わたしのヒーローアカデミア   作:Plot Must Die

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被身子の職場体験 Ⅹ

 

 

 

 

 

 職場体験。その最終日がやって来た。

 

 この一週間はヒーロー候補生にとって、実に有意義な日々だったのだろう。学校の外に出て、プロヒーロー達の仕事に従事する。現場でしか得られない経験を各々が積み重ねて、一回りも二回りも成長出来た筈だ。まだまだ夢の舞台は遠いけれども、決して辿り着けぬ場所では無い。1年A組の生徒達は誰もがそう実感した。ただし、問題児二人を除いて。

 

 七躬治癒々は、職場体験の最中に入院する羽目になってしまった。本当に僅かながら、かなり念入りに検査しないと分からない程の僅かな異常が、彼女の心臓に現れてしまったからだ。職場体験は実質中断だ。そして公安は、癒々を隔離保護しようと裏で動き始めている。この件について、まだ当人には何の報せも届いていない。彼女をどう説得するか、頭を悩ませている段階だ。

 

 そして、渡我被身子は。

 

「どーなってるんですかこれ……っ!!」

 

 半ば無理矢理学ばされている捕縛布の扱いに、苦心していた。

 昨日までの大雨は何だったのかと問いたくなるぐらいに、よく晴れた朝。愛しの彼女と頬や首筋に触れ合う軽いスキンシップを楽しんでいたところ、相澤先生に連れ出されてしまった。

 

 訓練場所として選ばれたのは、水溜りで眩しい病院の屋上。担任教師に投げ渡された捕縛布を教えられた通りに投げて見たものの、最初からお手本通りには行く筈はなく。仕方なく何度かチャレンジしてみるものの、捕縛布の先端が真っ直ぐ飛ぶことは一度も無い。的代わりにされた転落防止フェンスに届きもしない。もはや意味不明とも言えるこの技術が、何の役に立つのかも分からない。既に放り出してしまいたいと思っているぐらいだ。

 屋上に居るのが被身子と相澤先生だけだったなら、彼女はとっくに音を上げていただろう。

 

「難しくない。簡単」

「癒々ちゃんにはそうかもしれないですけどぉ……!」

 

 捕縛布を学ぶ為の訓練を、癒々は見学していた。既に個性による遠距離攻撃(デコピン)を持っている彼女には必要の無い技術だが、被身子が駄々を捏ねたので一緒に屋上に出た。なお、未だ被身子の警護は解かれていない。一晩経って厳戒態勢は解かれたが、癒々自身は一切警戒を緩めていない。

 

「面ではなく、点で投げる意識をしろ。大きく振りかぶってもブレるだけだ。ほら、もう一度だ」

「えーー……? いや、説明されても分かんないですけど?」

「大丈夫。簡単」

「じゃあお手本っ。癒々ちゃんがお手本見せてくださいっ!」

 

 被身子的には可愛さの欠片もない捕縛布が、癒々に押し付けられた。最初からやる気など欠片も無いが、何度かの挑戦で更にやる気を無くしてしまった被身子である。誰がどう見ても不貞腐れていて、機嫌を直すには手間取りそうだ。

 そんな恋人を見た癒々は、すっかり膨れた被身子の頬を指でつつく。それから一歩距離を取って、肘と手首を使って捕縛布を投げ飛ばす。的代わりの金網フェンスなど視界に入れていない。が、それでも癒々が投げた捕縛布は真っ直ぐ突き進んで、見事フェンスに直撃。その後、手首を僅かに動かしただけで網目にしっかりと絡み付いた。

 

「ほら、簡単」

「何で一回で出来るんですか……」

「……? 一度見れば出来るでしょ?」

「それは癒々ちゃんだけですよぉ……」

 

 あっさりと。実にあっさりと捕縛布を投げて見せた癒々である。彼女からすれば、捕縛布の投擲に難しさなど無い。イレイザーと同じように操れる筈だ。その証拠として、金網に巻き付いた捕縛布を手首を捻るだけで軽々と解き手元に引き戻す。

 

「肩から手首。それと指」

 

 すっかりげんなりとしている被身子に一歩近付いた癒々は、可愛い彼女の肩から手首までを指先でなぞる。最後にはぎゅっと指を絡めて、しっかりと手を繋いだ。隙あらばイチャイチャするバカップルを見て、イレイザーは溜め息を吐いた。文句のひとつでも言い出しそうな顔をしている。が、実際に文句が飛び出ることはない。

 自由奔放が過ぎる問題児達が、少なくとも今は真面目に訓練に取り組んでいるのだ。些かスキンシップが過ぎる気がするが、被身子を指導する癒々は至って真面目に見える。

 

 その上。たった一回の説明と実演で、問題児の片割れが容易く捕縛布を扱って見せたのだ。これには流石のイレイザーも目を丸くせざるを得なかった。

 

「振り幅は小さく、腕力は使わない。……ほら、もう一回」

「ん、んん~……っ? 全っ然分からないのです……!」

 

 癒々が何を言っているのか理解が追い付かない被身子は、どうせ出来やしないと投げやりになって捕縛布を放る。結果、捕縛布はやけに波打ちながら宙を舞い水溜りに沈む。その様子を黙って見ていた癒々は、今度は被身子の肘を摘んだ。

 

「肘」

「だから、出来ないですってぇ……!」

「……?」

 

 ごねる被身子を前に「何で出来ないの?」とでも言いたげに、癒々は首を傾げる。可愛い彼女の期待には応えたい被身子ではあるが、出来ないものは出来ない。何度説明されても理解が追い付かず、不貞腐れてヤケになってしまう。これでは捕縛布の扱いを覚えることは出来ない。……が、こればっかりは仕方ない事だろう。

 

 そもそもとして。捕縛布はイレイザー・ヘッドが六年も掛けて体得したものだ。そんな代物を一度お手本を見ただけで再現出来てしまう癒々がおかしいのであって、被身子には何の落ち度も無い。何なら言葉足らずの説明が伝わると思っている癒々の方が悪い。

 

「肘。もう一回」

「……むーー……。じゃあ、出来たらご褒美ください! ご褒美っ! じゃないと、もう止めます……っ!」

「ん。出来たらご褒美」

「なら、もーちょっと頑張ってみます。もーちょっとだけ!」

 

 ……こうして。被身子は癒々からのご褒美欲しさに、捕縛布の訓練に取り組んで行く。相変わらず不貞腐れた表情をしているし、動きはヤケになったままだ。それでも、もう少しだけは頑張ってみるようだ。

 

 この日。被身子が正しく捕縛布を投げれたのは、たったの一回だけである。

 

 

 

 

 

 

 結局。被身子は休憩を挟みつつも、朝から夕方まで捕縛布の訓練を続ける羽目になった。可愛さの欠片もない硬くて長いだけの布を的に向かって投げ続ける訓練は苦痛でしかなく、何度逃げ出そうと思ったか分からないぐらいだ。しかし可愛い恋人がご褒美をくれると言うので、仕方なく頑張り続けて見せた。

 そうこうしている内に日が暮れて、くたくたになった被身子が癒々に抱き付いていると、今日で職場体験は終了とイレイザーに告げられた。原点探しについても一旦は認めて貰えたので、除籍と言う最悪の事態は何とか回避。取り敢えず、今後ともヒーロー科に在籍していられるようだ。

 

 つまり、これで思う存分に癒々とイチャイチャすることが出来る。目前に迫っていた除籍を何とか免れることが出来たことも有って、清々しい開放感から検査着姿の恋人に鬼気迫る勢いで迫ったりもした。何ならベッドに押し倒した。……が、被身子を待っていたのはまさかのお預けである。何故ならば、大好きな彼女の首筋に噛み付こうと大きく口を開いた瞬間に、担任・副担任が揃って顔を出したからだ。

 

 そのタイミングの悪さに、被身子が不貞腐れるのも無理は無い。癒々はと言うと、惜しむ素振りは欠片たりとも見せずに身体を起こす。

 

「……何の用?」

 

 無粋な教師達を睨み付ける被身子の頭を撫でつつ、いつも通りの無表情で淡々と問い掛けた。はだけそうになっている患者衣を直しもせず、訪ねて来た大人二人を真っ直ぐに見詰めている。

 場所も時間も弁えないバカップルを目にした相澤先生は今日何度目になるか分からない溜め息を吐き、オールマイトは真剣な顔付きで問題児達が居るベッドに向かって一歩近付いた。

 

 そして。被身子にとっては喜ぶべきことで、癒々にとっては喜べないことをハッキリと口にする。

 

「七躬治少女、渡我少女。二人にはしばらく休学して貰う方向で話が纏った」

「はい?」

 

 唐突に告げられた休学に、被身子は小さく首を傾げる。どうして急に休学の話を持ち掛けられたのか、彼女には理由が分からない。そこにどんな事情が有るのかは全く分からないが、少なくとも悪い気はしない。恋人との学校生活は楽しいが、勉学自体は煩わしい。人間関係だって、もうそろそろ面倒だ。

 

 今は、癒々さえ居れば良い。癒々以外はどーでも良い。膨れるに膨らんだ独占欲と執着心が大いに悦んで、唐突なお預けで沈んだ気分が、徐々に浮き上がってくる。

 

 そんな被身子とは違い、癒々の気分は上がらない。むしろ休学を告げられてしまったことで、ゆっくりと沈んで行く。無表情は崩さぬままにオールマイトから目を離し、今度は相澤先生を見詰め始めた。

 

「何で?」

「……それについては、自分が一番分かってるだろ。少し頭を冷やせ。渡我まで休学なのは、公安の意向だ」

「休学なんてしない」

「七躬治少女にその気は無くても、これはもう決まった事だよ。明日から暫くの間、雄英には来ないように」

「わたしは、休学しない」

「大人しく受け入れろ。お前のような生徒に無茶をさせる程、雄英(うち)は愚かじゃないんだ」

「休学、しない」

 

 教師達に休学を告げられた癒々が、大人しく頷くことはない。そもそも言葉だけで簡単に納得するようなら、彼等も苦労しないのだ。心臓に異常があろうと、既に命の使い道を決めている彼女が引き下がるような真似をする筈もなく。これは火を見るよりも明らかな事だ。しかし、大人達は平静を保っている。言うことを聞かない問題児を前にしても、頭を抱えない。

 

 つまり。癒々の反発は、雄英にとって想定内だ。

 

 素直に頷こうとしない問題児を前に、相澤先生は再び溜め息を吐く。それから、ゆっくりと口を開いた。

 

「お前が素直に言うことを聞くとは思っちゃ居ないよ。だから公安や根津校長と協議の上、別の案も持って来た」

「それで?」

「一ヶ月だけ様子を見る。雄英は出来る限りの事をする方針だが、きちんと大人しく過ごせ。お前は一番の問題児だからな。

 ……後の事は、公安と協議を重ねた上でもう一度話す。良いな?」

 

 どのような協議が雄英と公安の間で行われたかは、相澤先生の話を聞いた限りでは不明瞭だ。とは言え、癒々の居ない場所で彼女の処遇が決まってしまったことは確かだ。これでも配慮されている方だろう。

 何せ、教師達は心臓の件を口にしない。被身子には伝わらぬよう、気を配ってくれてはいる。

 

 だがそれも、時間の問題だ。いつの日か、被身子が真実を知る時が来る。その時、何がどうなるのかは分からない。

 

 相澤先生からの通告に、癒々は固く口を閉じる。何も言い出さないけれども、黄金色の瞳は間違いなく不満を訴えている。そんな恋人に抱き付いたままの被身子が、小さく手を挙げた。

 

「……えっと。そもそも何で癒々ちゃんも私も休学なんですか?」

「色々と目に余るからだ。渡我もそうだが、七躬治は好き勝手し過ぎる」

「癒々ちゃんの好き勝手はいつもの事なのです」

「だから問題になってるんだよ、渡我少女。どんな些細なことでも、これからは見過ごすことは出来ないんだ」

「これからは好き勝手せず、大人しく過ごせ。分かったな?」

 

 学校生活の中でも、ヒーロー活動の中でも、七躬治癒々は好き勝手を積み重ねて来た。教師の言う事も公安の指示にも従わず、ろくに報連相もしないままに好き勝手に動いて、周囲を振り回す。そんな真似を続けて来た彼女だからこそ、今後は何一つ見過ごすことは出来ない。癒々の命を守る為に、こればっかりは譲れない。

 

 だけど。それは癒々にとって、鬱陶しいだけのものだ。OFAの為に、残った命を使い切る。それが生き残ってしまった彼女にとって、何よりも優先すべきこと。誰が何と言おうと、被身子を悲しませることになったとしても、優先順位は変わらないのだから。

 

「どーでも良い。出てって」

「いや、七躬治少女」

「出てって。わたしの命なんて、どーでも良い」

 

 何があろうと、何が起ころうと、癒々の意思は変わらない。もうこれ以上話すつもりは無いと言いたいのか、教師から目を背けて横になる。それはまるで、目の前の現実から逃げているかのよう。

 

 だからこそ。相澤先生もオールマイトも、黙っては居られない。被身子だって、癒々の物言いを快く思っていない。

 

「おい。そんな言葉を口にするな。

 無駄にして良い命なんて、何処にも無いんだ」

 

 そう。無駄にして良い命など、何処にも無い。これからも未来が続く若者が命を投げ出そうとしているのなら、大人は止めに掛かる。大人でなくたって、命を投げ捨てる様な真似を簡単には見過ごせない。

 

 けれども。その物言いは、相澤先生が言った正しい言葉は―――。

 

「だったら、あの子達の命は無駄にして良いの?」

「―――なに……?」

「あの子達の命は、無駄だったの?」

 

 低く、唸る。いつもとは、明らかに様子が違う。無表情で何を考えているのか分からない、いつだって自分勝手に振る舞って周囲を振り回す。それが七躬治癒々だ。

 

 けれども今、彼女は明らかに。誰が見ても分かり易く。

 

 

「わたしが何もしなかったら、みんなは何の為に死んだの?」

 

 

 腹の底から湧き上がるものを、胸の内で暴れ回るものを、確かに露わにしていた。

 

 

「癒々ちゃ―――」

「わたしが、生きてたらっ。役に立たなかったら、みんなは何の為に……っ!」

 

 これまで何が、七躬治癒々を動かしていたのか。自分の事をろくに語ろうとしない彼女が、何を抱え込んでいたのか。どうして自らの命を、蔑ろにしていたのか。

 

 その理由が嘆きとなって、苦しみとなって、内ではなく外に向かって振り撒かれる。溢れ出る感情で黄金色の瞳は僅かに揺れて、喉の奥から絞り出される声は確かに震えて。

 

 

「だから、誰も邪魔しないでっ。この命を、使い切らせてよ……っ!!」

 

 

 ―――この日。大人達は、何が癒々の心に巣食っているのかを突き付けられた。よく考えなくとも、こうなることは癒々に関わって来た大人は気付けた筈だ。先んじて動くことだって、出来た筈だ。そうしなかったのは、今日まで彼女が何も話さなかったから。心の内に抱え込んでいる重圧を独りで抱え込んで、誰にも話そうとしなかったからだ。

 

 けれど。今日になって、今になって、癒々はひび割れた本心を曝け出した。

 

 それはあの日、オールマイトに救けられてしまったからこそ植え付けられた罪悪感。そして、自らの命を「どーでも良い」と蔑ろにしてしまう衝動。

 

 

 ……つまり。七躬治癒々は、サバイバーズ・ギルトだ。

 

 

 

 

 

 






今回で今章「被身子の職場体験」は終わりになります。とは言えあと二つ、オマケがありますが。
前章もそうでしたが、今章も目標は癒々の情報開示と言うことで、まぁあれこれと開示出来たかなと。記憶の断片とか心臓とかPTSDとかね。同時に書けなかったこともあり、そこは次章拾います。

次章もいつも通り更新不定期ですので、気長にお待ちいただけたらなと。
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