「どう、これが私よ。完璧。それ以上の言葉が見当たらない。けど、今日くらいはおいしいケーキを食べてやるわ。ね、トレーナー」
一番人気として、圧巻の走りを観衆に見せつけたコートちゃんのメイクデビュー。それは、私たちの世代を担うウマ娘の誕生でした。観客の中には、世代最強はこの子しかいないと豪語している人もいました。それだけ、全員を惹きつけるレースでした。私とウールちゃんがターフに駆けつけると、喜びと努力の汗が、コートちゃんの髪で輝いていました。
「参っちゃうよね、あんなに強いと。せっかくあたしも追いつこうと頑張ってたのに、また遠くなった気がしてるよ。ね、アーちゃん」
「コートちゃん、ほんとにかっこよかった。凛々しくて、足取りも軽くて、私じゃとても真似できない」
「アリアンスさんはほんとに褒めるのが上手ね。けれどそんな眼差しで見つめられても何も出ないわ。それに、当然ね。私はここで負けてられない」
最後まで足を溜めたコートちゃんの抜群の切れ味がまだ記憶に残っています。あっという間にごぼう抜き。模擬レースの時のような高速の追い込みが、今回も余すことなく発揮されました。
「あれが名門の子か。なかなか骨がありそうだ。君が目をかけている子は、あのコープコートに勝てそうか」
「もちろん、全くモーマンタイ。確かに今はきついかもしれないけどね。いずれは勝つよ。ルドルフ、あんたにだってね。あたいだって厳しいと感じるくらい強くなるよ。アーちゃんはいくらでも強くなる」
「やっぱりたいした自信だな、君は。トゥインクルシリーズを盛り上げ、夢を見させる程に観客を熱狂させる、そんなウマ娘が現れるといいな」
ルドルフ会長も気にかけていたのでしょうか。普段はあまりオープンレースには顔を出さないのですが、今日はナタリーさんと一緒にコートちゃんのメイクデビューを見ていました。コートちゃんはそれだけ先輩方からも期待されているのです。
「いつか、三人でレースに出られる日が来るといいね、それがG1だったらなおさら」
ウールちゃんが不意に漏らした言葉でした。この三人が人気を寡占して、お互い一歩も譲らないデッドヒート。何気ない一言でしたが、お互いがお互いをライバルとして意識するのには十分でした。そして、ウールちゃんのレースへの思いと覚悟の強さを改めて私に認識させました。
「あら、絶対に負けないわ。あなたにも、もちろんアリアンスさんにもね」
コートちゃんの妖艶な赤眼が私を捉えました。それが余裕なのか、挑発なのかは分かりませんでした。けれど、私に期待をしてくれている目だということは分かりました。
「私も負けないよ。次はコートちゃんに勝てるように頑張るね」
「ふふっ、嫌らしい顔をしたつもりなのに、本当にアリアンスさんは健気で、純粋だわ。あなたも見習ったらどう?」
「やっぱりあたしに厳しいよね。それともアーちゃんに甘いのか。お嬢様なのに全然らしくない。そっちこそ言葉遣い気をつけたら?」
「二人とも、喧嘩はダメだよ。コートちゃんだって、せっかく良いレースしたばかりなのに」
「あら、ごめんなさい。ほんとにこの子がうるさくて」
ウールちゃんが頬を膨らませて、鋭くコートちゃんを睨んでいます。ウイニングライブのために、コートちゃんは控え室に向かっていきました。それを見ていたナタリーさんが私に手を振っていました。
「こっちこっち」
「アーちゃん人気者だね。って、ルドルフ会長いるじゃん。ちょっとあたしは苦手だから、先行ってるね」
「こんにちは、ナタリーさん。ルドルフ生徒会長も、はじめまして。アリアンスといいます」
「はじめまして。存じ上げているだろうが、会長のシンボリルドルフだ。噂はかねがね聞いているよ」
間近で見る最強ウマ娘の威厳は、ほんの小さな所作にも現れていました。少し歩くだけでも周りが痺れてしまって、一度走ればそれに誰もが酔いしれる。これが、誰もが恐れる「皇帝」シンボリルドルフだ。そんなオーラを身体中に纏っていました。
「ほんとあんたは堅苦しいなー。だから後輩ちゃんも逃げてくんだよ。ねえねえアーちゃん。あの子のレース、どう思った?」
「コートちゃんは、本当に強くて、かっこよくて、やっぱり私にあれだけのレースができるのかと言われると、正直不安な気持ちもあります。でも、悩んでも仕方ないので、また頑張ろうって思いました」
「ルドルフ、かわいくて最高でしょ、この子。あんた相手でもビビらない度胸もあるよ」
「なるほどな。これは期待できるかもしれない。ところで、君はレースに対して、どんな感情を持っているだろうか。なかなか難しい質問だとは思うが、メイクデビューに勝利した時の気持ちを素直に伝えてほしい」
ルドルフ会長が、タカのように鋭い目つきで私を見つめています。ナタリーさんが持ちあげる、アリアンスというウマ娘を試しているようでした。私がレースで感じたもの、それは。
「身体中に達成感がありました。私は勝ったんだって。とにかく清々しい気持ちでいっぱいでした。でも、それと同じくらいの感謝がありました。私をここまで送り出してくれたお母さんとトレーナー。応援してくれたウールちゃんやコートちゃん、そして観客の皆さん。私があんなに心地良かったのは、ただレースで勝てたからという理由だけではないのだと思います。みんなの期待があったから、私は勝てて、これからも強くなれる。だから私は、皆と私をつなげてくれるレースが大好きです」
ルドルフ会長が驚いたように私を見ていました。それを横目に、ナタリーさんはまた、くくっと笑っています。そして、ぽんぽんと私の頭を撫でていました。
「私は今、夢を見ていた。私が生徒会長をしているのは、トゥインクルシリーズを通して、全てのウマ娘が幸せになれる世界をつくるためだ。しかしそのためには、皆から愛され、夢を乗せて走るウマ娘が必要。私は今君に、その世界を見た。勝手な願いなのだが、私の願いも、私の夢も、託させてほしい」
「アーちゃんは強いよ、あんたの願い一つでへばるような子じゃない」
ルドルフ会長のさっきまでの鋭い目つきが、尊敬を含んだ笑みに変わりました。私は、最強のウマ娘の夢さえ乗せて走ろうとしています。足が少しだけ震えています。武者震いなんかじゃなくて、もちろん不安でいっぱいです。ただ、断る気はほんの少しもありませんでした。
「もちろんです。ルドルフ会長の期待にも応えられるように頑張ります」
「良かった。君のその瞳を見た瞬間、心から安心したよ。ありがとう、アリアンス」
そう言い残してルドルフ会長とナタリーさんは去っていきました。大きなターフの下で、私は頭の中を整理するように深呼吸をしてから、コートちゃんのウイニングライブの会場に向かいました。
「Eclipse first, the rest nowhere。彼女はその意味を、考える必要無く身体に刻んでいるのかもしれないな」
「そりゃもちろんだよ。アーちゃんだもん」