「アーちゃんってやっぱりかわいいよね、才色兼備なアーちゃんを世間はもっと煽てもいいと思うけどな、あたしは。ヒナちゃんもそう思うよね!」
「えっ、う、うん。モデルさんみたいだよね。髪も白くて、ウマ娘には珍しいよね」
「だよねだよね!だってさ、あんなにかわいいのに、あんなに強いんだよ?あたしはコートとあんな勝負ができるアーちゃんをもっとフィーチャーしてもいいと思う!いや、むしろするべき!コートに何回も挑戦する勝負根性もカッコいいのに」
ユウが作業に追われ構ってくれないからか、今後のレース予定に目を通しているヒナに向かっていた。今日は珍しくアリアンスとは一緒ではない。
「ウールちゃんは本当にアリアンスちゃんのことが大好きなんだね」
「もちろん!あたしの一番の親友だから!あれは十年前のこと……」
電源が入りっぱなしのテレビに映ったのは、ついに直前となった高松宮記念のインタビュー。各陣営の意気込みが語られる中、注目株として挙げられたのは、昨年のスプリンターズステークスの覇者、レゾルーラだった。普段の奇抜な言動から、どんな言動が飛び出すかと思われたが、これ以上ないほどの単調な一言が飛び出した。
「勝つよ」
戸惑うインタビュアー。もっと撮れ高のある、迫力に満ちた言葉を期待していたのだろう。レゾルーラの瞳は虚ろにも見えて、「じゃ」と言い残して去ってしまった。これにはパソコンに向かっていたユウも思わず手を止め、食い入るように見ている。
「明らかに様子がおかしい……」
「ちょっと怖いね……」
今日はたまたま気分が乗らなかっただけかもしれない。G1という大舞台で、なおかつ一番人気を背負うウマ娘のレース前というのはセンチメンタルになることもあるだろう、ユウは自分にそう言い聞かせていたが、冷や汗が止まらない。この感じ、もしかして、まさか
この子は――。
「ユウくん、大丈夫?」
「ああ、うん。ごめん、なんでもない」
嫌な予感がする。僕はレゾルーラの異様な雰囲気の意味を知っている。いや、忘れてはならない。忘れたくても忘れられない。青ざめた顔でテレビを凝視する僕を二人が心配している。その声でようやく我に帰った。
「遅れてごめんなさい」
痺れる空気の中にアリアンスが舞い込んできた。本当はテレビの内容に肝を冷やしていただけなのだが、自分が遅れてきたことでやはりユウが怒っているのだと勘違いして、ペコペコ頭を下げている。
「違う、違うんだアリアンス。君に怒っているわけじゃない。事前に連絡も受けていたし、全く問題ない」
「じゃあユウトレーナーはどうしてそんなに驚いた顔をしてるんですか。あたしがかわいいのはいつものことですよ?」
茶化す声を軽くあしらって、やはり思案に深く没頭している。トレーナー、トレーナー!ウールのその声にようやく反応した。そして彼が蚊の鳴くような声で呟いた一言。
「
「ユウさん、今日のメニューを教えてください!」
スイカ割りの一撃のように、身体を頭上から二等分にかち割る衝撃を受けた気がした。声の主はもちろん、アリアンス。ふと周りを見回すと皆が心配していた。普段あまり表情を変えることがないフルアダイヤーさえ不安そうにこちらを見ている気がする。なおさらアリアンスの憂慮の表情といったら、言うまでもなかった。
「ごめん、心配をかけてしまった。誰が勝つのか気になってつい。やっぱりG1は予想し始めると止まらないな。さあ、今日のトレーニングなんだけど」
我ながら苦しい言い訳だったと思う。強引に話をすり替えた僕に戸惑いながらもこれ以上詮索しまいと皆は合わせてくれていた。それなら僕も、切り替えなければいけない。今は担当ウマ娘のことだけを考えていればいい。他のことに慄いている暇なんて一瞬たりともあるわけがない、あっていいわけがない。アリアンスとウール、そして少しずつ体を慣れさせていったフルアダイヤーを芝に送り出し、すぐに向かうと一言伝えた。トレーナー室に残されたのは、僕とヒナの二人だった。
「ユウくん、すごい汗だよ。声に出すとちょっとは楽になるかも、だから私でよければ話してほしいな……」
そんな顔をされて、いよいよ黙っているわけにはいかないな……。ユウは俯きながら語り始めた。
「少し昔の話になるかな、狂ったように過去のレースを漁ってた時期があったんだ。G1はもちろん、条件戦も残ってる分は全部見た。何か発見があればいいなって」
ユウの指先が動いた気がした。
「勝つウマ娘の特徴って言ったら大仰だけど、見つけた。それは、レース中のある瞬間から唐突に走りが軽やかになって、桁違いの伸びを見せる、ということ」
ヒナはポカンとしている。もっと誰も気づかないような特徴を挙げると思っていたからだろう。ユウは少し自嘲気味に笑って続けた。
「そんなの当たり前って思うかもしれない、でも見れば見るほどおかしいんだ。まるで魂が抜けたように、いや、魂が何かに引き寄せられるような、とにかく言葉にできない走りで、一着をもぎ取っていた」
例えるなら、光。光速は無質量ゆえにその速度は全ての頂点に君臨する。そのウマ娘たちは、光になったのかもしれない、そう思わされるほど足取りが軽かった。
「それだけなら、問題ないと思うけど……」
ヒナは恐る恐る当然の疑問を口にする。それに食い入るようにユウは首を振った。
「違う、違うよヒナ。その後なんだ、僕が信じられなかったのは。その状態を経験したウマ娘は、廃人のようになってしまうんだ。みんな、分け隔てなく。ある子はその後全く勝利を手にできなくなり、ある子はその感覚に憑かれて、身体がボロボロになっても壊れるまで走り続けた。もちろんトレーナーの声なんて届くわけがない。嘘に聞こえるかもしれないけど、本当の話なんだ」
「その感覚はきっと、麻薬のようなもの。一度力が解放されたら、当時の感覚をもう一度発揮するために全てを捧げてしまう。全く勝てなくなってしまうのは、その感覚でもって勝利を手にした時の自分の圧倒的な強さに再びたどり着けない絶望から。壊れるまで走り続けるのは、身体が当時を求めてしまうから。僕はかつてその感覚と共にG1タイトルを手にしたウマ娘に会いに行った」
かける言葉が見つからない。ただただ衝撃の連続だった。
「G1タイトル、それは全ウマ娘が喉から手が出るほどに求める栄冠で、全体の1%にも満たない人数しか手にできない、選ばれた者だけの称号。それなのにそのウマ娘は、かつての自分の足跡を家に一つも置いてなかったし、トゥインクルシリーズの話も拒んだ」
ユウの語りは止まらなかった。突拍子もない話のはずなのに、その濁った瞳の前では、疑う気力すら湧いてこなかった。