秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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復活のマロンナット

ありえない、ほんっとにありえない。どうしてレースに勝った私がこんな思いをしなくちゃいけないの。地方は輝いている、それを証明するために私は必死でトレーニングを積んできた。全日本ジュニア優駿だって、中央で有力視されていたフルアダイヤーと力比べをする良い機会だったから、全力で戦ってやるって闘争心剥き出しで挑んだのに。正直勝負にならないんじゃないかって不安だったけれど、虚勢を張って頑張ったのに。

 

「もう私なんて目指さない方がいい。あなたが思っているほど私は強くないし、誰かに憧れてほしいだなんて思わない」

 

全てに興味がないような虚ろな目だった。どうしてそんなに本気になれるの、その言葉が脳裏に焼きついて離れない。彼女はレースに関わる人々全員を侮辱している。

悔しくて悔しくて仕方がなかったが、フルアダイヤーを倒すという目標を失った彼女には、その怒りを向ける矛先も、この先のレースも見えなかった。

地方ではみんなが一丸となって頑張っている。中央と比べると、資金もなければ土地も施設もないから、必死で助け合って何とか体裁を保っている。経営が悪化して取り壊されてしまったレース場だっていくつも見てきた。だからこそ、勝利の味を皆で噛み締めるあの瞬間が私は大好きだった。マロンナットちゃんなら中央にだって勝てる、そう期待されることで皆が活気づくのが言いようもなく嬉しかった。だから私は愛してやまない故郷を飛び出し、単身中央に乗り込んで、地方の強さを証明することができたのに。ジュニア級ダートの頂点に、立ったはずなのに――。

 

「このモヤモヤは、何……?」

 

全日本ジュニア優駿に勝利した私は、各メディアで大きく取り上げられた。私が元々所属していたレース場のみんなは連日取材に応じ、ネットでもレベルが高いと持て囃された。

 

「次走は何を予定していますか?」

「えっと、まだ、その、決めてないです……」

 

レース時の威勢がぷっつりと切れて、情けなく弱々しい声になっていたのを覚えている。学校でも、消しゴムを勝手に使われたのに文句一つ言えないようなこともあったっけ。嫌な思い出ばっかり蘇ってくる。こういう時は、この前地元のみんなと食べた豪勢な料理のことを考えよう。しかし、何をしても気持ちが晴れることはなかった。

 

 

 

「ついに桜花賞だな。やっぱり今年はチューリップ賞組しかありえないよな」

「ま、コープコートの勝利は堅いだろうな」

 

あ、そうか、もうそんな時期だったんだ。ただ何も考えずトレーニングに没頭していた私は、時が経ってクラシックの季節になっていることも忘れていた。何より、ダートには無縁のものだし、芝との格差が生まれている要因の一つであるクラシックを情熱的な目で見ることは、私にはできなかった。

 

「でも、一発を狙うならフルアダイヤーだよなあ」

「何言ってんのお前、あの子はダートのウマ娘で、芝転向初戦でG1、勝てるわけねえよ」

 

ピクっ。耳が勝手に動いた。今確かに、聞き覚えがある名前が、いや、むしろ耳にタコができるほど聞いたその名前があった。なんで、どうして。彼女はもう走らないんじゃ。その真相が知りたくて、とっくにキャパオーバーとなっている阪神レース場へと、私の足はひとりでに向かっていた。

 

 

「二人もつれてゴールイン!わずかに外フルアダイヤーが優勢か!なんとびっくり、芝初挑戦にして、トリプルティアラ第一冠、桜花賞の栄光を掴み取りました!これには会場のどよめきも収まることを知りません!二着は惜しくもアリアンス、一番人気コープコートは少し離れて三着!果敢に逃げに挑戦したフルアダイヤー、一瞬の判断で未来を変えてみせました!」

 

「何、これ……。どういうこと、どうしてフルアダイヤーが桜花賞に……。し、しかも、今、一着で……」

 

何が起きているのか理解できなかった。全てを捨てたはずのフルアダイヤーは今、世代最強の座に君臨してしまった。足が震えてしまうような激情の走りで人々を酔わせ、ペガサスのように一着を攫った。最初から最後まで、彼女の走りしか見ることができなかった。だって、ジュニア優駿の時とはまるで別人。私が見てきたビデオのウマ娘の走りだよ、これ。歴史に名を刻んできた者の「それ」だった。こんなの、こんなの勝てるわけないじゃん……。自分をぶつけ合う必要もなく、今の彼女には勝てないと、身体が悟ってしまった。またしても何も考えられなくなって、私はインタビューを見ることもできずその場から逃げ出した。

 

 

 

「勝ちたい、勝ちたい。フルアダイヤーに勝って、地方は強いんだって証明したい……!」

 

今の私では敵わない。だから強くならないと。もっともっといっぱいトレーニングをして、レースの勉強もして、ジャパンダートダービーでケリをつけるんだ。幸い彼女はまたダートに戻ると言っていた。今度こそ、本気でぶつかるんだ。皮肉なことに、ジュニア優駿の時の何倍も、彼女は燃えていた。

数日後、遠征の帰り道、トレセン学園の付近を通ることがあった。相変わらず大きいな、私のとことは比べ物にならないよ、そんなことを考えていると、見覚えのある黒髪を発見した。

 

「フル、アダイヤーだ……!」

 

一目散に駆け出していた。なぜあなたは今走ってるのか、あの日のレースの正体を知りたかった。

 

「待って!」

 

その声でようやく彼女は振り向いた。

 

「確か、あの時の」

「マロンナット、忘れてないよね?桜花賞、見たから!」

「そう、いたんだ」

 

春風で彼女の髪が乱れた。新芽萌ゆる陽気の中心に、フルアダイヤーは立っている。

 

「一体どうして?あなたはもう走らないと言ったはず。どうしてあんなに強い走りができたの……!?」

 

髪はぐしゃぐしゃ、バッグのキーホルダーも取れてしまっている。でもそんなことが気にならないくらい、私は彼女のことが知りたかった。

 

「地方のためにと、あなたは言った。私もようやく、あなたの気持ちが理解できた気がする。誰かのために走れることがこんなに尊いことだって、ようやく分かった」

 

フルアダイヤーは少し微笑んだ。もう散ってしまった桜が彼女の背後にあればどれほど美しかっただろう。

もう迷いも諦めもない。マロンナットが倒したいと心から願ったウマ娘の姿が、そこにはあった。

 

「色々酷いことを言った、ごめん。でももう逃げない。次があったら、あなたも本気で叩き潰す。いつでもかかってきて」

 

フルアダイヤーには、彼女の瞳に宿る真っ赤な闘志が見えていたのかもしれない。少し煽り口調で言った。しかし、それがマロンナットには心地よかった。彼女を倒すことができれば、地方はもっと強く、大きくなる。私がみんなの希望になるんだ。消えかかっていた情熱が、心臓から全身を巡って湧いてくる。次も私が勝つんだから、そんな台詞を吐く前に、どうしても聞きたいことがあった。

 

「誰のために走ってるの?」

「言わせないで。そんなの、アンのために決まってる」

 

顔を赤らめて言った。アン?一体誰のことだろう。でも、冷え切っていた彼女をここまで変えたのだからきっと素敵な人なのだろう。心の中で何度ありがとうと唱えても足りなかった。

頂点に立ったマロンナットに必要なのは、自分を揺さぶるライバルだった。それを手に入れた今、あとはもう進み続けるだけだ。絶対に、絶対に超えてやる、メラメラ燃える炎が夕陽に取り込まれていった。

 

 

 

「ここが、トレセン学園……。うぅ、怯んじゃダメダメ、私は地方と中央の架け橋になるって決めたんだから。もっと強くなって、みんなを笑顔にするんだから……!」

 

襟からスカートまで、一切の皺が無く、光沢美しい制服を纏ったウマ娘が一人、希望を抱いてトレセン学園に進んでいくのだった。

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