フルアダイヤーが軽やかに先頭を奪い堂々と逃げ始めた。それに繋がるように後ろが続き、向正面を過ぎていく。アリアンスは中団の内、揉まれる形にはなったが、ひたすら冷静に周囲を伺っていた。ウオッカは言っていた、ライバルに勝ちたいという気持ちさえあればいいと。しかし、アリアンスは今日、それに留まらず全てを倒すつもりで走っていた。コープコートに勝つのは通過点だと、そう自分を奮い立たせて。
「風に吹かれて桜に押されて隊列が決まっていきます。さあさあここから外回り、非常にゆったりとしたペースで走っているのはフルアダイヤー、初の芝、初の逃げ、しかし冷静に、ゆっくり足を溜めています」
観客全員が夢を持って見守っている。多くの夢を託された一番人気、コープコートは堂々と一番後ろに待機していた。後方二番手との差は2バ身ほど、先頭は第三コーナーを大きく回って、少しずつ、少しずつ、燃えるような火花が散って集団の隙間が埋まり始めた。地を這う蹄鉄の豪音が桜に広がり、会場の熱気へと届いて、一着への執念がぶつかり始める。
「隊列は横に広がって、大外はやはり一番人気コープコート、段々と着実に虎視眈々と距離を詰めて、いつ出るのか、いつ仕掛けるのか。先頭は以前フルアダイヤーが陣取って、ついに、桜が笑う最後の直線、トリプルティアラ第一冠がやってくる!」
先頭集団が足を伸ばそうと姿勢を低くした瞬間、レースは最盛を迎えた。会場にいる全ての関係者の夢を乗せて、ウマ娘たちは輝きを求め最終直線を駆け抜ける。
「コートちゃんはまだ後ろ、それならここで!」
「くっ、ギリギリかしら。さあやりましょうアリアンスさん、全てを賭けて全力で!」
最内で揉まれながらも強引にアリアンスは抜け出した。同時に外から巨大な影が襲いかかる。関係ない、コートちゃんもアイちゃんもビジョンスターちゃんも、全部振り切って、私が勝つんだ。
「キタキタ、やっと来ましたコープコート!内からアリアンス、アリアンス!しかし粘り続けるフルアダイヤー!最後の力を振り絞って加速する!あと200、大外強襲コープコート!間に合うのか、間に合うのか!」
二バ身、一バ身、声援を浴びてコープコートが一気に迫る。負けたくない、勝つんだ!もう一センチでも前へ、たとえ足が折れても。何も見えずがむしゃらに目の前を、フルアダイヤーの影を追い続けた。
――――あれ、コートちゃんじゃ、ない……。
「距離が、縮まらない……!違う、私は負けない、女王は私よ!」
コープコートはアリアンスを意識し過ぎてしまった。いくら彼女でも、あそこからでは届かない。前二人、アリアンスとフルアダイヤーとの差は一バ身から変わることはなかった。どれだけもがいても、焦りを見せても、もう届かない。
「アン、私を変えてくれたあなたと、いつかこうして走りたいと思ってた。芝はやっぱり慣れないから、私にはこうするしかなかった。コープコートは届かない、アン、これで二人きりだよ。もっと、もっと、あなたの必死な表情を、皆の知らないあなたを私にぶつけて」
「はあ、はあ、私が勝つんだ……!」
「なんと、なんとなんと粘る粘るフルアダイヤー!コープコートは届かない!アリアンス、フルアダイヤー、内からアリアンス!しかしもう一度フルアダイヤーが差し返す!」
一度は勝ったと思った、しかしフルアダイヤーは彼女の想像を遥かに超えていたのだ。私はまた、届かないの……?桜の冠が遠のいていく。一生に一度しか挑戦できない栄光を、私はこんな簡単に逃してしまうの……?ナタリーさんと誓った約束を、私は果たせない……。その時、アリアンスの加速が止まってしまった。
「二人もつれてゴールイン!わずかに外フルアダイヤーが優勢か!なんとびっくり、芝初挑戦にして、トリプルティアラ第一冠、桜花賞の栄冠を掴み取りました!これには会場のどよめきも収まることを知りません!二着は惜しくもアリアンス、一番人気コープコートは少し離れて三着となりました!果敢に逃げに挑戦したフルアダイヤー、一瞬の判断で未来を変えてみせました!」
そんな、アーちゃんが、負けた。ウールは足が震え、現実を受け入れられない。だってトリプルティアラはアーちゃんの夢で、その話をするアーちゃんはいつだって眩しくて、あたしの背中を押してくれた。なのに、どうして。
「あぁ、あはは……、そっか、わたし、負けちゃったんだ」
「アン、私の走り、どうだった。私のこと、見ていてくれた……?」
そこにいたのは、嗚咽を漏らし溢れる涙で枯れてしまったアリアンスだった。