秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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放課後、私はみんなに連れられて、学園の施設を案内された。四人は仲睦まじく、どこまでも微笑ましい。一時間程度学内を回って談笑し、みんなのことを教えてもらった。アリアンスちゃんは料理が好きで、よくみんなに振る舞っていること。去年のバレンタインのチョコは専門店にも負けない味だったとか。コープコートちゃんは体術に精通していて、街では結構役立つこともあるみたい。私に声をかけてくれたショートウールちゃんは流行に敏感で、ファッションもメイクも最先端。今度一緒にショッピングに行く約束までしちゃった。そして私の(一方的かもしれないけれど)ライバルであるフルアダイヤーは、桜花賞で憧れた閃光のイメージとは違い、私生活はだらしないとショートウールちゃんは言っていた。アリアンスさんが遊びに来る時だけは片付けるという話も出ていた。ほんの一時間の暇だったけれど、糸で引き寄せられたように距離が縮まった気がして、自分の居場所をつくることができ、濃密な時間を過ごした。その様子は、ウマ娘であるということを除けば一般の女子高生だったと思う。

 

「あ、そうだ。担当トレーナーはもう決まってるの?」

「そんなトントン拍子で話を進めないの。まだ色々と忙しいだろうし、ゆっくり決めていけばいいわ」

「じゃあさじゃあさ、この後の練習見学しない?ウチまだまだ新メンバー募集中だからさ!」

「話を聞きなさいよ……」

 

少し胸が苦しくなった。一気にレースへと引き戻され、自分が中央にいることを意識させられる。校舎よりも広大なターフに、私たちはやってきた。フルアダイヤーたちはジャージに着替えて、若い男性の元へ向かった。

 

「自己紹介、お願いします!」

「あはは、急だなあ。初めまして、ショートウールとフルアダイヤー、そしてアリアンスの担当トレーナーのユウといいます。名前は伺っています、マロンナットさん。何か困ったことがあればいつでも来てくださいね」

 

深々と頭を下げた。漂わせるオーラは、まさに礼節を重んじる大人そのものだった。

 

「もしかしてタイプだった?確かにちょっとイケメンだよね、ユウトレーナー。良かったですね!」

「私はウールちゃんもとってもイケメンだと思うな?」

「なっ、なな、何を言ってるんですかアーちゃん……!」

「ははっ、罰が当たったねウール。さ、トレーニングに行こうか。マロンナットさんも、良かったらいらしてください」

「わ、分かりました」

 

連れられた先で、アリアンスちゃんとショートウールちゃん、そしてフルアダイヤーが一直線に並んだ。そして、トレーナーがストップウォッチを手に取り、ボタンを押した瞬間、私に強烈な風圧がかかった。

 

「すごい……」

 

三人は同時にスタートを切り、三者三様の蹄鉄が大地を抉る。腕を豪快に振るその様子は、まるで大鷲のようだった。その衝撃は一瞬で胸を貫き、私を釘付けにする。大迫力なんて言葉で終わらせたくない。もちろん真剣勝負なのは言うまでもないけれど、それでもまるで、ダンスを踊っているような美しさ。これは夕焼けのせい?違う、これが中央なんだ。ただがむしゃらに我流で前へ前へと突き進んでいた私とは似ても似つかない、豪快かつ繊細な走り。一歩一歩計算され尽くした無駄のないフットワーク。筋肉の弛緩も緊張も、向正面に三人がいたってはっきり分かる。これがクラシックを生きる者たちの走りだった。

驚嘆のうちに三人は一周を走り切っていた。時間も忘れてしまうほど、私は夢中になっていたのだ。

 

「ふう、とりあえず一周。じゃあ次はこんな感じでやりたいんだけど……」

「あ、あの!」

 

三人とユウトレーナーが一斉に私を見た。こんな大声を出すつもりはなかったのに。身体が自然と動いた。この人たちの強さの秘訣を知りたい、いや、いつか並んで、一緒に高め合いたい。これこそが、私が中央に移籍した意味だと理解したから。マロンナットの瞳の奥には、地平線の向こうを吸収する残影が、光り輝いていた。

 

「私も、ここに入れてください!」

 

そんな私を見たアリアンスさんがふふっと上品に笑って、その頰に汗が伝った。そして、最大の懸念であるフルアダイヤーは一言、よろしくとだけ言った。彼女を倒すと言っておきながら同じチームに入るのはどうかと冷たくあしらわれると、発言してから内心焦っていたけれど、彼女は相変わらず眉一つ動かすことはない。それはそれで少し寂しくて、再三、この子にあんな惚気た顔をさせるアリアンスさんは何者なんだと思う。私が緊張で目を見開いていると、封筒が一つ目の前に突きつけられた。

 

「そう言ってくれると思って、はいこれ!必要書類は用意してもらってたんだ〜。ナンパは私の役目だからね!」

 

まだピカピカの茶封筒。どこまで用意がいいのか、これが「出来る」人なんだ。堅苦しい書類を見ていると、途端に気合が入ってくる。これを記入したら、お前は戻れない一歩を踏み出すんだと訴えかけられているような気がした。絶壁を越えるための小さなハードルを、私は跨いだ。

 

「あ、あの、ふつつかものですが、これからよろしくお願いしまちゅ!」

 

夕日に隠れたかった。舌は痛いし、こんな盛大に噛んでしまうだなんて。それでも、みんなが笑ってくれたのは、一つも悪い心地はしなかった。

 

「僕からも改めまして、これからマロンナットさんを担当させていただくユウです。マロンナットさんの夢のため、命を捧げる覚悟です。どうかよろしくお願いします」

 

再び、頭を深く下げてお辞儀をした。命を捧げるだなんて、物騒で大袈裟な表現にも思えるけれど、小心者の私にはそれくらいの誇張はかえってありがたかった。

 

「あたしにはそんなこと言ってなかったけどね。結局ユウトレーナーも男だよね、顔で選んじゃってさ」

「いちいちうるさい」

「アンタが一番面食いでしょうが!」

 

あははっ、思わず笑みが溢れてしまった。まだまだ初日のはずなのに、圧倒が連続で駆け抜けていった。胸の高鳴りが抑えられない。不安と期待のソフトクリームが、私の鼓動を押し上げている。でも今は、期待の方が大きいのかもしれない。

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