船出と出会い
あれから10年が経った。10年という長い間の中でルフィとミカゲはフーシャ村の名物コンビとなった。
ルフィの影にミカゲが入る。普通ではありえないその光景も、村の住人はいつの間にか"そういうもの"だと認識してしまい、特に疑問に思うことはなくなってしまった。
ルフィとミカゲが小さな船に乗り、海へと出る。頭上ではクークーとカモメが鳴いていた。
「やー、今日は船出日和だなー」
「そうだねえ」
呑気にそんな会話をしていると、海が大きく波打ち海の中から大きな海王類が低く唸りながら姿を現す。
「出たか近海の
「うん」
ミカゲが素早く影の中へと入り、ルフィはすぐに海王類の方を向く。
「10年鍛えたおれの技を見ろ!」
海王類は大きく口を開け、船ごとルフィを食らおうとする。
「ゴムゴムの……
ルフィは思い切り海王類をブッ飛ばし、海王類はそのまま海の中へ沈んでいった。
「思い知ったか魚め! よし、出てきていいぞーミカゲー」
「はあい」
のんびりした声とともにルフィの影からミカゲが出てくる。
「んん、まずは仲間集めだ。ミカゲを抜いてあと10人はほしいなぁ!」
「10人! そうなったらすっごく騒がしくなるね、楽しそう!」
「だろ?あとは……」
「「海賊旗!」」
2人の声が重なり、そして揃って笑う。
「よっしゃ行くぞ! 海賊王に、おれはなる!!」
まだ見ぬ仲間たちを巻き込まんと、小さな船は海を進んでゆく。かくして大いなる旅は始まったのである。
それから何日も2人は船の上で揺られる。元々お気楽な性格のルフィと、同じくらい楽観的な性格のミカゲ。そんな2人がこれといった航海術もなく海に出ているということが何を示すのか。想像に難くないだろう。
「はー、今日もいい天気だなーっ」
「潮風が気持ちいいねー」
「ああ、こんな気持ちいい日なのになぁ、この船旅はひとまず遭難ってことになるな!」
「なるねえ」
2人の目の前には、否、2人の乗る船は今まさに大渦に呑まれている。それなのに2人は呑気に会話を続けていた。迂闊だった、なんて言いながら。
「助けてほしいけど誰もいないし、まー呑まれちまったもんはしょうがないとして……泳げないんたよなー、おれ」
「ルフィ、こんな大渦じゃ泳げようが泳げまいが関係ないと思うよ」
「それもそうだな! よし、またおれの影に入っとけ!」
「何か考えがあるの?」
「んー、まあなんとかなるだろ! とりあえず入っとけ!」
ルフィの言葉通り、ミカゲは影に潜った。そして大渦に完全に呑まれてしまう前にルフィは酒樽に体を突っ込んだ。破天荒な策ではあるが、このまま船に乗っているよかよっぽどいいのかもしれない。
***
とある島、その海岸にミカゲを影に潜ませたルフィの入った酒樽が流れ着いた。その酒樽を1人のピンク頭の少年が発見し、酒蔵の方へゴロゴロと転がして運ぶ。
「何やってんだ雑用コビー」
「そ、その、酒樽が海岸に流れていまして……。まだ中身も入ってるようなのでどうしたらいいでしょうか」
酒樽を運びながら酒蔵にいた男たちにおずおずと、コビーと呼ばれたピンク頭の少年が聞く。
そんな少年をさておいて男たちはその酒樽を起こし、蓋を叩き割ろうとする。本来ならば彼らの頭かしらである女海賊のアルビダに報告しなければならないはずだが、現時点でこの酒樽の存在を知っているのは酒蔵掃除である男たち3人と、運んできた張本人のコビー、合わせて4人だけだ。それならば黙っていればそもそも酒樽なんてなかった、ということになる。
中のものを吟味せんと1人の男が拳を酒樽に向けたが、その拳が蓋を割る前に内側から勝手に割れた。
「あーっ!! よく寝たーっ!!」
そんなルフィの言葉とともに。
「何とか助かったみたいだなぁ、目ぇ回って死ぬかと思ったよ!」
ルフィは豪快に笑う。そんなルフィとは別に、酒樽の近くにいた4人はしんと静まり返る。そんな4人を見てルフィは「誰だお前」と問う。
「テメェが誰だ!!!」
「一体どういう状況で樽から人間が出てくんだ!?」
逆にルフィに質問しようとしたが、黒い物体が飛んできて酒蔵が諸共吹っ飛んだ。ルフィ以外の男が口々にカエルが潰れたような声を出す。
「サボってんじゃないよ!!!」
ルフィの入っていた酒樽は酒蔵が吹っ飛んだ衝撃でガンガンと音を立てて転がっていく。
酒蔵を吹っ飛ばしたのは金棒を持ったかなり大柄な女、アルビダだ。酒蔵を吹っ飛ばしたのも彼女が持つ金棒だろう。どうやらアルビダは先ほどのルフィのセリフを自分の手下が言ったものだと勘違いしているらしい。
このまま勘違いされてはどんな目に遭うか……嫌な想像をしてしまった手下たちは慌ててルフィのことを、侵入者のことをアルビダに報告する。コビーの野郎が変な奴を連れて来やがった、とさりげなく罪を擦り付けて。
「コビー、あのガキ裏切りやがったね!! それよりも侵入者は賞金稼ぎじゃないだろうね」
「しかしこのあたりで名を聞く賞金稼ぎといやあ……」
「バカな! あの男は今海軍に掴まってると聞いたぞ!」
手下たちが言うあの男というのは賞金稼ぎ、海賊狩りのゾロのことだ。
一方衝撃で転がったルフィはよいしょと酒樽から出る。そんな様子をコビーが心配そうに見ていた。彼は酒樽に入ったまま派手に転がるルフィを心配してわざわざ走ってきたのだ。
「ミカゲー、出てきていいぞー」
「ミカゲ?」
コビーが首を傾げるのと、ルフィの影からミカゲが出てくるのはほとんど同時だった。
ミカゲはルフィの影の中に入っている間は音しか聞こえない。だからずっと激しい海の音が絶えず聞こえ、ちょっと静かになったかと思えばルフィが入っているはずの酒樽がゴロゴロと転がる音が聞こえ、ミカゲは少し心配していたのだ。だが当の本人はけろりとしている。
「ルフィ大丈夫? 怪我してない?」
ミカゲはルフィの周りをくるくると回り、その体に怪我がないことを確認する。
「あ……ああ……ひ、人が……か、かか、影の中から、ひ、人が……」
足ががくがくと震え、言葉もしどろもどろになってしまっている。
「おれはルフィ。こっちはおれの友達のミカゲだ。なあ、ここどこだ?」
何故人の影からまた人が出てくるのか、コビーはそれを聞きたかったが、目の前の2人の話題がすぐに変わってしまい、疑問は不完全燃焼を起こしてしまった。
「えっと、この海岸は海賊"金棒のアルビダ"様の休息地です。ぼくはその海賊船の雑用係コビーといいます」
「コビー君だって、ルフィ」
「ふーんそうか。実はどうでもいいんだけどな、そんなこと」
「はあ……」
訳の分からないことのオンパレードでコビーはそう言うしかなかった。そんなコビーを置いてルフィは小船でもいいから海を渡れるものはないかとコビーに問う。
ルフィとミカゲが今まで乗っていたのは渦巻に巻き込まれてぐしゃぐしゃになってしまったから代わりのものがいるのだ。
「こ、小船ならないこともないですが……」
そう言ってコビーは2人を案内する。コビーがルフィとミカゲを案内した先にあったのは手作り感満載の小船。その小船を見たルフィはズバッと棺桶かと突っ込んだ。もう少しオブラートに包んでもいいと思うのだが。
「一応船です。ぼくが造った船です……! 2年かかってコツコツと……」
「2年かけて? で、いらねぇの?」
「……はい。いりません。この船はここから逃げ出したくて造ったんですが、結局ぼくにはそんな勇気ないし……どうせ一生雑用の運命なんです。一応、本当はやりたいこともあるんですけど……」
「やりたいこと?」
「じゃ逃げればいいじゃねえかこれで」
「む、むむ無理ですよ! 無理無理! もしアルビダ様に見つかったらって考えると足がすくんで……怖くてとても……」
コビーは語り始める。
ある日、ただ釣りに行こうとしただけだったコビーが間違って乗り込んでしまったのはアルビダを頭とする海賊船。
そしてそれに乗り込んでしまったが最後、コビーは殺されない代わりに航海士兼雑用係として2年間も働かされてしまっている。
「お前ドジで馬鹿だなー」
「コラルフィ!」
「そのうえ根性なさそうだしなー、おれお前キライだなー」
「ルフィ!!」
ぺしんっとミカゲがルフィの頭を叩いた。別にそのビンタにダメージはない。ただそんなにハッキリ言うなという注意の意味を含めたビンタだ。
散々ボロボロに言われたコビーは涙を流しながらへらへら笑う。
「……でも、その通りです。ぼくにも樽で海を漂流するくらいの度胸があれば……。あの、ルフィさんとミカゲさんはそこまでして海に出て何をするんですか?」
コビーの問いにルフィはにぱっと笑い、あっけからんとした態度で言った。
「おれはさ、海賊王になるんだ!!」
「え、か! か!? 海賊王!? 海賊王っていうのはこの世のすべてを手に入れたものの称号ですよ!!? つまり富と名声と力の"
「そうなるね」
「あ、あなたもそんな無茶なことを!?」
「私? 私はこの広い世界のすべてを見たい! そしてそれと同じくらいルフィが海賊王になるのをこの目で見届けたい」
「しっ、死にますよ!? 世界中の海賊がその宝を狙ってるんです」
「おれも狙う」
「……む、無理です! 絶対無理! 海賊王なんて、この大海賊時代の頂点に立つなんて、出来るわけないですよ!! 無理無理っ!!」
首を左右にブンブンと振り、全否定するコビーの頭をルフィがごんと殴る。どうして殴るんだと言うコビーにルフィは何となくだと言った。そんな理不尽なことはそうない。
「……でもいいや……慣れてるから」
「殴られることを慣れちゃだめだよコビー、よくないよ!」
「でも事実ですし……えへへへ」
「おれは死んでもいいんだ!」
「え?」
「おれがなるって決めたんだからそのために戦って死ぬんなら別にいい」
「だめだよルフィ、勝手に死ぬのは許さないよ」
「おれだって簡単に死ぬつもりはねぇ! それにおれはやれそうな気がするんだけどなー、やっぱ難しいのかなー」
なんて話すルフィとミカゲを見ながらコビーは自然と涙を零していた。そしてぽつり、と言葉を紡ぐ。
「……ぼくにも……やれるでしょうか……し、死ぬ気なら……」
「ん?」
「コビー君?」
「ぼくでも、海軍に入れるでしょうか!!」
「海軍?」
「ルフィさんとミカゲさんとは敵ですけど!! 海軍に入って偉くなって悪いやつを取り締まるのがぼくの夢なんです!! 小さいころからの!! やれるでしょうか!!?」
「そんなの知らねぇよ!」
「いい夢だね!」
「やります! やってやりますよ! どうせこのまま雑用で一生を終えるくらいなら! 海軍に入るため命を懸けてここから逃げ出すんです! そしてアルビダ様……アルビダだって捕まえてやるんです!」
宣言したと同時にルフィたちの所に黒い金棒が振り下ろされた。
「誰を捕まえるって!!? コビー!!」
「うわああっ!」
金棒は、コビーが2年間コツコツ造った小船へと振り下ろされてしまった。ボロの小船が粉々に壊れていく。
「このアタシから逃げられると思ってんのかい!? ……おや、そいつかい、お前の雇った賞金稼ぎってのは、ロロノア・ゾロじゃなさそうだねぇ。最後に聞いてやろうか。この海で一番美しいものは何だい……? コビー」
「え、えへへ……そ、それはもちろん……」
「誰だこのイカついおばさん」
ルフィがアルビダを指差してぴしゃんと言い放つ。
アルビダの堪忍袋の緒がブチブチと切れていく。
「ルフィさん訂正してください!! この方は、この海で、一番……! 一番……」
コビーの脳内に先ほどのルフィの言葉がフラッシュバックする。
――おれがなるって決めたんだからそれで戦って死ぬんなら別にいい――
「一番……イカついクソババアですっ!!!」
コビーのその言葉にルフィはまた豪快に笑う。ミカゲも笑うのをぐっと堪え、に焼けている顔を隠すために両手で顔を覆ってはいるが、プルプルと肩が震えてしまっている。
ルフィとコビーの言葉で完全にアルビダは切れてしまった。なりふり構わず金棒を振り回すアルビダを見ながらコビーは恐怖のあまり叫んだ。だがその心に悔いはない。言ったのだ。言ってやったのだ。コビーは確かに戦った。自身の夢のために。
「よく言った、ミカゲ! コビー持って下がれ!」
「うん!」
ルフィに言われた通りにミカゲはコビーをぎゅっと抱いて思い切り後ろへと下がる。
アルビダがルフィへと金棒を振り下ろしたが、ゴムゴムの実を食べたゴム人間であるルフィには効かなかった。そのまま腕を伸ばし、アルビダを思い切り殴り飛ばす。
「手が、手が伸びたぞ!」
「お、お頭! アルビダ様が負けた! 化け物だ!!」
「コビーに一隻小船をやれ! こいつは海軍に入るんだ! 黙って行かせろ」
目の前で自分たちのトップがやられてしまった下っ端たちは冷や汗をだらだらと流しながら力なく頷いた。
「しししし!」
「やったね、コビー君! これで憧れの海軍に入れるね!」
「はいっ!」
3人は船に乗り、ゆらりとゆらりと海面で揺られる。
「あのゴムゴムの実を食べたなんて驚きました。ってことはルフィさんの影に潜るミカゲさんも何かの実の能力なんですか?」
「いや、ミカゲは違ぇぞ」
「私はスキア族っていう種族で、誰の影にでも潜り込めるの。もちろんコビー君の影にもね。でも10年前にルフィがルフィの影にいさせてくれることを許してくれたから、基本はルフィの影にいるようにしてるの」
「そう、なんですね。あのルフィさん」
「何だ?」
「ワンピースを目指すってことは、
「ああ」
「あそこは海賊の墓場とも呼ばれる場所で……」
「うん、だからミカゲのほかに強い仲間がいるんだ。これからお前が行く海軍基地に捕まってるって奴」
「なんだっけ……ロロノア……?」
「ロロノア・ゾロですね」
「そうそいつ! いい奴だったら仲間にしようと思って!」
「え、ええーっ!!? また無茶苦茶なことを!! 無理ですよ、無理無理!! あいつは魔獣のような奴なんですよ!? ミカゲさんも止めてください! 無理無理無理!!!」
「そんなのわかんないだろ」
「大丈夫かもしれないからねえ」
「無理ですーっ!!!」
広い海の上、ぽつんとある小船からコビーの叫ぶ声だけがただ広がっていった。
海賊狩りのゾロという異名を持つ男、ロロノア・ゾロ。血に飢えた野犬のように賞金首を嗅ぎまわり、海をさすらう男。そんなゾロを見た人たちはゾロのことを人の姿を借りた"魔獣"だと呼ぶらしい。
「ふーん」
「だから仲間にしようだなんて馬鹿な考えは捨てたほうが……」
「でも別におれは仲間にって決めたわけじゃなくて、もしいい奴だったら……」
「悪いやつだから捕まってるんですよ!!」
「でも冤罪かもしれないじゃない。根はいい奴って可能性もあるし」
「そーいうこった! ししししっ!」
海軍に捕まるような人間がそんなわけないだろう。コビーは心の中でひしひしと思ったのだった。