奈落をかける流星   作:せっぷく

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奈落に続く1歩目

 

 

 その日、南ベオルスカの孤島にある唯一の街、オースは喜びで湧いていた。

街ですれ違う誰もが顔に笑顔を浮かべていた。その日は特別な日だった。探窟家の街オースの歴史に遺る大偉業が始まる日。

街の英雄である白笛が絶界行(ラストダイブ)を行う日だった。ソレは人間が帰ってこれる限界地点、深界5層より更に下、

海の底より更に深い遥か地の底にある最深部へと探窟に向かう探窟家達にとっては一等特別な儀式だ。

 

 アビスと呼ばれる大穴が人々に見つかってから1900年。誰一人として底を見て帰ってきた者は居ない。

大穴には人知を超えた化け物が跋扈し、途方もない価値を持つ遺物と未知が眠っている。数多もの人間が挑み、

その多くが喰われながらも残った者が解き明かせぬ未知を語り、消えていった者達以上の人々を熱狂させ、また大穴へ引きずり込んでいった。

 

 ある者は未知への浪漫に胸を躍らせ、ある者は国同士のパワーバランスさえ揺るがせる事が出来る遺物を求め、

ある者は危険に満ち溢れた冒険によって得られる名誉を求めて大穴に潜っていく。

彼等は皆、探窟家と呼ばれる者達。自分の命よりも価値のあるものを求めて人食いの大穴に挑み続ける命知らず共の名称だ。

 

 白笛とはその中でも数える程しか居ない探窟家の上澄みの中の上澄み、数々の冒険を成功させ生き残り続けてきた英雄。

その名前の通りの白い笛を首から下げて、先陣を切ってアビスの闇を照らし未知を既知へと塗りつぶしてきた偉大なるパスファインダー。

その白笛の絶界行(ラストダイブ)によってアビスの謎がまた一つ解き明かされる事を願い町中の誰もが祝杯を挙げていた。

 

 

 老いも若きも、男も女も、皆が皆ただ一人の旅立ちを祝福し、その勇気を称賛する。

詩人は彼女の名誉と功績を謡いあげ、劇作家は彼女の歩んだ人生を物語として海の向こうからきた客人達の目と耳を楽しませていた。

少女もまた感動に目を輝かせ、口には三日月を思わせる笑みを浮かべ、興奮で握りしめた手からは血が静かに滴り落ちていた。

 少女は持たざるものだ。自分を捨てたという親の顔は記憶になく、名前は顔も知らない親でもない誰かに孤児院に入れる為だけに付けられた。

少女の名前は「アキ」、名前の由来は空き家の捨て子、つまり「空白(アキ)」。故に彼女は自分には存在も名前にすら価値が無いと思っていた。

だからこそ、今のこの光景は彼女の心の奥底に突き刺さった。これがただの白笛であれば、少女も手の痛みすら感じていない程に熱狂などしていない。

 

 今回絶界行(ラストダイブ)をする白笛は元孤児だった。それも今自分が所属している孤児院出身の探窟家。その元孤児が探窟家として昇りつめて、

彼女の絶界行(ラストダイブ)に誰もが歓声を挙げている。そこには少女の無自覚に求めていた全てがあった。

溢れんばかりの称賛、祝福、名誉。そして忘れられる事のない伝説として名を遺す、少女が思い描く限り最高の存在証明。

 

 あぁ、偉大なるかな殲滅卿。アキは今まで殆ど意識すらしてこなかったライザという名前らしい大先輩の事が大好きになった。

彼女のお陰で、アキはこの地に根付く憧れという名前の呪い、自分の胸の中にもあったその色と形をハッキリと自覚できた。

興奮に浮かされてようやく、アキはそれまで共感出来なかった感情を魂で理解した。

 

 

「それぐらい賭けなきゃ、憧れに指すら届かない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから2年、今日は赤笛を貰って、アビスで初めての探窟を行う記念すべき日だ。アビスの土を踏み、一歩踏み出すだけでも心が躍る。

ついに見ていただけの世界だったものが、手に届く世界へと今変わったのだ。

 今、アキが立っているのは深界1層の「星見の丘」。深度100Mまで続くアビスの入り口、別名「奈落門」とも呼ばれる場所。

位置によっては直系1キロの丸い大穴が一望できる開けた場所で、植生は豊か。

原生生物の種類も数多いが縄張りに入らなければ大人しい類が大半を占めている。

天気は雲一つない快晴、日差しが眩しく肌を焼く暑さを感じるものの、大穴から吹き抜ける風が暑さを中和してくれる。

 

 空にはツチバシが飛び交い、遠くからその鳴き声が耳に届く。少し下った場所にある広く背の高い草の群生地には、

ヒトジャラシの群れがいるのだろうか、草に混じってピンと高く伸びた尻尾が草をかき分けて動き回っていた。

遠くから見るだけだったものが今目の前に広がっている事に思わずアキの頬が緩む。

 

 

「アキ? アキー? ちょっとぉ! ぼぉっと突っ立ってないで早く行きましょ!」

「あぁ、ゴメンねドロテア。初めての探窟って考えると、色々感慨深くなっちゃって……」

 

 

 声をかけられてアキの半ば飛んでいた意識が浮上する。気が付けば桃色の眼と髪をおさげに纏めた女の子、ドロテアが少し呆れた顔をして立っていた。

アキはそんな彼女に対してへにゃりと笑みを浮かべながら探窟帽ごしに後ろ頭をかいた。

ドロテアの隣では茶と緑の目のオッドアイが印象的な金髪の少年が心配そうにアキの様子を伺っている。

 

 

「大丈夫……? アビスでは次の瞬間何が起こるか解らないって言うし、あんまりぼうっとしない方が……」

「大丈夫大丈夫、もう意識は切り替えたから。ティアレだって私の勘の良さは知ってるでしょ?」

「キミのは勘が良いの一言で済ませて良いのか、ボクには解んないんだけどね……」

 

 

 ティアレがため息を吐きながら目を瞑る。大丈夫とでもいうように片目を瞑って笑みを浮かべているアキは信じられない程に勘が良い。

何となく、そう思ったからという理由で行動した時の彼女が失敗した姿をティアレは見た事がないぐらいだ。

化け物染みた勘の良さに対しては未だに慣れないし、多分慣れる事はないんだろうなぁと思いながらティアレは笑うアキをジト目で見つめた。

 赤眼赤髪、うなじまで届くか届かないかの長さの髪を後ろに紐で一纏めにした女の子。

中性的とでも言うのだろうか、かなり顔の整った男子にも見間違われる顔立ちだが、髪型と目元の泣き黒子で辛うじて判別が効く。

断れない性格なのか色々な人から頼まれ事をされる子で、ティアレ自身もアキには色々と世話になっていた。

 

 

「あたしたち同期4人の中で誰が一番すごい成果が出せるか競争しましょ!」

「じゃあ、勝った奴が他の3人から、好きなオカズを一品貰えるって事にしようぜ!」

 

 

 アキとティアレが話し込んでいると何がどう話が進んだのか、ドロテアはこの場に居る4人の最後の一人である少年、

短く切った黒髪に吊り上がった太い眉が特徴的なラウルと賭け事を始めていた。

ドロテアが勝負事が大好きでラウルが負けず嫌いで直情的であるのを考えれば、放っておけばこうなるのは必然だったかもしれない。

 

 

「いいわよ! あたしは絶対負けないから! 憧れのライザ大先輩みたいな、すっごい探窟家になるんだもん!」

「またそれかよ……、同じ孤児院出身の白笛でスゲーとは思うけど、オレ達話した事すらねーじゃん! ほんと殲滅卿の事好きだよなぁ……、

 他にもそういう奴は居るけどよー。ま、いーや! それじゃ、みんな! さっさと採掘に向かおうぜ!」

 

 

 ラウルが意味ありげな視線を向けてきたのを察してアキはエヘンと胸を張る。ドロテアとアキは良く二人で殲滅卿の話で盛り上がっていて、

その話に嬉々として巻き込もうとしてくるのは男子二人にとっては良くある事だった。

違いがあるのは、ラウルはさっさと逃げて、ティアレは常に巻き込まれているという点だろう。

お陰でティアレは良い事か悪い事かは別として、重度の殲滅卿オタク達の話に付いていけるまで知識量が備わってしまった。

 

 年齢が同じな彼らが集まって何かするとき、率先して場を引っ張っていくのは大方ラウルかドロテアの何方かだ。

ティアレは自分から前に出る性格ではなく、アキも見守る側に立つ事が多い。二人とも巻き込まれればちょっとした苦言は漏らすものの、

明るく好奇心と元気の塊のような彼等がやる事に付き合うのを楽しんでいる部分は確かにあった。

 

 そのまま4人で談笑を交わしながら星見の丘を下っていく。此処はまだアビスの中でも安全圏と教えられている。耳をすませば風、それに靡く草、

擦れる葉の音に鳥と虫の声に混じって、遠くからオースの街の工房が稼働している音とピッケルが岩を叩く音が聞こえてくる程度には街に近い場所だ。

人間の生存圏に近い場所でもある此処は安全な環境を保つ為に、探窟家組合も依頼という形で少しばかり手を加えている。

 

 談笑しながら周囲の光景や環境を目と耳で楽しんでいたアキは耳慣れない、何か楽器のような音が一瞬混じった気がして訝し気に顔を顰めた。

どうしても気になったアキは手で皆に対して合図を出して口の前に人差し指を立てる。

和やかな談笑がピタリと止まり、他の3人は何事かと警戒した目でアキを見ながらそれぞれピッケルやナタ、弓に手をかけた。

時間にして数十秒程の沈黙が流れる、その間に納得した者、違和感を感じた者、訝し気なままの者と反応が分かれていく。

 

 

「聞こえた?」

「うん、なんとか。よく気付いたね?」

「……あ、わかった! 音ね! 偶に変な音が聞こえるわ! 方向は……あっち?」

「音ぉ? ぜんぜんわっかんねー……見に行ってみっか。ドロテア、先導頼むぜ」

 

 

 ドロテアを先頭に静かに小走りで音が聞こえてきたと思われる方角へと近づいていく。近づくにつれて奇妙な音は大きくなり、下から聞こえてくるものだと4人は理解した。

近づくうちに丘の斜面が途切れて、その先は崖になっていた。崖下とはかなりの高低差があり、手持ちのロープでは下まで届かない事は明らかだ。

崖下を見回して音の発生源を捜しているうちにラウルが音の原因と思わしき生物を発見した。

 

 

「あいつは……かなりヤベー原生生物だ。たしか……『ツノナキ』とか言ったはずだ」

「大変じゃない! なんでこんな浅い所にあんなのが居るのよ!」

「ここよりもっと深い所に居るって話だったよね? 200M辺りからだったと思うけど……」

「うん、私もそこ辺りからだって聞いた。でも向こう側からこっちには来れそうにないから安心……?」

 

 

 崖下から少し離れた場所にツノナキが群れで居た。ティアレの言う通り、普通は200M辺りで姿を見かける原生生物であり、

50Mもない場所で見かける事は珍しい。4人は孤児院の授業で深い場所にいる原生生物は餌を探して上がってくる事があるのも聞いたことがあるが、

1層で上がってこなければならない程に餌が無くなるという事は無いとも聞いていた。

 

 

「これは、アレだ! 下にもっとヤベー原生生物が出て逃げてきたとかじゃねーの?」

「アキ、昨日の天気は雨だったよね」

「ん? そうそう、雨であ……あ~、タチカナタの縄張り移動?」

「そういえば雨の日に水場から水場に移動するって聞いたことがあるわね、でも成体の数って少ないって話だけど?」

「ま、今日はそれほど深く潜るつもりもねーし、少しは気を付ける程度でいいだろ。見かけたらすぐ発煙筒焚いて逃げるって事で!」

 

 

 賛成と声が揃う。探窟家は原生生物と戦う仕事ではない。時として戦わなければならない時はあるが、好き好んで戦う訳ではない。

目に付いた原生生物を片っ端からピッケルやナタを振り上げて突撃していく者は探窟家とは言わないのだ。

もしそれを行う者が抜きんでた実力を持っていない限り、言われる事は一つ。つまり、「鈴付きからやり直せ」だ。

それに今の4人はヒヨコが散歩しているようなものであり、ツチバシが一匹突撃してきただけでも全滅しかねないか弱い生き物でしかない。

孤児院では安全を期して必ず赤笛の探窟者には獣除け、鳥除け、虫除けのいずれにも使える発煙筒を常備させている。

 

 

「あたしたちに許可されてるのは100Mまでだけど、初めてだしその半分ぐらいでいいんじゃない」

「そーすっか、勝負にゃ負けねーからな!」

「オカズなんて欲しくないんだけどなぁ……」

「ティアレ、それは負ける気が更々ない人の台詞じゃない?」

「もちろんそれはそれ、これはこれだよ。あ、草むらと木陰には気を付けようね、何が出るかわからないから」

 

 

 一行はツノナキの観察を切り上げて改めて探窟場所を探して歩き始める。今日は初めての探窟というのもあって、

4人セットで星見の丘まで(深度100M)なら何処にでも言っていいと言われている。

其処までであれば、妙な所に行かない限り滑落の危険も原生生物の危険も殆ど無いと判断されているからだ。

 

 

「……キラキラしたお宝の気配を感じる。今日は此処を探窟ポイントにしよう」

「またアキが変な事言い出した……皆どうする?」

「お宝って、広いけど木と茂みに岩壁ぐらいしかないじゃない」

「まー、空からは襲われ無さそうだな。別にここでもいんじゃね?」

 

 

 暫く歩き、ロープを降ろして崖を下りを繰り返した所でアキが突拍子もない事を言い始めたのに対して全員の足が止めて肩を竦める。

ティアレの見た所、ある程度の広さがありヒトジャラシ等の小動物がいる事から、ゴコウゲの巣にはなっていない。

ただドロテアの言う通り、木と茂みと岩壁しか見当たらないが空からの視界も途切れる事から時間をかけて探窟する分には悪くない立地ではあった。

 

 

「で、実際のとこはどうなの?」

「探窟するにしても休憩するにしても丁度良いかなって。それに此処から先は崖を登るか、降りるかしないと進めないじゃない?」

「確かに崖をロープも無しで登るのは手間だね」

 

 

 そう言ってチラリと確認した深度計は48Mを指していた、これ以上降りると当初予定していた50Mを大きく超える事になる。

そうなると降りる選択肢も無くなる為、此処で探窟を行うのは判断としては妥当で理に適ってもいた。成程とティアレは大きく首肯して納得する。

 

 そんなティアレを後目に、アキは作業用手袋を改めてギュッとはめ直して探窟作業の準備を進めていく。背負っていた大きなバッグを木陰に置いて、

ズボンの背中側に緊急時用の発煙筒を突きさす。少し不格好でお尻の骨に硬い筒が当たって動きにくくなるが、身の安全を考えれば贅沢は言っていられない。

アキは最後にバッグの横に固定していた大振りのピッケルを取り外して肩に担いだ。奥を見ればドロテアとラウルもバッグを木の下に置いて各自準備を進めている。

 

 

「それじゃおっ先~」

「茂みには気を付けなよー、あんまり離れないようにねー」

 

 

 やっとバッグを降ろしはじめたティアレにアキは軽く手を振って岩壁に向かって進む。見た所、何の変哲もないただの岩壁しかない。

授業ではこういう場所はピッケルで叩いて音が違う所を捜すか、岩の切れ目、もしくは明らかに人工物である石の板があればひっくり返せと教えられてきた。

その知識を元に現在地を改めて見回してみれば……奥はどうか解らないが、この近辺には岩の切れ目はなく石の板も無い。

となるとやる事は一通り周辺を見て回るか、地道に探るかの何方かしかない。

 

 少しの間、選択を天秤にかけて地道に探る事を選ぶ。一人で奥に行って安全を確保しながら見て回れるかと言われればアキにイエスと答えられる自信はなかったからだ。

ラウルなら奥に行く事を選ぶのだろう、探窟家としては慎重すぎたか? と苦笑いを浮かべつつ岩壁に耳を当て、コツコツとピッケルで叩いていく。少し移動しては叩き、更に少し移動しては叩く。

 

 

「んー、ここがちょっと音が違った? ……ん、違うね。せぇっの!!!」

 

 

 繰り返す事数百回、違和感を感じた場所で立ち止まり再度今度は強めに周囲と叩き比べをして音の違いを確かめる。

そして確信を得たアキは全力でピッケルを岩壁に向けて振り抜いた。2度、3度、4度とピッケルを叩きつけ岩を抉る。

何か見つけたのかと奥から3人が集まってやってきた気配を背中越しに感じる。

9、10、11。明らかに音が変わってきた事に後ろから小さく歓声が上がった。

 

 

「おぉ……、手が、手が凄い痺れる……」

 

 

 一度一度全力で振り抜いた反動が直に伝わって手どころか腕全体が痺れてきた。

他の探窟家も毎回これをやっていると考えれば、改めて彼等に対して尊敬の念が湧いた。

ピッケルが大振りなのも相まって、どうしても息も上がってしまう。身体能力も体重もまだまだ足りなさすぎると実感する。

 

 

「ふーっ、疲れた……ちょっと休憩」

「凄いじゃないアキ! ほんとに何かありそうな所あったじゃないの!」

「おあああ! あっつい!!」

 

 

 アキはキャー! と後ろから飛びついてきたドロテアを力づくで引きはがして、服の襟で髪から頬に伝っていた汗を拭う。

後ろを振り向けば男二人が感心した顔で此方を見ていたので、上着をパタつかせて体に風を送りながら満面の笑みでブイ! とピースを突き付けた。

間違いなく今日の勝負には勝った! アキには確信があった。しかしその確信も彼らの足元にある物体を見て一瞬で崩れていった。

 

 

「……ところで、それなに?」

「見てわからない? 遺物だよ」

「……え? うそ、もう見つけたの??? 早くない??」

「いやー、アキがキラキラしてる! とか言い出した場所だけはあるよね。

 有ると思って探したら、茂みに隠れてた石の板の下だとか、木の根の穴とかに隠されてた」

「言っとくと見つけた数はオレが1個」

「あたしも1個!」

「ボクが3個、でアキが0個」

「私が最下位!? うそぉ!!?」

 

 

 現実は残酷だとアキは嘆いた。確かに只管石壁を叩き続ける事に集中して他の事にはあまり気を配っていなかったが、

まさかもう見つけていたとは思いもしていなかった。ただ、コレに関してはアキの感覚がズレている。

集中していたアキの思っているより時間の経過は早かった。既に時刻は昼食を食べても良い頃合いになっている。

3人が近寄ってきたのは音に誘われたのではなく、休憩に誘いに来たのとアキが岩壁を掘り始めたタイミングが丁度かち合っただけでしかなかった。

 

 

「ま、続きは昼飯食ってからでいいだろ?」

「中に空洞があるのは確かだしねぇ、逆に昼以降はボク等が張り切らないといけないぐらいだよ」

「お手柄よお手柄! 何が見つかるか今から楽しみね! あ、それはそれとしてアキ、塩貸してくれない? 持ってきてるのは知ってるわよ」

「へ……? あ、うん。良いけど……。何だい、その目は? 携帯食の味変の為に一瓶持ってきただけだよ?」

 

 

 言い訳を重ねるアキに何も言わずティアレは無言で肩を竦めた。日帰り探索で調味料は普通持ち込まない。

ただ、アキなら持ってきているだろうという強い信頼があった。これは言うなれば、知ってたというやつだ。

 

 

「で、塩で何をする気なのさ?」

「茂みとか草むらで見つけたコレを捌いて塩焼きにするの! ちょうど4匹見つけたのよ、凄いでしょ!」

 

 

 そう言ってドロテアは少し離れた場所に設置された鍋に手を突っ込んで、中からワシャワシャと動くタチカナタの幼生を取り出した。

どうやら昨日の雨で別の水場に移動しきれなかった個体が隠れていたのを見つけたらしい。

暇な事をと一瞬頭に過り、3人が探していたと言っていた場所を思い出し草や茂みをかき分けているなら見つける事もあるかと考え直す

それよりもアキが気になったのは……

 

 

「鍋、持ってきてたんだ……」

「固形燃料もあるわよ? ラウルが料理下手な癖に持ち込んでたの! 原生生物を狩って肉を食べたかったんですって」

「それを言うなっての。別にいいだろ、そのおかげで新鮮な肉が喰えるんだぜ?」

 

 

 ラウルが顔を赤くしてそっぽを向く。そういえば移動中、やたらと周囲を警戒してる素振りを見せていたなと思い出した。

あの時アキは真面目に警戒してるなと思っていたのだが、実際はそういう事だったのかと納得する。実にラウルらしい動機だった。

 

 

「私はちょっと休憩させてもらうよ。だいぶ喉乾いちゃった」

 

 

 アキは上着と探窟帽を脱いで纏めてバッグの隣に投げ捨てる。何時の間にやら汗だくで全身が気持ち悪い。

気持ち悪さを誤魔化そうとバッグから取り出した水筒で頭から水を被る、非常に贅沢な水の使い方だった。

そのまま一本空にして頭を振って水気を飛ばす。頭と体に溜まっていた熱気が逃げて少しはスッキリする。

長く息を吐きながら、もう一本水筒を取り出して温い水を喉に流し込んだ。

 

 

「は~~~、染みる……」

 

 

 アキは木に背中と頭を預けて力を抜く。背中側に突っ込んでいた発煙筒がズボンから抜けてカランと音を立てて転がり、

丸めてひと固まりにした上着と探窟帽の塊に当たって止まる。アキはそのままぼんやりと帰りまでの水の消費について考えを巡らせる。

 

 持ち込んだ水筒は4本、残りは3。あとは昼食で一本、昼からの作業で一本、帰りに一本と考えれば十分持つだろう。

帰りに途中に流れていた川から水を汲んでも良い。1層に関してはあちこちにそのままでも飲用可能な水が多い事を考えれば、

持ち込む本数を減らしても良いかもしれない。

 

 

「アキ、塩を借りに来たよ」

「そうだった……、はいこれ」

「ありがと。……かなり疲れてそうだね、できるまでそのまま休んでおけば?」

「いいの? 喜んでさぼっちゃうよ?」

「どうせそんなに時間はかからない。それに料理はドロテアに任せた方が美味しく出来上がるからね」

「酷いなぁ……なら見張りは任せた」

「大丈夫、ちゃんと見てるよ」

 

 

 アキはゆっくりと目を閉じた。受け取った塩を届けにいっただろうティアレの足音が離れていく。

疲れてはいるが眠気自体は無い。そもそも寝入るだけの時間の余裕も無いから丁度いいかもしれない。

離れた場所で何か話している声が聞こえて、さっきと同じ足音が一つ此方に戻ってきて自分の目の前で止まった。

僅かに衣擦れの音がしたと思えば、上半身に薄い布が被せられた。目を開ければ、ティアレの上着が被せられている。

 

 

「あついんだけど……」

「見張りする以上コレをほっとくのは拙いから……

 キミのシャツびしょ濡れで張り付いてるから目のやり場に困るんだよね」

「……色々言いたい事はあるけど、コレだけ言っとくあ・り・が・と・う」

「どういたしまして」

「このまま話し相手になってくれない? どうせもうすぐでしょ」

「みたいだね」

「じゃあ、そういう事で」

 

 

 彼方ではもう下拵えを終えたのか鍋で肉を焼き始めた音が聞こえてきていた。きっともうすぐ呼ばれるに違いない。

邪魔者が臭いに釣られて寄ってくるのを嫌ったんだろう、風に乗って漂ってくる香りには獣除けに使われているものと同じ臭いが混じっている。

ティアレに聞けば、ドロテアが野草に関しての知識が深くさっきの探窟の時間に見つけたもので、即席の獣除けを作っていたらしい。

ラウルも木に成っていたヘグイの実を食事の後のデザート用として幾つか収穫している。

 

 

「探窟だけに集中してたのはボクとアキの二人だけって事だね」

「もうちょっと視野を広げないといけないかな?」

「周りが目に入らない程集中するのはどうかと思うよ?」

「アッハッハ、だよねー?」

「二人ともー! そろそろ焼けるから集合―!!」

 

 

 アキが笑って誤魔化そうとしていたら、ドロテアが大声で二人を呼ぶ。どうやら焼きあがったようだ、

鍋の前では既にラウルが自前の鉢を持って行儀よく座っていた。余程楽しみにしていたのがあまりにも解り易くて

思わずティアレと顔を見合わせて笑ってしまう。

 

 

「思ってたより早かったね?」

「そうだね、あぁそろそろ上着返して?」

「はいはい、それじゃ行こっか」

 

 

 上半身に被せられていたティアレの上着を手渡した後、隣に乱雑に転がっていた探窟帽と上着を指に引っ掛けながら立ち上がる。

焼けた肉の良い臭いに口の中に唾液が溢れ、腹の虫も大きく鳴った。

初めての探窟で美味しいものが食べられるとは全く思っていなかったのもあって心が弾む、浮かれていると言っても良い。

気が逸るに任せてアキはティアレの手を取ってドロテア達が居る場所まで駆け寄っていった。

 




 深界3層に探窟に行ってきます。無事帰れたら続くかもしれない



原生生物の説明


タチカナタ

 1層においてゴコウゲに匹敵するかそれ以上の危険度を持つ原生生物として知られている。成体になれば3M以上の巨大さとなり
エビのような外見に両腕のハサミ、背中の二股に分かれた甲殻も実は巨大なハサミになっている甲殻類の原生生物。堅い甲殻は並大抵の攻撃を弾き、
巨大なハサミは獲物を挟みこんだ際に、その速さと力で衝撃波が発生すると図鑑に書かれている。
 普段は大きな水場の中で過ごし、狩りの時は水を飲みに近寄ってきた原生生物を襲い水中に引きずり込む事や、陸に上がり直接ハサミで仕留める姿が目撃されている。
移動速度は陸上でも人間の全力疾走程度では逃げきれない程速い。しかし水場から遠く離れる事をせず、ある程度離れたら諦めて帰っていく性質を持つ。

 一番厄介な性質は、雨の日に成体から幼体問わず水中から上がって縄張りを変える個体が居る点であった。
雨の日のタチカナタは陸上に上がって新しい水場を探し始める。別の水場に移動しきれなかった個体は木陰や草影で眠り、
夜になれば再度移動を開始する。この生態もあり1層の水生生物において最も広く分布している。
雨後の草むらに無警戒に立ち入って、小さいタチカナタに足首をばっさり切り裂かれる探窟家は毎年何人か出ている。
 ただ、この原生生物の成体は数が非常に少ない。新しい水場に辿り着けず干からびる個体も数多くいれば、
崖から滑り落ちてペシャンコになる個体も多い、しかし根本的な問題は肉が非常に美味であるのと、幼生は子供が釣って食べれるぐらい全く脅威がない点、
この両方からツチバシを筆頭に数多くの原生生物の食卓に並ぶ人気メニューであるのと同時に、探窟家にも食材と素材両方の意味で好まれている。
幼生の時点でほぼ狩り取られるため成体になるタチカナタは極々一部であり、見つけるのが困難な程にしか生息していない。
それでいて絶滅していないのは卵の大きさが非常に小さく桁外れの数を成体が生まれるまで腹に抱えて育てるからだが、成体になるのはそのうち1~2匹であるという


ヘグイの実

 1層にしか植生していないヘグイの木になる果実。毒はなく、そのままもいで食べる事が出来る。外見は林檎に近い。
味は悪くなく、料理の隠し味にも使われる事がある。1層のあちらこちらに生えている為、入手難易度は低い。
ヒトジャラシの好物で、目の前に投げると駆け寄ってきて貪り始める。
赤笛の中ではそれを見たさにヘグイの実をヒトジャラシの群れに投げつける者も居る。
嘘か真かソレだけでヒトジャラシを飼いならしペットにした者も居るとか居ないとか。
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