「ここに来れば
またキミに会えると思っていたよ」
そうほざいている皇帝サマは
古びた大きな木の根元で座り込んでいる。
「たまたまだ」
「ここは偶然で来られる場所ではないだろう」
否定してやりたいが
今回だけはコイツが正しい。
ここは私とお前しか知らない
秘密の場所なんだからよ。
「せっかくだ。私の隣に座ってくれ。
臨終正念。
お互い時間は使い尽くした後なのだから」
「ボケた事をほざいてんじゃねぇ」
私はそう言いながら
アイツの隣に座る。
背中に伝わる木の感触はガキの頃と変わらない。
こっちの体はもう年老いているのに。
「何年前だったかな。
この木に登って語り合ったのは」
「いきなりガキの頃の話かよ」
「ここでならいいかなと思ってね」
私とお前はいつも門限スレスレになってから
この木に登って一緒に夕日を見て語り合った。
”みんながもっと幸せになれる世界を共に作ろう”ってな。
「最初に裏切ったのはどっちだよ」
そうは言っても
お互い一緒に裏切ったようなもんだよな。
私も。お前も。
「今だから思えるんだ。
道を違えたのだから良かったと」
「なんだよそれ」
「同じ目的地に向けて
違う道を歩んだからこそ
より多くの者を救えた。
私はそう思えているよ」
「救えたねぇ……
だから、気に入らねぇんだよ」
「……どうも、性根というものは
どんなに歳を重ねても治せないな」
結局、皇帝サマは皇帝サマだ。
個人の自由を尊重するとか抜かしつつ
最適な役割を与え、完璧に演じさせる。
そうやって、全員まとめてお前の帝国の一部にする。
いつだろうと、どこだろうと、誰だろうと
お前自身も含めて理想の形に固めちまうんだ。
それが、皇帝シンボリルドルフのやり方だろう。
気に入らねぇな。
気に入らねぇけどな――
「気に入らねぇけど
お前のやり方が良いヤツらが大多数だった。
認めてやるよ。一応な」
「ありがとう。シリウス」
「拒むのも疲れんだよ。
この歳にもなるとな」
いつ毛の色が全て銀色に染まったかは覚えていない。
表面だけ取り繕うのもバカらしいしな。
「それに、お前と違って
私は誰も救えなかったからな」
「そんなことはない。
キミへの感謝の言葉は私も耳にしたぞ」
「少しだけマシな方を選ぶ手伝いしかできてねぇよ」
そうだ。
アイツもアイツも、アイツだって
結局は一度も勝てなかった。
レースも含めてこの世界は
勝者よりも敗者の方が多い。
元から全員が幸せになるなんて不可能だろ。
どうして、この歳になるまで
そんな単純な事も解らなかったんだろうな。
お前が産まれた時から理解してそうな事実をよ。
「それでもキミは胸をはるべきだろう。
キミを慕う者たちの為に」
「皇帝サマはいつでもご立派な考えだな」
「見損なわれても、失望はされてたくないからね。
特にキミからは」
どうして、離れてくれねぇんだ。
お前は。
いや、逆か。
私はお前から卒業できないんだろうな。
たとえ、お前が居なくなっても。
「少し話し過ぎたな。
じゃあな」
「シリウス」
お前は私の手を掴む。
そんな必要ないだろ。
「なんだよ」
「尻尾ハグをしないか?」
「……ふざけてんのか」
「冥土の土産というのものが欲しくなってね」
「だから、ボケた事を言うんじゃねぇよ」
「キミは知っているだろう。
私が寂しがり屋で誰よりも強情なのは」
私は舌打ちしながら、再び腰を下ろす。
「もう誰にも見向きもされねぇババァだ。
好きにしろよ」
「キミは変わらず美しいよ」
「嫌味かそれ」
「嘘が吐けない性分なのも知っているだろう」
だから腹が立つんだよ。
その年齢不相応に輝く毛並みで言われるとよ。
こっちが抱え込んでいる劣等感なんざ
いつもの様に知る由も無く私の尻尾に自分の物を乗せやがる。
「早く済ませろ」
「私は最初に動いた。
次はキミの番だろう?」
「……全く変わらねぇな」
イヤな安堵感を抱きながら
私は上に乗ったアイツの尻尾に
自分の尻尾を巻き込んでいく。
「これで満足ですか?皇帝サマ?」
「ふふ、シリウスの感触はやっぱり変わらないな」
「なにを言ってやがる」
「あの太い枝にふたりで跨って夕日を眺める度
私達は尻尾を交じらせたじゃないか」
「命綱としてな。それ以上の意味は無い」
「命綱としては意味が無いと
キミも分かっていただろう?」
じゃあ、私たちはどうして尻尾を結び合わせている。
一蓮托生でいたかったのか。
私も、お前も、同じ時に道を変えたくせに。
だったらよ
夢を捨てない為に違う道を歩むぐらいになら
強引にでもお前と一緒に地獄へ堕ちた方がお互い――
いや、私は幸せだったのか。
まぁ、今更どうこう言っても仕方ないが
”今更”だから、どうこう言えるとはいえな。
「こうしていると、また同じ道を歩いている気分になれるな」
否定してやりたかった。
でも、できなかった。
そうだ。
今更だから否定したくなかった。
「……そうだな」
「シリウス。最後にキミとまた出会えてよかった」
アイツの手が私の手と重なる。
みんなの皇帝サマは
今は私だけのルドルフになっている。
ほんの短い間だけだが
私たちはこの世界でふたりきり。
誰もいない。
救われたヤツも、救われなかったヤツもいない。
私たちだけしかいない。
今だけは、そんな身勝手な自分だけの夢を見られた。