わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
「ふあ……っ。ん、んんっ」
朝七時。緩いオフショルダーニットをパジャマ代わりに着ている血塗れの
まだまだ起きる気配が無い同居人を数秒見詰めた後、先に起きた少女は欠伸を繰り返しながらベッドを出た。冬の寒さにちょっと顔をしかめながらも、彼女は真っ直ぐ部屋を出てキッチンへ。
欠伸と共に出た涙をそのままに、首筋を手で擦りつつシンク横の水切りラックからマグカップを二つ取る。
戸棚から袋詰めのココアパウダーを取り出したところで、もう一度欠伸。その時
『電話が来た!』
リビングにオールマイトの声が響いた。朝からNo.1ヒーローの元気な声を聞いた彼女は溜め息を吐き、ココアを淹れる手を止めて渋々とリビング部へ向かう。ソファの上に放置されていた可愛くないスマホを手に取り、電話に出ること無く着信拒否。そのまま電源を落として、ソファに向かって放り投げた。
「癒々ちゃんはまだ寝てますよー、っと……」
その一言を発すると同時に、ドロリと癒々の身体が溶けた。液体のような何かが彼女の全身を伝ってゆっくりと床に向かって落ちてく。次の瞬間リビングに立っていたのは、血塗れのオフショルダーニットを着ている被身子だった。
彼女の個性『変身』は、他者の血液を摂取することで、その人間に姿形を変えることが出来る。以前までは相手が着ている服も再現する形で変身していたので、全裸になってから個性を使わないと服が重なるなんて珍妙な事態が起きていた。けれど個性因子が成長した今では、服も再現して変身するか、肉体だけを変身させるか選べるようになっていた。
それは癒々の血を摂取し続けたことによって生じた、個性の成長がもたらしたもの。知らず知らずの内に変わっていたこと。被身子自身、自分の個性が成長していることを知ったのはつい最近だ。その原因が癒々の血にあることを、彼女は知らない。
元の姿に戻った被身子は再びキッチンへと足を運び、温かなココアを淹れていく。甘い香りが漂い始めると、寝室の方から人が動く物音が聞こえた。癒々が目を覚ましたのだろう。まだ寝惚けているのか、変な呻き声を上げている。
ココアが入ったマグカップを両手に、被身子は寝室に戻る。するとベッドの上で体を起こした癒々が、目蓋を閉じたまま両手を突き出して待っていた。
「癒々ちゃん、ココア飲みます?」
「……飲む。おはよぅ被身子……」
「おはよう。今日も訓練?」
「今日は……お休み……」
「じゃあ、私とゆっくりしよ? 疲れてるよね?」
「ん……ゆっくりする……」
目を閉じたまま温かいマグカップを受け取って、癒々はうつらうつらと船を漕ぐ。昨晩ベッドやパジャマが血塗れになるまでチウチウされたからか、単に公安での訓練で疲労が残っているのか、今すぐに二度寝してしまいそうだ。それでもしっかりマグカップを両手で包んで、ちまちまとココアを飲むのだから食い意地……もとい飲み意地が張っている。
そんな寝惚け少女を横目に、被身子はベッドに腰掛ける。温かくて甘いココアを一口飲むことで、彼女は一息ついた。
「……んぅ、被身子……」
「なーに癒々ちゃん」
「ギュッてして……」
「こっち来て。ココアひっくり返しちゃ、駄目ですよ」
「……んー……」
未だに両目を開こうとしない癒々はマグカップ片手に膝立ちで動き、やがて被身子との隣にぺたんと座る。すっかり甘えることを覚えてしまっている彼女に、もう遠慮というものは無いのだろう。被身子も癒々に抱擁を求められて、悪い気はしない。
直ぐ隣に座り込んだ少女の肩を抱き寄せると、少し寒さが和らいだような気がした。癒々は基礎代謝量が高く、つまり体温が高めだったりする。寒い冬に抱き寄せるにはぴったりだ。小さく細く、それでいて柔らかな体を片腕で抱き締めると、じんわりと温い。まるで人間湯たんぽか何かである。
「しばらく、訓練はお休みだから」
「……公安は好き勝手し過ぎなのです。休むなって言ったり、休めって言ったり」
「そうだね。なんか今、雄英と揉めてるんだって……」
「雄英と? 何で?」
「知らない。どーでも良い」
実は現在、公安と雄英は少々揉めていたりする。そのせいで癒々に構ってられないのか、或いは年始ぐらいは休ませてやろうと言う気遣いか、どちらにしても癒々はしばらく訓練とは無縁の生活を送れる。世間は正月休みだ。二人でのんびりと過ごすにはちょうど良い機会なのかもしれない。どこかに出掛けるのだって悪くはない。
せっかくだから初詣ぐらいはしようかと、被身子は考える。癒々は被身子に言われたら、何だって付き合ってくれるだろう。
とは言え、今朝の癒々はもうしばらく動けそうにない。昨晩、白いベッドシーツの大部分が真っ赤に染まるまで出血したのだ。個性のお陰で体調に問題無いが、代わりに体力を使ってしまった。午前中は二度寝に費やしてもおかしくない。
結局被身子は何も思い浮かばなかったので、取り敢えずココアを飲みながら癒々を抱く腕の力を強める。すると抱き寄せられたままの彼女は、被身子の胸に顔を埋めた。
お互いの温もりを感じながら、二人はのんびりと朝の時間を過ごす。身を寄せ合ってじっとしていると、少しずつ目蓋が重くなってきたような気がする。もう一度横になって、思う存分惰眠を貪るのもたまには悪くない。
血とココアの香りが充満した寝室の中で、被身子はゆっくりと目を閉じる。が、次の瞬間に癒々がマグカップの中身をぶち撒けたので、二人は二度寝をするどころでは無くなってしまった。
■
血とココアが染み込んだシーツや衣服を洗濯機に任せて、仲良く二人でシャワーを浴びた癒々と被身子はダイニングで朝食を取っていた。モコモコしたロング丈のルームウェアを着た被身子はカップスープをちびちびと啜り、同じ服装をしている癒々は焼きたてのトーストを齧っている。リビングに置かれたテレビが朝八時過ぎを伝えてくれたが、彼女達はどちらも時間なんてものは気にしていない。今日は一日ゆっくりするとお互いに決めているし、何か特別な予定が有るわけでもないのだ。
黙々と朝御飯を食べている癒々が四枚目のトーストに手を伸ばすと、インターホンが来客を告げた。しかし彼女は食べる手を止めない。カップスープを飲みきった被身子は、さっきから手元のリモコンを使いザッピングをしている。繰り返しインターホンが鳴っても、動こうとしない。
この家にやってくる来客は、基本的に出前の配達員か公安の人間しか居ない。朝から出前を頼むなんて真似は流石にしていないので、何度も呼び出しベルを鳴らしているのは公安だろう。気の毒なことだが、彼女達は無視を決め込んでいる。
鳴り続けるインターホンをしばらく放っておくと、来客は諦めたのかベルを押さなくなった。五枚目のトーストを食べ終えた癒々は皿を持ってキッチンに向かい、洗い物を水に浸ける。その後彼女はリビングのソファまで歩き、放置されていたスマホを手に取った。
電源を入れたことで癒々はオールマイトからの着信が有ったことを知るが、掛け直すことはせず手の内のスマホをポケットに入れる。と、その時。玄関の方から大きな音が響く。思わず二人は玄関の方を見て、被身子は溜め息を吐いた。癒々は特に反応を示さない。
「あー、二人とも。これ外してくれると嬉しいんだけど」
僅かに開いたドアの隙間から、
わざわざ玄関の扉にドアラッチをしてあるのは、防犯意識からそうしているわけではない。毎日送迎の為に顔を出す大独活を、家の中に上げないようにする為だ。癒々は家に誰が入ってこようと特に気にすることは無いが、被身子はそうじゃない。年頃の女の子としては、親しくもない男性に家に上がられたくないからだ。ここが公安によって用意された住まいであっても、入居者にはプライバシーと言うものがある。被身子と癒々はとても他者には見せられない秘密を共有しているのだから、尚更に。
しかし被身子も癒々も、公安によって監視されている立場だ。公安からすれば、万が一を考えたら二人を野放しにしておくことは絶対に出来ない。だから何があっても良いように、合鍵を持っている。基本的に使うことは無いのだが、今回は少し事情が違うようだ。
「おーい。聞いてる? ちょっと癒々ちゃんに話したい事が有るんだけど」
わざわざ朝からここに来るのだから、本当に話したい事があるのだろう。普段は使わない合鍵を使って中に入ってこようとするぐらいだ。余程大事な話を持ってきたのだろう。だけど被身子は、とても話を聞く気にはなれない。癒々との時間を邪魔されることが、どうしても我慢ならないからである。
「帰ってください。今日は駄目です」
玄関に向かって、被身子は少し荒げた声を出す。今の彼女は大独活の顔も見たくないと思っている。早急に帰って欲しいぐらいだ。
「君にも話があるんだ。癒々ちゃんの為と思って聞いて欲しい」
「……」
「被身子」
「えー……。ヤです」
癒々の為に。と言われ、癒々に促されても、被身子は動く気にならない。大独活の話を聞くことが本当に嫌なのだ。それだけ彼女は、公安と言う組織を信用していない。
動かない被身子を見て、癒々は真っ直ぐ玄関へと向かっていく。そんな彼女を見て、被身子は不貞腐れた表情になる。数十秒後、大独活が家の中に入って来た。
「今日は休みなのに済まないね。用件は直ぐに伝えるから」
トレンチコートを脱ごうとともしない大独活が、遠慮もなくダイニングテーブルに着いた。勝手に対面に座られて、被身子はますます機嫌を悪くする。目の前の彼がこういう素振りを見せた時は、大抵ろくな話にならないと知っているからだ。
ダイニングに戻って来た癒々は椅子に座ること無く、不機嫌となってしまった被身子の隣に立つ。椅子は二つしかないので、大独活に椅子を使われてしまったら座るも何も無いのだが。
「それで、朝から何?」
「高校入学の件で色々としておかなきゃならない話があってね。公安から君達に幾つか要望があるんだよ」
「どうでも良い」
「まぁ、そう言わずに。実は今、公安は雄英とめっちゃ揉めてる感じなんだけど」
「知ってる。このあいだ聞いた」
「その訳は、君達二人の扱いを全て任せて欲しいなんて雄英が言ってきたからなんだ。もちろん公安としては、猛反対」
公安からすれば、雄英の申し出はとても受け入れられるものではない。癒々の個性は厳重な管理が必要なものであり、幾ら平和の象徴を育て上げた学校だったとしても全てを任せることは出来ない。公安は雄英のセキュリティの高さを知っているが、それでも癒々を守るには足りないと思っている。その上、根津校長の真意が見えない。彼が口にしていた言葉は教職者として正しいものだったが、公安は裏に何か有るのではと勘ぐってしまう。
いっそのこと、学校なんて行かせずに公安だけで教育していた方が良いのではないか。そんな案を公安内部が考え始めているのも事実だ。
「それで、公安はどうしたいの?」
「幾つか折衷案を考えてる。それとは別に雄英に探りを入れることになるんだけど、そこで彼女を使いたい」
公安は雄英の腹積もりが何であるのかを探っておきたい。その為にはあらゆる情報が欲しい。そこで白羽の矢が立ったのは渡我被身子だ。彼女の個性は情報収集には最適であり、雄英から出された条件もあって都合が良い。
要するに公安は、雄英を探るため被身子に協力しろと言っている。だがその為には、まず乗り越えなければならない点がひとつある。
「怒るよ。大独活」
渡我被身子を公安の利益の為に使う。それは確実に七躬治癒々の機嫌を損ねる行為だ。現に話を聞いた癒々は、眉間に皺を寄せている。無表情で居ることが多い彼女が、感情を露にすることは珍しい。それだけ被身子が公安に利用されることが嫌なのだ。
彼女は、渡我被身子に固執している。言い換えれば、それは七躬治癒々の弱所であり逆鱗。犯罪者に拘る理由など公安からすればまるで分からないが、とにかく癒々にとって被身子とは何者にも触れられたくない部分なのである。だから公安は今まで、被身子に干渉するつもりはなかった。
しかし今回、雄英からの主張が原因で癒々の逆鱗に触らずは居られなくなってしまったのだ。
「公安は、君を引き入れる為に渡我被身子の罪を無かったことにした。同級生への殺人未遂も、善良な一般市民を殺害したことも、全部包み隠したんだよ」
「知ってる」
「我々は彼女に利用価値があると判断したから、彼女を癒々ちゃんの側に置いておくことを由とした。最低限の監視を付けてね」
「知ってる。だから何?」
今、被身子が何のお咎めもなく生活出来ているのは、公安が癒々の機嫌を損ねないように立ち回っているからに過ぎない。癒々を手中に収め、彼女を管理していく為に。そうしておけば、取り敢えず癒々は従順にしてくれるからだ。
だが今回の件。公安は癒々を守るために動かなければならない。その為だったら、癒々の機嫌を損ねることも厭わない。多少強引な手を取ってでも、だ。もちろん、彼女を高校になんて入れないという手段もある。そうしてしまった方が何かと手っ取り早く、あれこれ揉める必要も無くなる訳だ。
「……癒々ちゃん、君を守るためなら公安は何だってする。それだけ君の個性が特別で、野放しに出来ないからだ」
「回りくどい。はっきり言って」
「……渡我被身子に公安で働いてもらいたい。癒々ちゃんを守るために」
「帰って。話にならない」
「癒々ちゃん」
「帰って。これ以上は本気で怒る」
取り付く島もない。結局公安が選べる選択肢は二つに絞られた。雄英の条件を飲むか、癒々を高校に通わせることを諦めるかだ。
結局。大独活は不機嫌になってしまった癒々を前に、これ以上交渉をすることは出来ないと断じ、大人しく席を立つ。二人の話を聞いていた被身子は最後まで口を出すことは無かったが、立ち去っていく大独活の背中に向かって舌を出した。どんな事情が有るにしろ、公安で働くなんて選択肢は彼女には無い。癒々も、そんな真似は絶対にさせたくない。
大独活が去った後、癒々は被身子の膝上に腰掛けた。そのまま彼女の首に腕を回して、ぴったりと密着する。
「大独活の言うことなんて、聞かなくて良い。公安の言うことだって……」
「うん。聞かないし、聞きたくない」
「だから、被身子はここに居て」
「もちろん。離れるつもりなんて、これっぽっちも無いです」
思わぬ邪魔が入ってしまったけれど、彼女達は再びお互いを感じながらのんびりとした時間を過ごしていく。今日は朝から一緒に居られるのだ。好きなだけ肌を寄せ合えるし、二人で好きな事だけをしていられる。折角の休日はまだ始まったはがりで、時間はたっぷりとあるのだ。
『電話が来た!』
また、オールマイトから電話が来た。今日は誰も彼もが、間の悪いタイミングで二人の邪魔をしようとする。
ポケットからスマホを取り出した癒々は、被身子に抱き付いたまま電話に出ようと指を動かす。が。
「駄目です。今日は、私だけ見て」
被身子にスマホを取り上げられて、電話に出ることは出来なかった。
またプロットを殺しました。癒々が公安の言いなりにはなるとは思わなかったので。
次話執筆中ですので、次回更新は来週ぐらいもしれません。明日までに間に合えば更新します。