わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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被身子の職場体験 Ⅸ

 

 

 

 

 

 

 

 今日はもう止みそうにない雨の中。またも勝手に病院から抜け出した癒々はパトロール中の被身子(ついでに相澤)を連れ戻した。二人を連れて外から戻った彼女が真っ直ぐ向かったのは、病室ではなく医師や看護師の為の休憩室。公安や警察、ヒーローの為に病院側から貸し出されている一室だ。ノック一つせずに扉を開けると、大独活が大慌てで誰かに電話している姿が目に付いた。

 彼からすれば、またも無許可で保護対象が外を出歩いたのだ。公安職員の一人として、警察やヒーロー、更には看護師や医師に迅速な通達を入れるしかない。その最中に癒々が戻って来たのは、不幸中の幸いと言うべきだろう。

 

「ほんとにもう……! 勝手に抜け出さないで欲しいなあっ!?」

 

 勝手に出て行って勝手に帰って来た癒々を見た大独活は、怒りと安堵が入り混じった顔をして問題児に詰め寄る。が、体格差の大きい大の大人に詰め寄られても、小さな彼女はどこ吹く風だ。反省する素振りなど一切見せぬまま、被身子と共にソファへ腰掛ける。

 閉め切った扉に寄り掛かる相澤先生はと言うと、癒々の問題児っぷりを前に深い溜め息を吐き散らかす。眉間に寄った皺が深い。

 

「……すみません大独活さん。後で俺からも厳しく言っておきます」

「……はぁ……。頼みますよイレイザー。いやマジで」

「と言うわけだ七躬治。お前な、もう少し自分の状況を考えろ。そんな調子で居られちゃ、信用を失うことになる」

「どうでも良い」

「おい」

 

 呆れ怒る担任からの忠告すら、癒々は受け止めようとしない。忠告もお説教も、今の彼女にはどうでも良い。そんな事よりも、優先しなければならない事が有るからだ。

 

 

「本題に入る。被身子の警護を強化したい」

 

 

 癒々にとっては、被身子の安全が最優先だ。元々、これは公安にもオールマイトにも頼んでいた。理由はともかくとして、あのナロクが被身子を狙っているのは事実であり、それ相応の警護を被身子に付けなければならない。だからこそ、オールマイトが頼られた。公安にも、癒々本人にも。

 通常、平和の象徴が警護に付いてくれるのであれば誰でも安心するだろう。だが癒々は、オールマイトだけでは足りないと思っているようだ。

 

 問題児の懇願に、大独活は険しい顔になる。それは癒々の意図が分からないからだ。渡我被身子には、既に最高峰とも言えるボディガードが付いている。なのに何故、癒々は更なる警護を求めるのか。

 そして。癒々の言葉に、被身子は首を傾げるしかなかった。大人達同様に、彼女も癒々の意図が分からない。

 

「……はぁ……。それはどうして? オールマイトに、イレイザーも居る。警察の手だって借りてる。これ以上の警護は無意味でしょ?」

 

 半ば投げやりな態度になりつつも、大独活は首を横に振った。彼の言う通り、これ以上の警護は無意味となるだろう。既にオールマイト、イレイザーヘッドが被身子の警護に付いているのだ。二人のプロヒーローが協力してくれてる上に、警察の力だってある。今以上に警護を増やしたところで、徒に人員を使ってしまうだけだ。そして人員には、どうしても限りがある。

 

「心配なのは分かるけど、これ以上の警護は逆効果になるよ。それに今の「もう良い。被身子の警護はわたしがする」

 

 大人の話を遮って、癒々は勢い良くソファから立ち上がった。守りたい恋人の手を乱暴に引いて、部屋を出ようと歩き始める。……が、直ぐに立ち止まる羽目になってしまった。それは事態を見守っていたイレイザーが、扉の前から動こうとしないからだ。

 

「待て七躬治。せめて警護を増やして欲しい理由を話せ。ナロク以外の誰かが、渡我を狙っているんだろ? そしてその誰かが、今朝から渡我に近付いている。

 だから念の為に、警護の手を増やして欲しい。……そういう意図で間違いないな?」

「だったら、何?」

「きちんと話せ。ばぁさんにも、ちゃんと説明しろって言われただろ」

 

 担任教師に道を阻まれ睨まれたからか、或いは相変わらずの何処吹く風なのか。自分勝手が過ぎる癒々は口を閉じ、冷え切った無表情を崩さない。間違いなく、意固地になっている。

 そんな恋人を間近で黙って見ていた被身子はと言うと、癒々の髪を撫でたり頭頂部に顎を乗せたりと好き勝手している。ついでに緩く抱き締めたりなんかもして、こんな状況下でも癒々成分を補充中だ。緊張感の欠片も無い。

 

「……とにかく。下手に警護を増やしても仕方ないでしょ。周知はしておくし、警戒もしっかり強めるよ。それで良いかい?」

「そうして。もう部屋に戻る」 

「……はぁ……。ではイレイザー。念の為、このまま二人の警護をお願いします。交代要員は後で送りますので」

「それが妥当でしょう。

 ……ついでに渡我。パトロールが出来ない分は座学で済ます。ちゃんと受けろよ」 

「えぇーーっ? ヤ!!」

「おい」

 

 ひとまず。話はいったん纏ったようだ。最後の最後に被身子が不真面目な態度を見せたものだから、相澤先生は髪を逆立て目を光らせた。

 

 

 

 

 

 

 被身子を狙う何者かの存在により、彼女及び癒々に対する警護は強まった。厳戒態勢が敷かれたものだから、病院内部は静かに物々しくなっている。もっともそれは、特別個室の外での話だ。癒々の為に充てがわれた部屋の中はと言うと、ぐだぐだした雰囲気で満ちていた。

 

 原因は、机に突っ伏した被身子にある。

 

 今日はもうパトロールをしないで癒々とイチャイチャ出来ると思っていたのに、何故か病室の中で座学を受ける羽目になってしまった。目の前には何処からか運ばれて来たホワイトボードと、ホワイトボードペンを握った担任教師。愛しの恋人は、カーテンを閉め切った窓際で椅子に腰掛け瞼を閉じている。どうやら耳を澄ましているようで、優れた聴力で外の音を聞き分けているようだ。

 

「改めて、もう一度問うぞ。渡我、お前の原点は何だ? ヒーローを目指す理由や動機は? 何で雄英に来た?」

 

 まっさらなホワイトボードに大きく書かれたのは、原点の二文字だ。

 

「……そんなの無いです。雄英には癒々ちゃんが一緒に行きたいって言ったから、来ただけですぅ」

 

 やる気は微塵も無く、姿勢を正すつもりもない被身子である。机に突っ伏して不満しかない顔をしているが、それでも担任の質問に答えるのは、追加で説教されたり座学が長引くのを避けたいからだろう。不真面目に真面目、或いは投げやりだ。

 

 とは言え。たった今、被身子が口走った事は事実でしかない。癒々が一緒に行きたいと言ったから、一年掛けて勉強し、雄英を受験した。そして合格。現在はこうして、ヒーロー候補生としての日々を不真面目に送っている。

 

 故に。ヒーローを目指す理由も動機も、原点だって彼女には無い。この職場体験中に原点を見付けなければ除籍と言われているが、無いものは無い。そもそも見付けようが無い。

 

「……この世の中、多くの子供は幼い頃にヒーローに憧れる。そして本気でなりたい奴がヒーロー科に入るんだ。

 大抵、最初は憧れなんだよ。……お前に、そういうヒーローは居たか?」

 

 不真面目極まりない問題児ではあるけれど、それでも渡我被身子は相澤先生の生徒である。これまた事実であり、この事実が有るからこそ彼は被身子を教師として教え導く。どうやら今回は、丁寧にひとつひとつ進めていくつもりのようだ。

 

「居ませんけど。ヒーローなんて、ちっちゃな頃から興味無いのです」

「なら、まずは興味を持つことから始めろ。今直ぐに憧れろとは言わんが、今後参考になるヒーローぐらいは見付けられるだろ」

「……どーでも良いです」

 

 ヒーローに興味を持てと説かれてやる気が出るのなら、被身子は最初から原点探しに苦労などしていない。ヒーローに興味を持つぐらいなら、最新のファッション誌を買った方がよっぽど楽しい。小難しい授業や訓練を受けたりするよりも、癒々と触れ合っていた方がずっと楽しくて幸せだ。デートしたりイチャイチャしたり、チウチウしたり。ヒーローなんかよりも、そういう事を考える方が被身子は得意だ。

 

 今、興味が有るのは癒々だけだ。被身子の心の占めるのは、自由奔放が過ぎる恋人の事だけだ。例え在籍の為とは言え、ヒーローの事を考えるつもりなど少しも無い。

 

「少しは焦れ。このままじゃ除籍だ」

「それは分かってますけどぉ……」

 

 興味もやる気も無かったとしても、除籍されることは避けておきたい。癒々との学園生活は捨て難く、手放したいとは思えない。が、このままでは除籍は確実。担任は手厳しいものの、親身ではある。その期待に応えたいとまでは思わないものの、癒々の望みは無下にしたくない。ならば無理矢理にでも、被身子は自分の  原点(オリジン)とやらを見つける必要が有る。

 

「……はぁ……」

 

 やはり、どうしても気乗りしないようだ。大きな溜め息を吐きながら、被身子は鈍い動きで体を起こす。椅子の背もたれに体を預けて、天井を見上げる。

 

(……ヒーローなんて興味無いの。興味無いものに憧れなんて無いですし。ヒーローを好きに思えたら、少しは違ったり……?)

 

 ぎゅっと瞼を閉じて、眉間に深い皺を作った被身子はそのまま沈黙を保つ。何とか考えようとしているものの、直ぐに答えが思い浮かんだりはしない。

 

(ぶっちゃけ、もう私は癒々ちゃんが居ればそれで良くって。他の事なんて、やっぱりどーでも良いような……。癒々ちゃんはカァイイし、ちょっと自分勝手だけどほっとけないし。

 それに、初めてだもん。私のこと、ちゃんと分かってくれようとしてくれた人。分かってくれる人。私の為に色々無茶を押し通して、それで……。って、あ)

 

 ふと、被身子は何かを閃いたようだ。面倒くさいだけで染まっていた表情が、笑顔に変わる。急に口の端を吊り上げる様子は、何か悪巧みをしているように見えなくもない。そんな教え子の前に立つ担任は、呆れしかない溜め息を長々と吐く。

 

「じゃあもう、トガは癒々ちゃんみたいなヒーローになります。原点探しはそれで良いですか?」

「……そう言うからには、それなりの理由が有るんだろうな?」

「……えーー……っとぉ……」

「おい」

 

 癒々のようなヒーローになる。被身子の口から飛び出した軽々しい言葉に、相澤は何の真剣味も感じられない。彼からすれば、ふざけているようにしか見えないのだ。現に問い質してみれば、答えに困って言い訳を考え始めたとしか思えない素振りをしている。

 

「……えっと。癒々ちゃんは私に色々してくれて、今……私はとっても幸せで。あの日、きっと私は心を救われたのです。だから、なるんだったらそういうヒーローになりたいなぁ……とか?」

「人の心を救うヒーローになりたいと?」

「そうそう。そんな感じ、……ですかねぇ」

 

 思ってもない事をその場しのぎで口走ったようにしか聞こえない。除籍を誤魔化そうとしているのは明白で、やはり真剣味など僅かでも感じられない。そして、相澤先生はそんな不真面目を見逃すような節穴ではないのだ。

 

「論外だな。言うだけなら誰でも出来る」

 

 被身子の言い訳は、バッサリと切られてしまった。

 

「もっと真面目に考えろ。お前の言ったことはな、プロでも難しい」

 

 人の心を救う。それは決して、簡単な事ではない。ヒーローだけに限らず、誰かの心を救うのは至難と言える。思い付きで口走って実現できるなら、誰もが心に悩んだりしないのだから。

 けれども、彼は少し思索する。腕を組みホワイトボードに寄り掛かって、被身子と癒々の二人をしっかり視界に入れた。しばしの沈黙。やがて。

 

「……本気でその道を行くなら、俺が見る。まずはトガ、捕縛布を覚えよう」

「ヤです! 可愛くないので!」

「四の五の言うな。身を守る術はひとつでも多く覚えとけ。俺やお前の個性は、個性だけ扱えれば良いってものじゃない。

 基礎は一ヶ月で叩き込んでやるから、覚悟しておけ」

「えーー……」

 

 相澤先生のお言葉に、被身子は更にテンションが下がった。ヒーローに興味が無い彼女が、捕縛布を教えると言われても喜ぶことは無い。むしろ余計な時間を取られると思って、気が滅入る。ヒーロー活動なんかよりも、癒々との時間を一秒でも多く取りたいのだ。

 

 そして癒々は、相変わらず瞳を閉じて音を探っている。が、二人のやり取りは聞いていたのだろう。薄く両目を開いて被身子や相澤を一瞥した後に、また直ぐに瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

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