秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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中央のウマ娘

「えっと、地方から来ました、マロンナットです。その、よろしく、お願いします」

 

水沢からはるばるやってきた細身のウマ娘、舐められてはいけないと帯を締め、お気に入りのぬいぐるみもカバンに隠して堂々と自己紹介をするつもりだった。トレセン学園に転入し、地方の爪痕を必ず残して戻ってくると、そう両親と地元の皆に誓った彼女、しかし甘かった。これが中央、出会うウマ娘は皆、隠し切れない闘志を纏っている。施設もトレーナーの質も地元とはまるで違う、その膨大な差は、自身が掲げている夢の困難さを物語っている。だからといって、立ち止まるわけにもいかない。

 

「みなさん、仲良くしてあげてくださいね。席は窓際が空いているから、そこを使ってね」

 

三十人近くいるこの教室。皆のこの顔、レースに出る意味を理解しているウマ娘の目だ。私はこの中に飛び込んでいくんだ。ほら、例えばあそこ、あのウマ娘は確か、コープコート。メジロに並ぶ名家の出身で、私とは対照的に、ひたすらに黄金街道を突き進んできた世代の頂点。他には、中継でやっていたG1で見たことがあるウマ娘も数人。そして、端の方にはフルアダイヤーもいた。私を見ているのか、それとも意識はどこか遠い場所にあるのか、ぼおっとしていた。右手と右足が一緒に出てしまう、ロボットのような足取りで、指定された机まで私は向かった。

朝のホームルームが終わって始業の準備を始める時間になる。今はとりあえず授業の準備をしないと、そう黙々と机周りを整理していると、ウマ娘が二人やってきた。

 

「今日は便覧使うけど、ちゃんと持ってきた?何ヶ月ぶりかな、あたしも探すのに苦労しちゃった」

「まずは自己紹介からって、自分で言ってなかった?はじめまして、マロンナットさん。私はコープコート、そしてこっちはショートウール。その、よかったらでいいのだけど、仲良くしてくれたら嬉しいわ」

「まさかアンタが自分から友達をつくりにいくなんてね。いやー成長した!お母さんは嬉しいです」

 

あ、ああ、何度目だろう、私はこの人を知っている。新聞で、雑誌で、テレビで、何度も見た。世代の女王として引っ張りだこだった、正真正銘最強のウマ娘。そりゃあ同世代なんだから、同じクラスで目の前にいてもおかしくはないかもしれないけれど、準備ってものがあるでしょ、そう叫びたかった。

 

「ご紹介に与りました、そうです、私がショートウールでございます。せっかく地方から有望なウマ娘がやってきてくれたんだから、お友達にならない手はないよねってことで、よろしくね!」

 

爽やかな笑顔、心臓をぎゅっと握られた感じがした。私が想像してたのは、もっとバチバチで、罵り合って、常に睨み合っているような環境だったのに、これじゃあ普通の学校と何も変わらない。でも、緊張の糸がスルスルと解けていくのが分かった。もしかして私でも、馴染めるのかな、って。

 

「う、うん!」

 

硬直していた表情はようやく動いた。

 

「新しい子が来るのは聞いてたから、初めに友達になるのはあたしだって決めてたんだー。はいこれ、お近づきの印にどうぞ。そう、にんじんロールパン。めっちゃ美味しいから食べてみて!」

「あ、ありがとう……」

 

初めてのお友達から貰ったそれは、両手に収まるサイズで、気持ち悪いかもしれないけれど、ハムスターのように愛らしくて、まじまじと見つめていた。

 

「た、食べないの?大切にしてくれるのは嬉しいけど、ほら、食べ物だからさ、そういう風にされるのも違うかなって……。あいや、否定してるわけじゃないんだよ?ナットちゃんがそれでいいならいいんだ、ウン……」

「えっ、な、ナットちゃん……。かわいいあだ名、えへへ……」

「ふふっ、面白い方ね」

 

あだ名を付けてもらえたのは初めてだった。地元では走ってばかりだったから、商店街や集落のみんなから応援こそしてもらえたものの、学校で親友と呼べるような存在は少なかった。むず痒くて、心が温かい。自然と笑みが溢れてしまった。

 

「初めて会った時と随分印象が違う」

「アンタがそれ言う?」

 

いつのまにか目の前の影は四人に増えていた。マロンナットは今、中央のウマ娘四人に囲まれている。新しくやってきた二人、片方は当然見覚えがあった。彼女が中央に移籍する理由の一つ、フルアダイヤー。

 

「そ、それは、地方だからってバカにされないように振る舞ってただけで、本当は私、小心者だから……」

 

気後れのせいで俯いてしまった。

 

「マロンナットちゃん、はじめまして。私、アリアンスっていうの。アイちゃんからお話は聞いてて、いつかご挨拶できたらと思ってたの。これからよろしくね」

「よ、よろしくお願いします、アリアンスちゃん。も、もしかして、あなたが言ってたアンっていうのは……」

 

もちろん、そう返答する代わりに大きく首を縦に振った。こ、この美少女がアンちゃんなんだ、想像の何倍も華奢で可憐なウマ娘だった。髪はウマ娘にしては珍しく真っ白で、床に届きそうなくらい長い。でもでも、艶やかで張りがあって、透明というよりは雪景色だった。どこかのお嬢様なのかな、そんなことを思った。あれだけ戦意喪失が著しかったフルアダイヤーを回復させたのだから、もっと怖い人が出てくると身構えていた分、少し拍子抜けな感じもした。その瞳はお月様のようで、私は自然と吸い込まれていった。

 

「この前の羽田盃、とっても強くて、魅入っちゃったの。その時のこと、マロンナットちゃんのこと、もっと聞かせてほしいな」

「えっ、あのレース、見てくれたの……?」

「アーちゃんはまじで全レース見てるんだよ。ほんと、さすがだよね」

 

クラシック級になった私は南関東三冠路線である羽田盃に出走した。一番人気ということもあり、ここは負けられないと帯を締めて挑み、圧勝した。でも、やっぱりその注目度の低さと、所詮地方のレースということで話題になることは一切なかった。だからこそ、このアリアンスさんというウマ娘が見ていてくれたことに驚きを隠せなかった。でも、どうしてフルアダイヤーが気力を取り戻すことができたのか、少し分かった気がした。地方のウマ娘だというのに、非難することも慢侮することもなく、まるで友達から手品の種明かしを求めるような、至って輝かしい烈日の眼差しを私に張りつけている。強いだけのウマ娘の話じゃなくて、「私」という存在の価値を見出そうとしてくれているような、そんな錯覚に陥った。

 

「私が勝ったら、地元のみんなが喜んでくれるから。笑顔になってくれるから……!」

「うふふっ、マロンナットちゃんは岩手の方たちが大好きなんだね。私も、応援してくれるみんなが大好き。一緒だね」

 

温かい笑顔だった。初対面の人に向かって、我ながら空回り気味で落ち着きのない返事だったと思う。でも、この人は心から同意してくれた。私の走る理由が、アリアンスさんに重なったような気がした。アリアンスさんと私は、同じ景色を夢見て走っている、同じもののために戦っている、そう確信した。

 

「にんじんロールパン、ウールちゃんから貰ったの?」

「えへへ、懐かしいでしょ。あの頃はあたしが独り占めできてたってのに、今じゃいつ会っても誰かはくっついててさ。特にそこの黒いの!くっつき過ぎなんだよアンタは!」

「うるさい。だからお前は勝てないんだ。あ、アン、違うの。あなたのことを言ったわけじゃなくて。アンは違う、きっとすぐ勝てるようになるから」

「まだ、何も言ってないんだけどな……」

「本当に手懐けてる……」

 

あの漆黒無口の怪物が、アリアンスさんの前ではこんなに動揺して取り繕っている。ここまで懐柔されるとは、空いた口が塞がらなかった。

 

「改めて、これからよろしくね!」

「は、はい!」

 

これからどんな生活が待っているのか、期待が半分、不安が半分、それを緊張が覆っている。授業はあまり頭に入らなかった。

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