異世界の不思議な喫茶店でワンオペしてるバイトです   作:モーム

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うちの店。お姫様しか来ねえ

   

「おいバイト、これはなんという機械なのだ?」

 

 椅子に座ったフリルドレスの女の子が、テーブルの上におかれたコーヒー・サイフォンを見ながら聞いてくる。

 頬杖をついて興味なさげにしているけれど、目はキラキラ光って興味津々。

 

 食いついたな、と心の中でガッツポーズ。

 

「サイフォンといいます。下のポットで加熱されたお湯が上の漏斗にのぼり、そこでコーヒーを抽出するんです」

 

 本当のところはもっと複雑なんだけれど、今日のお客様──リリーナ・ロリリア王女──にはこれで十分だろう。

 事細かに質問されたら、その時にしっかり答えればいいんだし。

 

「なるほどな」

 

 これでOKだったみたい。

 興味をおさえられなくなったんだと思うけど、テーブルに身を乗り出して、今まさにフラスコから漏斗に上がっていくお湯をまじまじと見つめている。

 

「そちらの世界に、こういうものはありますか?」

 

 彼女は何度も来てくださっているけれど、アニメでよく見るファンタジー世界らしいってことしか知らない。

 

 ふむん、とリリーナ王女が相づちをうってくれる。

 家来にするような相づちだけど、彼女は王女様なんだから、アルバイトのボクにはだいぶもったいない。

 

「錬金術師がこのような道具で、なにやら作っているのを見学したことがある」

 

「フラスコで実験ですか?」

 

「そうだ。ガラスの中の霊薬(ポーション)を沸騰させて、なにやら抽出させていた……と、思う」

 

「なるほど……」

 

「蒸発した液体が別のフラスコに注がれていくのが不思議でな、よく覚えている」

 

 中学でやった蒸留とか分留の実験みたいなものかな。

 王女様が言っているのは分留実験だと思うけれど、異世界の霊薬(ポーション)からどんな成分が抽出されたのか、すごく気になる。

 

 ボクが聞こうとする前に「だがしかし……」とリリーナ様が話を続ける。

 

「いつも貴様(バイト)がやっている、紙でろ過する……ドリップ式ではいかんのか?」

 

 どうしてそんなことを聞くのだろう、と首をかしげてしまった。

 それを見た王女様が、察しの悪いボクに説明を加えてくれた。

 

「これでは時間がかかるだろう。いつまで客を待たせるつもりだ」

 

 あ、そういうことか。

 よく見れば王女様は頬をふくらませて、年相応の子どもらしくむくれている。

 いつもお行儀よく飲んでくれているけれど、きっと、ごくごく飲みたかったのかもしれない。

 

 だけど今日ばかりは、今しばらく辛抱してもらう。

 

「いいえ、王女様。このサイフォン式がいいんです」

 

 ワンオペのバイトとはいえ(言ってて悲しくなってきたな)、ひとり喫茶店を預かっているんだから、ボクにもプライドがある。

 

「その心は?」

 

 待たされてすこしいじけているみたい。

 

「見て分かるとおり、これは時間もかかるし手間もかかります。正直、ちょっと面倒です」

 

 ドリップ式ならカップとフィルターがあればすむけど、サイフォン式は実験器具みたいにごちゃごちゃしてて、準備が面倒くさい。

 ボクがどんな結論を言いたいのか分からない様子で、リリーナ様が首をかしげる。

 だいぶかたむいてる。

 

「でも、見ていて楽しいでしょう?」

 

「それはまあ、認めるが……」

 

 やぶさかでないといった口調だけど、頬も赤くなっているし、とても楽しんでもらえたんだろう。

 

「面倒だからいつもはやりません。今回は特別なので、このサイフォンを使いました」

 

「特別?」

 

「はい、特別です」

 

「ふむ……そうか、特別か……特別……」

 

 威厳ある王様のように腕を組んで胸を張っているけれど、口元がゆるんで「~」なんて形になっているし、犬だったら尻尾をぶんぶん振ってそうなくらい、幸せオーラを振りまいている。

 

「いかがでしたか、王女様?」

 

「……くるしゅうない」

 

 口調は堅苦しいけど嬉しさは隠せてなくて、そんなに喜んでもらえるとこっちもすごく嬉しい。

 いやチョロいな……。

 本心だけど、こう簡単に信じてもらえると、なんだか不安になる。

 

 ツンと澄ました育ちの良いペルシャ猫が、お行儀よく座りながら尻尾を振って楽しんでいる感じ。

 小動物的にかわいい。

 

 威張ろうとがんばっているけれど、逆に微笑ましくて笑みがこぼれる。

 きっと王宮でもこうやって愛されているのかも。

 

「コホン」

 

 ふと、だれかが咳払いをした。

 お付きの女騎士の人(アグリアスなんとかさん)だ。

 入店するなり「使用人、私のことはけっこう。構わないでよろしい」と言われたまま、そのとおりに気にしていなかったから、ほとんど忘れていた。

 

「姫様。油断してはなりません。この得体の知れない黒い液体を、錬金術師どもとおなじ道具で作ったのです」

 

 ぎろり、と鋭い視線がこっちをにらむ。

 射殺すような目つきで、喉の奥から出したことのない変な悲鳴が出そうになった。

 なんとか悲鳴を飲み込む。

 

「なにを言うか、お前は知らないだろうが、私は何度もこの店のコーヒーを飲んでいるのだぞ」

 

 せっかくこれからコーヒーブレイクだったのに、と不機嫌にむくれてる。

 

 ボクはといえば、あんまり困ってない。

 コーヒーを飲む文化のある世界や地域からきた人ならともかく、そういった風習のないところからきたお客さんは、まず疑ってくるものだし。

 そういうお客さんはそこそこいる。

 

「油断させてから毒殺するのかもしれません」

 

 その発想はなかったな……。

 たしかにカフェインは飲みすぎたら毒だけど。

 

「こいつが? 虫が出ただけで悲鳴をあげる腰抜けなのに」

 

 それはそうですが。

 女騎士さんからの視線がバカにしたようなものになっていたたまれない。

 時給900円に、こんな冷たい目を向けられる給料は入ってないのに……。

 

「たしかに、人に手をあげられるような男には見えません」

 

 すっごいバカにしたよね?

 そうやって心をグサグサ突き刺すのはやめてください。

 そろそろ、泣く。

 

「剣から手を離せ、バイトに対して無礼であるぞ」

 

 バイトって王女様から気を使われる立場だっけ?

 というかずっと剣に手をやっていたんですね、アグリアスさん。

 ちょっとでも選択肢を間違えたらバッドエンド待ったなしだったじゃん。

 今さら怖くなってきた。

 

「ここで殺すのはやめておきましょう」

 

 後で殺されそう。

 

「うむ」

 

 うむじゃないが?

 

「ですが姫様、あなたのお口に入れる前にやることがあります」

 

「ふむう」

 

「毒見をいたします」

 

 毒見。

 

「ならばよし」

 

 いいんだ!?

 

「……毒見用に入れ直しますか?」

 

「そのままでいい。姫様の口に入るものと同じでなければ意味がない」

 

 さようで。

 

 うーん……。

 リリーナ様にお出しする分しか作ってないから、ポット1杯で……カップ2杯分くらい?

 そう何杯も飲まれないお客さんだからちいさいポットで作ってしまった。

 

「1杯ならこのまま出せます。2杯も飲まれるなら、また作り直す必要がありますけれど、どうしますか?」

 

「1杯でいい。よこせ」

 

 おおせのままに……。

 危うく命の危機だったせいで指が震えるけど、コーヒーカップに注ぐくらいは目をつむってもできる。

 

「砂糖とクリームは?」

 

「む」

 

 すこし考え込むように、アグリアスなんとかさんの動きがとまる。

 顎に手を当てて考える姿は凛々しくて、こっちに敵意がなかったら胸が高鳴りそう。

 今もボクの心臓は高鳴ってるけど、これただの恐怖なんだよな。

 

「姫様はお入れになられるのか?」

 

「たくさん」

 

「ではそれで」

 

「バイト……貴様……」

 

 いつもたっぷり入れてるのが、子どもっぽくて恥ずかしいと聞いた覚えがある。

 でも今はちょっとそれどころじゃないので、恨みがましい目を向けないでください。

 年下の女の子にそんな風にみられると心が痛い……。

 

 ウェッジウッドのカップに音もなくコーヒーを注ぐ。

 白を基調として、縁に紫と金の装飾が綺麗なカップで、普段は使わないけれど、リリーナ様のようなこだわりのあるお客さんにはこれがちょうどいい。

 

「ふむ……まぁ、王族にも失礼のないカップではある」

 

 女騎士さんにも気に入ってもらえたみたい。

 

 量はそんなに多くない。

 エスプレッソほど少なくもない。

 カップの半分よりすこし上まで、注ぐ。

 

 シュガーポットから砂糖を小さじ2杯、コーヒーフレッシュをひとつ。

 姫様が言うところの「いつもの」やつ。

 

「熱いのでお気をつけください」

 

 ソーサーと一緒に出すころには、もう手は震えてない。

 これでダメならなにをしたってダメなんだし、バイトでもコーヒーの腕前に自信がある。

 

「うむ。香りはいいようだ」

 

 口元までカップを運び、すこし回して香りをたしかめている。

 よく見ればけっこうな美女で、まっすぐ通った鼻とキリリと結ばれた唇をまじまじと見ていると、こっちの顔が赤くなりそう。

 嗅覚に集中していると思うんだけど、長いまつ毛を閉じている姿を見たら、絵から抜け出してきた美しさがある。

 

「バイト」

 

「ッス」

 

 とても冷たい声が王女様から飛んできたから目をそらす。

 こういうときの女の子を怒らせると怖いって、よくおじいちゃんが言ってた。

 ブチギレてるおばあちゃんの隣で。

 

 アグリアスなんとかさんがコーヒーを口にふくむ。

 

「━━━━━━!?!?!?」

 

 声もなく絶叫した。

 びっくりマークとハテナマークをそこら中に投げ散らかし、口元に手をあてて目を見開いている。

 ……頰が赤くなっていて色っぽいな。

 

「おい」

 

「ッス」

 

 いやめちゃくちゃ驚いてるなこの人。

 こんなに擬音を飛ばされるとなんか心配になってくる。

 あ、聞き忘れてた。

 

「アグ……なんとかさんに、食べてはいけないものってありますか?」

 

 これはアレルギーの話だけじゃない。

 チョコから高純度の魔力を摂取しちゃって倒れた魔法使いとか、ワインを飲んだネクロマンサーの人が鼻血を出したり(調べたらワイナリーの隣にでっかい教会があった。それで神様の加護をもらったワインになってたらしい)、いろいろある。

 

「特に聞いた覚えはないが……あっ」

 

 なんかあるな。

 

「……コーヒーどころか、砂糖も初めてだったかもしれん」

 

「ああー……」

 

 その昔、お茶もコーヒーも薬だったという。

 まだ一般的な飲み物じゃなかった時代、カフェインの刺激はそれだけ激しかった。

 エナドリ扱いされてたくらい。

 

 砂糖もおなじで、お薬扱い。

 それも滋養強壮に効く万能薬という。

 

「コーヒーも砂糖も、一般的ではないんですか?」

 

「コーヒーは知らん、見たこともない。砂糖はある」

 

「あるんだ……」

 

 宗教的に禁止されてるのかな。

 コーヒーを見るなり「悪魔の涙!」と叫んだ聖女様が脳裏をよぎる。

 

「代々、騎士を務める家系と聞いている。砂糖のように軟弱な嗜好品を騎士は嫌うからな」

 

「そういう」

 

「うむ」

 

 ずっと砂糖や嗜好品を遠ざけて訓練に明け暮れていたなら、そうなるのかな。

 現代だって、激しい減量を終えて数ヶ月ぶりにドーナツを食べたボディビルダーが男泣きしたって話もあるし、今まで食べたこともないなら、一層ひどいことになってるんだろう。

 

「む、ぐう……!?」

 

 女性が出しちゃいけない声が聞こえた。

 聞かなかったことにしよう。

 

「うまいか?」

 

 自信満々にふんぞりかえったリリーナ様がにやにやしている。

 作ったのはボクなんですけど???

 

「…………………………まだ安全と分かったわけではありません」

 

 せやな。遅効性かもしれない。

 いやコーヒーは毒じゃないんだが?

 ボクまで向こうのペースにのまれてるんだが?

 

「まだありますから、遠慮なく」

 

「いただこう」

 

 今度は香りをたしかめるまでもなく、二口目をぐいっとあおる。

 もむもむと口の中でよく味わってから、ごくん。

 白い喉を鳴らして飲む。

 

「……ふむ」

 

 三口目。

 

「ふーむ」

 

 四口目。

 カップが空になった。

 

「もう一杯いただこうか」

 

「おい」

 

「毒見です」

 

 そう言っておけばなんでも許されると思ってるのか。

「好きなだけ飲んでいってください」

 満足するまで帰さないからな。

 

 

 

 




コーヒーって何杯も飲むとお腹が荒れますよね。
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