秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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領域の美酒

「凄まじい走りでしたね!これでとうとうスプリントG1ニ連覇なわけですが、これからの予定はありますか?」

 

レゾルーラ先輩の圧巻の撫で切りが炸裂して間もなく、インタビューが始まりました。私も含めた観客のほとんどが、まだ興奮冷めやらぬ様子です。まさに別格、あの乱暴な走り、いったいどれほど練習を積めばたどり着けるのでしょうか。

 

「決めてない。今はただ、全てが心地いいから……」

「そ、そうですか!やはり勝利の美酒というものは、レゾルーラさんでも飽きないようです!」

「アハハ、いいね、それ。勝利の美酒かぁ、そう、ウチは今酔ってんの……!決めた、次はウチ、海外に行くよ、日本のスプリンターは弱過ぎて、もう相手になんないもん」

「こ、これは大きく出ましたね!再臨した女王がこれからどんな活躍を見せるのか、今から楽しみです!レゾルーラさん、ありがとうございました!」

 

モニターに映し出されるインタビューのレゾルーラさんは少し不気味でした。いくら勝利の喜びを噛み締めていたとしても、ここまで高揚するのでしょうか。胸の奥の小さな疑問は、いつのまにか隣にいたナタリーさんにも届いていました。

 

「アーちゃん、目に焼きつけておいて。あれが領域。レゾルーラは最後の直線で、ついにこっちの世界にやってきた。その反動で今は何も考えられなくなってる。まあ、その辺は気にしなくていいよ」

 

今のが、領域……。何が何だか分からなくて、ナタリーさんの言葉もよく聞き取れない状況でした。

 

「凄いでしょ、あの強さ。領域は絶対を演出するんだ。アーちゃんもきっとすぐにでも、こっちの世界に来れるよ。でも、あの子は他人を蔑むような言葉を言う子ではなかったんだけどね……」

 

帽子を深く被り直して、どこかへ消えていきました。私は初めて目の前で領域を見ました。観衆が呼吸も忘れるその速さと強さに私はすっかり心を奪われていました。

 

「私も、早く領域を……!そうすればクラシックでコートちゃんに……。いったい、いったいどうすればいいんだろう……」

 

 

 

「ユウくん、あれが……」

「うん、あれは間違いなく領域」

 

こんなに心が乱れているのに、彼女の前だから淡々と言った。あのレゾルーラの様子、やはり領域に足を踏み入れてしまった。走ることに憑かれ、思いや感情の一切をそれに捧げて快楽としてしまう。領域は、ウマ娘をただ勝利に固執するだけのマシーンにしてしまう。そこには勝つ理由も喜びも存在しない。そんなの、ウマ娘の正しい姿なわけがない。絶対に、絶対にアリアンスたちにこの力を使わせるわけにはいかない。僕は拳を強く握り直した。

 

「領域は、ウマ娘をこんなに変えちゃうんだね……」

「ああ、絶対に間違ってる」

 

ヒナはレゾルーラのインタビューに慄いている様子だった。そして、レゾルーラを崇め讃える観衆にも戦慄していた。彼女は確かに、途方もない努力の先の勝利を掴み取った。しかし彼女は今、レースに勝利した喜びに震えているのではない。自分が感じた領域の快楽を貪っているのだ。それがどれだけ虚しいことかも理解することはない。彼女はこれから、ただ速さだけを求めるウマ娘になっていくだろう。戦略も駆け引きも実行することはなく、速さによる勝利を渇望する。

 

「彼女はあと一歩だった。諦めなければ、勝ち筋はいくらでも存在したんだ。でも、報われない努力に絶望し、勝利を手にすることを諦めてしまった。そんな状態で発動した領域に、意味なんてない。そこから生まれたものに、彼女を強くする要素なんて一つもない。ただ、領域が魅せる錯覚は、自分が強くなったと思わせてしまう。そんなもの、その場しのぎに過ぎないのに」

 

冷や汗が止まらない。スーツってこんなに暑かったか、そんなつまらないはてなが浮かんだ。ダメだ、現実逃避をしてはいけない。ヒナが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 

「ユウくん、大丈夫?」

「ごめん、心配させてしまった。もうみんなのところに戻ろう。ヒナ、この後は空いてる?今後について話をしたくて」

「も、もちろんだよ。私でよければいつでも……!」

 

歓声とやけに眩しい夕日が鬱陶しかった。

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