秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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灼熱のメイクデビュー

「第6R、ウマ娘が入場します」

 

七月、絶好の良バ場。帽子や日傘なしでは耐えられないほどの日光と、雲一つない晴天のもとで、気温は30度を超える真夏日となりました。私は、早くから準備運動をして、その瞬間に備えていました。事前情報では、八人立ての、私は三番人気。一番人気は、模擬レース第4R一着、ビジョンスターちゃん。抜きん出た末脚で勝利をもぎ取りました。あえて、ナタリーさんにもウールちゃんにも、コープコートちゃんにも会うことなく会場へとやってきました。

 

「緊張してるかもしれない。大丈夫。今まで積み重ねてきた全てをぶつけよう。相手は確かに強い、ただ、全く勝てない相手じゃない」

「じゃあ、行ってきますね。ユウさん」

 

まるで鏡のように全てを映してしまうのかと思ってしまうほどの美しく長い白髪に、紫がかったぬばたまの瞳を輝かせて、そのウマ娘は、アナウンスと共にターフに立った。

 

「六番、アリアンス」

 

 

「さあ、いよいよスタートです。今年度初めてのメイクデビュー。いったいどんな展開が待っているのか。一番人気ビジョンスター。ゲートに収まりました」

 

実況の女性の声が会場いっぱいに響きます。会場のテンションもどんどん上がっていきました。けれど、そのどんな音より、心臓の鼓動の方がよっぽど煩わしく感じました。深く息を吐いて、私はゲートに入ります。

 

「最後は六番、アリアンスもゲートに収まりました。第六レース、今スタートです」

 

会場が一瞬の静寂に包まれます。バンッ。ゲートが勢いよく開きました。私を含めた全員が、一斉にゲートを飛び出します。まずは三番が一気に先頭へ出て、それを見るような形で私は前から三番目につきました。ユウさんは、本来真っ先に考えるはずの脚質適性に一切触れていませんでした。そんなことはまだ考えなくていい。そう言いたかったのだと思います。距離は2000m、この感じだと平均的なペースになると、身体が告げています。

 

「全員軽快なスタートを決めました。前へ出るのは三番。早まっていた全体のペースを少し落として、やや縦長の展開になりました」

 

周りが焦りで早く走ろうとしているところを、三番が集団のペースを少し落として一息つかせます。この隙に少しだけ前との距離を詰めました。私は体力は重点的に鍛えてはいませんが、足首だけは別です。力を抜いて、弾みをつけて走れているおかげで、体力の消費が少ないのだと思います。その調子で、残り半分くらいまで、目立ったことはなく流れていきました。

 

「いいね、アーちゃん。おかしいくらいに完璧だ。周りは早くもかかっている。これなら勝てるよ」

 

残り四分の一、第四コーナーに差し掛かろうとした時、一気に全体のペースが早くなります。模擬レースの時と同じです。でも、私は自分のペースで走ります。前みたいに惑わされません。抜かれても気にしない。身体がスパートを告げるその時まで、必死に堪えます。

 

「さあレースは終盤、早くも後方が差を詰めてきた!まだアリアンスは動かない。最後方ビジョンスターも上がってくる!コーナーを曲がって最後の直線、まだ逃げる、三番堪えられるか!」

 

脳にピリッと電流が走った気がしました。今しかない、今やるんだ。身体が勝手に動いて。最後の直線に入った直後、全速力のラストスパートをかけました。一人、二人、三人。中盤に追い抜かされた子たちを追い越して、一気に前へ迫ります。

 

「速い、速いぞアリアンス!なんという軽快な走りだ、どんどん前との差を詰めている!三番を交わし先頭に立った!しかし後ろからビジョンスターが突っ込んでくる!」

 

絶対に負けない。練習の何倍も足が使えている気がします。足首がゴムになったみたいで、最高速で足を前へ前へと押し進めます。

 

「ビジョンスター伸びない!アリアンスがさらに差を広げていく、そして、今ゴールイン!勝ったのは六番、アリアンスだ!天才若駒トレーナーと共にまず一勝を掴みました!」

 

実況の興奮が伝わってきます。会場の皆の視線が、一着の私に向いています。これが、先頭の景色、これが一着の景色。

 

「こんなに広かったんだ」

 

身体が疲弊し切っていることなんてすっかり忘れて、私は眼前の景色に見惚れていました。私は、メイクデビューを勝ったんだ。その実感が沸々と湧いてきます。灼熱のもとで、初めてターフに立つにはなかなか厳しい環境の中、私はやり遂げました。観客の方たちのコールが耳に染みるのです。先輩たちは、この景色を求めて、この夢を求めて走り続けていたんだ。それは何よりも尊くて、難しくて、儚い、「夢」としか言えないものでした。どんどんと周囲の歓声がおたけびのように大きくなって、私への賛歌となっていく。これが、「勝つ」ということだったんだ。私はまた一つ、先へ進んだのです。

 

「おめでとうアリアンス!ずっと見てた。本当に強いレースだった。これは、あの厳しいトレーニングをまっすぐひたむきに続けてきたアリアンスだけの力だよ。アリアンスのレースは、思いは、ここにいるみんなに確かに届いていた。もちろん、お友達にも」

 

ウールちゃんとコートちゃんが立っていました。私が二人の方を見ると、ウールちゃんが待っていたかのように抱きついてきました。

 

「やった、やったねアーちゃん!本当にカッコよかった!あたし、ずっと目が離せなくて。あれはもう空を飛んでいたよ!」

 

それはいつものウールちゃんではなくて、心の底から嬉しそうに、まるで自分のことかのように喜んでくれました。ウールちゃんの瞳は、かつて見たことが無いほど潤んでいました。その姿に、私も思わず涙してしまいました。

 

「本当におめでとう。アリアンスさん。やっぱりあなたは強いわ。私もアリアンスさんに恥じないレースをしないといけないわね」

 

頷きながら、認めるように拍手をするコートちゃん。私も少しはコートちゃんに追いつけたのでしょうか。ユウさんが、今日はみんなでおいしいものを食べようと提案してくれました。私は興奮覚めやらぬまま、ウイニングライブの控え室へ向かいました。

 

「どう、ルドルフ、強いでしょ。アーちゃん」

「ああ。全くだ。ナタリーが肩入れするのも頷ける。あの子なら上がってくるかもしれないな」

 

 

 

「踊ってるアーちゃん、かわいかったねー。ちょっとあどけなさがあって、キュンキュンしちゃうね」

「もう、そんなにからかわないでよウールちゃん。私、結構練習したんだから」

「私は良いと思ったわよ。アリアンスさんらしくて。どうせあなたは存在すら忘れていたでしょう」

「まあねー。やっぱりレースだよ、レース」

 

ウイニングライブの後、三人でご飯を食べにきました。鮮やかなお寿司がたくさんあります。ユウさんがいくらでも食べてもいいと言うので、遠慮なく頼み始めるウールちゃんと、むしろ奢らせてほしいと頼む、さすが名家のコートちゃん。その日は、寮への帰宅時間ギリギリまで、今日のことと、これからを語り明かしました。

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