「えっと、ビジョンスターちゃんはきっと先行してくるよね、あっでも二走前は後方から迫ってきてる……。どうしようどうしよう、アリアンスちゃんも特にこれといってレースの型がないし……」
「ほら、コーヒー。私のトレーナーなんだから、もっとシャキッとしてくれないと困るわ」
窓から見えるターフでは、数えきれないほどのウマ娘が己を高めるため今日もトレーニングに励んでいる。そしてヒナもまた、最高峰の実力を持つ彼女を支えるため、必死に資料に向かっていた。
「目が良すぎるのも考えものね。ヒナ、あなたは見る目はあるけど見える情報が多すぎて整理できていないわ」
「面目ないです……」
ガックリと肩を落とし小さくなっている彼女に、コートはやれやれとため息をついた。まずは自信を持たないとね、クッキーを一枚、ヒナの前に差し出した。
「オークスの各ウマ娘に対して、本当に大切な情報を一つだけ、ヒナがこれだと思ったものを伝えて。それさえあれば後はなんとかするわ」
「で、でもそれだと……」
「問題ないわ、だって、私は強いもの」
落とし穴に相手を見事引っかけた時のような、憎らしい笑顔で笑った。そう、私は獅子奮迅の輝きを見せてきた世代最強のウマ娘、コープコート。負けるなんて絶対にありえない、プライドとは、私のようなウマ娘のためにある言葉。慌てていたヒナにとって、彼女の誇り高き姿は天井まで届きそうなほど大きく見えた。
「そ、そうだよね!コートちゃんは女王様だもんね……!」
「ちょっと、そこまでは言ってないわよ。まあでも、分かってくれたならいいわ。私はいつものメニューを消化してくるから、情報をゆっくりまとめておいて。もちろん『私の弱点』も含めて、ね」
窓を開け、颯爽と飛び出していった。ドア、あるのに。そう小声で呟きながら大量のレポートの山をヒナは漁り始める。いつまでも彼女におんぶにだっこでは、トレーナーの意味がない。コープコートが強いゆえに勝つことができたのであって、トレーナーは誰でもよかった。G1ウマ娘のトレーナーを僭称しているという評価をヒナが一番恐れていることをコートは理解していた。だからこそ、観察力、洞察力に優れた彼女のアドバイスを最低限でも受けることで『一緒』に勝利したいのだ。ヒナの鶴の一声で勝利したと声高らかに宣言するために。今回多少情報戦をミスしたとしても、コートの地力で何とかカバーできるから、思ったことを素直に伝え、トレーナーとしてさらに成長してほしいと彼女が思っていることを、ヒナもまた理解していた。しかしそれは、トリプルティアラ最終戦、秋華賞ではヒナが完璧にアドバイスを授ける必要があることを示していた。夏に一気に仕上げてくるウマ娘が多くいる以上、コートとの差が埋まっていく可能性は十分にあり、今回ヒナが何も掴むことができなければ、その先にあるのは深い闇のトンネルなのだ。失敗は許されるが、停滞は許されない。オークスは最高峰のレースであるがゆえに、二人の最大の正念場だった。
「コートちゃんが私にくれたチャンス。これだけは絶対に逃したくない。ふさわしいトレーナーにならないと……!」
彼女の練習に付き合えていない時点で、トレーナーとしては下位も下位だった。タッグを組んでからも、いつも助言をもらうのは私の方。いつだって私はどっちつかずで決断が遅く、鈍臭い。だからこそ、人一倍やらなきゃいけないんだ。泥に塗れて、恥を忍んで死に物狂いで努力しないと、石ころは輝かない。ダイヤモンドの隣にいるには、それしかないんだ。トレーナーになるためにしてきた努力の数々を思い出しながら、私は必死で過去のレースを見直して、各ウマ娘の体つきをじっと写真で見つめて、弱点を探した。
「ふふっ、私はもう一つ、ヒナのいいところを見つけたわ」
「わわっ、コートちゃん、いつの間に帰ってきてたの」
「悪かったわね、存在感が薄くて。あなたは私に負けず劣らずの努力家ね。担当ウマ娘のことも気にならなくなっちゃうくらい没頭してしまうなんて、素敵な才能よ。ちょっぴり本末転倒な気もするけど。あら、冗談よ」
気がつくと、夕日は山に半分隠れていた。コートは自分の分の紅茶を用意して、彼女の向かいに座る。資料や彼女のノートが散乱しているが、それ自体は綺麗にまとめられていて質は高い。コートが提案した、各ウマ娘の弱点を一つ、その条件に応えるため、それぞれのデータには赤線が大量に引かれ、どれを提案するか迷ったであろう修正テープの跡も散見された。それを見たコートは、上出来上出来と鼻歌混じりで紅茶を飲み干した。
「それで、何か有効な手立てや情報は見つかったかしら」
「えっと……、まず、ビジョンスターちゃんは周りを見過ぎで、コートちゃんが急に出てきたら焦っちゃう気がするの。だから彼女が前にいたら、極力隠れるように走るといいのかなって……。あ、でもマークされたら意味ないよね……」
「ま、その時はその時ね。作戦は意味ない時は意味ないもの。前提にするんじゃなくて、刺さったら強いくらいがちょうどいいのよ。だからこそ観察眼に富んだあなたに任せてるのよ。弱点をつけた時に、確実に勝てるようにね」
「う、うん!」
その言葉に感化されたのか、ヒナは次々と自身が探し当てた弱点を伝えていった。最初は淡々と聞いていた彼女も、いつのまにか相槌を打ち、深く頷きながらなるほどと感嘆の声を漏らしていた。確かに、それなら、目から鱗だわ、コートのリアクションは大きくなっていった。
「そして最後に、アリアンスちゃんは――――」
確かに、ね。コープコートはニヤリと笑った。
各陣営、辿ってきた軌跡も、思考も、目標も、何もかも違う。しかし、オークスという夢舞台にかける思いは同じ。トリプルティアラ第二冠、オークスの足音は、確かに近づいていた。