「先日のショートウールのレースはすごかった。アリアンスにも良い刺激になったと思う。これからのレースの予定はまだ決まってないけど、夏を超えてからになるかな。練習のことなんだけど、まあ柔軟はまだまだしてもらうとして、そろそろ適性的な話もしていこうと思う」
ユウさんのデスクはいつも綺麗で、ウマ娘に関する本や、レースに関する本は一つもデスクにありません。それどころか、部屋にも一つもありません。少しのぞいたことがあるのですが、本棚には旅行関係の雑誌や人間関係についての本が収納されていた気がします。デスクはコーヒーとパソコンと書類が少し積まれている程度。コートちゃんも驚いていました。うちの人とは大違いだって。トレーナーと部屋はもっと育成論とかで溢れているものみたいです。
「はい、お茶。お菓子は好きなだけ食べていいよ。置いとくね」
「ありがとうございます」
「実際に走ったのは模擬レースとメイクデビューだけだけど、練習でも結構やってるから一応適性の目星はついてるんだ。アリアンスは中距離が得意で、次点でマイル。短距離もいけると思う。ただ長距離はキツいかな。どうだろう、自分で走ってみて、思うところがあれば教えてほしい」
ユウさんに言われて、ストンと腑に落ちました。あまり自分からそんな話をしていないのに、さすがです。
「次は脚質についてなんだけど、これはアリアンスの場合は特に型にはめなくていいと思う。確かにめちゃくちゃなことを言ってるように聞こえるかもしれないけど、僕を信じてほしい。アリアンスの時間感覚をもってすれば、タイムを考えながら周りの状況を見て自由にスタイルを変えられるのは強みになるはず。一つを極めるのも悪くはないけど、それだと崩された時に取り返しがつかない。トリプルティアラを取れるのは、安定した強さを持つウマ娘だ」
チョコを頬張りながら、ユウさんの話をうんうんと聞いていました。それなら、私に求められるのは対応力です。何があっても焦らない、タイムを把握して、崩れたバランスから活路を見出す練習をしなければなりません。そうと決まれば、早くレースがしたくてしたくてどうしようもなかったです。
「これからは色んな子に併走してもらえるようにお願いしておくよ。今日話したいことはだいたい話し終えたから、練習するならもちろん付き合うし、ここでゆっくり休憩するのもありだと思う」
「もちろん、いっぱい走っちゃいます」
「もっとお菓子用意しといたほうがよかったね」
ついつい食べ過ぎてしまいました。いくらユウさんが許してくれているとは言っても、やってしまいました。おいしくて、つい。顔から火が出る思いでした。
その日の夜、私はお母さんと電話をする機会がありました。ここに来てから、お母さんと話をするのは初めてなので、なんだか少し緊張します。手紙は送ったことがあるんですけど、その時はおいしい果物が届きました。
「もしもし、お母さん。私だよ」
色々話したいことがあるはずなのに、それらが渋滞してしまって、なかなか言葉が出ませんでした。
「元気に暮らしているのね、本当によかった。電話越しでももう伝わってくるわ、あなたの幸せそうな様子が。たくさんのお友達に囲まれて、過ごしているのね」
お母さんには、私が今どれほど充実した日々を過ごしているのか、私がわざわざ話さなくても伝わっているみたいでした。ただ、みんなと過ごした日々を伝えたくて、お母さんを安心させたくて、さっきはあんなに言葉に詰まっていたのに、今度は考える必要なく溢れてきました。
「お母さん聞いて聞いて、この前、ウールちゃんのメイクデビューがあったんだ。この前送った手紙の写真の子だよ。かわいいでしょ。でもレースではほんとにかっこよくてね、私感動しちゃったの」
次から次へと話題が出てきて、珍しく饒舌になる私に、お母さんは優しい声で相槌を打っていました。少し時間も遅くなって、周囲では私の声が目立ち始めました。それでも、久しぶりにお母さんとお話しできたことが嬉しくて、私はもう少しも止まりませんでした。
「それでね、ユウトレーナーもすごいんだよ。私のためにトレーニングメニューを夜通しで考えてくれたり、私の体調を第一に考えてくれるの。メイクデビューだって、ユウさんのおかげで勝てたの。お母さん、見てくれた?」
「もちろん。泣いちゃったわ。我が子が先頭を走るって、こんなに清々しい気持ちなんだなって、お母さん知らなかった。それに、あなたはトレーナーの方を本当に信頼しているのね。実はこの前、そのユウトレーナーとお会いしたのよ。まるで結婚の挨拶みたいに丁寧で、トレーナーとして、アリアンスさんの命を僕に預けていただけませんかって。あなたが信頼しているのだから、私は全然問題ないのに。でも、それだけの思いでやってくれる人がトレーナーで私は安心したわ。もう夜遅くなっちゃったから、夜更かししちゃダメよ。それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、お母さん」
なんだか胸がそわそわして、落ち着かない気分でした。これはきっと、お母さんと連絡を取れた喜びだけじゃありません。ユウさんが私のことを本気で考えてくれていることが、嬉しいのだと思います。ユウさんから見れば私はただの一人のウマ娘なのに、全力で私をサポートしていることを改めて知れて嬉しかったのです。もっと私も頑張らないと、お母さんの期待に、ユウさんの期待に応えるために。気持ち新たに、寝ているナタリーさんを起こさないように、こっそり部屋のドアを開けました。