錦木千束に腹の底から出た本音を言って欲しいだけの話 作:伊勢うこ
高評価、感想、誤字報告をくださる皆さんに感謝を。
本文がいつもより長くなっております。それでも最後まで読んで貰えると嬉しいです。
それではどうぞ。
自分はどうやら異動になったらしい。
井ノ上たきなはどこか他人事のように事実を認識した。
先日起きた銃取引現場を抑える任務において。
司令部からの命令を無視して勝手な行動をとったことによる責任だと、リコリス司令官である楠木から直接転属を言い渡された。
すぐに寮に戻り手早く荷物をまとめる。いつでも拠点を破棄出来るように想定していたため、手間は掛からなかった。
部屋を出て向かったのは本部内にある噴水広場。
ここを離れる前に、もう一度見ておきたかった。
DA本部に配属されるまで、ここに来るのが自分の中の一つの目標だったから。
後悔はない。
リコリスとしてあるまじきスタンドプレーは反省しているが、味方を人質に取られたあの状況ではああするのが最善だった。
結果として人質になった同僚の娘も無事。自分はペアのリコリスに殴られたが、殴られたこと自体は気にしていない。
これは自分の選択の結果。だから、悔いはない。
あの事件では結局武器商人が全員死亡し、千丁の銃が所在不明になったまま。
ならば、転属先で今回行方不明になった銃に関する情報を得て本部に渡せば、その功績で本部に復帰出来るのではないだろうか。
そうだ、下を向く暇はない。
例え一時本部を離れても、支部で活躍を・・・。
「DAに支部なんてーー」
「オイ」
ふと湧いた疑問を口に出そうとした折、背後から声をかけられた。
かけられた、というよりいっそ投げつけられたという方が正しい気がするほど雑なものだが、声の持ち主には心当たりがあった。
焦げ茶色の髪に少し吊った目、ファーストリコリスの証である赤い制服に身を包んだ小柄な少女。
例の事件では自分を含む小隊の隊長を務め、先ほどまで自身のペアでもあった春川フキだった。
「フキさん・・・・・・」
「勘違いしないように最初に言っておくけどな、私はあの時お前を殴ったことを謝るつもりもないし、後悔もしてねぇ。お前が命令違反してエリカを殺しそうになったことが、正しいことだとは今でも思ってねぇ」
「はい」
「だからその左頬のことについて文句は受け付けねぇ。分かったな?」
「はい、分かってます。自分の行動が招いたことですので」
仏頂面のまま「ホントに分かってんのかよ・・・・・・」と呆れた後、彼女は話を切り替えた。
「ったく・・・・・・。聞いたぞ、転属だってな」
「楠木司令から聞いたんですか?」
「あぁ、さっきな。ま、当然だ。命令に違反するリコリスになんて利用価値は無い。飛ばされて当たり前だ」
「私はこのまま終わるつもりはありません。もう一度必ずーー」
「DAに戻ってくるって? 無理だな」
お前も分かってんだろ、と言いたげな視線を向けられ、口を閉ざす。
転属、異動と聞こえは悪くないが、肝心の異動先は今日までその存在すら知らされていなかった支部。
誰に聞かずとも、体のいい厄介ばらいであることは明らかだった。
ーー自分はもう、此処には戻ってこれない。
知らず、奥歯を強く噛み締める。
「役に立たねぇリコリスが、あっさり戻って来れる程甘くねぇよ」
「・・・・・・それでも」
それでも、諦めるわけにはいかない。
いつかファーストリコリスに昇り詰めることを目標にしてきたのだ。
こんなところで、今更引き下がれない。
「それでも、諦めません。成果を挙げて、必ず戻ってきますっ」
「・・・・・・なら好きにしろ。どっちみち、もう私には関係の無いことだしな」
俯いたままのたきなに言葉を投げ、もう用はないと踵を返してリコリス塔に戻る素振りを見せたフキだったが、あぁ、と何かを思い出したのか再度振り向いた。
「向こうに着いたらバカどもに苦労させられるだろうが、バカ同士せいぜい仲良くやれよ」
「バカ
そういえば、とたきなは転属を言い渡される時に司令から言われたことを思い出す。
何でも転属先には優秀なリコリスがいるからその人物から学ぶように、と。
言い方からてっきり一人だと思っていたが、違うのだろうか。
確か名前は、と件のリコリスの名前を思い出そうとしていると、「それと」と思考を遮られた。
「エリカから伝言だ。『ごめん、ありがとう』だとよ」
エリカとは、例の事件で人質になったリコリスの名前。
特に親しい間柄でもなかったが、何に対する謝罪と礼の言葉なのかはなんとなく察しがつく。
恨まれても仕方ないと思っていたので、少し意外に思えた。
伝言を伝え終えたフキは今度こそじゃあな、と言い残してその場を去っていく。
彼女の背を見送った後、たきなも足を動かし始めた。
「・・・・・・仲良くしろ、と言われても」
私はバカじゃないと、左頬を撫でながらたきなは思った。
いくつかの公共交通機関を乗り継ぎ、駅から歩くこと少し。
目的地が見えてきた。
「ここが・・・・・・?」
モダンな木造の建築物。その前に立てられた看板。
DAの支部であるはずの建物は、完全に喫茶店だった。喫茶リコリコ、というらしい。
事前に知らされていなければ、そうだとは信じられなかっただろう。正直目にした今でも信じ難いが。
まさか住所を誤っているのではないかと確認しても、どうやらここで間違いないようだ。
流石にDAが間違った情報を渡してくる筈もなし。
たきなは落ち着いて考えた。
本当にここが支部であるなら、事前に自分が来ることは話が通っているはず。問題はない、と思う。
意を決したたきなは、ちょうど店の前に誰かが立っていることを確認した。
黒に近い紺の和服を着た少女。
目元にかかりそうな髪に、眠たげな目付き。頭頂部からカーブのかかった毛髪がにょいっと生えている。
昔見た図鑑に載っていた植物みたいだな、とたきなは思った。
店の前を箒で掃除している様子からして、間違いなくここの従業員。
年齢的に見て自分と同じリコリスかと思ったが、それにしてはなんというか、弱そう。
だがDAと関係のない一般人を配置するとも考えられない。戦闘ではなく、情報などの裏方担当だろうか。
確認の為にも、たきなはひとまず声をかけてみることにした。
「すいません」
「へ?」
「本日よりこちらに異動になりました、井ノ上たきなです。よろしくお願いします」
「アッ、ハイ、ヨロシクオナシャス」
少女から見た目同様覇気の感じられない返事を受けたが、本当にここが自分の新たな職場らしい。
場所を間違えていなかったのはよかったが、それはそれで少し複雑な気分になった。仮にも支部とはいえDAの拠点の一つというから、もっと人目のつかない場所に人目につかないようにしてあると思っていた。
いや、見た目は関係ない。どこであろうと自分は評価を上げて、DAに戻るのだ。
「中に入っても?」
「アッ、ハイ、ドゾ」
「失礼します」
少女から許可を得て、店に入る。カラン、とベルの軽やかな音色。
店内は外観と同様落ち着いた雰囲気だった。
カウンターに席が幾つかあり、一階と二階にテーブル席も少々。座敷席があり全体としては和のテイストだが、窓はステンドグラスになっており、そこから暖かな陽射しが差し込んでいる。
まだ就業時間前らしい。客の姿は見られなかったが、カウンター席の隅に和服姿の女性が一人。一升瓶が置いてあるように見えるのは目の錯覚だろうか。日中の喫茶店にそんな物が堂々と置いてあるとは考えづらい。
手元にブライダル雑誌を置き、テレビに映るコメンテーターの言葉に反応して文句を言っている。容姿は整っているが、どこか残念な印象を覚えた。
「あの」と声をかけると、こちらに振り向いて胡乱げな視線を向けた。知らない人間が立っていたからだろう。
「・・・・・・あんた誰ぇ?」
「本日よりこちらに配属されました、井之上たきなです。よろしくお願いします」
「あぁ〜、DAクビになったいう」
「クビになったわけじゃありません」
そう、クビになってはいない。確かに今はDAを離れているが、フキにも言った通り必ず戻るのだ。誤解されては困る。
彼女の誤った認識を正そうとしていると、店の奥から藤色の和服を着込んだ大柄の男性が出てきた。髭を蓄えた、柔和な雰囲気を持つ黒人男性。杖をついているが、その割に足取りはしっかりしている。
ここまでの全員の服装を見る限り、どうやら和服がこの店の制服らしい。支給されるのだろうか。
「ここを預かっているミカだ。よろしく」
「井ノ上たきなです。よろしくお願いします」
彼がこの支部の司令官らしい。差し出された手を握り、握手を交わす。見た目にそぐわぬがっちりとした手だ。
「楠木司令から、こちらに優秀なリコリスがいると聞きました。全力で学ばさせて頂くつもりです。よろしくお願いします、千束さん」
「え、あたしに言ってる?」
「ソレは千束ではない」
「ソレっていうな」
「・・・・・・じゃあ」
「そのおっさんでもねーよ!」
目の前の女性(元DA情報部所属のミズキというらしい)が例のリコリスかと思ったが人違いのようだ。となるとミカと名乗った男性かとも思ったが、流石に違った。そもそもたった今自己紹介されたばかりだ。偽名を名乗られた訳でもないだろう。
となると一体誰が?
目の前のどちらでもないというなら、それ以外の人物。
その時、たきなの脳裏に電流が走った。ま、まさかーーーー!?
「表にいた、あの人が千束さん・・・・・・ですか・・・・・・!!?」
「いや、彼女でもないが・・・・・・君は意外と顔に出るな」
「思ったより面白そうな娘ね」
「ただいまー! 先生、新しい娘が来たってホンt・・・・・・なにこの空気?」
これ無理ゲーでは? と
そもそもあの千束に「ぶっ殺す」と言わせるとなると、それ相応に親しい人物が余程ひっどい死に方を彼女の目の前でするくらいは必要だ。
この10年の付き合いでそれくらいは分かる。彼女は冗談でもそんなことは言わない。
だからこそ言って欲しいのだが。
そうなると誰に誰を殺ってもらうかが肝心だ。特に後者。
ミカやミズキは確かに親密度的には問題ないが、物語の流れ的にそこまでもっていきづらい。
原作を観たのが17年以上前なせいか、最近になってはその知識も朧げになってきた。
誰かいないものか。千束と限りなく仲が良く、ある程度自由に動かせて、死んだら千束に「ブッ殺してやる」と言わせそうな人物が。
箒で店の前を掃きながら考える。れれれのれ〜。お困りですよ〜。
現在は開店時間前。常連さんたちが来る前に掃除しておいてくれ、と店長である先生ことミカに頼まれた。
その先生とミズキは店内で準備中。千束は買い出しに。開店前には帰ってくるだろう。
どうすっかな〜めんどくっせぇな〜働きたくねぇな〜万能の願望器とか降ってこねぇかな〜と思考がどうでもいい方向に舵を切り出したところで、目の前に影が。
見ると黒髪ロングにセカンドリコリスの青い制服を着こなした別嬪さんが立っていた。へ?
「本日よりこちらに異動になりました、井ノ上たきなです。よろしくお願いします」
あぁ〜〜原作開始の音ぉ〜〜〜〜⤴︎(発狂)。
な、なんてこった、ついに原作が・・・・・・!? そういえば昨日先生がそんなことを言っていた記憶がないような気がしないでもないが、おやつに夢中になって全然聞いてなかった。
いい加減にしろよ私ィ!
いや、落ち着け。計画もろくに立ってないまま始まったのは驚きだが、それは今考えることじゃない。
今の問題はどう挨拶を返すか。それが肝心だ。
相手はいつ来るか分からない店の客とは違い、いつかは来るとあらかじめ想定していた美少女。
初対面に弱い私だが、彼女に関しては完全な初対面とは違う。
この日のために先輩として舐められないよう幾通りものファーストコンタクトを想定し練習してきた。抜かりはない。
さぁ、先輩の威厳を見るがいい!(ここまで約0.1秒)
「アッ、ハイ、ヨロシクオナシャス」
ダメでした⭐︎
先輩の威厳どころか「なんだこの変なクソリコリス・・・・・・」とか思われてるかも。つらい。
私には興味を失くしたのか足早に店内に入っていくたきな。
初期のたきな略してしょきなはDAにしか自分の居場所がないと思っており、そのためかDAに戻るために護衛対象を人質にするくらいにはやばい。
(DAの)教えはどうなってんだ、教えは!
その鍵となる優秀なリコリス(千束)に興味を持っているんだっけ、確か。
あ、噂をすれば本人帰ってきた。おかえりー。
「ただいまあざみぃ〜! はいこれ! 頼まれてたかりんとう」
「さんきゅー」
へへへ、やっぱこれですよこれ・・・・・・。
これがなきゃやってられっかってもんです。お金は後で返そう。
「ひょっとして誰か来てる?」
「うちに来た新しいリコリスの娘。昨日先生が言ってた、たぶん」
「ホントに!? 新しい娘来たの!? かわいい!?」
「かわいい」
うっひょ〜! と喜び出す千束。かわいい。
「よし! ならばさっそく自己紹介して皆で歓迎会じゃあ〜! ほらほら、あざみも早く中入って」
「まだ掃除終わってない・・・・・・」
「だぁ〜いじょぶだいじょぶ十分綺麗だって!」
千束に連れられて店の中へ。
急に手を握られると心臓に悪いので、程々にして頂きたい。すべすべやな!
「ただいま〜! 先生、新しい娘が来たってホンt・・・・・・なにこの空気?」
ホントだよ。えっ、なにこの空気?
たきながこの世の知ってはいけない真実を知ったような、世界全てに裏切られたような、そんな終わった表情をしてる。あ、こっち見た。
こっちっていうか私を。私を見てなんか絶望的な表情をしていらっしゃる。なして?
ーーーーん? 私? 私かぁ、なるほど、ふぅん・・・・・・。
あっそうだ、私が死ねば千束がブッ殺すって言ってくれるかも!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
たきな登場回でした。
ついでにやっと計画を立て始めるアホ。どうなりますかね、ホントに。
高評価、感想など頂けたら嬉しいです。ではまた。