秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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大逃げへ届け、その末脚

サウジアラビアロイヤルカップ当日。絶好の良馬場で、東京の芝も生き生きとしている気がします。日差しは強いですが、温度は秋標準といった感じで、ウマ娘たちには走りやすい気候となりました。一番人気は、大手チームのピッドからの刺客、ミールラプソディちゃんです。大柄な体格と、体力を活かした逃げのウマ娘です。我らがウールちゃんは二番人気。もちろん引けはとりません。レースではミールラプソディちゃんにプレッシャーを与える為に番手につくことが予想されます。

 

「いやーいい天気だね。二人とも、おはよう」

「もう夕方よ。寝ぼけてると勝てるものも勝てないわよ。相手は強いわ」

「勝負にならない可能性すらあるかもね。実際ここに来るまでに何度か嫌なこと聞いたし。まあ直線のスピードならあっちが上だろうね」

「ウールちゃんなら絶対勝てるもん。私、応援してるからね」

「正直、負ける気がしない。二人のおかげで、気持ちが晴れてるんだ。いわゆる絶好調ってやつ。見てて、これがクラシックを取るウマ娘の走りだよ」

 

言葉遣いはいつも通りでしたが、新緑の瞳は静かに燃えていました。スニーカーのステップの音が屋内に響き渡ります。

 

「ただ勝つだけじゃない。圧勝。あたしのクラシック伝説はここから始まる。なんてね。じゃ、行ってくる」

「木曜とは大違いだわ。あの余裕の目、もしかしたらとんでもないことが起こるかもしれない」

 

「五番、ショートウール」

 

静かに入場してきました。いつものパッション溢れるウールちゃんはそこにはいなくて、何倍もクールな佇まいで、他のウマ娘の入場を待っていました。そんな中でも、私が手を振ると、笑顔で返してくれました。

 

「四番、ミールラプソディ」

 

会場が一段と盛り上がりました。真打登場です。改めて見ても、ウールちゃんよりも一回り大きく、苦戦を強いられるかもしれません。堂々とターフを足跡を刻みつけています。今日の主役は私だぞ。周りに見せつけているのでしょうか。

 

「邪魔。お前、二番人気なんだって。これで二番人気なんだから、圧勝だな」

「あんた、嫌な顔してるね。少しはアーちゃんを見習ったら?あと、今からあたしに負けるんだから、押しのけるより道譲ったほうがいいと思うよ」

 

二人の間に何かがあって、険悪な雰囲気なのはこの距離でも見てとれました。これが重賞なのでしょうか。一瞬も気の抜けない、張り詰めた空気が至るところに跋扈しています。

 

「ウールちゃん、喧嘩してるのかな。怖い顔してる」

「挑発されたようね。ムキにならないといいけど」

 

ファンファーレが響き渡り、一人ずつゲートに収まります。全員が収って、今、サウジアラビアロイヤルカップがスタートしました。

 

「まずは宣言通り四番ミールラプソディが先頭について逃げ始めます。続いて五番ショートウールと二番が番手争いだ。ここはショートウールが取り切りました」

 

会場に不穏な空気が流れ始めます。ミールラプソディちゃんは、その有り余るスタミナで、全速力で逃げ始めました。

 

「おっと序盤から逃げる逃げるミールラプソディ!後続をどんどん突き放す!五バ身、六バ身、果たして息は持つのか!体力勝負、波乱の幕開けです!三ハロンは衝撃のタイムだ!」

 

ウールちゃんも必死に追いますがどんどん突き放されていきます。これでは間違いなくウールちゃんの息が持ちません。それに、予想以上の大逃げに非常に焦っているようで、かかり気味です。これが重賞の壁、その危なげな姿から目を離すことができませんでした。

 

「最後のコーナーを曲がって、未だ差は開いている!ここから捉えるウマ娘はいるのか!けれど少しずつミールラプソディはバテてきている!持つのか、果たして持つのか!あと400m!」

 

最後の直線、ウールちゃんは必死で追っていましたが、一気に減速し始めました。一人、二人、後ろのウマ娘がウールちゃんを追い抜いていきます。

 

「八番上がってきた、ショートウールはバテている、これは掲示板も厳しいぞ!」

 

実況を含めた観客の誰もがウールちゃんから目を離し、先頭に視線を寄せた時でした。

 

「危なかった、これなら勝てるね」

 

次の瞬間、減速し続けていたウールちゃんが、一気に加速し始めました。三百メートル、稲妻のように速度を上げていきます。残り百メートル、最高速に一瞬で達して、八番を差し返し、ミールラプソディちゃんとの差を一瞬で縮めます。

 

「これはどういうことだ、ショートウールが伸びてきた!まだ負けていない、まだ負けていない!これは届くのか、ショートウールの思いがミールラプソディに迫ってくる!」

「クソッ!チビが、調子乗んなよ!」

「一瞬油断したね、作戦通り」

 

残り十メートル。ウールちゃんの雷級の末脚が、大逃げウマ娘を確かに捉えました。ウールちゃんは、重賞初挑戦にして、その栄冠を掴み取りました。

 

「ショートウール差し切った!なんと、誰もが諦めた瞬間、ショートウールがやりました!見事サウジアラビアロイヤルカップを制しました!」

「ふう、危なかった。無理はするものじゃないね。せっかくアーちゃんから貰ったリボン、解けかけてるじゃん。これをこーして、よし」

 

観客に手を振っているウールちゃん。重賞を先頭で駆け抜けたその笑顔は太陽より眩しくて、何よりも輝いていました。

 

「どう、舐めてたやつに差される気分は」

「一回勝ったくらいでキモいんだよ」

 

ミールラプソディちゃんが明らかに不機嫌そうに帰っていきました。今日の主役は、間違いなくウールちゃんです。この会場の人間全員が、ウールちゃんを讃えています。

 

「ウールちゃん、とってもかっこよかった!私、途中で負けちゃうんじゃないかって、ドキドキしちゃった」

「危なかったけどね、死んだフリすれば絶対油断するだろうなって思ったけど。正解だったね」

 

イエイとピースを見せつけるウールちゃん。コートちゃんも今日のレースに感銘を受けて、観客席で、褒め続けていました。

 

「あんなことまでできるだなんて。これには脱帽だわ。さながら、トリックスターね」

「まあね、それがあたしだから。それに、アーちゃんのリボンのおかげだよ」

 

耳をピクピクさせて、どう、かわいい?とアピールしています。自分で言うのも良くないのですが、すごく似合っていて、作ったかいがあります。

 

「二人の気持ちが、あたしに勇気と力をくれたんだ、本当にありがとう」

 

照れくさそうに目線をそらすウールちゃんに、私とコートちゃんは口をそろえて笑顔で言いました。

 

「もちろん!」

 

ウイニングライブをミールラプソディちゃんは辞退、センターで輝くのは、もちろんウールちゃんでした。元々ダンスはとっても上手なのですが、今日のウールちゃんは何倍も輝いていて、星のようでした。これが、皆が夢見る、重賞を勝ち取ったウマ娘の姿です。ついにウールちゃんは、その一人となったのです。涙なしでは見られませんでした。本当に、本当に良かったです。その日は、寮に帰ってからもレースの映像を何度も見返していました。

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