秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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新たな風

やってしまった、もう後戻りはできない。いくら自衛のためといっても、未来が不安で不安で仕方ない。やめておけばよかったとは死んでも思わないけれど、これほど先が見えないことも初めてだった。泣きつく相手もいなければ、行く宛もない。無敗の称号も三冠の野望も絶たれ、剥がれ落ちてしまった。そこにあるのはただ空っぽの私。こんなの、こんなの、一体誰が拾ってくれるというの。

 

「私はこれからどうなってしまうのかしら」

 

アリアンスさんなら何を考えて、どんな言葉を発するのだろう、そんな意味のないことを考えていた。身体は無意識に解放を求め、広大なターフへとやってきていた。

件の天才トレーナーの息子さん一行の姿が見当たらない。今日はもう切り上げてしまったようだ。駆け回るような気分でもない私は、帰路に向かおうとと音もなく正門を目指していた。

 

「あれ、あの人は……」

 

小屋で誰かトレーナーが指導をしているその横、身を隠しながら窓で様子を伺う人物がいた。確かあの人は、ユウトレーナーの。

 

「あの子がビジョンスターちゃんだよね。よし、間違いない。ユウ君は彼女の情報が欲しいって言ってたから

ちゃんと見ておかないと……」

「その鹿打ち帽は自前かしら?ふふっ、似合ってるわよ、探偵さん」

 

ふぁ、ひゃい!背後のコートに全く気づかなかったのか、情けない声を出して振り向いた。これにはコートの束の間のセンチメンタルも飛んでいってしまう。一体何をしていたの?そう聞く前に、彼女の持ち物と格好が全てを物語っていた。

 

「帽子にノートとペン、ヒナさん、だったかしら。あなた、結構形から入るタイプなのね。さしずめ偵察相手はビジョンスターさん」

「あう、全部バレてるよ……。私、才能ないのかな。せめてデータだけはと思ったのに、一番調査したい子に見つかっちゃうなんて……」

「災難だったわね」

 

がっくりと肩を落としている。コープコートでなくとも、窓から覗いていたのなら不審に思うはずだが、ベタな変装を見ると彼女には自信があったようだ。中途半端な諜報活動とは裏腹に、背にノートを隠す直前、垣間見えたそれには、各ライバルの詳細が事細かに記されていた。フォームや脚質、身体的特徴から好物、好きな異性のタイプまで。私のことはどれくらい知られているのかしら、沸々と興味が湧いてきて、彼女の腕をギュッと掴んだ。

 

「せっかくだわ、少しお話ししない?」

「ふぇ、ま、まだお仕事が終わってないのに……」

「いいのいいの、あの人の元で働いてるならそれくらい後でパッパと終わらせなさい!」

 

コープコートにしては強引、しかしそうなってしまうほど、彼女の中にはヒナに対して鋭い直感が光っていた。

もしかしてこの人なら、根拠なんてまるでないが、足を止めることもできなかった。

近くのベンチに二人並んで腰掛ける。えっと、視線を泳がせるヒナと、まじまじ彼女を見つめるコープコート。戸惑いが最高潮に達し、もはや見つめる場所も他にない。これ以上間が悪くなるのもよくない、コートは口を開いた。

 

「ノート、ちょっと見えてしまったのだけど、さすがね、感心したわ」

「そ、そうかな」

 

歯切れが悪い。褒められているのだから素直に受け止めてやればいいのに。コートからしてみればむしろ、さすがでしょと胸を張るくらいの自己愛でもって応対してほしいところだった。

 

「もちろん私の情報も載ってるのよね、いったいどれくらい評価してくれてるのか、見せてほしいのだけど」

 

彼女は見せようとしない。作戦のための貴重な情報なのは分かるけれど、本人なら別にいいじゃない。間違ってるところがあれば訂正するし、質問にはなんでも答えるわよ。そう言い聞かせても背に隠したノートを動かすことはしなかった。

 

「強情ね、それなら質問を変えるわ」

 

ようやく本題。むしろこれだけを聞きたかった。彼女に感じた違和感の正体を突き止めなければ、私が前に進むために。

 

「私の走り、あなたの目にはどう映った?」

「怯えていて、焦っていて、まるで着順以外のことを考えないようにしているみたいで……。レースの楽しさを知ってるのに、それを出さないようにしてるんじゃないかなって……」

 

やっぱりそうだ。彼女には私の虚勢が見えている。どれだけ力強く、見せつけるように走っても、それが恐怖の裏返しであることを、彼女は見抜いていた。目が痛くなるくらい大量の情報と相手を曝け出してしまうほど強烈な観察眼、自信がなくても、彼女は、ヒナは本物だった。

 

「どうして、そう思ったの」

「そうだよね、コープコートちゃんはあんなにかっこよくてみんなの憧れなのに、やっぱり私は変なことを言ってるよね。ユウ君は、見たこと感じたことをありのまま話せばヒナは世界一のトレーナーになるって言ってくれたけど、やっぱり向いてないのかな……」

 

ううん、違うわ。ユウトレーナーは何も間違っていない。あなたにはあなたにしか出来ないことがある。三女神は私を見捨てなかった。私の直感は間違ってはいなかった。この人と、私は世界を目指したい――!

 

「あなた、いいえ、ヒナ!私のトレーナーになってみない?」

「な、なな、何を言ってるの……?わ、私にトレーナーはまだ無理だよ。ユウ君の仕事のお手伝いで精一杯なのに、いきなりG1ウマ娘のコープコートちゃんのパートナーなんて……」

「経験なんてどうでもいい!私はあなたの感覚、センスに希望を見たの!ヒナとなら私は絶対に上がっていける、オークスであの薄汚い男をギャフンと言わせてやれるわ!」

 

冗談だと思っていたことがみるみるうちに本気になっていく様子に、ヒナは本日何度目かの動揺を見せた。仕方ないじゃない、私はその気になってしまったもの。大体、その気にさせたのはヒナが私をよく見ているからだというのに、意地が悪いわ。

 

「そ、そんなこと言われても無理だよ……。私は知識も技術もまだまだで、コープコートちゃんに合った練週メニューは組めないよ……」

「だーかーら!どうでもいいって言ってるのよ!私はこれまでデータと理論で走らされてきた。だからこそ、今回だけは自分の直感に頼りたいの!」

 

目は相変わらず泳ぎ挙動不審、優柔不断が全開だ。

 

「ヒナ、あなたも前に進みたいなら、この最強ウマ娘、コープコートをエスコートしてみせなさい……!」

 

ちょっと、ここ、笑うところなんだけど、口を三角にして不満そうに言った。しかし、ヒナは笑いを抑えようとして涙を流している。レースの圧倒的な強さを見ていると、どうしても孤独で冷たいイメージに映ってしまうコープコートが、今目の前で面白いおかしく目を輝かせて自分を勧誘している。ありえないけれど、それは現実。自信はないけれど、やるしかない。いや、やってみせる。これは気弱な私から脱却する最初で最後の機会。ユウ君を振り向かせる大チャンスだから……!

 

「う、うん!私、頑張るから……!コープコートちゃん、これからよろしくね!」

「今日一番のいい返事ね、それと、これからはコートって呼ぶように!」

 

世代最強と目も当てられない新米。対極の凹凸が今、ぴたりと嵌ろうとしていた。

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