奈落をかける流星   作:せっぷく

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奈落に続く3歩目

 

 

 

 

「アキ……アキ、ごめん、ちょっと起きて……」

「むぐぅ~……さいなぁ。……まだ暗いのに何なのさぁ」

 

 

 探窟から帰った夜、ドロテアに揺すられて起こされたアキは眠気でドヨンとした目を人が気持ちよく寝ている所を邪魔してきた不埒者に向ける。暗くて見え難いが、窓から入る月明かりで辛うじて見える分には何故か切羽詰まった表情をしている。

 

 

「ほんっとうにゴメン、お願いだから……トイレに付いてきてくれない?」

「………………は?」

 

 

 震えながら手を握って酷く小さな震えた声で言われた内容に、アキの寝ぼけた頭は理解が追いつかせることが出来ず、たった一言だけ絞り出すのが精いっぱいだった。

 

 

「つまり、とっても怖い夢を見て起きたけど、寝付けない。次第にトイレに行きたくなって、他の人に頼めないからすやすやしてた私に頼ってきたと」

「……はい」

「ドロテアちゃんさぁ、それはないんじゃないかい。トイレなら1人で行きなよ~、もう赤笛なんだよ~? このかわいいやつめ~」

 

 

 ドロテアが用を足し終えて部屋に帰るまでの暗い廊下でアキが一方的に肩を組んでドロテアの脇腹を指でツンツン突きまくる。熟睡してた所を起こされる恨みは一過性で長続きしないが深い。起こされて眠い目擦りながら手をつないでトイレまで着いていって、覚醒してきたアキは鬱憤晴らしを兼ねた全力のウザ絡みをしていた。恥ずかしさで顔を真っ赤にしているドロテアに液体生物のように絡みついていく、率直に言うとちょっとだけ怒っていた。

 

 

「とってもリアルな夢だったのよ、正直今でもはっきり思い出せるぐらいに」

「その怖い夢の内容ってなんなのさ~、えいえい」

「あたし以外が居なくなる夢、あたしだけ残される夢を見たのよ」

「なんとも抽象的だね?」

「最初は4人で夜の星見の丘で夜空を見てる夢だったわ」

 

 

 アビスの力場は中からも外からも観測を防ぐ。そのため、アビス内部からは光があっても太陽は見えず、夜に空を見上げても星や月が見える事はない。しかし、1層の星見の丘だけは例外だ。力場が濃い日でも深度100Mまでであれば観測する事ができる。つまり星見の丘とはその名前の通り、アビスの中で唯一星を見る事ができる地点を指している。

 

 

「それでね、空には流れ星が流れてたのよ、それも中々消えないのが、まぁそこら辺は夢よね」

「確かそれであってる。流れ星かぁ、私は見た事が無いけど願い事が叶うらしいね?」

「そう! だから皆で流れ星にお願い事したの。白笛になりたい!! って」

「うんうん、私たちならそうするかもね」

 

 

 今のところ怖い要素は何もない、それどころか楽しそうな夢だった。話をせかそうとアキはまたドロテアの脇腹を指でつつく。

 

 

「お願い事をし終えた時には流れ星も無くなってたの、それで後ろを振り向いたら・・・」

「振り向いたら?」

「誰も居ないの、さっきまで皆と一緒にいて話もしてたのに。流れ星と一緒に消えちゃったみたいに」

「へーぇ? それで終わり?」

「まだ続きがあるわ。もちろんあたしは一人だけ置いてった事に怒りながら皆を探すんだけど、何処にもいなくて……、何処に行っても元の場所に戻ってくるの」

 

 

 面白くなってきたなとアキはうんうんと一人うなずいた。この手の話は聞いている分には楽しい話だ、自分で見たいとは全く思わないけど。

 

 

「でもその事を不思議には思わなかったわ。皆が居なくなったので頭がいっぱいだったから」

「それでそれで?」

「あたしはもう一度流れ星にお願い事をしようって思ったのよ。もう一度皆に会わせてって、でももう星が流れる事はなくて、ずっと一人で待ち続けてた。そこで目が覚めたの」

「あんまり怖くなくなーい?」

「怖かったわ。もう一度目を閉じて開いた時には消えてるんじゃないかって」

「あ、そーいう話? やだなぁ私はちゃんとここに居るよー? 消えたりなんかしないしない」

 

 

 なるほど、トイレに入った時もちゃんとそこに居るか確認してきた訳だと納得する。その時に思ってた事は蓋をしておいた方が良さそうだ、誰もうわコイツ面倒臭いなとか思ってなかった、ヨシ!

 

 

「そうよね! ならもう一つだけお願い! 今夜だけアキのベッドで一緒に寝て良いかしら?」

「う……ンンッ! モチロンイイヨー」

「ありがとう! ちょっと今日は一人で寝付けそうになくて……」

 

 

 喜んでいるドロテアに対して、「いや、ソレ私が寝つけなくなりそうなんだけど」とはアキにはとても言う事ができなかった。結局部屋に帰った後もどうしても言い出せず、アキは自分のベッドにドロテアを招き入れてしまった。誰かと一緒のベッドで寝るのは小さな鈴付の子を寝かしつけた時以来で久しぶりの事だった。

 

 

「ごめんね、何時か別の形で返すから……」

「期待しないで待ってるよ……」

「……手も握って良い?」

「好きにすれば……?」

 

 

 小さいベッドに二人で寝て狭いわ、暑いわ、手を握られるわとアキは寝苦しさしか感じていなかったが、ドロテアにとってはそうではないらしい。とても安心している顔だった。

 

 

「おやすみぃ」

「はいはい、おやすみ……」

 

 

 それにしても怖がりすぎだろうとアキは思ったが、夢の内容がドロテアの触ってはいけない古傷を抉ったのかもしれないとも考えられた。孤児院に居る生徒の中には何かしら心に古傷を抱えている者は居る。アキもそうであれば、ドロテアも恐らくそう。ティアレも何か隠してるとアキは睨んでいる。

 頭の中でぐるぐると取り留めもない考えが巡ってちっとも眠気が帰ってこないが、幾ら寝苦しくても眠らなければ明日のアキはきっと動く死体のような有様になるだろう。勤めて何も考えないように思考を停止して、ドロテアの体温で汗をかく程に暑くなってきたのを手と足を布団から出して無視しようと頑張って……アキがやっと眠れたのは外が俄かに明るくなり始めてからの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ねっむい」

 

 

 窓からはサンサンと明るい陽の光と小鳥の鳴き声が、ドアや壁の向こうからは生徒達の元気の良い「おはよう」の声が聞こえる。朝からとても鬱陶しい事だとアキは眠気と苛立ちで座った目でそう思った。ついでに隣で涎をべっとり垂れ流しながら気持ちよさそうに寝てる子をどうしてくれようかとも悩んだ。

 

 

「朝だよドロテア、起きてよ」

「あともう少し……」

 

 

 優しく揺すられるのを嫌がるようにドロテアは目の前のクッションに手を回して顔を埋めて逃げようとする。お腹にしがみ付かれる形になったアキは思わず笑顔になった。もう今日は全てを放り出してもう一度寝ても許されるような気さえする。その気持ちのまま、アキはドロテアを道連れにしてベッドからの身投げを慣行した。

 

 

 

 

 

 数十分後、多少はストレスと眠気が晴れたのか幾分かスッキリした顔になったアキとそんな彼女を恨めしそうに見るドロテアが食堂で隣同士で朝食を食べていた。朝食の内容は炊いたご飯にスベラ(海苔モドキ)、棒ミソとマゴ芋で作った芋の味噌汁にゆで卵が一人一つ。だいたい何時もコレだ、偶に海草の味噌汁になるかマゴ芋の塩茹でになるかぐらいしか違いが無い。

 

 過去最悪はベチョベチョの粥のような米に具なしの味噌汁、生茹で混じりのマゴ芋というふざけた内容だった。怒り狂った生徒達の手によって当番だった者達が揃って裸で吊るしあげられるという凄惨な事件を引き起こした孤児院の黒歴史になっている。

 

 

「もうちょっと優しく起こしてくれてもよかったじゃない」

「優しく起こしたよ、一回だけ。あ、塩取って?」

「はい。せめて2、3回粘るぐらいは……」

「次からはそうするよ」

 

 

 ドロテアの愚痴を聞き流しながらアキは味噌汁とご飯に塩を振りかける。匙でかき混ぜてからズズリと啜って満足の出来る味になった事に満足気な息を漏らした。

 

 

「……その理解できないものを見るような目はやめてくれないかな? 私は原生生物じゃないよ」

「やっぱり味噌汁の追加トッピングに塩は無いと思うの。別に味が薄いって訳じゃないのに……」

「何年の付き合いだと思ってるのさ、いい加減慣れてよね」

「何度見てもなれそうにないわ。……まさか塩を食べる為に他の食べ物を一緒に食べてるんじゃないでしょうね?」

「ゆで卵は塩なしで食べてるんだけど?」

「それ何度きいてもほんと意味わかんない。普通ゆで卵にこそ塩振るでしょ?」

「振らない」

 

 

 アキは昔からある意味で極度の偏食家だった。塩さえ入っていれば何だって食べるが、逆に塩が入ってない料理は口にしようとすらしない。ただ、話にある通りゆで卵等は塩なしでも口にする事がある為全く食べられないという訳ではない。アキの場合は、食べられないでなく徹頭徹尾えり好みして食べない。それが理由で食事を残す頻度が多かったアキに怒った院長が裸吊りにする等の罰を与えたが全く直る気配がなかった。最終的にあの院長を根負けさせて更生を諦めさせた筋金入りだ。食卓に塩の瓶が常に置かれるようになったのはアキの偏食のせいと孤児院では有名な話だった。

 

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。ところで今日の授業は社会科だったかしら?」

「あー、そう。オースと他の国の関係性についての話だっけ。多分寝ちゃうと思うからメモよろしく、後で写すよ」

「今回は私のせいでもあるから別に良いけど、寝てるのバレたら最悪お仕置き部屋送りになるわよ」

「普段は優等生してるから大丈夫だよ、きっとね。それに昼からの依頼もあるし、少しでも体調整えておかないと」

 

 

 大きく伸びをして欠伸を嚙み殺す。周りの生徒達もちらほら食事の片づけを終えて教室へと向かったのか数が少なくなっていた。アキとドロテアも食器の後片付けを済ませて授業へ向かう。あらかじめ必要なものは食堂に来る前に袋に詰めて持ってきていた。

 

 

「昼からの配達依頼らしいわね。観光案内できるほどあたし達はオースに何があるか知らないから、暫くは配達させてオースの土地勘を付けさせるって言ってた」

「あれ? そんなの言われてたっけ?」

「このあいだ先生から直接聞いたわ!」

「へー」

 

 

 ドロテアは先輩や先生に気にいられているのか、こういう情報をいち早く仕入れている時がある。アキにはそういう事をされた経験は殆どない。前に愚痴ったらアキは受け身が過ぎるやら愛嬌や愛想がある方じゃないからではないかと酷い事を言われた。アキはぐうの音も出なかった。それからは昨日の探窟の事や愚痴等の取り留めのない話をしているうちに教室に付いた。孤児院はそれほど広い訳ではない為、移動もすぐ済んでしまう。

 

 

「それじゃ、私は上の席で寝てるから後よろしく!」

「はいはい、おやすみ」

 

 

 スルスルと縄梯子を上って自分の席へ登っていく。教室は余り広くない部屋で多くの生徒が入らなければならない為、壁に席と机が備え付けられている。アキの席は一番上で天井に触れるほど高い位置にある。目と耳、そして成績が良い生徒ほど上の席に座る事になる。つまりアキは授業を受けている年の近い赤笛、鈴付き達の中でもトップクラスの評価を貰っているということだ。アキが縄梯子を登りきった先、自分の席の隣には既にフィジカルエリートの権化(ティアレ)が座っていた。

 

 

「おはよう、はやいね? それじゃおやすみ」

「おは……なんて??」

「昨日の夜全然眠れなかったんだー。お願いだからこのまま寝かせてー」

「いや、これからじゅ……アキ? アキ?? もう寝てる……えっ? 嘘でしょ……??」

 

 

 ティアレが聞き返した時には、アキは背筋をピンと伸ばして、頭を壁に預けて綺麗に座った姿勢を維持しながら既に眠りにおちていた。ティアレに出来た事は自分と反対側の縄梯子の方に落ちないか心配しながら授業を受ける事ぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

「アキ。アキ。そろそろ起きなよ、授業終わったよ?」

「……ぅん。んん、ん゛~~~~っ、ふぅ。おはよ~。んー、頭スッキリしたぁ」

「バレないものなんだねぇ……先生も下から此処は見えないんだ」

「そりゃあ此処は一番上だもん」

 

 

 教室は四階建ての建物を一階から最上階までの空間を一つの部屋に収めた非常に天井が高い部屋だ。黒板から見上げるとなれば角度がきつく距離もあるため表情までは読み取られない。だから安心して寝れる訳だが、席に囲いがあるという訳ではないため横に落ちたらそのまま下まで落ちる危険はある、最悪死ぬ。

 

 

「アキー、起きてるー?」

「あ、ドロテアおはよう」

「よいしょっと、おはよう」

「あれ? ラウルは??」

「ラウルなら授業中に寝てるのがバレてお仕置き部屋に連行されていったわ」

「座学の成績低いから目を付けられてるのに良くやるよ……」

「でもそこがラウルらしいって感じがしない?」

「わかるー。あ、そうそう。これから依頼があるか見に行くつもりなんだけど二人とも一緒に行かない?」

「いいよー」

「それじゃあ降りようか」

 

 

 床まで降りた三人は孤児院の掲示板へと向かう。名指しの依頼であれば教室の入り口に張り出されるが、今の三人には縁のない話だ。細々とした内容の依頼は別の場所に纏めて張り出されている。今向かっている場所がソレだ。

 

 

「来たか、これが今日オレ達に割り振られた依頼の内容だ。目を通しておけ」

「あ、ジルオ先輩だわ!」

「お疲れ様です。えーっと、なになに?」

「オレ達って事は……今日はジルオ先輩と一緒に依頼をするって事ですか……?」

「あぁ、よろしく頼む。空のバッグと念のためロープとハーケンを幾つか、後は水筒を持参して探窟服に着替えて孤児院前に集合しておいてくれ」

「重装備ですね……」

 

 

 会話が続いている中でアキは渡された依頼書の内容に目を通していく。依頼主はキャラバン船の商人から、届け先はラフィーさんの香辛料店。此処までは問題はなかった。問題があるのは……

 

 

「いや、量」

「そんなに多いの?」

「うん、運ぶなら四~五人は欲しいかな……?」

「それで港から運搬……? あそこ滅茶苦茶道が険しいんだよなぁ……」

「ティアレは通った事あるの?」

「幼い頃一回だけね。ボクは島の外出身だから」

 

 

 アレコレと話している内にいつの間にかジルオ先輩の姿が消えていた。恐らく依頼の準備をしに行ったのだろう。三人も慌てて装備を整えに自室へと戻っていく。そして集合場所に三人が集まった時には既にジルオ先輩は待機していた。

 

 

「思っていたより早かったな。それでは出発だ、準備は良いな?」

「はーい」

「あ、港に行く間、殲滅卿のお話聞いても良いですか!」

「ダメだ」

「この間も断られてたのにドロテアも懲りないなぁ……。ボクも大丈夫です」

 

 

 ガーン、とでも音が鳴ってそうなドロテアを放置して孤児院を出発する。何時もの光景過ぎて誰も気にする者は此処には居なかった。ジルオ先輩もドロテアに悪意がなく引き際を弁えている事が解っているからか特に気にしている様子もない、慣れたとも言う。数秒後、走って追いついてきたドロテアがアキにじゃれついてきゃあきゃあと黄色い声を上げ始めたのに対して、男子二人は配達依頼とはいえ緊張感も何もないなと揃ってため息を吐いた。




 3層は洞窟を通った方が安全だけど暗いのが辛い

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