わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
これから七躬治癒々をどうするか。どうすべきなのか。
雨の中、大独活は独りで病院を飛び出した癒々を大急ぎで確保した後、彼女を知る大人達は面と向かって話し合う事に決めた。ちなみに、病院からの脱走をしでかした当の本人は、長いお説教の後で病室に戻された。今頃は、病室の中で渡我被身子に叱られているだろう。
「と、言うわけで。七躬治癒々監察委員会を此処に立ち上げます」
セントラル病院にある、一時提供して貰った休憩室にて。昼夜問わず働いている医師や看護師が使っている部屋はそれなりの広さが有るが、少し私物で散らかっている。戸棚に置かれた古めかしいアナログレコードは誰の趣味だろうか。使われているロッカーは、ところどころ傷や凹みが目立つ。壁に掛けられたホワイトボードは使い込まれているようで、様々な色の文字が所狭しと並んでいる。そんな部屋の奥、カーテンが閉められた窓の前で大独活が宣言した。彼の少し離れた所では、ソファに腰掛けた相澤とオールマイトの二人が居る。
今回、癒々がしでかした事は見過ごせるものではない。ただでさえ身体に問題が見付かったのに、夜分に病院を抜け出して公安や病院、そしてヒーローや警察にまで迷惑を掛けてしまったからだ。これまで散々好き勝手にしてきた問題児に、教師もヒーローも公安もとうとう堪忍袋の緒が切れてしまった。
……とは言え、まったく情状酌量の余地が無いわけでもない。今、七躬治癒々の精神は不安定と言える。いつものように無表情ではあるけれど、それでもいつも通りではないと分かる程だ。特に大独活やオールマイトは癒々と知り合ってから、一年以上は経過している。この二人と比べれば相澤はまだ癒々の心情を読み取ることに長けてはいないが、それでも教師やヒーローとしての経験である程度察することが出来なくもない。
何にせよ。被身子程ではないにしろ、この場の三人はそろそろ七躬治癒々の機嫌ぐらいは察知出来るようになっていた。
「まず癒々ちゃんには、今後は病室前に警護及び監視の目的で人員を二人付けます」
「……それで良いでしょう。これ以上勝手な真似をされるのは、教師としても困るので」
「あー……、それについては私が請け負っても良いかな? 今回の件、割りと私のせいな部分もあるから」
マッスルフォームを維持したままのオールマイトが、小さく手を上げた。癒々が病室から抜け出すなんて暴挙を目撃するのは、彼は今回で二度目。一度目は、渡我被身子を探す為だった。その際に、結構無茶苦茶な真似をしでかしていたのも目撃している。だから警察や病院関係者程度では、また癒々が脱走しようとした時に止めることが出来ないだろうと考えたからだ。
確かに、オールマイトならば癒々が脱走なんて暴挙に出ようと即座に止めることが出来るだろう。何より、今回の騒動が起きた原因が何であるのかこの場の誰よりも理解しているからだ。警護だって、彼がしてくれれば公安も安心出来るだろう。……が、しかし。
「オールマイトさんは渡我の警護があるでしょう。……それに俺も、渡我には色々と教えておきたい。今それを中断するのは、出来ることなら避けたい」
平和の象徴からの提案を、イレイザーが諌めた。
オールマイトの提案を呑めば、確かに癒々は安全だ。そして二度と病院から脱走するなんて真似は出来ないだろう。しかし彼が癒々の警護に回ってしまった場合、別の問題が生じてしまう。
大活性と言う常軌を逸した凄まじい個性を持つ癒々ですら、ナロクに殺されかけてしまった。オールマイトの代わりに並大抵のヒーローを警護に付けても、何の役にも立たない可能性が高い。
「なら、相澤さん。セントラル病院周辺でのパトロールをお願い出来ますか? 渡我被身子の職場体験はこの近辺で行ってください。それでしたら、いざという時直ぐにオールマイトが駆け付けられる。彼には普段、癒々ちゃんの監視と警護を……」
「それこそ論外でしょう。
大独活からの提案に相澤は噛み付いた。たった今、目の前に居る男が言い放った言葉の裏を即座に読み取ったからに他ならない。
要するに公安は「優先すべきは七躬治癒々の安全」と言っているのだ。癒々も被身子も教え子に持つ教師が、そんな提案を鵜呑みに出来るわけが無い。反発してしまって当然、それが当たり前だ。何よりヒーローとしても、二人に一人なんて選択肢を始めから取りたくはない。
「そうは言いますけどね、イレイザーヘッド。万が一にでも癒々ちゃんが
……まぁ、そうなった場合癒々ちゃんがどう動くかは想像出来ますが」
「……それを本気で言っているなら、もう話すことは有りません。時間の無駄だ」
「こんな事、俺が本気で言ってると思いますか?」
「本気で言ってるようにしか聞こえませんね。何せ、あなた方公安は身寄りの無い記憶喪失の子供を良いように使おうとしてたんですから」
一触即発とは、まさにこの状況だろう。相澤も大独活も、互いをそれぞれが置かれた立場から睨み付け合い、牽制し始めている。これから癒々をどう扱って行くか話し合う為の場が、まったく別の場に変わってしまいそうだ。
「ちょっ、ちょっ! お、落ち着こうか二人共! お互い少女達が心配なのは分かるけど、ここは冷静にね……?」
いやに緊迫し始めた空気の中で、冷や汗をかいたオールマイトが二人の間に割って入った。今ここで、言い合ってある場合ではない。そもそも今回の議題は、これから七躬治癒々をどう扱うかについてだ。それを決める為にわざわざ集まったのだから、喧嘩腰など以ての外である。
「……失礼。話を戻しましょうか。雄英としては、今後癒々ちゃんをどうするつもりで?」
「僅かと言えども、心臓に異常が見受けられた以上は休学措置が妥当でしょう。七躬治の心臓が快方に向かいでもしない限り、復学はさせません。除籍も視野に入れています」
「……でしょうね。妥当な判断かと」
大独活の言った通り、雄英の判断は妥当なものだ。癒々の心臓に異常が発見され、その原因は個性使用に有ると分かった。ならば、これ以上癒々にヒーロー科で授業を受けさせる訳にはいかない。座学だけならば今のままでも問題は無いが、実技となるとそうもいかない。今の癒々は、個性を使えば心臓に負担が掛かる。負担が続けば、いずれ心臓が動かなくなる。訓練で生徒を死に追いやるような真似は、教員であれば誰一人出来やしない。
だから。相澤は休学させるべきと判断を下した。オールマイトに至っては、手厳しいながらも停学させると決めている。
「あー……、ならその……公安は? 君達はどう考えているんだい大独活くん」
「隔離保護です。こうなった以上、徹底して癒々ちゃんを隠すのが公安の意向です」
どうやら公安は、今後癒々を保護することに尽力するつもりのようだ。当人の意向も踏まえて彼女にはヒーローになって貰うつもりだった公安だが、生死に関わるのであれば話が変わってくる。もう彼女を、貴重な個性持ちのヒーローとして扱うことは出来ない。しかし、だからと言って放り出す真似も出来ない。癒々が
故に。公安は七躬治癒々の隔離保護を行おうとしている。ただし、問題が二つあるが。
「……なら、渡我少女は?」
ひとつは、渡我被身子だ。七躬治癒々が執着する存在であり、公安には手が出せない聖域と言っても良い。何せ、我が身と引き換えにしてでも手元に置いたのだ。今後公安で働く代わりに、渡我被身子の罪状に目を瞑り癒々との生活を認める。更には公安から被身子に対して、癒々の許可なく何かをしてはならない。そういう契約を、癒々は公安と結んでいるのだ。
お陰で、公安や大独活は頭を抱える羽目になっているが。癒々も癒々で破天荒な問題児だけれど、被身子だって似たようなものだったりする。
「彼女は、癒々ちゃんの側に居れるようにします。でないと、癒々ちゃんが何をしでかすか分からないでしょう?」
盛大に溜め息を吐いた大独活からは、日々の苦労が滲み出ている。だが癒々を隔離保護する上で、被身子の存在は避けては通れない。既に頭や胃が痛そうな彼を見て、オールマイトは苦笑いだ。相澤も思い当たる節しかなく、眉間に皺を寄せた。この二人にとっても、癒々や被身子を相手にするのは大変な事でしかない。
公安や教師、そして平和の象徴すら好き勝手に振り回す。とんでもないバカップルが居たものである。そして。
「では、癒々ちゃんと渡我被身子は休学して隔離保護。その方向でよろしいですか?
まぁ、癒々ちゃんは猛反発するんでしょうが……」
癒々を隔離保護する上で、まだ問題が残っている。それは隔離保護に癒々自身が猛反発する可能性が高いこと。いや、これについては確実と言って良い。
心臓に異常が有ると検査結果を出された時、癒々は医者にもリカバリーガールにも、大独活にも猛反発した。彼女自身の中に、心臓を理由にヒーロー科から離れる選択肢は無い。どころか、何が何でもヒーロー科に居ようしている。
「……それなんですが、両名の隔離保護は少し待って頂きたい」
相澤が小さく手を上げた。彼の主張に、大独活は顔を顰める。頭痛や胃痛の種が増えそうな予感がしたからだ。
「七躬治を隔離保護するにしろ、休学させるにしろ、その前に渡我に教えておきたい事が有るんですよ」
「具体的には?」
「捕縛布を教えます。あいつはいざという時、手札が少な過ぎる。今後も七躬治の側に居る為には、自衛手段が必要でしょう?」
早速頭が痛くなった。相澤の主張に大独活は天井を仰ぎ、溜め息を吐く。この教師の言った事を拒否することは簡単だ。公安として、これ以上立ち入るなと突っぱねてしまえば良い。癒々は雄英に在籍しているが、それ以前に公安に所属している。雄英に通っているのは、元はと言えば公安が癒々に指示を出したからだ。まぁもっとも、癒々が雄英に通い出した真の理由は理解していないところではあるが。
……とにかく。癒々は公安に所属している。それは確かな事であり、彼女の立ち位置を決めれる立場に居るのが公安なのだ。
「……それは、我々の警護だけでは足りないと?」
「そうは言ってません。が、渡我と七躬治は俺の生徒です。隔離保護の前に、身を守る術を教えておきたい」
「…………でしたら、こちらで渡我被身子に教えますよ」
被身子に自衛の術を教える。癒々の側に居る以上、それは必要になる時が来るだろう。何せ癒々も被身子も、ナロクに狙われている。特に今、ナロクの関心は被身子に向いているからだ。既にあの黒い少女相手に出来る自衛など無いに等しいと言えるが、それでも自衛の為の手段を得ておくことに損はない。今後、癒々を狙う存在が
ただ。自衛の術を学ぶだけなら、わざわざ相澤が教える必要は無い。公安でも十分に教えることが出来る。それは相澤自身、分かっているところだろう。なのに何故、彼は自分で教えようとするのか。教師としての責任感が有るのか、或いは何か……渡我被身子に対して思い入れでも有るのか。どちらにせよ、彼が腹の内で何を考えているのかは彼にしか分からない。
「捕縛布のノウハウを伝えられるのは俺だけです。それにこれは、渡我本人の願いでもある」
「……期間は?」
「そうですね……。かなり詰め込んで、一ヶ月は欲しい」
「…………それは、上の判断次第になります。私の一存では決められない」
「でしょうね。とにかく、少しでも長く時間を貰いたい」
「……はぁ……。まぁ、どうせ癒々ちゃん次第だ。隔離保護にしろ、渡我被身子に護身術を教えるにしろね。オールマイト、貴方は何か有りますか?」
出来れば何も言わないで欲しいですがね。と、付け加えて大独活はオールマイトに「何か要望は有るのか?」と暗に聞く。すっかり難しい顔になった大独活を見たNo.1ヒーローは、一瞬思考を巡らせた。そして。
「あー……、そうだね。隔離保護中も、私に渡我少女や七躬治少女の警護をさせて欲しい。ほら、念の為」
「貴方に警護して貰えるなら、安心出来ます。
……では、癒々ちゃんは休学して隔離保護。これで良いですね?」
「そこに異論は有りませんね」
「うん。私も賛成だ。……それで、どうやって七躬治少女を説得しようか……」
「…………」
「…………」
ひとまず。そう、ひとまず。七躬治癒々の今後については、休学及び隔離保護で話が纏まった。癒々の意思や相澤からの要望も有って今直ぐに実行することは出来ないが。
そして何より、癒々自身がどのような反発をするか分からない。公安、そして雄英の問題児対策を、これから決めなければならないと思うと三人は気が重くなった。
お久しぶりです。いつも通り次回更新は未定となります。
補足になりますが、相澤先生の言った「これは渡我本人の願いでもある」の部分は真っ赤な嘘です。