秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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境地

「な、なによあの強さ……。本当にアリアンスさんなの?」

「まさかあそこまで強くなってたなんて……」

 

ユウの陣営から少し離れた場所で、二人はローズステークスを見守っていた。コートは生まれて初めてコンプレックスを感じた。掲示板に光るレコードの文字に、自分の方が劣っていることを否応なく突きつけられる。まずいわね、不安を漏らすコートの指先は震えていた。オークスを勝ち、私は秋華賞にてアリアンスさんを迎え撃つものだと自信に満ちていた。しかしこれじゃあ、私が彼女に挑むようなものじゃない。それほどまでに彼女のパフォーマンスは馬鹿げていた。ありえないと反射で否定してしまうほど、破壊的な強さだった。

 

「いや、あれは強さでもなんでもない。ただの暴力だよ」

 

いつのまにかユウがいた。走ってきたわけでもないのに、脂汗が止まることを知らない。暴力、ヒナが聞き返すまでもなく、彼は続けた。

 

「アリアンスはついに、領域(ゾーン)に足を踏み入れてしまった。強さを求め、敗北を恐れるあまり、レゾルーラさんと同じ道に進んでしまった。あんなのは間違ってる」

「どういうこと?」

 

コートの耳が震えた。自分たちがバカにされているように感じたからだ。散々苦戦していたくせに勝利を手にした途端あれは本物の強さではありません、ですって?そんな見栄、彼女に対しても失礼。都合のいい煽り文句のつもりかしら。彼の言う「強さでもなんでもない」ウマ娘に、負けるお前たちは惨めで情けない、とでも言いたいのかと、コートは怒りをたぎらせていた。

 

「強くなることの何がいけないのかしら、ウマ娘に課せられたのは、速く走ること、ただそれだけ。今回ほんの少しいいレースができたからって調子に乗っていたら、また私に足をすくわれるわよ?」

「君は勝てない。絶対に」

 

コートは目撃してしまった。そして彼の言葉が挑発でも失礼でもないことは、その焦りに満ちた瞳が物語っている。ユウは自分の担当である彼女の実力を誇るばかりか、否定していたのだ。いったいなぜ、コートの反応を悟り彼は続けた。

 

「あれが一つの到達点。敗北のあまり、絶望に苛まれ、力に囚われたアリアンスはついに手にしてしまったんだ、ウマ娘を破壊に陥れる呪いの強さを。彼女が抱いていた理想とは程遠いはずなのに」

 

スーツに大量のシワが宿っているように見えた。熱中症の患者のように青く、疲弊しきった表情。ヒナが彼に寄り添い、心配そうに覗き込んだ。「大丈夫」と呟く彼はうつむいていた。

 

「親父が目指したものがこれだった」

 

今にも爆発してしまいそうな、小さな小さな慟哭だった。僕は、僕はどこで間違えた?彼女に教えたかったことがこれなのか?ウマ娘がターフに立ってしまえば、トレーナーはもう何もできない。何をどれだけ教えたとしても、最後の最後は無力で、彼女たちを孤独に戦わせてしまう。だからこそ、視界から切れるその瞬間まで寄り添い、サポートしたかったし、努力した。はずだった。

 

「俺はずっと、何をしていたんだ……」

 

優しく触れたヒナの手を払い、ユウは雑踏の奥へと消えてしまった。

 

 

 

 

「存外やるものじゃないか、ただのボンクラじゃなかったな」

「黙れ」

 

レース場の入り口に、今最も出会いたくなかった人物はいた。観衆は皆レースの余韻に夢中で、ここに人はいない。

 

「見事に成長したよ、あの小娘はお前のヌルい教育じゃ手に負えなかったんだ。もっと早くから俺のもとに来ていれば、三冠も夢じゃなかったというのに」

「お前だ、お前のせいだッ!」

 

鋭い眼を初老に差し向け、若い男は掴みかかった。

 

「お前がアリアンスにつまらない思想を吹き込んだんだ!彼女は皆が笑顔になれる高潔な理想をレースで体現していた!なのにお前がッ!」

 

拳を振り下ろしたが、それが親父に当たることはなかった。力なく空を裂き、そのままユウは崩れ落ちた。もう、何が何だか分からない。ポケットに入れていた車のキーがチャリチャリと抜け落ちた。

 

「反抗期の最中、尻の青いガキが現実を知り、俺にこうして頭を垂れている。悪い気分じゃない、もう二度と理想などという言葉を口にするんじゃないぞ。あの娘は弟子に引き取らせ、全てを制覇させる」

「アリアンスはそんなこと望んじゃいない。彼女は皆の夢と希望を背負っているんだ。それが彼女の強さなんだ。圧倒的な強さの先に待つ未来なんて、独善的で空虚な優勝トロフィーだけだ」

「それの何がいけない。弱いヤツなど言語道断だ」

 

弱小でもいい、何回負けたとしても構わない。その度に何か、次に繋がるモノを一つ見つけられればそれでいい。たとえレースの道から外れたとしても、人生のどこかでその経験はきっと活かせる。けれど、この男はその可能性すら捨てさせてきたのだ。自分の名声のためだけに、数多くのウマ娘を生贄にしてきたのだ。

 

「あんたは自分のもとで学び、領域(ゾーン)を見たウマ娘たちがその後どうなったのか知らないのか?最強を謳われたある子は身体の全てを壊し、補助がなくては生きられない身体になった。力を求め、その半ばで限界を感じスランプに陥ったある子は、敗北への恐怖から日常生活にも異常をきたし、廃人同然となった」

 

過去に彼は、この悪人の被害者となってしまったウマ娘たちを一人一人詳細に調べ上げ、直接出向いたことがある。虚ろな瞳と、未来に夢と希望を持つことができない絶望を前にして、彼はもう二度とこんな悲劇を起こしてはいけないと誓った。

 

「そんな姿を見た人々は絶望するだろう、そしてなにより、本人たちの清く誇り高い未来が真っ黒に塗りつぶされてしまう……!G1を取ることは決してゴールじゃない、その先で壊れてしまったウマ娘なんていくらでもいる。だからこそ、だからこそアリアンスは特別なんだ……!そんな姿を見てきた人々を!ウマ娘たちを照らす光なんだ……!だった、はずなのに……」

 

結局俺は、彼女を救ってあげられなかった……。親父の背中が彼方に消えていく。喉から先に声が進んでいかない。とうとうユウはアリアンスの勝利によるターフのほとぼりが冷めるまで、その場から動くことはできなかった。

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