「トレーナー!」
宅配便かと返事をするより先に、ドアを開け飛び込んできたのは我が担当。
次の瞬間、俺は彼女に飛びつかれていた。
「シービー!? 家に帰らなかったのか!?」
「今ウイニングライブ終わって来た! 無事でよかった!」
暖房の風に温められたフローリングは少しだけ心地悪い。
だが、それ以上にシービーと俺が面と向かっているということが嬉しかった。
「俺のことなら連絡が行ってるだろ。大丈夫だって」
「でも、ホントに心配したんだよ! 急に倒れたりして!」
俺の言葉にシービーはさらに強く腰に抱き着き、俺の腹に顔を押し当てる。
シャツが少し湿ってきた。きっと涙だろうな。後でメイク落とさないと。
「シービー、話がある」
とりあえず上体だけ起こして、震える耳の間をポンと叩いた。
むくりとこっちを向いたシービーはきょとんと涙目で首をかしげる。
「前、俺に付き合ってたウマ娘がいるって話したよな」
「うん、なんかアタシに似てるって言ってた」
嫉妬を思い出したのか、シービーはただでさえ赤い頬をさらに染めて膨らませる。
「それなんだが……俺は、お前に隠し事をしている」
一言一句が鉛のように重かった。それでも少しづつ俺の正直な決意を吐き出していく。
「隠し、事……? なんのことなの?」
「それは言えない。今はまだ……お前に伝える勇気がない」
「どうして……?」
骨を取り上げられた犬のように耳を垂らして、シービーは俺の瞳を覗く。
ペリドットにも似た輝きが心苦しかった。しかし目を逸らさぬよう、俺は強く彼女の肩を掴む。
「シービー聞いてくれ。俺の過去に何があったのか、それはまだ言えない。だけど、俺はお前を大切な担当だと思ってる! これからもずっとお前を支えていきたい!」
自分でも情けないと思った。何一つ核心に触れない上辺だけの弁明。
「俺はお前を信じる! だから、だからどうか、お前も俺を信じてくれ……!」
掴んだ腕の力が抜けた。火事場の馬鹿力が終わったように、冬なのに汗がどっと溢れる。
彼女の顔を覗いた。気恥ずかしそうに肩をもじもじと揺らしていた。
「……アタシも、トレーナーに話したいことがある」
シービーはウマ乗りの姿勢から立ち上がり、鞄からひとつの紙袋を取り出した。
「なんだ?」
「開けてみて」
手渡された軽いそれのマスキングテープを剥がして、柔らかい中身を取り出す。
「これは?」
「プレゼント。ひいらぎで勝ったら渡そうと思ってた。でも渡せなかった」
袋の中身は腕時計用のクリーナー。かなり厚手の長く使えるタイプだった。
恐らく、時折俺が愛おしそうに腕時計を拭くのを見ていたのだろう。
「ありがとな、嬉しいよ。けどどうしてプレゼントなんか……」
緊張が冷めると、当然の疑問が湧いてきた。
なんでこんな特別な贈り物をわざわざ包んで送ってきたのか。
第一シービーとはまだ1年目、そこまで親密では無いはずだ。
嫌だったわけではないが、そこがどうにも引っかかっていた。
「だって、今日クリスマスじゃん」
「あ……そうか」
壁に掛けたカレンダーを見る。今日はクリスマス当日、祝日だ。
大人になってプレゼントを貰わなくなり、子供にプレゼントをやることもデートをする相手もいなくなってからは、すっかり年末調整の時期に認識が上書きされていた。
そうか、学生にとって今日は特別な日なんだな。
「もしかして忘れてたの?」
「あぁ、もうおじさんだからな」
「トレーナーはまだ若い!」
「誰に怒ってるんだよ、それ」
くだらない話、シービーと初めてできた、他愛もない話。
不思議と勇気がこみ上がってくる。未来と同じだけ、過去に向き合う勇気が。
「ねぇトレーナー?」
いつもの調子に戻ったシービーが俺の手を握る。緊張はしなかった。
「どうしたシービー?」
「今日、泊っていってもいい? ここからだと家に間に合わない」
シービーは少し気恥ずかしそうに耳の裏を掻いた。
俺は沈黙を作らぬよう、目を見て言葉を返す。
「部屋は綺麗にしろよ」
「やった!」
かつて彼女と住んでいた部屋。今はひとり寝に帰る部屋。
けれど今日一日は、この特別な日だけは、お前と暮らす部屋になれるかもしれない。
そうすればきっと、いつかお前に打ち明けられるかもしれない。
そう淡い期待を込めて、けれど真実を知られぬよう、おれはシービーの目を盗んで黒髪のぱかぷちをクローゼットに隠した。