秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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危険な力

「何が何だか分からなかった。勝利を掴み取ったウマ娘たちが、悉く堕ちていく。僕は急いでその感覚の調査をした。もちろん科学的に証明されている現象ではないし、普通のトレーナーはそれを目指してメニューを組んだりしない。でもなんとか、二つの事実を発見したんだ。一つは、それが領域(ゾーン)と呼ばれていること。そしてもう一つが」

 

トレーナー室には、心臓がはち切れそうな緊張が走っていた。

 

領域(ゾーン)を発揮したウマ娘のほぼ全てが、僕の親父の担当ウマ娘だったということ」

 

ヒナは後頭部を思い切り殴打されたような鋭い衝撃を受けた。

 

「親父は知ってか知らずか、領域(ゾーン)を担当ウマ娘に発揮させることでG1を勝たせてきた。あいつにしてみれば、自分が担当すればG1を一つは勝てるという肩書きだけが欲しかっただけだから、その後は語らなくても想像できると思う」

 

領域(ゾーン)はウマ娘を狂わす危険な力、そしてそれによって親父は数多くのウマ娘の理想を葬ってきた。僕はその力も、それを使って栄華を築いた親父も許せない」

 

ユウもヒナも、指先は震えている。

 

「ただ、領域(ゾーン)の存在は広く認知されてはいないし、その危険性も当然広まってない。それならアリアンスたちがその存在を知る必要はないし、使う必要もない。僕はそう考えながら今までやってきたんだ」

 

深い深呼吸の後、ユウはさらに表情を曇らせた。

 

「そして今日、その兆しを見た。レゾルーラは高松宮で、領域(ゾーン)に到達する。インタビューのあの虚ろな表情で僕は確信した」

 

あまりにも唐突だった。絶対に触れてはいけない力に、一人のウマ娘が到達しようとしている。さっきは頭が混乱して、何も考えられなかった。ただ僕がレゾルーラに声をかけるには、知識が不足し過ぎていた。そもそも領域自体、信じていない者もいるような力だ。何か言ったところで無駄かもしれない。それなら今回の高松宮で何が起こるのか、この目で見届けなければいけない。領域について解き明かす何かを掴むしかない。ヒナに打ち明けて、その覚悟ができた気がした。

 

「ユウくん……」

「ごめん、話が長くなってしまった。ヒナにそんな顔させちゃダメだ。もう行こう、アリアンスたちが待ってる」

 

私の前だからって、ユウくんは今無理をしている。さっきまではあんなに震えていたのに。ウマ娘がまた一人危ない橋を渡ろうとしているのに、何もできない自分を責め立てている。それでも私は、心配そうに見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

「私には、何ができるんだろう」

 

みんなのトレーニングをユウくんの隣で見ていた私は、ふとそんな一言を漏らした。彼の視線は、タイマーとバインダーとみんなとを三角形を描くように動いていたけど、私の一言にその動きを止めた。

 

「ヒナは誰かに寄り添うのが得意、僕はそう思う」

「えっ」

 

一瞬の間もなかった。まるでその質問を期待していたかのような。

 

「資料を集めたり、道具を準備したり掃除したり、コーヒーを作ったり。僕がヒナに任せてきたことは、確かにヒナじゃなくてもできるようなことばかりだったかもしれない。でもヒナは既に、ヒナにしかできないことで成果をあげている」

「そんな、そんなことないよ、私なんて……」

 

さっきまでウマ娘たちを見ていた、熱心でまっすぐな、貫くような彼の目が私に向いた。あわわ、私、ユウくんに見つめられてる……。紅潮する頬と共に高鳴る鼓動、見つめられて照れているという事実が、さらに私を赤くさせた。

 

「ヒナが来てから、みんなの笑顔が増えた。ウールはヒナによくちょっかいをかけるし、アリアンスは年相応の女子会トークのようなものをよくヒナと話してるよね。そんなの普通だよと思うかもしれないけど、その本質は、ヒナが誰かに寄り添うのが得意だということなんだと思う。寄り添うというのは、誰かを笑顔にするということ。それは、誰かの傷ついた心に優しく触れてあげるだけじゃない、何気ない会話で誰かを笑顔にできるというのも大切な要素なんだ」

 

もう冷え切ったコーヒーの香りが鼻に浸透していく。

 

「ヒナは自分が思っているより魅力に溢れている。でももしかしたら、誰かに寄り添えるヒナは、その自信のなさに根差したものなのかもしれないね。ふっ、人間ってなかなか難しいなあ。堅苦しい僕じゃ皆のあんな笑顔は見れない。だから何が言いたいかというと、ヒナはそのままのヒナで十分素敵だよ。僕がヒナを勧誘した理由のほとんどが達成されている、これだけははっきりと言える」

 

その目は真実を語っていた。よかった、私、ユウくんの役に立てているんだ……。そのままの私でもいい、気を遣ってそう言ったんだと思ってしまいそうだけど、彼の表情がそれを許さない。

 

「でも、もっとユウくんの役に立ちたい……!」

「ヒナならそう言うと思ったよ、そういうところが素敵なんだけどなあ。それなら、もっとレースを見てほしい。アリアンスやウール、フルアダイヤーだけでなく、そこのダートで走っているウマ娘も、G1を勝った先輩の走りも、何十戦も未勝利で苦心している子も、さらには、これからのG1レースも。そして僕に感想を伝えてほしい。書き起こしてもいいから、ヒナの言葉で感じたことをもっと僕に教えてほしい。多くは語らないけど、今の僕にはヒナの言葉が必要だ」

 

ユウくんがどうしてそこまで私に拘るのかは分からない。トレーナーとなった私だけど、まだまだ新人だし、担当ウマ娘も当然持ったことはない。それなら実績豊富な人に見てもらった方が何倍も成長に繋がる気がする。でも、ユウくんに頼まれた以上、そんな疑問を口にすることは許されなかった。それに、今の私がどれだけ思案したところで、その答えは多分見つからない。

 

「わ、私でよければ……」

「うん、頼んだ!あ、余計なお世話かもしれないけど、これ、バインダー。ウールが間違えて買い過ぎちゃったから、一つどうぞ。これを持ち歩くだけで様になるからオススメだよ」

「あ、ありがと……!」

 

ユウくんとお揃いのバインダーを貰ってしまった……!って、ちょっと子どもっぽいかな……。そんな反省をしつつも、やっぱり終始浮かれてしまっていた。今日は普段の何倍も集中して練習を見れた気がする。

 

「ねえねえヒナちゃん、あたしの走りどうだった!かっこよかったでしょ!ちょっと踏み込みを強くして、力強く走ってみたんだー。やっぱりウマ娘はかっこよくないとね!」

「タイム落ちてた」

「うるさいなー!あたしはあんたと違って魅せる走りを研究してるの!タイムはここから上げるんだから!」

「ヒナさん、後で相談があるんですけど……」

 

そう、この感じ。練習後のこの充実感は、皆のこの笑顔は、僕には出せない。皆のメンタルケアをするには、僕はいささか理論家すぎる、ヒナ、君は大丈夫だよ。いつか見た夕日の下で、そんな言葉を心の中で放った。




今更ですが、アリアンスが深く関わってこない話を番外編としています。番外編なのに本編と結構関わりがあるので、分ける必要は無かったかもしれないです。書きたいことが多くなかなかクラシックまで辿り着けていないですが、今度こそ本当にもうすぐなので、これからも見ていたいただけると幸いです。ここまで読んでくださった方、お気に入りを押してくださる方、本当にありがとうございます。
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