サウジアラビアロイヤルカップ当日。絶好の良馬場で、東京の芝も生き生きとしている気がします。日差しは強いですが、温度は秋標準といった感じで、ウマ娘たちには走りやすい気候となりました。一番人気は、大手チームのピッドからの刺客、ミールラプソディちゃんです。大柄な体格と、体力を活かした逃げのウマ娘です。我らがウールちゃんは二番人気。もちろん引けはとりません。レースではミールラプソディちゃんにプレッシャーを与える為に番手につくことが予想されます。
「いやーいい天気だね。二人とも、おはよう」
「もう夕方よ。寝ぼけてると勝てるものも勝てないわよ。相手は強いわ」
「勝負にならない可能性すらあるかもね。実際ここに来るまでに何度か嫌なこと聞いたし。まあ直線のスピードならあっちが上だろうね」
「ウールちゃんなら絶対勝てるもん。私、応援してるからね」
「正直、負ける気がしない。二人のおかげで、気持ちが晴れてるんだ。いわゆる絶好調ってやつ。見てて、これがクラシックを取るウマ娘の走りだよ」
言葉遣いはいつも通りでしたが、新緑の瞳は静かに燃えていました。スニーカーのステップの音が屋内に響き渡ります。
「ただ勝つだけじゃない。圧勝。あたしのクラシック伝説はここから始まる。なんてね。じゃ、行ってくる」
「木曜とは大違いだわ。あの余裕の目、もしかしたらとんでもないことが起こるかもしれない」
「五番、ショートウール」
静かに入場してきました。いつものパッション溢れるウールちゃんはそこにはいなくて、何倍もクールな佇まいで、他のウマ娘の入場を待っていました。そんな中でも、私が手を振ると、笑顔で返してくれました。
「四番、ミールラプソディ」
会場が一段と盛り上がりました。真打登場です。改めて見ても、ウールちゃんよりも一回り大きく、苦戦を強いられるかもしれません。堂々とターフを足跡を刻みつけています。今日の主役は私だぞ。周りに見せつけているのでしょうか。
「邪魔。お前、二番人気なんだって。これで二番人気なんだから、圧勝だな」
「あんた、嫌な顔してるね。少しはアーちゃんを見習ったら?あと、今からあたしに負けるんだから、押しのけるより道譲ったほうがいいと思うよ」
二人の間に何かがあって、険悪な雰囲気なのはこの距離でも見てとれました。これが重賞なのでしょうか。一瞬も気の抜けない、張り詰めた空気が至るところに跋扈しています。
「ウールちゃん、喧嘩してるのかな。怖い顔してる」
「挑発されたようね。ムキにならないといいけど」
ファンファーレが響き渡り、一人ずつゲートに収まります。全員が収って、今、サウジアラビアロイヤルカップがスタートしました。
「まずは宣言通り四番ミールラプソディが先頭について逃げ始めます。続いて五番ショートウールと二番が番手争いだ。ここはショートウールが取り切りました」
会場に不穏な空気が流れ始めます。ミールラプソディちゃんは、その有り余るスタミナで、全速力で逃げ始めました。
「おっと序盤から逃げる逃げるミールラプソディ!後続をどんどん突き放す!五バ身、六バ身、果たして息は持つのか!体力勝負、波乱の幕開けです!三ハロンは衝撃のタイムだ!」
ウールちゃんも必死に追いますがどんどん突き放されていきます。これでは間違いなくウールちゃんの息が持ちません。それに、予想以上の大逃げに非常に焦っているようで、かかり気味です。これが重賞の壁、その危なげな姿から目を離すことができませんでした。
「最後のコーナーを曲がって、未だ差は開いている!ここから捉えるウマ娘はいるのか!けれど少しずつミールラプソディはバテてきている!持つのか、果たして持つのか!あと400m!」
最後の直線、ウールちゃんは必死で追っていましたが、一気に減速し始めました。一人、二人、後ろのウマ娘がウールちゃんを追い抜いていきます。
「八番上がってきた、ショートウールはバテている、これは掲示板も厳しいぞ!」
実況を含めた観客の誰もがウールちゃんから目を離し、先頭に視線を寄せた時でした。
「危なかった、これなら勝てるね」
次の瞬間、減速し続けていたウールちゃんが、一気に加速し始めました。三百メートル、稲妻のように速度を上げていきます。残り百メートル、最高速に一瞬で達して、八番を差し返し、ミールラプソディちゃんとの差を一瞬で縮めます。
「これはどういうことだ、ショートウールが伸びてきた!まだ負けていない、まだ負けていない!これは届くのか、ショートウールの思いがミールラプソディに迫ってくる!」
「クソッ!チビが、調子乗んなよ!」
「一瞬油断したね、作戦通り」
残り十メートル。ウールちゃんの雷級の末脚が、大逃げウマ娘を確かに捉えました。ウールちゃんは、重賞初挑戦にして、その栄冠を掴み取りました。
「ショートウール差し切った!なんと、誰もが諦めた瞬間、ショートウールがやりました!見事サウジアラビアロイヤルカップを制しました!」
「ふう、危なかった。無理はするものじゃないね。せっかくアーちゃんから貰ったリボン、解けかけてるじゃん。これをこーして、よし」
観客に手を振っているウールちゃん。重賞を先頭で駆け抜けたその笑顔は太陽より眩しくて、何よりも輝いていました。
「どう、舐めてたやつに差される気分は」
「一回勝ったくらいでキモいんだよ」
ミールラプソディちゃんが明らかに不機嫌そうに帰っていきました。今日の主役は、間違いなくウールちゃんです。この会場の人間全員が、ウールちゃんを讃えています。
「ウールちゃん、とってもかっこよかった!私、途中で負けちゃうんじゃないかって、ドキドキしちゃった」
「危なかったけどね、死んだフリすれば絶対油断するだろうなって思ったけど。正解だったね」
イエイとピースを見せつけるウールちゃん。コートちゃんも今日のレースに感銘を受けて、観客席で、褒め続けていました。
「あんなことまでできるだなんて。これには脱帽だわ。さながら、トリックスターね」
「まあね、それがあたしだから。それに、アーちゃんのリボンのおかげだよ」
耳をピクピクさせて、どう、かわいい?とアピールしています。自分で言うのも良くないのですが、すごく似合っていて、作ったかいがあります。
「二人の気持ちが、あたしに勇気と力をくれたんだ、本当にありがとう」
照れくさそうに目線をそらすウールちゃんに、私とコートちゃんは口をそろえて笑顔で言いました。
「もちろん!」
ウイニングライブをミールラプソディちゃんは辞退、センターで輝くのは、もちろんウールちゃんでした。元々ダンスはとっても上手なのですが、今日のウールちゃんは何倍も輝いていて、星のようでした。これが、皆が夢見る、重賞を勝ち取ったウマ娘の姿です。ついにウールちゃんは、その一人となったのです。涙なしでは見られませんでした。本当に、本当に良かったです。その日は、寮に帰ってからもレースの映像を何度も見返していました。