秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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友情の亡骸

「先頭はミールラプソディ!しかし外からナイズが飛んでくる!あと100、ナイズかわした!ミールラプソディも粘るが!勝ったのはナイズだぁぁあ!」

 

大観衆の目の前で、今年の日本ダービーの勝者が決まった。トゥインクルシリーズ最高峰の名誉、ダービー。その栄冠に、ショートウールはいなかった。実況の興奮も頂点に達し、会場の皆がナイズを祝福している。あたしを嘲るように、彼女はわざわざ目の前にやってきた。

 

「あーしの勝ちだね。遠すぎて見えなかった。あーしもラプソディも血反吐を吐く思いをしてきたけど、君は違ったみたい。何があったか知らないけど、そんな迷いばかりの顔じゃダービーどころか並の重賞ですら相手にならないよ。君なんてただでさえ展開の助けだけでここまで来たようなものなのに」

 

弱いんだから、早くその点認めないと。そう吐き捨てるように告げて去っていった。あたしはただ立ち尽くすことしかできない。実力も度胸も運も、何もかも足りていないことは分かっていた。アーちゃんのような、皆を惹きつけるひたむきさも、コートのような圧倒的なまでの強さも、フルアダイヤーみたいな強心臓も、何も。G1を取ることのできる器じゃないことは理解していた。でも、だからこそ成し遂げられるものがあると信じて戦ってきた。アーちゃんが観衆の星なら、あたしは日の当たらないウマ娘皆の星になるって。

 

「ダメだ、何やってんだ、あたしは」

 

最後の直線、自分だけ浮いているように見えた。選ばれた十八人のウマ娘が、死に物狂いで栄冠を掴むために奔走する。あたしもその一人のはずだったのに、栄冠が皆より遠かった。皐月賞はミールラプソディが勝った。口が悪くて意地汚くて喧嘩早い、良心の風上にも置けないウマ娘なのに、現実は非情だった。泥んこの芝を蹴散らして、急坂なんてなんのその、反則級の末脚で勝利。彼女はいっそうあたしを罵るようになるのだろう。あんな奴が勝っていいわけがないと息巻いていたあたしは手も足も出なかった。それもそうだ、どこまでいってもレースなんてものは、強いウマ娘が勝つのだから。皐月の惨敗はあたしの心境に大きな変化をもたらそうとした。いや、そうしなければウマ娘としてのプライドが折れてしまうから、そうせざるを得なかったのかもしれない。夢や希望なんてくだらない言葉で自分の弱さから目を背けるのはやめろ、そんなものは結果や実力の前では無意味だ、そう脳が焚きつけてくる。けれど、あたしにはアーちゃんがいた。たとえ何度負けても、何回も何回もコートとの実力差に打ちのめされそうになっても立ち上がり、まっすぐに走り続けた彼女はあたしにとって、大嫌いなミールラプソディやナイズを否定する唯一無二の材料だった。しかし、オークス後、彼女の言葉によってあたしの心は完全に折れてしまった。

『勝たなきゃ意味ないよ』

アーちゃんの戦績は、勝利数で考えれば正直苦しいものだった。でも、大量のファンがいるのをあたしは知っている。遊びに出かける際にはまず何回も話しかけられるし、グッズの売れ行きも大好調、パドックに出れば大歓声。とても重賞未勝利のウマ娘に対する熱量とは思えない。単にそれは彼女の魅力が為すもので、負けても負けても立ち上がり続ける彼女の姿に心を打たれ魅了されているということなのだ。そんな彼女が、オークスの敗北でついに、折れてしまった。あたしにとってそれは、走る意味を失ってしまうことと同義だったのだ。もうとっくに、敗北のために流す涙は残っていなかった。夕日に重なって、遠くに白い髪が揺れている。気がつくと目の前にはアーちゃんがいた。

 

「あはは、ちょっとだけプレッシャーにやられちゃった。らしくないよね、でもほら、夢にまで見たダービーだったからさ。だから、悔しいけどさ、勝ったナイズは強かったよ、ほんとに……」

「ううん、ウールちゃんは強かったよ。菊花賞に繋がるレースだったと思うの」

 

透き通った声がやけに耳にこびりついた。強かった?違う、弱かったから負けたんじゃないの。次に繋がる、負けてばかりのウマ娘の言葉なんか信用できなかった。そしてなにより、自分のせいで悩んでいるというのに、したり顔で駆け寄ってくるアリアンスが気に入らなかった。

 

「はあ?アーちゃんのせいでしょ!?そうやっていつもいつも、自分が負けたことは棚に上げて、次は勝てるよって根拠のない励ましばかり!センスも能力もあって、ずっと皆にチヤホヤされてるアンタにあたしの気持ちなんて分からないッ!」

「えっ」

 

唇を震わせて、少し怯えるようにウールを見ていた。やってしまった、そう思った時には遅く、アリアンスは回らない呂律で小さな声を精一杯紡いだ。

 

「そう、だよね……。私が弱いから、いけないんだよね。弱いウマ娘に、言葉をかける資格なんてないよね。本当に、本当にごめんなさい……」

「ちっ、ちがっ、これは……!」

 

静かに去っていった。背中を向ける一瞬見えたのは、彼女の滴る涙と真っ赤な瞳だった。あたしとアーちゃんとの間で、何かがぽろぽろと崩れ落ちる音がした。彼女がひどく傷ついたのは誰の目から見ても明らかだった。あたしは自分の敗北をアーちゃんのせいにして、彼女にぶつけてしまった。苛立ちばかりだった脳内が途端に冷やされていく。冷静になってようやく、自分のしてしまったことの大きさを理解した。自分は一番の親友を、手放してはいけない人を傷つけてしまった。それも、取り返しのつかない程度に深く、鋭い刃で。あたしはその場で崩れ落ち、しばらく前を向くことはなかった。止めどなく涙は流れ、歯止めが効かない。どうして、枯れたはずなのに。違う、分かりきってるじゃないか、あたしはもう、何もかも自分で捨ててしまった。走る意味だけじゃなく、大切な親友さえも。

次の日から、ウールがトレーニングに来ることはなくなった。

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