わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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被身子の職場体験 Ⅶ

 

 

 

 

 

 癒々がセントラル病院から脱走した、その翌日の朝。被身子はまたも病院周辺をパトロールをする羽目になった。一週間も続く職場体験は未だ継続中であり、今日で五日目となる。正直言って今の被身子は癒々を心配し過ぎて、集中力などまるで皆無だ。イレイザーとオールマイトの後ろを歩いては居るが、周囲などろくに見てはない。気を張ってすらいない。先を歩くヒーロー達の後ろを、ただ単に歩くだけ。こんな調子では、ヒーローとしての原点(オリジン)を見つけることなど出来やしないだろう。このまま原点を見付けられず、除籍になってしまう可能性が随分と高まってしまっている。少しは焦った方が良いだろう。

 

 しかし被身子は、慌てて原点を探そうとはしない。そもそも探す気が無い。そんな事に時間を割くよりも、今は癒々が気になって仕方ないのだ。今日から愛しい恋人が、まる四日も精密検査を受ける。その結果が出されるまでは、心配ばかりが膨れ上がって他の事に手が付きそうにない。

 

「……はぁ……」

 

 病院周辺の住宅街は、朝から少し騒々しいように思える。すれ違うのは登校中の元気な小学生に、気怠そうに歩く社会人、朝から時間に追われた主婦。他には何処かに遊びにでも行くであろう若者。犬の散歩をしている老人だって居る。そんな、とてもパトロールなんて必要なさそうな平和な光景の中でいったい何を気にすれば良いのか被身子は理解に苦しむ。こうまで平和そうなら、別にヒーローがパトロールをしなくて良いのでは? と、思ってしまったりもする。

 こんな事に時間を使うぐらいなら、今は可愛い恋人の側に居たい。側に居てあげたい。そうしなければとても落ち着けないし、今はどうしても不安になってしまう。

 

 今日何度目になるか分からない溜め息を吐く被身子。そんな教え子の先を歩くイレイザーは、この問題児をどうしたものかと思考を巡らせる。教師としてヒーローとして生徒を教え導く立場に在る彼からすれば、職場体験に集中しろとひと睨みしたいところだ。と言うよりは、実際にした。しかし残念ながら効果は無かった。七躬治癒々の名を出せば、凄まじい集中力を見せるのは分かっている。けれど、その手を何度も使うのは良くないとも理解している。

 

 被身子が癒々に依存してるのは、もはや誰の目から見ても明らかだろう。癒々もまた、被身子に依存している。これを解決する術は簡単には用意出来そうにない。

 

 だが、いつまでもいつまで依存させたままで良い筈がない。この先、癒々の身に最悪が訪れる可能性が高いのだ。出来ることならそれまでに、少しは依存から脱却することが出来れば良いのだが……。

 イレイザーの隣を歩くオールマイトもまた、どうしたものかと頭を悩ます。彼に至っては冷や汗をかいているぐらいだ。

 

「ぁーー、えっと。渡我少女、もう少し真面目にね……? ほら、せっかく彼に見て貰えるんだからさ」

 

 不真面目極まる被身子に、恐る恐ると言った様子で注意を入れるオールマイト。そんな彼を一瞥した被身子の目は、この上なく冷やかだった。何せ彼女からすれば、昨晩癒々を傷付けたのはこの男だ。元々大して好きでもない、何なら癒々との仲を邪魔する鬱陶しい存在。平和の象徴だろうがNo.1ヒーローだろうが、癒々との時間を邪魔するお邪魔虫。出来ることなら早々に視界から消えて欲しい。二度と現れないで欲しい。……のだが、残り二日の職場体験中は常にこの男の側に居なければならない。それは被身子からすれば不愉快不可解極まりないが、これは癒々が決めた事でもある。

 事情については、一応聞いている。あのナロクが、被身子を狙っているのだ。それ故に護衛としてオールマイトが付くのは仕方ないが、それならいっそのこと職場体験なんて中止して癒々と一緒に居させて欲しいとしか被身子は思わない。だから。

 

「癒々ちゃん……」

 

 冷たい目と唸るような声を合わせて、オールマイトを威圧しにかかる。経験豊富のNo.1ヒーローからすれば、幾ら被身子が凄んだとしても気圧されることは無い。と言うには少し苦しいぐらい、今の彼は冷や汗をかいているのだが。

 

「あー……、えーー……っと。ほ、ほら! 真面目に取り組めば早く終わらせられるからさ! 直ぐ七躬治少女の下に戻る為にも、ここは一度集中するってのはどうかな……!?」

「癒々ちゃん……」

「……はぁ……。渡我、いい加減にしろ。我儘ばかり口にするな」

「癒々ちゃん……」

「おい」

「癒々ちゃん……」

 

 冷や汗を流すオールマイトが提案しようが、呆れたイレイザーが一喝しようが、被身子の様子はこれっぽっちも変わらない。大層不満そうに俯いたまま、可愛い恋人の名を呼び続ける。こんな様子で居続けるのなら、職場体験は形にならない。当人に取り組む意思が無いのなら、ただ単に時間の無駄だ。何かと忙しい大人達の貴重な時間が無意味に浪費されてしまう。

 が、やはり今の被身子には大人達の時間など知ったことじゃない。

 

「癒々ちゃん……」

 

 今の被身子は、癒々に会いたい。

 

 何かを隠して、一人で傷付いている恋人を抱き締めたい。何を隠してるのか全部吐き出させて、その痛みや悲しみを受け止めてあげたい。慰めて、いつもの彼女に戻って欲しい。けれども癒々は頑なで、何も話そうとはしない。それどころか、分かり易い嘘を吐いてまで誤魔化そうとする。

 どうしても隠したい事や、隠さなきゃならない事が有るのは分かっているつもりだ。色々と話せない事が有るのは、分かってる。

 

 それでも。やっぱり全部を話して欲しいと思ってしまう。どんな些細な事だったとしても、どんなに重苦しい事だったとしても、全部教えてくれなきゃ納得出来ない。だから。

 

「……もう良いです。癒々ちゃんのとこ、戻ります」

 

 踵を返して、癒々が居る病院へと戻ろうとする。が、直ぐ真後ろから飛んできた捕縛布が身体に巻き付いて、一歩しか進めなかった。被身子は縛り上げられながらも直ぐに振り返って、真っ直ぐイレイザーを睨む。邪魔するなとでも言いたげだ。現にそう言おうと口を開こうとして―――。

 

「いい加減にしておけよ。七躬治が心配なのは、俺達もそうだ。だがそれは、一旦置いてお前に時間を割いてる。お前もそうしろ」

「―――は?」

「七躬治ばかり気にしてる場合じゃないだろう。お前はこの職場体験を通して原点を見付けられなきゃ除籍なんだ。真面目にやれ」

「ちょっ、相澤くん。気持ちは分かるけど抑えて抑えて……! 渡我少女も、七躬治少女が心配なのは分かるけど今の態度は良くないから……!」

 

 我慢の限界に達したイレイザーの一声に、被身子は逆上した。咄嗟にオールマイトが二人の間に入ったものの、空気は最悪だ。

 

「……お前の気持ちは、分からなくもない。だがそうやって七躬治にばかり固執して、このまま除籍になったら七躬治がどう思うかを考えてみろ」

「……」

 

 困り顔のオールマイト越しに痛いところを突かれ、被身子は黙り込んだ。

 別に相澤先生にわざわざ言われなくとも、このまま除籍になってしまったら、癒々が悲しむと分かっている。そもそも被身子が雄英に入ったのは、癒々が強く望んだからだ。だから渋々、受験勉強を頑張った。沢山勉強を教えて貰って、何とか入学することが出来た。

 癒々のお願いは突飛な我儘ではあったけれども、無下には出来なくて猛勉強して見せたのだ。そして今、ヒーロー候補生として学校に通っている。

 

 だから。被身子は最低限、ヒーロー科を除籍されないよう気を付けなければならない。もしこのまま除籍されてしまったら、癒々が悲しむかもしれない。傷付くかもしれない。案外気にしない可能性も無いとは言えないが、唯一自分を分かってくれる大好きな恋人と過ごす学生生活は、決して悪いものじゃない。むしろ楽しい。そう考えたら、被身子は盛大に溜め息を吐くしかなかった。

 

 やはりどうしても、気乗りはしない。原点(オリジン)なんて見付けられそうにないし、ヒーロー活動なんて興味が無い。理解したいとも思えない。けれども、大好きな恋人の為に、時には嫌な事でも我慢しなければならない時が有る。

 

「……っはぁ〜〜……。ちゃんとやってやりますから、さっさと終わらせてくれます?

 トガは、今直ぐにでも、癒々ちゃんに、会いたいのでっ」

「お、OK……。取り敢えず集中してくれるみたいだし、相澤くんもそれで良い……よね……?」

「……はぁ……。まぁ、良しとしましょう。トガ、ちゃんとやらなかったら今後こそ除籍だからな」

 

 険悪な空気はそのままだが、ひとまず被身子は職場体験に無理矢理にでも気を向けて、一旦は集中し始める。この集中力がいつまで続くかは分からないが、取り敢えず態度は改善した……と思えなくもない。そんな問題児を見た教師二人は、顔を顰めるしかなかった。

 

 この後。三人は時間が許す限り、セントラル病院周辺のパトロールを行った。更には念の為に病院内でもパトロールを行い、結局被身子が職場体験から解放されたのは夕方頃の話だ。

 

 

 

 

 職場体験を終え、くたくたに疲れてしまった被身子は癒々が居る病室に戻った。警護の為に居るであろう警察官二人など意にも止めず、勝手に扉を開く。まず目に入ったのは、ベッドテーブルの上に山積みになっている大量の紙袋。もはやちょっとした壁になっているそれからは、ファストフード特有の強い匂いが漂っている。並大抵の大食漢よりも食べる癒々の事だ。病院食だけでは満足出来なかったのだろう。

 現に今、癒々は黙々とハンバーガーを食べている。膝の上に置かれたトレイには、ドリンクカップ状の器に盛られたサラダや、紙パックの牛乳が幾つも置いてある。

 

「もぐ……。おかえ、もぐ……」

 

 被身子がベッド横に置いてある椅子に腰掛けると、癒々はハンバーガーを頬張りながら黄金色の瞳だけを被身子に向けた。もうくたくたの被身子としては、今直ぐにでも癒々に抱き付きたいところではある。けれども恋人の食事を邪魔したいとも思わないので、ここは仕方なく我慢することにしたようだ。

 

「ただいまです。検査、どうでした……?」

「んくっ。結果は、どうでも良い。もぐもぐ……」

「どうでも……って。もぅ、癒々ちゃん」

「どうでも良い。怪我は治ってるし、どうせ異常無しって言われるだけ」

「……なら、良いですけど。ほんとに、ほんとに大丈夫……ですよね? 何も、無いんですよね……?」

「無い、大丈夫。……もぐもぐ」

 

 さらっと嘘を吐きつつ、癒々は食事の手を進めていく。淡々とハンバーガーに齧り付いては、ストローで牛乳を吸ったりプラスチックのフォークでサラダを突き刺す。まるでいつも通りの様子を見せている癒々を、被身子はじっと見詰める。恋人の言葉を疑っているわけじゃない。ただ、本当に癒々の身体は大丈夫なのだと安心したくて、ついつい見詰めてしまっているだけだ。

 そんな被身子をちらりと見て、癒々は食事の手を止めた。ベッドテーブルの上に有る紙袋をひとつ手に取り、それを被身子に向かって突き出す。

 

「食べて」

「お腹空いてないです」

「食べなきゃ駄目」

「……はい。じゃあ、いただきます……」

 

 渋々と紙袋を受け取って、被身子も少し早い夕食を摂り始める。渡されたのは、ハンバーガーと野菜ジュースだ。体は疲れているけれども、不思議と空腹は感じていない。それでも癒々に食べろと言われたから、仕方なく食事を摂る。ハンバーガーを一口齧り、野菜ジュースを吸う。その間にも、癒々はどんどんジャンクフードを食べ進めていく。

 次々と消えていくハンバーガーやサラダ。牛乳に野菜ジュース、そしてポテトやナゲット。被身子が何とか夕食を食べ終える頃には、癒々も夕食を食べ終えていた。

 

「……ふぅ。ごちそうさま」

「ごちそうさまです。検査入院してるのに、そんなに食べて良いの……?」

「平気。食べないと再検査とか言われそうだし」

「ほんとに、大丈夫……ですよね……?」

「ん。来て」

「……んふふ。はぁい」

 

 癒々が両腕を広げたので、被身子は勢い良く抱き付いた。小さな身体を目一杯抱き締めたことで、ようやく一息吐けたのだろう。やっと恋人と触れ合えた被身子は、そのまま体を預けて体重を掛ける。癒々も癒々で、目の前の首筋に顔を埋めてたっぷりと息を吸い込みながら、容易くベッドに押し倒された。

 

「……昨日は、ごめん。もう平気」

「んぅ……。何でも教えてくれなきゃ、嫌いになっちゃいますよ? 全部くれるって言ったなら、私に隠し事は無しです」

「……話せないことも、たまには有る」

 

 ベッドの上で身を寄せ合いながら、お互いの柔らかさを堪能しながら。癒々は引き続き、嘘を吐く。被身子は、素直に胸中に有るものを吐露し始めた。

 

「その時は、……話せないって言ってください。公安に居るなら守秘義務とか箝口令とか、色々有るんでしょうし」

「……、分かった」

「でも、辛かったり悲しかったり、痛かったりしたら直ぐにでも教えて。些細な事でも大事な事でも、一緒が良いの。一緒じゃなきゃ、ヤ」

「ん。今度から、そうする……」

 

 ぎゅっと被身子を抱き締めて、被身子の首筋に顔を埋めて。それでも尚、癒々は嘘を吐く。自身の身に何が起きているのかを、これから何が起きてしまうのかを、隠そうとしている。いつの日かバレてしまう嘘だとしても、目の前の恋人をいつかは泣かせてしまうと分かっていても、今は真実を告げない。告げられない。最期が訪れるまで、彼女は嘘で真実を覆い隠してしまうのだろう。

 それが何よりパートナーを裏切る行為だと、果たして癒々は分かっているのか。

 

「分かってくれたなら、話は終わりです。次は昨日の分までイチャイチャしましょう! ねっ?」

「それなら」

「わ……っ!」

 

 覆い被さったまま満面の笑顔を浮かべた恋人の提案を聞くなり、癒々は簡単に体の位置を入れ替えた。まだコスチューム姿の彼女の腰に乗っかって、水色の患者衣を緩めて真っ白な肌を恥ずかしげも無く晒す。被身子が逃げられないようにしっかりと両手を抑え付けながら、彼女の耳元にゆっくりと顔を近付ける。

 

 そして、一言だけ囁いた。

 

 

「今日は、わたしの番」

 

 

 静かな宣告に、被身子は期待で体を震わせた。

 






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