「ついに来てしまったわね。さすがに緊張するわ。一応初めての重賞だし」
「コートちゃん、頑張って。私もウールちゃんもいっぱい応援するからね」
コートちゃんの調子は、絶好調そのものでした。この日までに積み上げられてきた圧倒的な実績。そして余裕のある佇まい。さすがに今日は少し緊張しているみたいですが。観客全員が、コートちゃんの登場を待ちわびていました。今まで以上の最高の仕上がりで走るコートちゃんを。
「ほんと、あたしの遥か先にいるよね。ま、頑張って」
「あら、私は結構迫ってきていると焦ってたわよ。今日勝つまではね」
「言うじゃん。それ、褒め言葉なの?」
いつも通りウールちゃんはコートちゃんに少しそっけないです。けれど、今日ここに来るまでに何度もコートちゃんの話をしていました。ウールちゃんにとって最大のライバルであるコートちゃんがここまで強いと、何か思うことがあるのだと思います。もちろんそれでも、今日は勝ってほしいという気持ちはウールちゃんも一緒だと思います。なんだかんだで仲良しです。
「じゃあ、そろそろ行ってくるわ。私の勇姿をちゃーんと見ておくこと」
「五番、コープコート」
一番人気、コートちゃんがターフに現れました。名家の期待を背負って、凛とした佇まいで余裕を見せつけています。周りのウマ娘で、コートちゃんを睨むような視線をおくっている子もいます。周りからも強くマークされ、ブロックされることが予想されますが、持ち前の判断力とパワーを存分に出し切って勝利を掴み取ってくれると信じています。ウールちゃんも、少しずつ口数が減ってきました。
「さあ、エリザベス女王杯を明日に控えた今日の大一番、デイリー杯ジュニアステークス!ここで勝てば未来へ大きな一歩を踏み出すことができます。一番人気は、圧倒的支持を集めるコープコート!名家の切れ味が本日も炸裂するのか、期待が高まります」
コートちゃんは周りの視線を受け流すような態度で、ゲートに収まりました。ここからはもう、応援して、祈るだけです。もう目が離せません。
「さあ、ついに始まりました。まずは大外七番が先頭。それに続いて二番と一番が番手争い。ここは二番が取り切りました。しかしこれは比較的ハイペースか、どのウマ娘も一息つきたいところです」
皆、レース序盤にしては足を早めています。コートちゃんは予想通りの最後方です。もしかすると、コートちゃんからのプレッシャーから逃げようと、皆速く走っているのかもしれません。コートちゃんの作戦かどうかは分かりませんが、この展開はプラスに働きます。このままなら体力を周りより少し多く温存したまま最後を迎えられそうです。
「結構いい感じだね。これならいけるかも」
ウールちゃんも、少し笑みを浮かべて、安心が混ざった瞳で見つめていました。
「コープコートはやはり最後方。しかし前がペースを早めていく!まるでコープコートを避けるように、コープコートとの差が開いていきます。コープコートと後ろ二番手との差はおよそ五馬身か。そろそろ中盤。前のウマ娘はここから踏ん張れるか、コープコートはこの差をまくれるのか!」
やや縦長の展開です。コートちゃんと先頭との差はかなり大きく開いています。もうすぐコーナーに差し掛かりますが、そろそろ動き出さないと間に合いません。しかし、まだ足を溜めています。
「残り600m!そろそろ中団も加速していきます。コープコートはまだ動かない。しかし余裕はありそうです。コーナーに入って、最終直線です。おっと、コープコートが動き始めた!」
コープコートちゃんの武器はその瞬発力です。一瞬で加速してトップスピードで駆け抜ける。残り400m。一般のウマ娘ならまだしも、相手はコートちゃん。まだまだ勝負はここからです。
「ここから最後の叩き合い!何だこのスピードは!栗毛のウマ娘が外から音速で迫ってくるぞ!コープコートだ!」
カーブを過ぎて瞬間から、大外を通ってコートちゃんが強烈な加速で追い上げていきます。ターフを思いっきり踏みつけて、最高速の脚が迫ります。
「コートちゃんすごい。これなら勝てるよ」
「余裕そうな顔してるし、さすがだね、ほんと」
残り200m。残りは三人です。まだまだ勢いは止まりません。残り二人、さらにもう一段階加速して、必死で逃げる上位二人を睨みつけます。秋の炎を纏って、上位三人のデッドヒートです。
「残り100m!前二頭は粘れるか!二番をコープコートが差し切った!一番必死で粘る!しかし最強は止まらない!まさかまだ加速するのか!止まらない止まらない!今差し切って、コープコート一着!無敗で重賞制覇を成し遂げました!」
「ふう。自分でもびっくりするくらい完璧だったわ。今日はアリアンスさんを誘ってスイーツ食べ放題でも行こうかしら」
観客はコートちゃんにすっかり魅せられて、会場は今まで聞いたことのない程の歓声に包まれています。私もコートちゃんも、思わず拍手していました。
「強い。あたし、正直ここまでとは思っていなかった。けど、燃えてきた。あたしは相手が強いほど燃えるからね。こんなにみんなから期待されてるあいつをあたしやアーちゃんが倒したら、みんなどんな顔をするのかな。ね、アーちゃん」
「ウールちゃんもコートちゃんも、二人ともとっても強くて、今の私じゃ敵わないと思う」
「え、そうかな。あたしは、あいつもアーちゃんも実力差はほぼ無いと思うけどな。アーちゃんは気づいていないだけで、素質あるよ。一緒に走ったあたしが言うんだから間違いない。それに、あたしはアーちゃんにちょっとおねだりされたら簡単に勝ち譲っちゃうしね」
「もう、ウールちゃん。うふふっ、ちょっと嬉しい」
「冗談言ったけどアーちゃんが強いのはほんとだよ。文武両道、才色兼備、あたし自慢の美少女ウマ娘だからね」
「あんまり褒められると恥ずかしいよ、ウールちゃんはすぐそういうこと言うんだもん」
「自分に自信を持ってもらうためだから我慢してください。さ、あいつのとこ行こっか」
耳元を気にしながら観客に手を振っているウマ娘がターフにいます。デイリー杯の覇者、コートちゃん。今回も他をものともしない高速の末脚で栄冠を手にしました。
「お疲れ様。良かったよ、レース」
「自分でも驚いてるわ、ここまでやれるなんて。これなら、本番も問題ないわね」
本番とはもちろん、ジュニア級の女王を決める戦い、阪神ジュべナイルフィリーズです。今一番その頂に近いのは、間違いなくコートちゃんでした。そして、私の次走も阪神ジュべナイルフィリーズです。まだ二人には伝えていないですけど。
「今日見せた以上の私も、見せつけるわ。あんたもアリアンスさんも、魅了してみせる。けどしばらくは休憩ね、ほんと疲れた」
さっきまでの威厳は無くなって、溶けたような顔をしていました。
「待って待って、アーちゃんを魅了するのはあたしだから。あんたには渡さない」
「そういうことじゃないわよ、まったくこの子は。そうだ、アリアンスさん、このあと予定が空いていたら、スイーツ食べにいかない?しばらく我慢していたから、もう耐えられないわ。もちろん私が持つわ」
その言葉に耳が勝手にピクピクと反応して、目を輝かせてしまう私。
「なんだよー、二人っきりでやましいな。あたしも連れてけー」
「しょうがないわね。じゃあ、また後で連絡するわ。いい店があるから、楽しみにしててね」
「また行けちゃうだなんて、すごく幸せ。楽しみだね、ウールちゃん」
そしてレースのほとぼりが冷めて月が姿を見せ始めた頃、三人のウマ娘は机いっぱいのスイーツを難なく平らげるのでした。