秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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新コンビ結成

「それならもう、ヒナは立派なトレーナーだ。ここに来て数ヶ月、まさかコートちゃんにスカウトされるなんて。大丈夫、ヒナなら彼女を誰も見たことがないような高みに連れていける」

 

勢い余って色々と発言したものの、これからどうすればいいのか、彼女を支えていくために必要なこと。課題は山積み、詰まってしまった。とにかくユウに状況を説明するのが先決だと、太陽もすっかり隠れてしまった頃、例のごとく一人作業に明け暮れるユウの元へやってきた。僕の補佐もままならないくせに一人前はまだ早いよ、そもそもヒナにコートちゃんは釣り合わない。そんな罵倒も覚悟していたが、心は苦しかった。しかし開口一番に彼は、ヒナを立派だと言ったのだ。

 

「優秀なあの子のことだからきっと、ヒナの魅力に気づいたんだろうね。本当はもっとそばにいてほしかったんだけど、僕も独り立ちしないと」

 

少し顔がニヤけてしまった。そばにいてほしい、そういう意図がないことは分かっているけれど、顔が赤くなっていくのを感じる。いけない、今はそんな雑念に浸っている場合じゃないのに。誤魔化すように、一番引っかかっていることを聞いてみた。

 

「私なんかでいいのかな……」

「ヒナじゃなきゃダメなんだ。もっと自分に自信を持って。ここからは君が前を向く番だよ。最後にアドバイスするとしたら、ヒナに足りないのは技量でも知識でもない。それはトレーナーとしてのビジョン、ただそれだけなんだ。コートちゃんと一緒に何をしたいか、そして、どんな景色を共有したいか。それが見えた途端、彼女のためにするべきことも、トレーニングメニューだっていくらでも浮かんでくるはずだ」

 

さあ、勇気を出して、最後の一歩を踏み出そう。ライバルとなるはずの相手に向かって、ユウは優しく微笑みかけた。

 

「今日はもう遅いから送っていくよ。明日からは敵同士、っていっても二人のためならいくらでもサポートするから、いつでも訪ねてきてほしい」

 

もう散ってしまった桜は細々としていて少し頼りない。そっか、もう桜花賞は終わっちゃったんだよね。一生に一度しか出走できないクラシックの初戦が終わってしまった。オークスまではもう時間はない、だからこそ、つまらないことで迷っている暇なんてないんだ。コートちゃんが勝つために私にできることを探さないと。ユウに駅まで送られた後、ひたすら過去の資料を漁っていたのだった。

 

 

 

 

「なんて清々しい気分。あいつから離れるだけでこんな心地いいなら最初から逃げていればよかったわ。さあヒナ、今日は何をやるのかしら!」

 

あわわ、私は本当に彼女のトレーナーになっちゃったんだ。広々としたターフなのに、目の前に稀代のウマ娘が立っていると思うと一気に視野が狭くなってしまう。二人きり、小さな段ボールにぎゅうぎゅうに押し込まれてしまったような窮屈さ。いけないいけない、私がしっかりしないと安心してレースに取り組めないよね。手が震えるのを誤魔化しながら、徹夜で考えてきたメニューが書かれたノートを開いた。

 

「分かったわ。準備運動するからちょっと待ってて!」

 

遠くにユウ君の姿が見える。加えてアリアンスちゃんとウールちゃん、さらにアイちゃんまで。桜花賞を勝ったというのに一つも浮かれた表情は見せていない。そういえば、最近マスコミやファンに街で声をかけられることが多くて少し鬱陶しいって言ってたっけ。そんな彼女は今、耳にてんとう虫が止まっても振り払うことなくただいつも通りアリアンスちゃんを見つめていた。三人のあの様子だと、私が今こうしていることは多分知ってるんだよね。引き止めてほしいなぁなんて、思ったりして。それは高望みかもしれないけど、私の存在が無かったみたいにされるのはちょっと悲しい、そんなことを思ったりもした。今までありがとうとか、これからも頑張ってとか、言われたかったなぁなんて。でも学園からいなくなるわけじゃないから、それも変なのかな。

 

「目、赤くなってる。徹夜した?ちゃんと目を凝らして観察しないと、私は一瞬で走り切っちゃうわよ。計測忘れないでね、それじゃ、行ってくる」

 

うん、分かっ……、その続きはロケットスタートにかき消された。刹那のうちに最高速に達した彼女は、もう遠い向こうで光り輝いている。どうしてだろう、全身を大きく揺らしながら空を切り裂き、芝に蹄鉄を叩きつける大胆なフォームのはずなのに、まるで宙を滑空する鷹のようにも見える。これが、最強の走り――。ヒナはトレーナーとして魅入られていた。それと同時に、想像を絶する自己研鑽の上に培われたこの圧倒的技術の更なる向上を私は任されているんだと、一層の不安がのしかかってきた。

 

「一日を快く乗り切るコツは、朝ご飯よ」

「あわわ、コートちゃん!」

 

いつのまにか目の前には彼女がいた。あの距離を一瞬で、考えごとをしている間に楽々とこなしてしまった。徹夜もしたし朝ご飯も食べていないけど、それよりもコートちゃんの走りに見惚れていただけだよ、とは恥ずかしくてとても言えない。えへへと情けなく苦笑いするしかなかった。

 

「寝てないでしょ?時計も動きっぱなしだし、ちゃんと見てって言ったのに……」

「あはは……、ごめんね。次はちゃんと見てるから!」

 

一緒に遊園地に行く約束を父にすっぽかされてしまった娘のように、わざとらしくそっぽを向くコート。慌てて頭を下げる彼女を見て、コートはふふっと笑った。

 

「冗談よ。今の、駄々を捏ねる時のコツだってアリアンスさんから教わったの。どう、かわいかったかしら?」

 

気品と力強さを醸し出していたさっきの彼女とは打って変わって、目を光らせながら感想を求める様子は年頃の乙女そのものだった。アリアンスさんはすごいのよ、そう無邪気に笑う。

 

「アリアンスちゃんのこと、大好きなんだね」

「だ、大好きというか、ライバルとして認めてるってことよ!」

「オークスでは絶対勝とうね……!」

「もちろんだわ」

 

全力の彼女を、最高の舞台で、最強の私で迎え撃つ。そのためにヒナはいるのよ。ヒナはポンと肩を叩かれて気合いを注入された。その後も夜通しで考えたメニューをコートは軽々とこなしていく。地道なトレーニングではあるけれど、自分を最大限に追い込んで、その先にある成果を求めてひたむきに走り、己を磨いていた。

 

「お疲れ様。やっぱりちょっと簡単だったかな……」

「そんなことなかったわよ。全身が程よく痛くていい感じ。練習後にこんな晴れやかな気分になるなんて、やっぱりヒナでよかったわ」

「そ、そうかな。コートちゃんにそう言ってもらえると、ちょっと自信がつくかも……」

「こんな気持ち、初めて。私という最強を証明して、ヒナ、あなたを頂点に連れていきたいの。私からしてみれば、ヒナは初めて気を許せるトレーナーだから……」

 

今日のコートちゃんの練習、どこか眩しかった。桜花賞の惜敗は彼女にとって目を背けたくなるような結果のはずなのに、今目の前の希望を掴み取ろうとしている。自分の権威を誇示するための道具として使われてきた彼女はようやく、私の手を取って、二人で歩き出そうとしてくれている。そっか、私がコートちゃんに惹かれたのは、ただ強いからって理由だけじゃないんだ。この子となら、コートちゃんとなら、私は同じ景色を見ることができる、そう思えたんだ。

 

「ううん、それは違うよ、コートちゃん」

 

自分のことばかり考えていた。こんなに強い子を任せてもらえたのだから、完璧なトレーニングを提供しないとだとか、ユウくんに認められたいだとか、間違ってはないけれど、そこに本質はない。トレーナーはどこまでいっても、ウマ娘が一着に焦がれて走るその姿に夢を見るんだ。そしてその夢を、オークスの頂を、私はコートちゃんと勝ち取りたい。他でもない、二人で――。

 

「二人一緒に、勝つんだよ。私は、コートちゃんに腕を引かれるだけじゃなくて、同じ景色を見ていたい。夢を共有できるトレーナーでありたいの……!」

「ヒナ……!」

 

うぅ、ぐすっ。コートは初めて、トレーナーの温かさを知った。それは涙となって止めどなく流れ、彼女のトラウマを追い出した。残ったのは、彼女を後押しする夢と希望だけ。もう誰にも止められない。けれど、泣き顔を見られるのが恥ずかしいのか、すぐハンカチで覆ってしまった。あ、あんまり見ないで。年頃の乙女に戻ってしまうこの瞬間が、ヒナには愛おしかった。そんな羞恥を隠すように、まぶたは腫れている中、胸を張って堂々と言った。

 

「私の成長は止まらないわよ。ヒナもちゃーんとメニューを組んでくれなきゃ置いていっちゃうんだから!」

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