたい子供達にとっては憧れの進学先なのだが、ヒーロー科に入るとなると簡単には行かない。入試倍率は300以上な上に、今年の偏差値は79である。もう一ヶ月もすると12000人もの受験者がやってくるので、元旦と言えども雄英で働く教師達は忙しそうに校舎の中を走り回っている。

 そんな中、校長の根津は来年度から一年生の担任をする教師二人と共に応接室に居た。この忙しいタイミングでやって来た、公安職員……大独活(おおうど)の話を聞くために。

 

「この度は根津校長、そして相澤教師のお二人には貴重な時間を割いて頂き、申し訳ない」

 

 ソファに腰掛けるよう促されつつ、大独活はまず頭を下げた。彼がここに来た理由はひとつ。現在公安が教育している人材、つまり七躬治癒々を雄英に入学させる為だ。

 ここが駄目なら士傑高校に頭を下げに行く予定だが、雄英の校風と士傑の校風を比べた場合癒々は雄英に入った方が良いと大独活は判断している。だから何としても、この場で癒々を裏口入学させてしまいたい。いや、入学させるのだ。

 

「……こちらも忙しく、長話をするつもりはありません。合理的に行きましょう。公安の方が、わざわざ何のご用で?」

 

 対面に腰掛けている無精髭の教師が、口を開いた。雄英教師は来月行われる受験準備で忙しい。幾ら来客が公安だとしても、今は後回しにしたいぐらいに多忙なのだ。故に笑顔を振り撒いて、物腰柔らかにお客様に対応するなんて真似は出来ない。もっとも無精髭の彼の場合は、したくないもありそうだが。

 

「これからお話しすることは、他言無用でお願いします。まずはこちらをご覧頂きたい」

 

 もう一度頭を下げながら、大独活は持ってきていたビジネスバッグの中から文書を二部取り出し、根津校長と相澤教師に手渡した。その後タブレットPCをローテーブルの上におくと、そこで一度深呼吸を挟む。雄英教師の三人は、早速文書の内容に目を通している。

 文書の内容は、七躬治癒々の情報が事細かに書かれている。持っている個性や、性格。運動機能。彼女に何が出来て、何が出来ないのか。その全てが余すこと無く、教師達に読み込まれていく。

 

「こちらとしては、彼女をこの学校に入学させて欲しい。学力や身体能力、そして個性については公安の御墨付きです。とても育てがいがあるかと」

「……これは公安で抱えるべき案件でしょう。ここは学校ですよ。こちらを巻き込まないで頂きたい。それに、彼女の個性。にわかには信じ難いですね」

「いいえ。従って貰いたい。ご覧の通りですが、彼女の個性は危険すぎる。それを扱う心もまだ未熟です。しかし雄英ならば彼女を正しく導けると、こちらは判断しました」

 

 癒々の個性が如何なる価値を持ち、如何なる危険性を孕んでいるのか。それは雄英教師でなくとも、ヒーローならば誰だって理解出来る。しかし無精髭の彼が言った通り、信じ難い話であるのも事実だ。

 自他を強化し、傷を癒せるまではまだ納得が行く。だが他者の個性を進化させる可能性を秘めている、なんて話はとても受け入れられそうにない。

 その上、公安は雄英に爆弾を抱えろと言っている。癒々の個性が世間に露呈した場合、ヴィランが何をしでかすかも分からない。学校に危害が加えられる可能性は高く、決して否定出来ない。

 

「七躬治癒々を入学させ、この個性を伏せた上で彼女を目立たせて欲しいのです。どうです? 根津校長」

 

 相澤教師の反論はひとまず無視するような形で、大独活は相澤教師の肩に乗っているスーツを着た二足歩行のネズミ……つまり根津校長に話し掛ける。

 

「……ふーむ。君達公安が何を考えてるかは分かるけどね。だからって、はい分かりました! なんて賛同するような教師はここには居ないのさ」

「当然、公安としては出来る限りのバックアップをします。万が一が起きたとしても、他の生徒や教職員の方々に危害が及ばないよう尽力させて頂きます」

 

 自分が何を言っているのか理解した上で、大独活は再び頭を下げる。公安が言っていることは無茶苦茶で、若者を導く教師からすれば論外でしかない。どんな事情があるにしろ、一人の少女を良いように使うなんて真似はとても許せない。許されることじゃない。

 根津校長は手にした文書を相澤教師に手渡し、黙り込んだ。しばしの沈黙。そして。

 

「……良いよ。七躬治癒々さんの入学を認めよう」

 

 割りとあっさり、根津校長は公安からの話を受け入れた。

 

「正気ですか校長」

「一人の生徒を特別扱いする、なんて真似はしないさ。ただ、このまま記憶喪失の少女を放って置くなんて真似もしたくない」

「だから入学させる、と? 今の条件で?」

 

 校長の決定に、無精髭の教師は当然反発する。確かに記憶喪失の少女を放っておくことは出来ないが、今居る生徒や来年度入ってくる生徒達の事を考えたら爆弾など抱えられない。抱えたくない。教員として、彼は当たり前の反応を見せた。

 

「当然こちらからも条件を付ける。まず、大独活君。七躬治癒々さんの側に居る少女、トガヒミコさんも一緒に入学させて貰うよ」

 

 小さな校長先生の言葉を聞いて、大独活は固まった。トガヒミコが現在どうなっているか。その情報は公安や警察、一部の病院関係者。そして、No.1ヒーローしか知らない。

 七躬治癒々の情報をそうしているように、トガヒミコの情報は徹底して伏せている。何故ならトガヒミコは、七躬治癒々が固執する数少ない存在だからだ。扱いようによっては、七躬治癒々を動かす理由になる。弱点になる(・・・・・)。だから公安は彼女にもGPS装置を付け、情報を隠した。

 ……なのに、根津校長がトガヒミコを知っている。どこからか情報が漏れたと言う線は薄い。なのに何故、彼は知っているのか。

 

「……トガヒミコについて、記載はしていないですが」

「個人的に彼女について調べてたんだ。昨年、あんな事件があったからね。教育者としては気になるものさ」

「……分かりました。トガヒミコも一緒に入学させましょう。他に条件は?」

「二人には普通に受験をして貰うよ。その上でこちら側が入学させるか判断する。でないと、他の生徒に不公平だからね」

 

 提示される条件は、公安にとってまだ呑み込める範疇だ。根津校長がトガヒミコについて知っていたことは驚きだったし、更に付け加えられた条件も大した問題ではない。ここまではまだ、想定の範囲内で済んでいる。

 

「……分かりました。条件は以上ですね?」

「もうひとつ。雄英に入学した場合、二人の扱いはこちらに任せて貰うよ。公安からの接触も最低限に留めて欲しい」

 

 最後に、とんでもない条件が突き付けられた。二つ返事で了承することは出来ない。要するに雄英は、七躬治癒々を寄越せと言っているのだ。扱いようによっては、薬にも毒にもなる存在の管理を一任させろと言っている。幾ら相手が個性道徳教育に多大な貢献をした世界的偉()だったとしても、この学校が平和の象徴を世に送り出していたとしても、この発言は到底見過ごせない。雄英側の意図によっては、今回の交渉は一切無かったことになる。

 

「それは、了承出来ません。何を考えているのですか?」

「……七躬治癒々さんも、トガヒミコさんも、まだ子供。道を見失い、迷子になった子供なんだ。そんな子達を正しく導く為に、我々大人は出来る限りの事をしてあげなくちゃいけない。

 つまり、雄英は君達公安のやり方を看過出来ないってことさ」

 

 教育者として世界的偉()として、何より一()の大()として、根津校長は七躬治癒々とトガヒミコが置かれている状況を良しとしない。彼の言葉は教育者として正しいものであり、大人として正しいものだ。正義感や善性に溢れてると言っても良い。根津校長の元ならば、きっと彼女達は正しい道を歩めるだろう。

 公安の大独活としてではなく、一児の父の大独活としては首を縦に振りたいところだったが、現実はそうも行かない。雄英から提示された最後の条件は、簡単に呑み込めるものではないからだ。まして彼一人の一存でこの話を決めるなんてこと出来やしない。大独活は荷物を纏め、立ち上がった。

 

「……我々から持ち掛けた話ではありますが、この話は一度持ち帰らせてください。検討させて頂きます」

「どうぞ。良い返答を期待してるよ、大独活くん」

「良い返答を伝えられたら良いんですけどね。では、失礼します」

 

 残念ながら、公安は雄英から良い返事が貰えなかった。しかしまだ、やりようは有るだろう。今回の交渉は保留になってしまったが、決して悪い手応えでは無い。これから先は、どうやって雄英側に譲歩させるかの戦いになる。そして雄英も、七躬治癒々とトガヒミコの現状を知ってしまった以上、公安とバチバチにやり合うつもりだ。

 今雄英はただでさえ忙しいのに、根津校長によって更に忙しくなるだろう。この場に居合わせてしまった教師の相澤は、厄介なことに巻き込まれそうだと深い溜め息を吐く。

 

「……良いんですか? 公安と喧嘩することになりますよ」

「うちは自由な校風が売りなのさ。頼んだよ相澤くん」

「……勘弁してくださいよ……」

 

 こうして無精髭教師の相澤は、厄介なことに巻き込まれた。前途多難である。

 

 

 四月。彼は七躬治癒々とトガヒミコ(渡我被身子)の両名を受け持つことになってしまった。

 

 

 

 

 

 




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