youthful beatiful   作:SLあーもんど

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シービーが知らない間の話。


シービーとクリスマス(前編)

「シ……ビー……行かないで……くれ……?」

 

 背中に感じる柔らかな感触と暖房の風で目が覚めた。

 夢を見ていた。また、彼女を喪った日の追憶を。

 寝起きの身体が重い。たしか今日は中山レース場に出向いて、シービーと仲直りできなくて、それからパドックで倒れて……

 今日を思い返すにつれ、五感が段々と機能を取り戻していく。

 白い壁紙と天井。壁掛け時計が秒を刻む音。持ち帰った書類の匂い。

 

「ここは……」

「先輩の家です。鍵は大家さんに開けてもらいました」

 

 パドックで倒れたはずの俺は、いつの間にか自宅のベッドで寝ていた。

 右を向くと、そこにいたのはいつもの白い髪に青い目。

 

「オガミか……迷惑をかけたな」

「いや、僕は大丈夫ですよ。それより先輩、最近寝てました?」

「待ってくれ、えーと……3日前に仮眠はとったぞ」

「先輩、確実に疲労からの失神じゃないですか……もっと身体を労わってください。タクシー代は僕持ちでいいですから」

 

 話を聞く限り、どうやら倒れた俺をここまで運んだのは後輩らしい。

 労いに似た叱責に困惑していると、着の身着のままスーツ姿の彼を押しのけ枕元に座る影ひとつ。

 

「その通りだトレーナー君。健康管理、体調把握は社会人の責務」

 

 紫色の制服。幼さの残る尖った赤紫の瞳。焦げ茶の髪に額の大きな流星。

 

「その声……君は先週の」

「あぁすみません、お邪魔させてもらってます」

 

 確かシンボリルドルフといったか、鹿毛の少女は社交辞令の笑顔を向けた。

 まだデビュー前なのにできたウマ娘だ。うちの事務員に欲しい。

 

「トレーナー君、お湯を沸かしてくれるかい?」

「はいはい、紅茶でいい?」

「病人だぞ……緑茶かほうじ茶だ」

 

 軽口を叩きながら二人はせっせと看病の手はずを整える。

 すると、突然その手が止まった。見ると、ルドルフのアメジストのような瞳が棚の上を気にしているようだった。

 棚の上を陣取っていたのは、あの時シービーがクレーンゲームで取ったぱかぷち。

 

「このぱかぷち……ミスターシービーのだな」

「ホントだ。でも髪の色が違う」

「髪の色? 私の見たミスターシービーは黒だったはずだが……」

「先輩が担当してる子は茶髪だよ?」

「牧野さんの担当?」

「うん、今先輩が担当してる子、ミスターシービーっていい名前だよね」

「ミスターシービーなら7年前に屋敷のパーティで会ったぞ。大人だった。私が一度会った顔を忘れるはずない」

「7年前? シービーちゃんは中等部だよ!?」

 

 二人は話が噛み合わない様子に右往左往していた。認識がずれていることになど気づく様子もない。

 無理もないだろう。普通同姓同名で同じ姿をした人間など、この世にいる訳がないのだから。

 二人はこちらを見下ろすぱかぷちに合わせるよう首をかしげる。何も言葉は発さず、組んだ腕は純粋な疑問に終始していた。

 ——ふと、俺の中にある考えが浮かんだ。突拍子もない考えだ。

 もしも二人の認識の齟齬を解けたら、こうなった経緯を洗いざらい伝えられたら。

 俺は少しだけ、この呪いから解き放たれるのではないだろうか。

 

「オガミ、それからルドルフ。話がある」

 

 数秒の長考の末、意を決して起き上がり口を開いた。頭を抱える二人が不思議そうにこちらを向く。

 そして、俺は全てを話した。

 俺には〝ミスターシービー〟という担当がいたこと。彼女を愛していたこと。けれど、彼女を喪ってしまったこと。その傷はまだ癒えていないこと。今いるシービーが彼女に何もかも瓜二つなこと。彼女との今まで。彼女が生き写しのように見えるたび、何度も強いストレスに襲われたこと……

 

「……なるほど。それは大変でしたね」

 

 後輩は同情するような、共感するような少し沈んだ声で一言を漏らした。

 当たり障りのない内容は気遣いと思うことにする。

 

「大変なんて思ってない。俺が勝手に傷ついてるだけだ」

「いえ……過去を想うように強く、強く未来を想い続けるのは凄く……難しいことです」

 

 ルドルフはそれがまるで自分の事であるかのように、奥歯を噛んで悔しさを露わにした。

 彼女ほどの状況把握力があれば、恐らく自分にできることがないことにも気づいているのだろう。

 余計なものを背負わせてしまったと、少しだけ心が痛む。

 だが、一度焼き付けた記憶を消すことはできない。

 俺は謝罪と懇願を込めて毛布に擦り付けるように、深く頭を下げた。

 

「オガミ、それからルドルフ、頼みがある。アイツには、シービーには黙っていてくれ!」

 

 しばらくの間、無音という気まずさが部屋を包んだ。

 当然だ。俺の言ったことは状況を何一つ好転させるものではないのだから。

 やがてゆっくりと、後輩が口を開く。

 

「どうして、こんな大事なことを」

「俺が苦しんでるのはあくまで俺の過去だ、シービーが背負うべきものじゃない。関係の無いことで、今のアイツに余計な心労をかけさせたくないんだ……!」

 

 語気を強めると同時に、俺は毛布の端を強く握った。

 過去に縋りつく思いと、未来を見つめる思い。そのどちらもが本物で、虚像だった。

 また数秒の無言が時間を貫く。窓の外はすっかり陽が沈んでいた。

 

「わかりました、約束しましょう」

 

 沈黙を破りルドルフが頷いた。

 意識が一点に向けられハッとなり、立ち上がった彼女を見上げる。

 

「ただし、ひとつ」

 

 鹿毛の少女は交換条件と言わんばかりに細身の人差し指を立てた。

 俺はごくりと緊張を飲み込み、指の先に注視する。

 

「バディは信頼関係が大事です。お互いがお互いを知ろうとするからこそ、常に万全のコンディションで戦えるんです。あなたが彼女を想うように、彼女もあなたに近づこうとしていることを忘れないでください」

 

 鞄を二つ纏めて、二人は立ち上がる。

 

「行こう、トレーナー君。今日はもう遅い」

「とりあえず、今日明日は安静にしておいてください。疲れも溜まってるでしょうし、書類は僕がやっておきます」

 

 最後に後輩が軽く会釈をして、ドアは閉まった。

 一人きりの、一人で暮らすには広すぎる部屋。

 一日中つけたままの腕時計を見る。革ベルトのクウォーツは19時過ぎを知らせていた。

 彼女から昇進祝いに貰った腕時計。彼女の時間が止まっても、この贈り物だけはチクタクと時を奏でている。その音が消えてしまわないように、そっとベルトを解いて、テーブルの上のケースに仕舞う。

 その時、玄関のチャイムがけたたましく鳴った。

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