焼きたてのタチカナタに塩分の効いたオニギリ二つ、デザートに果物一つという贅沢な内容。
ただアビスの探窟で初めて食べる食事の方が孤児院で何時も食べている食事よりかは豪華だった。
孤児院の食事は何時も食べてる芋だし、野菜は出ても肉が出る日は稀だし、デザートは望むべくもない。
そこまで考えてアキははたと気付いた。もしかしたら探窟で良いもの食べてるから先輩方の体の肉付きが良いのかもしれないと、少なくともアキの体は薄っぺらだった。肉に厚みが付く程は食べれていない。
普段の配達依頼等で貯めていたお金を切り崩してでも何か食べるべきかとまで考えると頭が痛くなるような気さえする。ともあれ、今は関係の無い話で帰ってから考えるべき事だ。今やるべき事は目の前の作業に集中する事、
つまり……目の前の小さい穴は開けたものの壁が崩れる様子は一切ない忌々しい岩壁に大穴を開ける事だった。
「あー、もう! いい加減崩れてくれないかなぁ!!」
「交代しようか? まだまだかかりそうだし……体力も回復しきってないでしょ?」
「喜んで手伝うわよ! 私も掘ってみたいわ!!」
「えー、勝負どうすんだよ?」
「放置して帰る事になったらそれこそ探窟家として失格だよ、あとそうなったらアキが拗ねる」
アキは更に力を籠めて最後に5~6回乱暴に叩きつけてからピッケルを杖代わりにして肩で大きく息を吐く。一人でやりきりたくはあった。が、このままだとその前に体力が尽きるのが先なのは嫌でも理解できた。
「交代お願い、あと拗ねないから!!」
「私が代わるわ!! 1人20回ね!」
「先は長そうだねぇ」
「1~2時間はかかりそうだな」
離れたアキに代わって目を輝かせたドロテアがピッケルを振るう。今はへそ辺りの高さに開けた穴を少しずつ広げている最中だ。そこから足元まで掘り抜いて這ってでも入れるぐらいの大きさにまで広げるの目標としている。
「意外と壁が分厚かったね」
「でも穴から見えた洞窟には期待できそうだよね」
「色々転がってたよな、何かは良く解んねーけど」
小さい穴を石灯で照らしながら覗いて見えたのは、大体天井まで高さは自分たちの身長の2倍、奥行きはざっと5~6M横幅は3M程度小さい空間だった。中には箱や何かしらの物が転がっているのは確認できたが、石灯で照らして確認できたのはそれくらいだ。
「こうたーい! 20回だけでも結構疲れるものね」
「んじゃ、次はオレが行くか」
「いってらっしゃい。このまま休憩挟みつつ回していこう」
「頑張れー。帰ったらしばらくは体力と筋力作りに励もうかな……」
入れ替わり立ち替わりピッケルを振るって穴を少しずつ大きくしていく。予定していた大きさまで穴の拡張が終わるまでには、それから1時間と少しが経過していた。
「皆お疲れ様、やっと掘り抜いたね」
「お前だけ異様に元気なのおかしくねぇ? オレめっちゃ疲れてんだけど……」
「あたしたちの中で飛びぬけて身体能力高いだけはあるわね……」
拡張作業の最後の方は大体ティアレ、時々ラウル、もしくはアキ、稀にドロテアという具合になっていた。力もそうだが、ティアレの回復が凄まじく早かった。少し休憩をすれば元気になって戻ってくる姿はスタミナが無尽蔵なのかと思わせる程だ。
「それじゃ、埃まみれになってくるよ……」
鼻と口を布で覆った簡易なマスクを付けてアキは地面に四つん這いになって穴の中に潜っていった。中を探ってくるのは発見者であるアキに委ねられている。何人も入って作業出来る場所でもない以上、一人だけで行くしかない。中の洞窟は小さな火だねを投げこんで消えない事は確認済みだ。
二人は体力が尽きてへたり込んでいるし、ティアレは中でアキが何かあった時の為に腰に括りつけたロープの先を持っている。ロープが動かなくなったら定期的に引っ張って、合図が返ってこなかったらアキを引きずり出す役目を担っていた。
「よっこいしょっと……んー、これは、拠点……かな?」
アキは洞窟の中で立ち上がって、探窟帽に搭載された石灯を点灯する、か細く小さな光が範囲は小さいものの暗闇の先にあるものを照らしだす。壁や地面を照らして周囲を確認していく中で気になったのは地面に転がっていた品々。これらは何度か配達依頼で行った探窟用具店で見た事があるものだった。
「……となると崖崩れとかで誰かの拠点が埋まったって事? うぇ~、ヤダなぁ、死体とか見たくないんだけど……中も崩れ、うわ」
洞窟の中も一部崩れた後があり、崩れた跡を追って天井から下へと明かりを動かすと土砂の下から乾ききった手だけが生えていた。思わずさっと視線を逸らしてしまう、石灯の光も視線と共に移動して見たくないものを暗闇に消し去った。
「あんまり居たくないなぁ……。ささっと漁って帰ろ」
手があった場所を背後に小さな光を頼りに床に置かれていた箱や無造作に転がっている探窟用品にボロボロに劣化したバッグ等を入り口近くに纏めていく、同じ空間に居たくなかったのですぐにでも離れたかった。その間に一度外から腰のロープが引っ張られたので、安否確認を兼ねて荷物を受け取る準備をするように伝えた。
「今から荷物を送るから引っ張り出すの手伝って―!!」
「いいよー! そっちから押し出してー! こっちで受け取るからー!」
荷物を纏め終えたアキは入り口の穴に向かって中腰になって外へと叫ぶ、別に叫ぶ程の距離でもないがなんとなくそうしてしまった。外で待機していたティアレも声を張り上げての返答だった。洞窟の中で声が響いてとてもうるさいがそれに対して安心感すら感じる。
入り口前に纏めてあった荷物をアキはせっせと足で外に押し出して受け渡しをしていく。洞窟から出てくる荷物の種類からどういう類の洞窟だったか悟ったのか外から困惑の声があがっていた。目ぼしい荷物を外に運び出した後、アキは一度だけ洞窟の奥へと振り向いて一礼だけして自身も外へと這い出していく。誰かも解らない探窟家を掘り出すつもりは無かった、好んで触りたくも近寄りたいものでもない。
「ただいまー。あー、うん。まぁ……そういう事」
「中には、その……居たのかい?」
「途中から崩れてて、あったのは乾ききった腕、だけ。掘り出しには、行きたく、ない。かな、怖い……」
穴から這い出た先には若干沈んだ雰囲気を放つ3人が待っていて、アキは中に何があったのかを3人に手短に話した。長く聞きたい話でも話していたい内容でもない。
「とりあえず中にあって使えそうなのはそこにある分だけ、箱とバッグの中身は見てない。もうちょっと奥に立ち入ったらまだ何かあるかもしれないけど、うん。近寄りたくない」
アキは洞窟内部で腕に対して徹底的に見ない、近寄らない、触らないように行動していて、洞窟の奥側を光で照らす事すらやっていない。呼吸すら浅くしていた程だった。
「解った。アキ、お疲れ様。ボク等は組合に報告するだけにしておこう。それで良いよね?」
無言で全員が静かに頷いた。誰も何が起きるか解らない事に対して手を突っ込むような真似はしたくなかったのだ。
「それじゃ暗い話はこれで終わり! 中に何が入ってるか確かめましょう!」
「そうだな! アキが集めてきた探窟用具もまだ使えるか試さなきゃなんねーし!」
明らかに空元気だとわかるものだったが、今はそれがありがたかった。暗い雰囲気を払拭するには十分すぎるものだ。少しは緩んだ空気の中で4人は箱を開き、バッグの中身を出して地面に並べていく。
「この単眼鏡まだ使えるね。しかも倍率変えれる高いやつ」
「錆びついてるけど、ピッケルはボクらの使ってるのより質が良いのだ。これを使ってるのは蒼笛が多いって話だけど」
「じゃあ、中に埋まってるのは蒼笛って事? あぁ、遺物は全部で6個あったみたい。箱に4つ、バッグに2つ入ってたわ」
「蒼笛がなんでこんな浅い所に拠点作ってんだよ? あとこっちにあるのはダメだ。全部使いものになんねー」
「突然の大雨! とか?」
何があったにしてもここに埋まってる探窟家はとんでもなく運が悪かったに違いない。拠点にした洞窟の入り口が崖崩れか何かで塞がってしまったのだから。寝ていたかは解らないが土砂で潰されていたのもそうだ、生きていれば何とか穴を明けて出てこれた可能性はあったのだから。バッグにピッケルがそのまま入っていたという事はそういう行動すらとれなかったのだろう。
「遺物の取り分はアキが3、ボク等がそれぞれ1で良いかな?」
「良いよ。手伝ってくれなかったらまだ掘ってる所だっただろうし。探窟用具に関しては……」
「要らない」
「要らないわ」
「ぜってー要らねぇ。不吉だから使いたくねぇ」
「じ、じゃあ、私が貰っとくね。わ、わー。この長い単眼鏡欲しかったんだー」
発見した物品の各自の取り分に関して遺物に関しては何の反対意見も出る事はなく通った。アキが探窟用具に関して触れようとすると食い気味に必要ないと3人の声を揃った。アキも正直それに賛同したかったが、それよりほんの少しだけ物欲が勝った。結果、とても渋い顔をしながら感情の全く乗っていない平たい声しか口から出てこなかったが、誰もそれを指摘する事は無かった。
「うん、それじゃ、まぁ……全部終わった事だし、そろそろ帰らない?」
「あれ? もうそんな時間?」
「まだ少しぐらいは時間の余裕はあるわ。でも体力的には、自信ないわね」
「勝負にゃ負けちまうけど、これ以上何かしようって気力も沸いてこねーな。疲れた」
ドロテアとラウルは精神的にも肉体的にも疲れたのかゲッソリとしている。あれほど苦労して掘り出したのが他の探窟家が死んだ場所だったともなれば喜びも余り湧かないのだろう。アキとティアレも同様に、このような遺物の見つけ方をして喜べる精神性はしていない。
「多数決で帰還に決定! 私はさっさと帰ってシャワーを浴びたい!!」
「あー、あたしもそれにさんせー。スッキリしたいわ……」
「その前に遺物鑑定所と組合に顔を出す必要があるけどね」
「めんどくせーよなぁ、帰り何か買い食いでもしねぇ?」
アキは多少強引に話を纏めて帰り支度を始める。ティアレにはまだまだ余裕はありそうだったが、自分以外のメンバー全員がこの様子ではと諦めたのか苦笑を漏らしているものの反対意見は出さなかった。元気の無かった二人も帰るとなって気力が湧いたのか先ほどより顔色が多少は良くなっていた。
「確か来た道に綺麗な川があった筈だけど、ここからどれくらいだっけ?」
「20Mは上で1キロも離れて無かったんじゃないかなぁ」
「なら30分もかからないかな? 水がそろそろ尽きちゃいそうでさ」
「ボクのでも飲む? 一本分なら分けてもいいよ。まだ別の水筒に半分残ってるから」
「あ、ズリィ。オレにもくれ」
「はーい、あたしもあたしも!!」
ティアレは水がたっぷり入っている水筒の中身が空になって返ってくるであろう事を確信した。ちらりとアキを見るとこうなるとは思ってもみなかったのだろう、両手を合わせてゴメンとジェスチャーを送っている。アキとしては多少移動すれば水分補給が出来ると元気付けようとしたのが裏目に出た形だった。
「仕方ないなぁ……わ」
突然、何の前兆も無く腹にまで響く重い音と共に一瞬地面が揺れる。それと同時に自分たちが掘り抜いた穴から土埃が中で爆発が起きたかのように噴き出した。何が起こったのかと4人は呆然と顔を見合わせて、何拍か置いてやっと理解が追い付いた。原因が何であれさっきまでアキが入っていた洞窟が落盤して埋まったのだ。
「移動しよう、今、すぐに」
反対意見はでなかった。
川に到着するまで全員誰も何も言わなかった。重苦しい重圧感に背中を押されるように足早にその場から離れる事を選んだ。後ろから何も音が聞こえてこなくても、あの出来事は4人の心胆を寒からしめるには十分すぎた。川でゆっくりと水分補給をして、休憩をとってようやく話せるだけの余裕が戻ってきた。
「さっきのは危なかったね。まだ胸がドキドキしてる」
「アキがもうちょっと時間かけてたら死んでたかもしれないね」
「アビスって怖いのね……」
「いや、こんなの今回が特例だろ……毎度あったら体がもたねーって」
「組合への報告、どうしよっか?」
「もう別にいーだろ? 全部埋まっちまったんだし」
荷物からも何処の誰かを特定できるような物が見つからなかった。探窟用具が使いものにならない程劣化していたのを考慮すれば、報告した所で今更な話でもあるかもしれない。
「あたしに良い考えがあるわ!」
「うぉあ!? いきなり後ろから叫ぶなっての」
「どしたのドロテア? トコシエコウなんて掲げてさ」
「あぁ、此処まで戻る時に何本か摘んでたね」
「お葬式をしましょう!! 幽霊とかそういうのが怖いんじゃないわよ、そうした方がスッキリするからやるの!」
ドロテアの強い主張を受けて三人は顔を見合わせて、肩を竦めるなり眉を上げるなりするだけで意思疎通を済ませた。まぁ、怖いんだろうなというのが3人の抱いた感想だ。大分前にアビスで死んでいる以上、死んでいた当人は既に奈落に還っている。なので改めてやる意味合いは余り無いのだが、スッキリするからやりたいと言われると特に手間も余りかからない以上、特に否定する理由も見当たらない。ドロテアの顔を立てたような顔をしているが、単に3人にも歯切れの悪い気持ち悪さが背中にべっとりと張り付いていたから賛成しただけであった。
4人でちょっとした穴を二つ掘って、そこに錆びたピッケルのシャフトの先とピックの先端を埋めて自立させる。立てたピッケルの前でトコシエコウを燻して香を焚いて、その花びらを周りに散らし簡易に作った墓の前で手を合わせて冥福を祈る。誰とも解らない探窟家の小さな葬式はこれで終わり、名前が解らない以上札を作って大穴に投げいれるまではしなかった。
「ここまでやれば大丈夫でしょ!」
「もー帰ろうぜー、腹減ってきちまったよ……」
「あと1キロは歩くから街までまだかかるよ、頑張ろう!」
「大穴の円周をぐるっと回る感じで降りてたからね。大体半周ぐらいはしてたんじゃないかなぁ?」
初回という事もあって降りる深度を非常に浅めに、星見の丘を散歩気分で歩き回りながら非常に降りやすい所から降りるを繰り返していた為、4人は上昇負荷による負担を殆ど感じていない。1層においての上昇負荷による体の負担は軽度の吐き気と眩暈、その程度であればほんの少しの時間経過で症状は治まる。1層で吐く事があるとすれば症状が治まる前に無視してガンガン登るか、地形上の問題で短時間に昇り降りを繰り返さなければならない場所から戻ってこなければならない時ぐらいのものだろう。
「はやく帰ってシャワーあびたぁーい!」
「洗濯するのも大変そうね、鈴付きの子達に今度何か買ってあげましょ」
「探窟中ってそこら辺どうしてるんだろうね。水浴びと水洗いしか出来なさそうだけど」
「帰ってから聞きゃーいーだろ」
ここから先は特に何事もなく、残り30M近くの深度から来た道にそって1時間かけて戻り4人はオースへと帰ってきた。帰る道すがら途中に生っていたヘグイの実を齧りながら遺物鑑定所での清算を済ませ、寄り道をする事なくベルチェロ孤児院へ。着いた頃には空は赤く、齧っていたヘグイの実も芯だけになっていた。
孤児院の入り口には黒くて長い髪と白い奈落髪を織り交ぜて縦ロールにした髪型が特徴的な太い木の杖を付いた痩せぎすな女性が立っていた。ベルチェロ孤児院のベルチェロ院長だ、赤笛や蒼笛等の低階級の生徒が合同探窟で多くアビスに向かうと、その日の夕方は入り口で生徒の帰りを待っている事が多い人だった。何年も鈴付きとして彼女の姿を見てきたアキにとっては厳しくはあるものの、律儀な良い人という印象が強い。ただ躾は本当に厳しく4人の中でティアレ以外は最低1回は裸吊りを経験している。
「院長、ただいま戻りました」
「随分と汚らしいじゃないか、星見の丘より下に潜ってやしないだろうね?」
「やだなぁ、今日は50Mまでしか潜ってないですって。ただ分厚い壁を掘り抜くのに全員で協力してこの有様です」
「そうかい、なら上着は十分叩いてから入んな。中をあんまり汚すんじゃないよ」
「はーい、院長!」
入り口から少し離れて背のバッグを降ろしてバッサバッサと上着を大きく振る。上着から舞い上がる土埃は思っていた以上に多く、アキは目を細めケホリと小さく咳を零した。後は男女に分かれて交代でお互いのズボン等を手でバシバシ叩きあう。
「これでいーかいんちょー!」
「いいってさ。あー、ようやく休めるー!」
「アキー! 一緒にシャワー浴びにいきましょ!」
「今日は色々あり過ぎて流石にボクも疲れたよ……」
ラウルの声に院長が小さく頷き返したのを確認して、全員バッグを背負いなおして孤児院の中へと帰っていく。とある探窟家はオースに帰るかアビスに還るまでが探窟だと言った。ブラックジョークの類だが、ある意味本質を突いている。今回、彼等は全員揃ってオースに帰って来た。潜った深度は本当に大した深さではなく大した冒険もしていない。しかし探窟家としての一歩目を、奈落に続く一歩目を歩み始めた事に違いはない。
さぁ、闇へと続く長い長い旅を始めよう。
3層でマドカちゃんから熱烈なアタックをかけられて暫く帰れそうにありません。伝報船が届く事を願います。