「僕も見たけど、あれはすごかった。初の重賞であんな博打が打てるのは、天才の領域だ。さすがだったね」
週明けになって、まだまだ興奮が冷めることはなかったです。ユウさんもレース映像は見たそうで、単純な実力勝負だけでなく、果敢な心理戦を仕掛けたウールちゃんを絶賛していました。
「データに縛られて走っているような子には、こういうレースは難しい。正直、フリーだったらこっちに移籍してほしいくらいだよ。アリアンスにとっても良い練習相手になる」
「やっぱり、厳しいですよね」
できることなら私もウールちゃんと一緒に練習したいです。今の私に無いものをウールちゃんは持っています。けれど、重賞含めて二連勝中のウマ娘を、ウールちゃんのトレーナーさんが簡単に手放すはずがありません。
「模擬レースなら引き受けてくれるだろうけどね。それで、次のレースのことなんだけど、ついにアリアンスも、重賞に出よう」
「えっ」
開いた口が塞がりませんでした。先週、ウールちゃんにあんなパフォーマンスを見せられてはっきりしました。とても今の私では太刀打ちできる世界じゃありません。
「勝てないレースは組まない。大丈夫、絶対に勝てるよ。それで、十月最終週、つまり再来週だね。アルテミスステークスに出走しよう」
「私で、勝てるでしょうか」
「勝てるよ。万が一負けても、得られるものを考えれば、出走するべきだ。それに、本番はここじゃない。もちろん、アリアンスの気持ちが最優先だ。自分自身が厳しいと感じるようなら、出走しないのもそれは全然構わない。自信がつくまで練習するのも有りだと思う。まだ時間はあるから、ゆっくり決めてほしい」
確かに今の私では勝てないと思います。けれど、ここでレースに出なかったら、私はいつまでも本番に強くなれません。どれだけボロボロになっても、何バ身差で大敗しても、経験のためにも出たい。ユウさんの話を聞いてそう思いました。
「出させてください。私、全力で戦ってみます」
「よし、そうと決まったら僕もメニューを考えないとね。大丈夫、アリアンスなら勝てるよ」
その日は、アルテミスステークスに向けて、ユウさんから様々な情報をもらいました。それぞれのウマ娘の情報が少ないので、思いもしないウマ娘が抜け出す可能性があること、先行策にでるウマ娘が多いこと。そして、おそらく私が一番人気になること。様々な思案を巡らせながら、私は寮に戻りました。
「え、次走アルテミスステークスなんだ。いいじゃん。アルテミスだなんて、アーちゃんにぴったり。初めての重賞だね、気楽にいこう、気楽に。勝つのは難しいけど、案外勝てる子は勝てるからね」
ナタリーさんが言うと説得力が違います。重賞を何回も制覇してきたナタリーさんに、せっかくなので色々聞いてみることにしました。
「その情報なら、練習のために逃げてもいいかもね。もはやトレーニングって言ってもいいよ、あたいは本番以外はそのくらい軽い気持ちで走ってる。だって、本番はまだまだ先だしね。適度な緊張感は必要だけど。アーちゃんはレースの展開に左右されない強みを持ってほしいから、自分に合う脚質を見出しながら、それが十分に相手に刺さらなくても実力が発揮できるといいよね」
「分かりました。ユウさんと相談してみます」
私が先頭に立って逃げ続ける。後ろからのプレッシャーに耐えられるのでしょうか、体力は持つのでしょうか。ですが、逃げはレースのペースをつくることができます。私の得意と合わせれば、確かに走りやすそうです。
「こんなこと言ったらおせっかいかもしれないけど、多分あの人は気づいてるだろうしね。アーちゃんの適性とか、諸々全部。この前話したけど、やっぱり天才の子だけあるよ、知識だけじゃなくて、観察眼が鋭すぎる。まあそれは置いといて、あの人はアーちゃんに安定した強さを身につけてほしいんだと思うよ」
ナタリーさんに褒められる程の実力を持つユウさんとパートナーになることができて、本当に良かったと思います。日々寝る間も惜しんで私のために作業をしていることは、私でも分かります。だからこそ、ナタリーさんは練習のレベルだと言いますが、負けるわけにはいきません。ウールちゃんのように、圧勝してやるくらいの気持ちで臨みたいです。
「ナタリーさん。私、勝ちます。だから見ててくださいね」
「目つき変わったね。良かった良かった。嫌だって言われても観戦は行くよ。大好きなアーちゃんのレースだもん」
ナタリーさんに温かいお茶を入れてもらって、少し休憩してから、夜ご飯を食べに食堂に向かいました。席を探していたら、ちょうどウールちゃんがいて、一緒に食べることになりました。
「私、再来週のアルテミスステークスに出るんだ。ウールちゃんに続いて、勝てるように頑張るね」
「え、すごいじゃん!めっちゃ応援してるから、頑張ってね!あたしも二人にエールいっぱいもらったからね、その分だけお返しできるようたくさん応援するから、任せて任せて!」
目を輝かせて私を見ていました。その後はナタリーさんやユウさんに聞いたことをウールちゃんにもお話ししました。ウールちゃんはやっぱり優しくて、何回も何回もアーちゃんならできると励ましてくれました。応援に熱が入り過ぎて前のめりになったので、ウールちゃんの顔が近くなってしまって、恥ずかしかったです。顔を赤らめながらも、少し話題に出ていたチームの話について、相談してみることにしました。
「あのね、ウールちゃん。ウールちゃんが良ければ、ユウさんのところに移籍して、一緒に練習したいなって思うの。ちょっとでも無理そうだったら断ってくれていいからね。今のトレーナーさんが素敵な人なのは知ってるから」
ウールちゃんは驚いていましたが、顔を渋らせながらしばらく考えていました。けれど、思ったよりも早く、思ってもいない返事が返ってきました。
「アーちゃんから言われるなんて。あたしも同じこと思ってたんだ。いやー実はさ、あたしがこの前死んだフリしたのも、アーちゃんとこのトレーナーさんがぽろっと言ってたからなんだよね。相手は、勝ったと思わせれば絶対に油断するから、一瞬だけ速度を落としてみるのも有りだって。そしたら勝っちゃって。やっぱりすごいよね、そのユウさん。もっと色々教えてもらいたいから移籍しようかなって思ってたところに、アーちゃんから熱烈なアピールを受けたからびっくりしちゃって。まさかあんなに私が欲しかったなんて」
恥ずかしそうに顔を隠しています。少しだけ変な勘違いをされている気がしますが、本当にウールちゃんと一緒のチームになれるとは思っていなかったので、驚きと喜びが渦巻いていました。きっとウールちゃんとならもっと私は強くなれる。二人で切磋琢磨し、成長した二人を想像せずにはいられませんでした。
「もう明日にでもそっち行っちゃおうかな。今のところそっちはアーちゃんだけみたいだし、独り占めできちゃうね。トレーナーにも触らせないから、覚悟しといてねー」
「目が怖いよ、ウールちゃん。私、乱暴は嫌だな」
「うっ、そんな上目遣いで見られたら。最近アーちゃんが賢くなったせいで、効かない」
もう惑わされません。これからの二人の未来の話に花を咲かせながら、一日が終わりました。秋真っ只中だと思っていた窓の外は、スズムシの掠れた声に照らされて、思ったよりも早く漆黒に包まれていました。