わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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被身子の職場体験 Ⅷ

 

 

 

 

 

 

 出勤や通学をするのが億劫になってしまう程の大雨が、ざーざーと降っている。病室の窓から見える外の景色は、その殆どが大粒の雨によって覆い隠されているかのよう。病室内にすら届く雨音は激しく、途切れることは無い。しかも時折、冷えた空気が稲妻で揺さぶられる。梅雨と言うには憚られる程の雷雨ですっかり気温は下がり、六月にしては肌寒さを感じてしまうぐらいだ。 

 病室の窓から見える景色も、昨日とは全く違う。病院側が癒々に充てがった部屋からは、本来は車の往来が多い二車線道路や、この病院の正面玄関がハッキリと見える筈だ。しかし今朝は違う。目を凝らさなければ大通りも車も見えないし、もっとも目に付くのはヘッドライトの光ぐらいのもの。それも、雨に遮られて弱々しく見えてしまう。

 

 今日は仕事も外出も諦めた方が良いのでは? そう思ってしまう程の悪天候に覆われた景色を、窓に手を当てた癒々が黙って眺めていた。黄金色の瞳が何を見ようとしているのかは分からない。或いは、何も見ようとしていないのかもしれない。どうにも破天荒で常識知らずの彼女のことだ。訳の分からない事を考えてる可能性も、否定出来ない。

 少し乱れた患者衣姿の白い少女は、窓に額を押し当てる。今朝はまだ散髪をしていないから、足首まで伸びた後ろ髪はそのままだ。前髪だって、胸どころか臍にまで届きそうな程に伸びてしまっている。

 

「癒々ちゃん癒々ちゃん。準備出来ましたよー」

 

 窓辺に佇み、微動だにしない癒々に今朝もコスチューム姿の被身子が声を掛けた。彼女の側には、背もたれの無いパイプ椅子と大きなゴミ袋、塵取に手箒と言った掃除用具。更には、散髪用のハサミと櫛を握っている。

 毎朝、起きたら愛しい彼女の髪を整える。それはもはや、癒々と寝食を共にしている被身子の日課だ。今日は看護師に用意して貰った散髪道具を手に、恋人を招く。髪が伸び過ぎて不気味な様相になってしまっている癒々は静かに振り返り、足音ひとつ立てずにパイプ椅子に腰掛けた。

 

「今日はどんな感じに切ります? いつも通りで良いですか?」

「短く」

「えー? いつも通りが良いです」

「検査の邪魔」

「んー……。じゃあ……、いつもよりちょっと短めなイメージで!」

 

 長く伸び過ぎてしまった髪をどう切るか。それを決めたところで、被身子は慣れた手付きでハサミや櫛を操る。シャキシャキと小気味良い音がする度に、埃ひとつ無い床に落ちては広がっていく。外から聞こえてくる雨音も合わさっているものの、それでも二人が居る病室は静かだと言える。

 

「ほんと、毎晩すっごい伸びますよね」

 

 癒々の散髪をすることに、被身子はすっかり慣れているようだ。現に、こうしてお喋りを続けながらでも手が止まることは無い。伸び過ぎてしまった白い髪は、徐々に確かに短くなっていく。散髪を終えるまで、そう時間は掛からなさそうだ。

 

「体質だから。面倒」

「でもヘアアレンジし放題なのは、ちょっと羨ましいです」

「髪なんて、どーでも良い」

「こんなに綺麗なんですから、雑に扱っちゃ駄目ですよぉ。ね?」

「んー……」

 

 ヒーローよりも恋に生きたい華の女子高生としては、せっかくの綺麗な髪を雑に扱って欲しいとは思わない。

 雪のように真っ白で、指を通せば直ぐに解ける。絹のように滑らかで、触り心地も抜群に良い。それは少し癖っ毛な被身子からすれば、とてもとても羨ましい。だからこそ、癒々自身にも大切にして欲しいと彼女は思う。残念ながら、当の本人は髪に無頓着なのだけれども。

 

「んー、横と後ろはこんな感じにしましょう。じゃあ次は前髪ですね」

 

 順調に髪を切り進めている被身子が、一度散髪の手を止めて立ち位置を変える。癒々の真正面で中腰になって、今度は臍まで伸びた前髪に櫛を通したりハサミを当てたり。全体のバランスを気にしつつ、軽やかに切り進めていく。その間、癒々は微動だにしない。黄金色の瞳が映すのは、楽しい日課をこなす被身子だけ。熱烈な視線を送っているように見えなくもない。

 そんな癒々の視線に気付いた被身子は、にんまりと笑う。指で前髪を掻き分けて、顕になった恋人の額に、音を立ててキスをした。

 

「んふふ。大好き」

「わたしも」

「ぇへへ。退院したら、またデートしましょうねっ」

「ん。デートしよ」

 

 さらっと次のデートの約束をしたバカップルである。被身子は大喜びで、柔らかな笑みを浮かべながら散髪を再開。癒々は静かに瞼を閉じて、まるで石像のように動かなくなった。ただ、匂いは嗅いでいるのだろう。静かにではあるが、大きく息を吸い込んでいる。

 

 こうして。静かにゆっくりと、時間が過ぎて行く。やがて散髪は無事に終わり、今日の癒々は普段よりは短めの髪型となった。その後で床に散らばった髪を仲良く掃除して、髪が詰まったゴミ袋は様子を見に来た大独活に押し付けたりもした。それから。

 

「ん、ちゅっ」

「んん……っ。もぅ、朝からなんて……♡」

 

 大独活が居なくなって直ぐ、二人は唇を重ね合わせた。お互いに抱き締め合って手を繋いで、流れるようにベッドに向かおうとして―――。

 

「おいトガ。時間になったら出て来い」

 

 眉間に皺を寄せた相澤先生がやって来たものだから、今朝のイチャイチャはここまでになってしまった。尚、被身子は盛大に嫌そうな顔をして担任を睨み付けたのであった。癒々はと言うと、相変わらずの無表情で窓の外を気にしていた。

 

 

 

 

 

 

 愛しい恋人との触れ合いを邪魔されたのだから、被身子は不機嫌極まりない。こんな雨の日でも、職場体験は中止になったりしない。しかも「今日もパトロールだ」とイレイザーに告げられたものだから、更に気を悪くした。例え合羽(カッパ)を着ていたとしても、豪雨の中で街中を巡回すれば多少は雨に濡れてしまう。

 パトロールになんて行きたくない被身子だったが、それでも職場体験をサボることは出来ない。ヒーロー活動に興味や関心が持てなかったとしても、ヒーロー科に在籍し続ける為には職場体験を通じて原点(オリジン)を見付けなければならない。見付けなければ、除籍となってしまう。癒々の為にも、除籍だけは何とかして避けねばならないのだ。

 

 ……とは言え。未だ被身子は自分の、ヒーローとしての原点を見付けることが出来ない。明日の夕方には、職場体験が終わってしまう。その時、何か原点(オリジン)と呼べるものをイレイザーに示すことが出来なければ除籍になってしまう。

 癒々ばかりを優先して来た被身子だったけれども、除籍される日が近くなると流石に焦り始めて来たようだ。

 

(……このまま行くと、やっぱ除籍……ですよねぇ……)

 

 数メートル先すら見通せぬ豪雨の中。支給された白い合羽を来た被身子は、先を歩くイレイザーの背中を追いながら思考を巡らせる。何とかして除籍だけは避けたいのだけれど、こんな時に限って上手い言い訳が思い付かない。

 視界すら狭める激しい雨が、合羽越しに全身を叩いて音を立て続ける。もうすっかり足が濡れてしまって、歩く度に不快な感覚が足裏に伝わる。先を進む相澤が何かを言っているが、今の被身子の耳に届くのは雨音や雷鳴だけだ。もしくは、可愛い恋人の声ぐらいのものだろう。

 黒い合羽姿のイレイザーは、今日も今日とてやる気を見せない教え子の様子に溜め息を吐く。小言のひとつも言いたいところだが、敢えて何も言わずに足を動かす。

 二人がセントラル病院から外に出て、既に十数分程が経過している。豪雨のせいで、今日のパトロールは順調とは言い難い。それでも街の安全の為に、牛歩でも街を見回らなければならないのだ。

 

 豪雨の中、外に出てから既に一時間は経とうとしている。病院近くの住宅街を見回っても、こんな天気では誰も出かけていない。このパトロールにどんな意味が有るのか分からない被身子は首を傾げたり、深い溜め息を吐く。その時。

 

「追い付いた」

「えっ」

「は?」

 

 思わぬ声が後ろからして、被身子もイレイザーも足を止めて振り返るしかなかった。

 

「ゆ、癒々ちゃん……? 何で??」

「念の為。今日は戻って」

「えっ。……ええっとぉ……」

 

 振り返った二人の目に入ったのは、ビニール傘を差した癒々だった。病院で検査をして居る筈の彼女が、どうして此処に居るのか。特に何の説明もすることなく、問題児の片割れは被身子の手を引いて踵を返す。が。

 

「待て七躬治。何故外に居る?」

 

 直ぐにイレイザーに呼び止められて、足を止める羽目になった。

 

「抜け出した以外、何が有るの?」

「おい、勝手な真似をするな。お前は警護されてる身だろ。そもそも検査はどうした?」

「どーでも良い。そんな事より……」

「わっ!?」

 

 話の途中。癒々は軽く膝を上げ、力強く地面を踏んだ。結果、アスファルトが大きな音を立ててひび割れる。急な行動に被身子は驚き、イレイザーは更に険しく顔を顰める。癒々本人を除くこの場の誰もが、癒々の行動も思考も理解が追い付かない。

 ……とは言え、それはそれとして。被身子は内心、大喜びだったりする。事情も理由も分からないけれども、自由気ままな恋人が勝手に検査を抜け出してまで、わざわざ迎えに来てくれたのだ。

 職場体験よりも癒々。ヒーロー活動よりも癒々。そんな被身子からしたら、事情だの理由だのは知ったこっちゃない。そんな事よりも、喜ばしさの方がずっと勝る。

 

「……直ぐ戻って。パトロールなんて、どーでも良い」

「……はぁ……。戻りながら説明しろ。どういうつもりだ」

 

 眉間の皺をそのままに、イレイザーは説明を促しつつ来た道を戻り始める。その直ぐ後ろを、手を繋いだ問題児二人が並んで歩く。 

 急に癒々が姿を見せたことで、すっかりパトロールどころではなくなってしまった。今頃病院は、行方不明になった癒々を探して大騒ぎになっているのだろう。相澤先生は、癒々の担任として各方面に頭を下げて回る羽目になりそうだ。

 

「今朝から視線が鬱陶しい。わたしの被身子なのに」

「……ナロクか?」

 

 癒々の説明を聞いたイレイザーは、真っ先に(ヴィラン)連合の一員であるヒーロー殺しを思い浮かべる。目の前の問題児と瓜二つの姿をした、凶悪な敵。彼女の目的が何であるかは定かでは無いものの、ひとつ確かな事がある。だからこそ、被身子には彼やオールマイトが護衛に付いているのだ。

 

 けれども。

 

「違う。あの子以外の誰か」

 

 警戒心を強めたイレイザーの問い掛けに、癒々は首を振って否定した。

 

「分かった、直ぐに戻るぞ。だが七躬治、そういう訳ならまずは周りの大人に」

「お説教も、どーでも良い。被身子」

「んふふ。はぁい」

 

 すっかり笑顔になった被身子は、少し先を歩く恋人の隣に身を屈める形で寄り添った。相澤先生や癒々と違って、周囲を警戒するような素振りは全く見せない。それどころか、相合傘を楽しんでいるようにすら見える。その姿は、端から見れば能天気そのものだ。ついさっきまでの機嫌の悪さは、いったい何処に消えてしまったのやら。

 そんな能天気な様子の恋人の手を取って、癒々は真っ直ぐ病院へ向かう。絶えることの無い雨音の中で、周囲を警戒しつつだ。

 

 こうして。今日の被身子の職場体験は終わりを迎える。得体の知れない何者かが教え子を狙っていると分かった以上、相澤としても呑気にパトロールをしている場合ではない。ヒーローとしても教師としても、生徒の安全が第一なのだから。

 

 

 

 

 

 






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